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#1

噂の先輩

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「噂って?」
「ほら、例の先輩。αアルファの」
オウム返しになった僕に、ラキは当然とばかりに少ない単語だけを伝えてくる。
いくらαが珍しいと言っても、全然見ないというわけじゃない。
ずっと昔は本当に珍しい存在だったらしいけど、今は人の集まる所ならどこにでも数人くらいはαがいる。
学園にだって十人や二十人で収まらないくらいにはαの先輩や同級生がいるはずだ。
それなのに、例の、だけじゃ誰のことだかわからない。
ますます首をひねる僕にラキは意外そうな顔で、
「ほら、ジュノ先輩。4年で主席の」
そこまで言われてやっと、僕もその人のことを思い出した。
ジュノ・アージュ先輩。
学年首席で、白い狼族のαだった。
4年生の首席とはつまり学園全体のトップで、来年には卒業を控えていたはずなのに突然退学してしまったらしい。
「ああ、突然やめちゃったっていう?」
「そうそう」
力強く頷くラキの言葉は何故だか熱っぽい。
「あれ、運命の番つがいと出会ったからなんだってさ」
続いて出てきた言葉に、思わず昼食を食べる手が止まってしまった。
運命の番。
αとΩの間にだけ結ばれる特別な縁。
苦手な話題になりそうで嫌な感じがしたけど、嬉しそうに話すラキに水を差すのも悪いかなって、僕は無難に相槌を返すに止まった。
「へ、へえ」
「なんでも、クエスト実習で偶然出会ったΩがなんと先輩の運命の番で、そのまま学園どころか冒険者ギルドも王都のスカウトも全部蹴って山奥の村に雲隠れしちゃったんだと。いやすげー話だよな」
「そうなんだ」
「もしかして、マジで知らなかった? 今学園中この話で持ちきりだぜ?」
「うん……」
オメガ性に関係する話題は、苦手だ。
だから意識して避けていたし、耳に入らなかったのはきっとそのせいだ。
そんな僕でも先輩の名前が聞こえてくるくらいに、みんな噂しているんだろう。
いつも元気を分けてくれるラキの前でだけは暗い顔はしないようにしようって決めているのに、僕はだんだんと気持ちが重くなっていくのを感じていた。
「マジであるんだなー。αとΩの運命の出会いって。たった一人と結ばれるために他の何もかも捨ててもいいって、どんな感覚なんだろうな? っくー、オレもそんな恋がしてみてぇ」
拳を握って力説するラキ。
(そう……なのかな)
僕には、その感覚こそわからない。
「運命の番なんてなくても、恋はできるんじゃない?」
だからか、ついぶっきらぼうに言ってしまう。
ラキは「わかってないなぁ」と呆れた様子で首を振った。
「βは男女の恋愛がノーマル、当たり前なの。性別の壁を超えて自由に好き合えるのはαとΩの特権だぜ?」
「……」
僕は、黙り込む。
少なくとも、僕はそんな自由なんて感じたことが無かった。
Ωは、αが相手じゃないと子供を作れない。
それなのに年頃になると発情期ヒートという厄介なものまで現れる。
意志や感情だけでは抑えられない体の疼きを癒す相手は、αでなくとも構わない。
子供も家庭も作れないのに、肉体の欲望に流されて誰彼構わずに色情を振りまく。
色狂い、生まれながらの売春婦、大人をたぶらかす色情魔……
故郷で僕を見る大人たちの目は、いつもそう語っていた。
そしてたぶん、それは正しい。
体の衝動に邪魔されず、誰かに好意を持つことに後ろめたさも後ろ指を指されることもない。
それこそ、Ωが持つことのできない特権だ。
「あーあ、俺もαに生まれたかったぁ」
「それは……きっとみんなそうだよ」
(僕も、ラキがαだったらよかったな。そうすれば……)
喉元まで出かかった言葉の先は、何を言いたかったのだろう?
僕自身も、わからない。
でも、もしラキみたいな人が僕の隣にずっといてくれたら。
それはきっと、とても都合のいい妄想。
だから、僕はそれ以上考えないようにした。
「そうじゃなくて、あー……まあ、αだもんな。そりゃそうか」
僕が話に乗らないからか、ラキの声がつまらなそうになる。
これできっと話は終わってくれると、僕は期待していた。
「なあ、ハリムもやっぱりαが相手だとドキッとしたりするのか? ジュノ先輩を見たときとか、胸がキュンってなったりした?」
「……ラキも、Ωはみんなαを見ただけで発情するって思ってるの?」
「あ……」
自分でも驚くくらい、冷たい声。
それに気が付いたのは、言い終わった後になってだった。
もしかしたら、その時僕はラキを睨みつけていたかもしれない。
無意識に奥歯を噛みしめていて、どんな顔をしていたのか、わからない。
「悪い……そんなつもりじゃなかった」
「……」
普段の明るさを感じられない声で謝られて、我に返る。
(どうしてこんなに、切ないんだろう?)
胸に刺さる棘のような、この感じは何なんだろう。
どうしてこんな気持ちになったのか、こんなときどう言って謝ればいいのかわからなくて、また、黙ってしまった。
お互いにずっと、食べ終わるまでなにも言い出せない。
「じゃあオレ、先に戻ってるから」
「うん。また後で」
結局、次に口を開いたのは、昼食を食べ終わって食堂の食器を戻す僕と別れる彼の短い言葉だった。
僕は、その時の精一杯の明るさで答える。
せっかくのランチタイムだったのに、僕のせいで変な空気にしてしまった。
でも、ラキとだけはオメガ性の話はしたくない。
僕にはこのΩという性別にいい思い出が無いし、それに、これからもきっとないから。
でも、ラキはただ恋話をしたかっただけなのに……
嫌だという気持ちとラキへの申し訳なさの間で、僕はどうしようもなく、頭の中のモヤモヤをため息にして吐き出した。
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