いきなり婚約破棄された悪役令嬢が伯爵様と聖女様にワンインチパンチをねじ込んでご理解頂くだけのお話ですわよ

白井伊詩

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魔法? いいえ、ジークンドーですわ

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「君との婚約を破棄させてもらう。そして聖女アリアと僕は結婚する」
 
 なんなのこの伯爵、わたくしをその辺の町娘だと思っていて吐き捨てているのかしら。例えそうだとしても町娘が可哀想よ。
 思わず口に出してしまいそうになったけど、私はこの程度では動じることは無いのよ。そもそも婚約破棄については願ったり叶ったりなところ。
「婚約破棄は構わないわ。ただその前にエーデルワイス・リチャード、あなたからは爵位を剥奪または降格しますわ」
 私の言葉にリチャードは困惑した表情をしている。金色の髪揺らし、碧眼に疑問を浮かべる。甘いマスクは見ていて悪いものでは無いのだけれど、今の私にとっては募る苛立ちの方が大きい。
「君にそんな権利無いだろう。グレイ?」
 君って仰られているのだから最後にグレイと呼ぶ必要無いのにいちいち無駄な言葉を話すこの伯爵をどうにかしなくてはならない。
 
 というのもこの伯爵と聖女アリア、人柄は決して悪いのではないのだけれど為政者としては落第点なの。もっと端的に言ってしまえば頭の中がお花畑であそばせられるの。
 リチャードもアリアも自分が受け持つ領土を何とかしようと思い奮起しているが領民の生活が苦しければ直ぐに減税し対応したり、聖女アリアは傷病に苦しんでいる者がいれば聖女の力を使いそれで助けている。
 たしかにそれは正しく思える行動にも取れるけど、根本的なところである何故生活が苦しくなったかを原因追及や病の原因を調査していないのよ。
 いくら減税しようとも原因が不確かなら効果があるかどうかもわからない。
聖女の力もそうよ。確かに人を癒やす効果があるのは重々私も理解しているのだけど対症療法的だし根治にはならない。公衆衛生や医学的知見から原因を探す必要があるのよ。
 
 しかし、この二人はそれらを怠ってしまった。
 
 勿論、それらについては半年以上私の方から指摘をしているのだけれどリチャードは「アリアがいればどんな病気も治せるから必要ない」アリアは「領民の皆さんの生活がもっと豊かになればいい」としか言わず聞く耳を持たなかった。
 半ば呆れながら私は徴税の支出入の帳簿を確認し、計算に誤魔化しのある商人たちがいることが判明している。勿論、脱税など許されるはずも無く首謀者及びその一味、関連が明らかな人間はブタ箱にぶち込んで差し上げたわ。
 
次に農民も貧困については作物の収穫量は貧困になる前から総量に変化は無い。つまり凶作続きが原因ではない。
では何が原因か、これも既に判明済み。というより私が調査して違法薬物に手を染めて借金まみれになっていただけ。その中毒症状を病気と勘違いしてアリアが治療していた。もちろん農民は何も学習せず薬物乱用、もれなく中毒患者に舞い戻って行ってしまった。こちらについては更生施設を設立、薬断ちを援助しながら簡単な労働を行わせて施設内で生活できるようにしているわ。勿論、違法薬物の原料となる植物の畑は全てこの手で燃やして差し上げたのです。
 そしてこの一連の騒動に加担した貴族たちも漏れなく全てブタ箱にぶち込んで差し上げましたわ。
 そしてその祝勝会が今、まさに行われているこのパーティーの趣旨、そしたら何故かこの二人が煙に巻くように私に直談判をし、正当な理由とかもよくわからないまま婚約破棄を申し出てきた次第なのです。婚約破棄は願ったり叶ったりですけど。
 
「……権利、ありますけど?」
 
 私はリチャードにそう返す。リチャードは伯爵家、対して私は公爵家であるため正当な理由があれば何も問題なく爵位を下ろす事が出来る立場なのです。言わば権力の正当行使にあたりますことよ。
 
「何を言っているのでしょうか?」
「グレイ・ノーザンバーランドですのでノーザンバーランド家四女なので、父に事の顛末を話せば爵位降格は必定と存じますが?」
 商人と貴族がグルになって脱税することを見逃す、農民たち間で流行った薬物乱用などを鑑みれば妥当も妥当ですわ。
「嘘をつかないで欲しい、僕が聞いた限りではグレイ・ノーザンバーランドは慈愛に満ち、機知に富み、何より鉄拳令嬢と呼ばれるほどの剛毅な女性と聞いている少なくとも君と違う」
「どこが違うのかしら?」
「まずそんな高潔な女性がいきなり貴族や商人を牢屋に放り込み、農民を怪しげな施設に監禁するわけがない! それに何より君は……君は農民たちの畑を自らの手で焼き払ったじゃないか!」
 リチャードは激怒してあそばせられていたわ。
「それ、あなたの感想ですわよね?」
「バカにしているのでしょうか? 偽物公爵令嬢殿?」
「ええ、政治が分からぬ貴族など木偶ですので。良き為政者とは乱世を収める者か平和を存続させる者です。そして貴方はどちらにも今は成れていない」
 私がわざわざ言うことでもなくそれは明白、無能が人の上に立ち民を蔑ろにする結果を招く者はその志に関係無く責を問われる。
 そう、リチャードもアリアも悪人では決して無いの。ほんの僅か、本当に僅かな違い、思想、知識、志、そして立場。本当にそれだけ。
 この二人があと少しだけ世を知っていれば。あと少しだけ現実を学ぶ機会、甘い言葉で自分たちを騙してくる人間がいるということを知っていれば私の言葉に耳を傾けられたかもしれない。
「僕は公爵だ。学びは収めている学院も卒業している。帝王学もだ。対して君はいつも心無いことばかりを言う。それに嘘もつく。今も公爵家の名を使っているじゃないか、従者から聞いているんだ。君は公爵家と公言しているが真っ赤な嘘だということも!」
 
 埒が明かない。
 
 私はテーブルの上にある冷めた紅茶の入ったティーカップとソーサーを両手でそれぞれ持ち、お茶をゆっくりと飲む。
 
「……そうですか、では私の言葉を受け入れない。と?」
 
「偽物の言葉に傾ける耳は無い」
 
 リチャードは剣を抜く。後ろにいるアリアは魔力を練っていた。
 
「昔に聞いた話で、どうしても話を聞いて欲しい時は、相手を金槌で殴りつけるのが良いと聞いたことがあります。生憎ここには金槌はございませんが――」
 
 私は、リチャードにつま先を向けるとカップとソーサーを空中に放り投げ、二つの落下に合わせてそれぞれ右の拳を当てる。
 砕けるというより粉末になったカップとソーサーが煙のように私の目に映る。
 
「この両の掌を金槌とします」
 
 リチャードの言うとおり、私は鉄拳令嬢と呼ばれることがあるのは事実ですわ。その理由は私がジークンドーマスターであるトーゴ・ストーンウェル師範の弟子でありランク3のジークンドー使いであることが由来しているのよ。
 ちなみにジークンドーのランクは0~8段階であるため、私もまだまだ青二才の新米よ。
 
「カップが粉に……魔法か」
「いいえ、ただの身体操作よ」
 私はリチャードと一気に距離を詰める。前ならえの要領で右手を伸ばし指先をリチャードの胸のあたりに付ける。
「攻撃……?」
「私、魔法はからっきしなのですわ。でも、既に貴方の生殺与奪を握っていますのよ」
「その距離であなたの細い腕では攻撃にはなりません。せいぜい小突く程度のものですよ?」
「やってみましょうか?」
「どうぞ、ご自由に」
 
 余裕綽々のリチャードをよそ目に、私は右手を拳に変え、地面を蹴るようにして足の力を腰、背中、肩甲骨、そして腕にエネルギーを流動させ末端の拳にそれらを全て乗せる。
 リチャードはその衝撃を胸に受け、その場に倒れる。
 
 
 
文字通り対象から拳を1インチ(2.54cm)の助走距離から放たれる必殺の拳。通常のパンチと違い相手と密着しても放つことが出来る一撃であるため剣や槍を使う者の懐にさえ入ってしまえば一方的に攻撃できる技ですの。
 
「うーん、話ではかなりの手練れと伺いましたが、一撃でノックダウンするなんて興ざめですわ。ああ! いけませんわ! つい練習の事を思い出して打ってしまいましたわ! 気絶したらお話が出来ませんわ!」
「リチャードさん!!」
アリアが亜麻色の髪を揺らしながら心配そうにリチャードを見つめる。
 
「安心しなさい、失神しているだけですわ、さて次はあなたの番ですわ。お覚悟よろしくて?」
 
 アリアは両手を前に突き出すと魔力を操作してバリアを展開する。これはプロテクションという魔法で大男の膂力でも打ち破るのは難しいと言われておりますの。
 ですが、トーゴ師匠はその魔法の欠陥をすでに見つけておりますのよ。
 
 プロテクションにより出来たバリアとアリアの正中線の位置、そして前に伸ばした両手の間が重なる場所に指を合わせる。そして縦拳を固め、リチャード同様にワンインチパンチを放つ。
 
 ガラスが砕けるような音と共にプロテクションは木っ端微塵に粉砕する。
 
 そう、プロテクションは両手から魔力を放ってしまうため、その中心の一点だけ脆い箇所が生まれてしまうの。そこに強い衝撃を与えることで魔力流れが乱れて魔法が維持することが出来なくなるのよ。
 
「嘘……」
「一撃で打ち破って言うのもあれだけど、魔法の腕前は中々のものですわ。あとはもう少し学びなさい。リチャードと一緒にですわよ」
 私は呆然とするアリアにそう言い捨てると抱拳礼をしてパーティー会場を後にした。
 
 
 この後、私が行っていた内容と私の素性については潔白が認められ、リチャード伯爵は男爵に格下げとなりましたの。
 領土で起こったことを反省し、新たに学びそしてそれでも志を持って邁進してくれるのであれば、私がリチャードから見て悪役令嬢に見えたのも甲斐があるというものよ。
 
 そう願い、そしてこの国が良くなっていくことを私は祈るばかりよ。
 
 
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