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続・四章 攫われたルー

2 暗闇に群がる男達

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暗闇の中、携帯用の燭台に灯るロウソクの光が、一人の人間の少年とそれを取り囲む数人の男たちの姿を浮かび上がらせていた。
瞼を閉じて力なく横たわる少年はピクリとも動かず、かろうじて上下する薄い胸板が、彼が眠っているだけだと教えている。
「や、やっぱり誘拐はマズイんじゃないっすかねぇ」
「うるせぇ! もうやっちまったんだ。いい加減腹括れ!」
馬獣人の男が不安そうに言うのを、リーダー格らしいボサボサ鬣の獅子獣人が怒鳴りつけた。
忌々しげに、獅子の男は少年を見つめる。
すべて計画通りに行ったはずなのに、なぜ捕まえられたのは小さい方なんだ。
あのタイミングで、逃げるような動きも見せていなかったのに。
(あの時、確かに術式が見えた。ってぇことは、このガキ……)
「おい!」
「はい!」
「例のあれつけるぞ。持ってこい」
「ええっ?」
「旦那、ちょっと用心が過ぎますぜ」
獅子の男はふんっ、と手下たちの言葉を鼻で笑う。
「お前らは何も感じなかっただろうが、あの時あの野郎が吹っ飛んだのは魔術の力だ。
このガキがやったんだよ」
「こ、この坊やが魔術師だって言うんですか?」
「術式を出してたんだ。間違いねぇ。持ってこい!」
「は、はい!」
あのとき、この少年が魔術を使ってターゲットを煙の外に逃がしたのだ。
そのせいで、計画を変更せざるを得なくなった。
まったく忌々しい。
獅子に言われて、小柄な鼠獣人の男が小さな箱を取って戻ってくる。
その中から取り出されたのは黒い金属製の輪。一本の首輪だった。
魔術封じの首輪。
本来ならば、犯罪行為を働いた魔術師を拘束するために使われる魔術道具である。
「高かったんだからな。パチモンだったら承知しねぇぞ」
獅子の男は呟きながら、首輪を少年に取り付ける。
態度が大きく、独り言が多いのは不安の裏返しだろう。
首輪を取り付け終えると、自身を落ち着かせるように一息つく。
そしてポケットから手のひらに収まるほどの丸い石を取り出した。
それは淡く白い光を放っている。
その石を少年に近づけ、頭の近くから首、胸、腰、足先へゆっくりと、石をかざす。
すると、首元に近づいた時と、腰のあたりに近づいたときの二回、石の光が赤く変わった。
「こいつが反応するってことは、パチモンじゃあねえみてえだな。あとは」
獅子の男はもう一度、少年の腰の近くに石をかざす。
やはり、石は白から赤に色を変えた。
(何か隠してやがるな)
見たところ市販品のようだが、石が反応するということは何かある。
まずはポケットの中身を確認したが、財布しか入っていない。
そちらに石を近づけたが、反応はなかった。
ならば、と、男は少年の腰に手をかけ、穿いているものを一気に下ろす。
あらわになった下着姿に、後ろの男たちがどよめきだした。
「や、やっぱまずいっすよぉ」
「あ、ああ。これはマズイな」
「やばい、触りてぇ」
「おまっ、子供だぞ!」
「うるせぇ黙ってろ!」
毛並みも鱗も無い、齧りつきたくなるほど無防備な肌が見せる柔らかな曲線。
それ以上に男たちの目を引いたのは、男物にしては刺激的な、尻のラインがはっきり見える、面積の小さい布切れ。
大切な場所以外隠れていない、白のTバック。
ここまで丸見えでは、大切なところだけ見えないことが逆に、より卑猥に映る。
股間部分には可愛らしくも男であることを証明するふくらみが見えたが、これだけのものを見せられてはもはやどちらでもいい。
いやむしろ、これで付いていることのほうが煽情的とさえ思える。
鼻息を荒くして、中にはうっかり反応してしまった下半身を気にする男たちを後ろに、獅子の男だけは変わらない様子で今剥ぎ取ったものに石をかざしていた。
石は反応しない。
(こっちじゃねぇ、ってことは)
改めて少年に石を向けると、やはり変わらず腰のあたりで石が反応する。
獅子の男はさっきと同じように、何のためらいもなく〈それ〉に手をかけ、下ろした。
あっ、と、後ろの誰かが声を上げた。
「こいつだな」
脱がした布切れに石をかざすと、今度こそ石は色を変える。
見つけた。
「どういう効果か知らねぇが、魔術道具だ。おい、こいつを処分しとけ」
「はい!」
「あ、こらテメェ!」
「お、俺が貰うっす」
「ざっけんな俺のだ!」
後ろに放り投げた下着の取り合いが始まるのを無視して、改めて頭から石をかざす。
今度こそ、首輪をはめた場所以外に反応はなかった。
(いや待てよ。同じように着こんでるかもしれねぇ)
あんな小さな布切れの魔術道具を忍ばせていたのだ。
首の近くにも同じように何か仕込んでいる可能性がある。
首輪をつける前に確認していなかったことを後悔した。
一度外すか?
いや、もっと手っ取り早い方法がある。
獅子の男は、今度は上に来ていた長袖のシャツも脱がしにかかった。
そして、少年は首輪以外なに一つ身に着けていない産まれたままの姿になる。
(よし……)
これで、魔術も魔術道具も全て奪った。
こんな小さな子供が魔術を使えるというのは驚きだが、それも全て封じてしまえば関係ない。
今横たわっているのは、ただの非力な少年だ。
獅子の男は満足するように、ニヤリと笑った。
「な、なあ。ひん剥いたってことは、ヤっちまうってことだよな、旦那?」
「ああ? アホか。人質傷つけたら意味ねぇだろうが」
「で、でもよぉ旦那。ちょっとくらい傷物にしても、別に命まで奪おうってんじゃなし」
「目的はあの虎だ。その前にこいつに何かあったら困んのはこっちだろうが」
「でも、こいつは目の毒過ぎるぜ。なあ?」
「ああ、まったくだぜ」
「お前ら……」
こんな子供ガキに、しかも男に欲情とは。
鼻息荒く、わかりやすく股間を膨らませて、鬣以外に体毛がないという奇妙な体をした人族に迫ろうとする男どもに獅子の男は呆れの感情を抱いたが、しかして、改めて少年を観察してみると意外とその独特の風貌が愛らしくも見える。
いやこれは、もしかすると、案外ありではないか?
(ハダカザルに欲情するなんてありえねぇと思ってたが)
体毛を剃り落とされたみすぼらしい猿人族のような姿と聞いていたが、いやよく見てみるとこの姿は、聞いて思い描いていたものとはまるで違う。
むき出しの肌は柔らかそうなハリがあり、まるで食べてくれと言っているかのようではないか。
それまで興味すら抱かなかった小さな体を熟視すればするほど、胸の内に熱い欲望が芽生えてくるのを感じる。
この柔らかそうな肌に牙を立てて、爪を這わせて、小さな体に雄の欲望を突き立てて、苦痛と快楽に混じるその声を聞いてみたい。
有り余る欲望を注ぎ、ありったけの快楽で溺れさせ、この子供から雄の尊厳を奪ってやりたい。
己の中の獣の欲望が、雄の本能を掻き立てるのを感じて、生唾を呑んだ。
毒を食らわば皿まで。
ここまでやってしまったんだ。
ならば、これ以上は何をしても同じ……
「そうだな……」
獅子が一線を越える気持ちを固めたその時、ガチャリと重い金属音が部屋に響いた。
錆の浮いた蝶番が擦れる音を立てて、フードを目深にかぶった子供がこの暗い部屋に入ってくる。
「あ、あの、お店の人、帰ってくるみたい」
「……チッ」
「タイミングわりぃ」
「もうちょっとだったのによぉ」
「まあ、眠ってる奴犯してもつまらねえか」
「だな。お楽しみは、この坊やが目を覚ましてからにしようぜ」
子供の登場に男たちは一斉に機嫌を悪くして、思い思いに舌打ちやため息などをついて、裸の少年から離れて出口に向かう。
「あっ」
一人がわざと子供にぶつかり、弾かれた小さな体が床に倒れる。
男たちは誰一人、見向きもせずに倉庫から出ていった。
最後に残った獅子の男が、倒れている子供に向かってロープを投げつける。
「それであいつの腕縛っとけ。わかったな?」
「……はい」
子供が頷くのを聞いて、獅子の男は出て行った。
フードの子供は起き上がると、涙をこらえながら渡されたロープを手に裸の少年に駆け寄り、震える手で、言われたとおりにその両手を背中側でグルグル巻きに縛り付ける。
「うっ……ぐずっ……ひっく……」
声を潜めてしゃくりあげながら。何度も「ごめんなさい」と呟きながら。
作業を終えると、まだ倒れて動かない少年にもう一度「ごめんなさい」と謝って、置かれていた火のついたロウソクの燭台を持って部屋から出ていく。
その扉が閉じると、少年と暗闇だけが残された。
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