上 下
108 / 117

使ノ106話「忠誠のレオニクスの殉職Ⅰ」

しおりを挟む
 
「まずいですね、グーラント殿が倒れた今、天使が一気にこちらに雪崩れ込みます。我々は対空能力を持ちません」
 レオニクスは頭を抱えていた。
「そうですねえ、グーラントは二年もヴィストークで粘りました。」
 アンタレスは紅茶を飲みながら一息つく。
「アンタレスさん、対空に注力してほしいと言っていましたがいくら何でも無茶です」
「そうですね、でも少しでも数を減らさないとレオニクスさんの隊列もあっという間に崩れてしまいます」
「それはそうですが……」
「この平原リカーネは王城の目と鼻の先、ここで天使を食い止めねば、ミオリア殿が帰還するまで」
「最初の二年は平和でしたけど、三年目からヴィストークは地獄でしたからね。グーラントも援軍を呼べばいいものを……」
 レオニクスはやるせなさに打ちひしがれる。
「復讐も兼ねていましたからね……それに愛して止まない海で果てたのは救いなのかもしれません」
 アンタレスはマグカップの底を覗いてため息をつく。
 
 静寂を裂くように魔術砲撃の音が天使対策で建てられた外壁の方から聞こえた。
 
「これからどれだけ引き延ばせることやら」
 レオニクスは静かに短剣と帯刀し槍を右手に体を隠せるほど大きな丸い盾を左手に持ち、城壁へと向った。
 アンタレスは最後の一口の紅茶を飲むと立ち上がる。
「あ、私も出ないと」
 アンタレスはのんびりと防衛拠点の櫓に登った。
 
 
 レオニクスが最前線に到着すると既に部下達が隊列を組み臨戦態勢となっていた。
「レオニクス隊長、早速お出ましです。流石天使と言ったところでしょうか人間なら三ヶ月かかる距離を一ヶ月で走破してきました」
「我々も負けていられませんね、次からトレーニングに取り入れましょう」
「訓練で死人を出すおつもりですか?」
「死なないところから訓練ですね」
 レオニクスはそう言いながら隊列を組む部下の一人一人の肩を叩いて鼓舞する。
 
「皆の者、敵は強く速い、我々一人一人では到底太刀打ちできない。懐刀、狂乱のグーラントが殉職した。これは事実だ。しかし、我々は立ち向かわねばならぬ。イシュバルデ王国の礎になり、最後一片たりともこの国に忠誠を示すのだ!」
 レオニクスの声が平原に響くと、兵団は一斉に武器を掲げ共鳴する。
「此度の逆賊は我らをより強くより硬くより高くしてくれる。容赦なく掛かるのです!」
 
「おーッ!!」
「進め!」
 
 レオニクスと先遣隊である三百の軍は平原のリカーネに建設された外壁の先で足音を同調させながら進む。
 対する天使族は魔法砲撃をレオニクス軍に浴びせる。
「そんな豆鉄砲、我らにとってハイキングに来たようなものです。盾を構えるほどのことでもない」
 レオニクスはそう言うと盾を下げて天使軍に向って全力疾走を始める。
 
「走れ! 速ければ速いほど敵を狩れます。一人でも多くの死体の山を築くのです!」
 最後尾にいたレオニクスはいつの間にか先頭を走り抜け我先にと天使の前衛へと飛び込む。
 そこから始まったのは国の中枢を担う戦闘狂の奇行である。
 
 レオニクスは槍を振るうと天使軍の前衛が瓦解を始める。防壁魔術はレオニクスの筋肉に負け一撃で破られ、先遣隊がレオニクスに一斉に襲いかかるが百、二百の並ですらレオニクスを阻むことは叶わない。
 前衛が崩れた瞬間、レオニクス続く三百の兵たちが奥へと侵攻を始める。
 三百と一の盾が天使軍を押しつぶし圧搾しリカーネの土を赤く染め上げる。前に進むのなら歴戦の槍の穂先が胴体を貫く。
 
 この圧倒的な武力と鋼の精神、そして乱れることのない統率された指揮、何よりももっとも恐ろしいのが――。
 
 レオニクス軍の一人一人が死を恐れていない。この一点である。
 
 
「一人、百は殺しましょう! それまで帰りませんからね!」
「了解!」


「空から進軍!」
 部下の誰かがそう叫ぶ声を耳にする。顔を上げると空を覆い尽くす勢いの天使達が現れる。
 空が陰ったと思うと妙な発光が点々と現れる。魔術砲撃が始まる寸前である。
 
 空が闇に包まれる。
 
 目がくらむように周囲から光が消える。
 
「総員!! 空を見てはなりません!!」
 
 レオニクスは盾で自分の顔を覆うとその場に蹲る。
 
 直後、闇夜の空にロジックツリー状に伸びた光線が空を覆い、やがて地上に降り注ぐ。
 天と地を焦がす一撃で空に君臨している天使たちは撃墜され、地にいる天使達は焼き焦げた。
 この、悉く一切を焼き焦がす光線を見た者は神罰と揶揄した。
 
 それが由来し生まれた名が神罰のアンタレスである。
 対多数戦におけるスペシャリストである彼女が懐刀で一番、敵に回したくない女傑である。
 レオニクスは何度見てもこの一撃だけは物怖じする。直ぐさまの胸を叩き鼓舞すると立ち上がる。
 
「まだまだぁ!」
 
 レオニクスは眼前に広がる敵兵に向って槍を走らせた。
 鮮血浴びようが、足が棒になろうが、敵が前にいる限り後退することはない。苦痛は無視し、敵将を討ち取る機械に自分を落とし込む。
 その有り様は歴戦の猛者であり、戦神が取り憑いているようだった。
 
 忠誠のレオニクスの物語が始まる。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...