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#2
クライヴ
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乱れる呼吸を整えながら、目の前の男をしっかりと見つめなおす。
獅子族のβ。武術科の、同じ一年。
同じβでありながら俺よりも一回りは大きい恵まれた体躯から繰り出される大剣の一撃は、授業用に作られた木製の模造刀とはいえすさまじい衝撃を剣戟に付与する。
まだ剣筋は荒いが、それを補って余りあるパワー。
油断が無かったといえば、嘘になるかもしれない。
初等部から様々な技術の基礎を学んできた自分が、そして先日、付き添いという形とはいえ魔獣討伐のクエスト実習を完遂した自分が、劣っているはずなどないと。
胸の内にあっただろう驕りを振り払うため、肺の空気を吐ききる。
そして、夏の蒸し熱い空気を一杯に取り込むと、鉄床で打ち上げられる刀身のように思考が研ぎ澄まされていくように感じた。
口元に余裕を見せる、剛腕にふさわしい雄々しいその顔に、俺もまた挑発を込めてうっすら笑みを返す。
劣勢でも闘志を失わない俺に男は気をよくしたようで、手にした大剣を上段に構え直した。
戦いの興奮に酔った、狂暴にすら見える笑顔。
「行くぜ貴族のお坊ちゃんよォ!」
雄たけびと共に突っ込んでくる巨体。
陳腐な挑発に思わず素の笑いが漏れてしまった。
小都市群が一つになったこの国の貴族とは、その一つ一つの都市を治める領主の家系を指す。
その意味では確かに俺は貴族になるが、故郷は山間のさして大きくない農業と畜産業で成り立つ町だ。
発展途上と言えば聞こえはいいが、まあ、はっきり言えば辺鄙な土地。
王の血筋たる王侯貴族ならともかく、辺境貴族の中でも田舎者の俺を貴族として引き合いに出されても困る。
思わず緊張が緩みかけたという点では、見事な挑発と言えた。
一瞬で詰まる距離。大きな体躯。
緩みかけた緊張を締め直し、俺はカッと目を見開いた。
振り下ろされる太刀筋を、大剣を握る筋肉の動きを追う。
一瞬の乱れも見逃さぬように。
男の体と重なるように思い出される、月夜の巨大な黒い影。
(小さいな)
俺は振り下ろされた男の一撃を手にした両手剣で受け止める。
ぶつかる衝撃。
その一瞬、手に感じる痺れ。
あの時のそれに比べれば、男のそれははるかに軽いではないか。
衝撃を感じる一瞬の間に次の動作を、刃と体の重心をそらす判断と実行ができる余裕があるほどに。
見える。行ける。出来る。
何度となく力負けし、押し込まれかけた斬撃をいなし、すれ違う瞬間、男の顔が驚愕に歪むのを俺はたしかに見送った。
刃を受け流した流れで体を横に回転させ、すり抜けざまに男の脚を払いのける。
バランスを崩した男はそのまま床に大剣を叩きつけると、勢いを殺しきれずに綺麗に前に一回転して背中から崩れ落ちた。
木造の床に重く大きなものが叩きつけられる派手な音とともに。
「フウゥゥゥ」
戦いの興奮を押し流すように、細く息を吐く。
その後で、ハッと我に返った。
模擬戦だというのにやりすぎてしまったか。
慌てて振り返り男に駆け寄ると、
「あっははは! 負けた負けた。あんたすげーな!」
訓練場の床に大の字になった男はそう言って豪快に笑っていた。
「すまない。熱くなってしまった」
「うん? いいってことよ。訓練ってもそのくらいじゃねえと張り合いがねぇ」
差し出した俺の手を掴み、立ち上がる男。
四角くゴツい顔に白い犬歯が光る。
負けたのに晴れ晴れとした笑顔を見せる男を、気持ちのいい奴だ、と思った。
「それまで! いい試合だったな」
審判をしていた教師の号令がかかり、俺たちは互いに距離を置いて向き合い一礼する。
そして、それぞれの控え席に戻っていった。
英雄学園の高等部は三つのクラスに分かれている。
魔法科。
魔法の才能に恵まれた者や、その知識と技術を専攻して学びたいものが進学する。
武術科。
いわゆる肉体派。
肉体強化に基礎体術、自分に適した武器の見極めから扱い方まで、様々な荒事のイロハを中心に学ぶ。
そして俺が所属しているのが特待科。
文武両道、魔法と武術両方で高い成績を収めた者だけで構成されるエリートクラス。
などとは少し大仰で、初等部から階段式に入学した者は大体がこのクラスに流れていく。
入学試験で優秀な成績を収めた者、初等部で基礎を作られている者は他の2クラスよりも早く実践的な授業が行われるという寸法だ。
実践とはつまり、クエスト実習の授業を指す。
クエストとは、冒険者ギルドに持ち込まれる依頼のことだ。
簡単なものであれば食用の山菜や果実、薬草の採取、食肉のための野生動物の狩猟や捕獲、果ては人手が足りない場所から雑用まがいの仕事を押し付けられたり、どこかの町周辺の生態調査に協力したり。
中でもわかりやすく危険で難易度が高いのが魔獣討伐。
害獣駆除の中でも魔力を扱う能力や、魔力によって変異した体を持つ、俗に魔獣と呼ばれる動物の駆除依頼だ。
そうした多岐にわたる仕事を金で請け負うのが冒険者ギルド。
学園は冒険者ギルドと協力関係にあり、冒険者ギルドに寄せられた本物のクエストを生徒たちに授業という形で仲介している。
それはさながら、本物の冒険者と同じように。
学園内で疑似的にクエストの受注と達成報告、報酬の受け取りを再現しているのがクエスト実習というわけだ。
先日。
それまでの成績を認められて、付き添いという形ではあるが俺も初めて魔獣討伐のクエスト実習を受ける許可をもらった。
往復時間と合わせて10日ほどの遠征になる本格的なクエストだ。
そのブリーフィングで緊張する俺の肩を叩いて現れたのは、真っ白な毛並みのα。
俺と同じ狼の血を宿した。
この学園では知らぬ者はいないだろう、最優秀生徒。
ジュノ・アージュ先輩だった。
同族の獣の血が流れているというだけで親戚でも何でもないが、最優秀生徒挨拶などで見かけて、密かに親近感と憧れを持っていた美しき白狼。
魔獣討伐初体験のド素人をつけるには妥当な人選なのだろう。
だがその偶然に、どれだけ心躍ったか。
それを最後に彼が学園を去るなどとは夢にも思わずに。
俺の名前はクライヴ・フォルスター。
狼族のβ、英雄学園の特待科一年だ。
獅子族のβ。武術科の、同じ一年。
同じβでありながら俺よりも一回りは大きい恵まれた体躯から繰り出される大剣の一撃は、授業用に作られた木製の模造刀とはいえすさまじい衝撃を剣戟に付与する。
まだ剣筋は荒いが、それを補って余りあるパワー。
油断が無かったといえば、嘘になるかもしれない。
初等部から様々な技術の基礎を学んできた自分が、そして先日、付き添いという形とはいえ魔獣討伐のクエスト実習を完遂した自分が、劣っているはずなどないと。
胸の内にあっただろう驕りを振り払うため、肺の空気を吐ききる。
そして、夏の蒸し熱い空気を一杯に取り込むと、鉄床で打ち上げられる刀身のように思考が研ぎ澄まされていくように感じた。
口元に余裕を見せる、剛腕にふさわしい雄々しいその顔に、俺もまた挑発を込めてうっすら笑みを返す。
劣勢でも闘志を失わない俺に男は気をよくしたようで、手にした大剣を上段に構え直した。
戦いの興奮に酔った、狂暴にすら見える笑顔。
「行くぜ貴族のお坊ちゃんよォ!」
雄たけびと共に突っ込んでくる巨体。
陳腐な挑発に思わず素の笑いが漏れてしまった。
小都市群が一つになったこの国の貴族とは、その一つ一つの都市を治める領主の家系を指す。
その意味では確かに俺は貴族になるが、故郷は山間のさして大きくない農業と畜産業で成り立つ町だ。
発展途上と言えば聞こえはいいが、まあ、はっきり言えば辺鄙な土地。
王の血筋たる王侯貴族ならともかく、辺境貴族の中でも田舎者の俺を貴族として引き合いに出されても困る。
思わず緊張が緩みかけたという点では、見事な挑発と言えた。
一瞬で詰まる距離。大きな体躯。
緩みかけた緊張を締め直し、俺はカッと目を見開いた。
振り下ろされる太刀筋を、大剣を握る筋肉の動きを追う。
一瞬の乱れも見逃さぬように。
男の体と重なるように思い出される、月夜の巨大な黒い影。
(小さいな)
俺は振り下ろされた男の一撃を手にした両手剣で受け止める。
ぶつかる衝撃。
その一瞬、手に感じる痺れ。
あの時のそれに比べれば、男のそれははるかに軽いではないか。
衝撃を感じる一瞬の間に次の動作を、刃と体の重心をそらす判断と実行ができる余裕があるほどに。
見える。行ける。出来る。
何度となく力負けし、押し込まれかけた斬撃をいなし、すれ違う瞬間、男の顔が驚愕に歪むのを俺はたしかに見送った。
刃を受け流した流れで体を横に回転させ、すり抜けざまに男の脚を払いのける。
バランスを崩した男はそのまま床に大剣を叩きつけると、勢いを殺しきれずに綺麗に前に一回転して背中から崩れ落ちた。
木造の床に重く大きなものが叩きつけられる派手な音とともに。
「フウゥゥゥ」
戦いの興奮を押し流すように、細く息を吐く。
その後で、ハッと我に返った。
模擬戦だというのにやりすぎてしまったか。
慌てて振り返り男に駆け寄ると、
「あっははは! 負けた負けた。あんたすげーな!」
訓練場の床に大の字になった男はそう言って豪快に笑っていた。
「すまない。熱くなってしまった」
「うん? いいってことよ。訓練ってもそのくらいじゃねえと張り合いがねぇ」
差し出した俺の手を掴み、立ち上がる男。
四角くゴツい顔に白い犬歯が光る。
負けたのに晴れ晴れとした笑顔を見せる男を、気持ちのいい奴だ、と思った。
「それまで! いい試合だったな」
審判をしていた教師の号令がかかり、俺たちは互いに距離を置いて向き合い一礼する。
そして、それぞれの控え席に戻っていった。
英雄学園の高等部は三つのクラスに分かれている。
魔法科。
魔法の才能に恵まれた者や、その知識と技術を専攻して学びたいものが進学する。
武術科。
いわゆる肉体派。
肉体強化に基礎体術、自分に適した武器の見極めから扱い方まで、様々な荒事のイロハを中心に学ぶ。
そして俺が所属しているのが特待科。
文武両道、魔法と武術両方で高い成績を収めた者だけで構成されるエリートクラス。
などとは少し大仰で、初等部から階段式に入学した者は大体がこのクラスに流れていく。
入学試験で優秀な成績を収めた者、初等部で基礎を作られている者は他の2クラスよりも早く実践的な授業が行われるという寸法だ。
実践とはつまり、クエスト実習の授業を指す。
クエストとは、冒険者ギルドに持ち込まれる依頼のことだ。
簡単なものであれば食用の山菜や果実、薬草の採取、食肉のための野生動物の狩猟や捕獲、果ては人手が足りない場所から雑用まがいの仕事を押し付けられたり、どこかの町周辺の生態調査に協力したり。
中でもわかりやすく危険で難易度が高いのが魔獣討伐。
害獣駆除の中でも魔力を扱う能力や、魔力によって変異した体を持つ、俗に魔獣と呼ばれる動物の駆除依頼だ。
そうした多岐にわたる仕事を金で請け負うのが冒険者ギルド。
学園は冒険者ギルドと協力関係にあり、冒険者ギルドに寄せられた本物のクエストを生徒たちに授業という形で仲介している。
それはさながら、本物の冒険者と同じように。
学園内で疑似的にクエストの受注と達成報告、報酬の受け取りを再現しているのがクエスト実習というわけだ。
先日。
それまでの成績を認められて、付き添いという形ではあるが俺も初めて魔獣討伐のクエスト実習を受ける許可をもらった。
往復時間と合わせて10日ほどの遠征になる本格的なクエストだ。
そのブリーフィングで緊張する俺の肩を叩いて現れたのは、真っ白な毛並みのα。
俺と同じ狼の血を宿した。
この学園では知らぬ者はいないだろう、最優秀生徒。
ジュノ・アージュ先輩だった。
同族の獣の血が流れているというだけで親戚でも何でもないが、最優秀生徒挨拶などで見かけて、密かに親近感と憧れを持っていた美しき白狼。
魔獣討伐初体験のド素人をつけるには妥当な人選なのだろう。
だがその偶然に、どれだけ心躍ったか。
それを最後に彼が学園を去るなどとは夢にも思わずに。
俺の名前はクライヴ・フォルスター。
狼族のβ、英雄学園の特待科一年だ。
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