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使ノ105話「狂乱のグーラントの殉職」
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話はジークがエムラクールを打ち倒す三年前になる。
丁度七年の修行を終え、王城に帰還したところから始まる。
玉座にはイシュバルデ王国国王アクバ、向って右翼には円卓七騎士がぽつぽつと並び、反対の左翼は懐刀がぽつぽつと並ぶ。
懐刀はルーサーとネフィリエレインの姿しかなかった。円卓七騎士も四人しかいないが、ミオリアは名簿をすっかり忘れている。
「戻ったか、随分待たせてくれたな」
アクバ王はミオリアの帰還に安堵を見せた。
「……色々ありました。他の者は?」
「務めを果たしている。中には戦死した者、深い傷を負った者もな」
ミオリアは目を見開き、奥歯をギリギリと鳴らした。
「そうですか……」
「天使の軍勢を五年もの歳月を食い止めていた」
「詳しくお聞かせください」
「いいだろう、先ずは仲間の死だ。知るのも務めだ」
アクバ王は口を開いた。
狂乱のグーラントの物語を――。
澄み渡る空は戦より漁に出る方が幾分、日和が合っているように見えた。
「なぁー、戦争なんか止めにして天使とか空神とかも仲良くメシでも食って騒いだ方がいいんじゃねえか?」
甲板の上に大の字で眠る男が暢気に言う。
「お頭、既に向こうも陣を敷いている、戦は間もなくですよ」
「うなことたぁ、分かってんだよ、まぁ、でも」
グーラントはそう言いながら耳にいくつも付いたピアスを撫でながら立ち上がる。
「まぁ、でも今は稼ぎ時だ。このヴィストークの海に土足で入って生きて帰れるとは思うなよ」
船首に足をかけてハープーンを掲げると鬨の声が木霊する。
「減ったなぁ、十万隻あった船も今や一万そこそこ、相手は億の兵士、今日で俺たちもお終いって訳だな」
グーラントはため息をついて楽しそうに笑う。
天使の進行が開始されてから三年が経過した。ミオリアがキリクを倒すべく修行を行っている最中であった。
天使は毎日のようにヴィストーク海域の先、エンドラリーブから進軍している。
つまり、グーラントが立つこの海こそが最前線である。
ハープーンはグーラントと共に海中に飛び込む。
空気の泡を吹きながらグーラントは水を蹴る。真っ青で真っ暗な海の中をカジキのように悠々と泳ぐと天使の船底に到着する。
ハープーンを船底に突き立て周囲の装甲を巻き込みながら破壊しそのまま船を海中に引きずり込む。
水圧に耐えられず敵船が音をと立てて軋みながら船は海底へ引きずり込まれる。
大型戦艦を海中に引きずり込む膂力と自在に海中を闊歩する。
この力はあくまでグーラントの基本的な能力の一つである。グーラントが持つ能力の最たるものではない。
まず一隻、超大型戦艦を海に沈める。
グーラントの立つ海底には既に何千隻もある戦艦の亡骸が沈んでいる。珊瑚が咲き誇る風景はなく、鉄の死骸が沈む殺風景な風景だ。
静かにため息をつき、亡き妻シレノメリアに懺悔する。
自軍の船が錨を上げる。激突と戦火で海を汚すことになる。シレノメリアに祈りを捧げ、ハープーンを構える。
逆巻く水流が海面を突き抜け天空へとグーラントを射出する。高く跳んだグーラントは両手でハープーンを構え前に突き出す。
自由落下を味方に付け足に残った水をジェットのように噴射させ敵艦隊を見据える。
射貫くという言葉が当てはまる。無謀と思えるほどの捨て身の一撃に敵戦艦の艦首に穴を空ける。
海面を滑るように高速で移動すると五隻並走している戦艦隊の側面に回り込む。
「どうか俺を死なせてくれ」
水流が渦を巻きながら砲弾のようにグーラントを飛ばし戦艦に突撃する。
あまりの衝撃で並走する五隻の戦艦が側面から押されドミノ倒しの要領で激突し、その最後尾からグーラントは現れる。
直後、五隻の戦艦は真っ二つに折れ船首と船尾が天を向きながら海に飲み込まれる。
当然、こんな無茶苦茶な攻撃をすれば本人も無事ではない。
グーラントは四肢を裂かれ、臓腑は剥がれ落ち、最早グーラントであるとさえ認識できないほどだった。
海面にハープーンと僅かな肉が落水する。直後に海面からグーラントの手が伸びハープーンをキャッチする。
それから全身が海面から現れる。
「ダメか、まだ死なせてくれないかシレノメリア」
ぼやきながら残り九百九十四隻ある戦艦軍を前に立つ。
敵軍の真ん中に立つグーラントは叫ぶ。
「誰でもいい、俺を殺してみろよ」
ハープーンを構え、グーラントは顔のピアスを光らせながら笑う。海に似た青髪が揺れると再び攻撃を始め、敵艦隊の連携を断つ。連絡係の飛べる天使が空中を闊歩しはじめるがグーラントは待ってました言わんばかりの表情で空中に飛ぶ。
「よぉ、伝令隊、雁首揃えてお前らがヴィストークの洋上を飛ぶんじゃねえ、海鳥が怯えるだろうがぁ!」
ハープーンを投げつけ天使の胸を貫通させ打ち落とす。体と水流を器用に操作し天使が突き刺さったままのハープーンを回収すると次の標的を見つける。
次、次、次と伝令隊の天使を串刺しにするとその亡骸を敵戦艦の船首甲板の上に放り捨てる。
無論ここまでされれば天使のはらわたは煮えくり返る。それすら嘲笑するようにグーラントは虐殺の限りを尽くす。
生粋の殺戮者はかつての暴虐の限りを尽くして天使の駆除を執行する。
「出て行けこの海から」
ハープーンを突き立て船首を破壊するとグーラントは海に潜る。潜行と急速浮上による予測しづらい行動に天使達は頭を悩ませている。
ただこの戦法は最初の戦闘から使い古している策であるためそろそろ対策がされていてもおかしくはない。
グーラントは注意を払いながら一隻ずつ丁寧に船を沈める。
振り返れば自軍の戦艦も焼け落ち、肉の焦げる匂いがグーラントの鼻腔にへばりつく。
ため息混じらせながら、次々と船を沈める。
ぼんやりと頭を空っぽにして破壊作業に勤しむ。これで功徳を積めるのだから軍人というのは安い職業だと皮肉る。
海が凪ぐ。
五十隻を超えた当たりでグーラントは背筋を凍らせる。いよいよ何かが来ると直ぐに悟る。
案の定、空を見上げるとあからさまに強そうな天使が舞い降りる。左右に四枚の翼を生やし、エメラルドの瞳がグーラントを見下ろす。
「あんたがこの艦隊のボスか?」
グーラントは訪ねる。
「然り」
「じゃあ、早い、あんた殺せば今日はゆっくり眠れるということだな」
「無理だ」
「へえ、あんた俺を殺してくれるのか、そりゃあいい、肌で感じるぜ、ビリビリ来やがる。あんたなら本当に殺してくれるのかもな、生きれば国に貢献して死ねば俺は救われる。どっちに転んでも美味しいな」
「配下の無念、晴らしてくれる」
「おいおい、綺麗なお嬢さんなんだからそんなしかめっ面するなよ、まぁ、美人だが好きになれそうにないがな、隣に座る女は決まってんだ」
グーラントは軽口を叩きながら、水流を操りエメラルドの瞳の美人天使に一撃を加える。
「名乗りも上げぬとは所詮獣か」
天使は軽く手を払うと風がグーラントの水流を消し飛ばす。
「……失礼、俺はグーラント、巷じゃ狂乱のグーラントとか妻喰らいのグーラントとか色々呼ばれている」
「守護天使ラファエル、参る」
名乗りを上げたと同時にラファエルは槍を抜き払う。
風の刃がグーラントとその後ろ船を両断する。
海面からグーラントは浮上すると後ろに広がる光景目を疑った。一キロ近く離れている船さえ既に沈み掛かっているのだから。
それでいて自軍の船は傷一つない。恐ろしく練度の高い風の操作技術である。
「強えな」
「序の口」
「そうか」
グーラントは水流を操りドーム状の領域を展開する。
「無意味」
「そうか?」
グーラントは足で海面を蹴る。足にすくわれた水が放物線を描きながらその場で停滞する。ドームと足場の海が凍り付き領域が固定された。
「貴様、水の使い手ではないな?」
「俺自身は氷使いさ」
「と言うことは、今まで使っていた能力は」
「貰った力だ」
グーラントはラファエルの言葉を遮って言う。
「神獣か」
「及第点をくれてやる。まぁそんなに聞きたいなら聞かせてやるよ」
そう言いながらグーラントはドームの外側にある氷を操作し撤退命令を出す。
グーラントがここで足止めを食えばまず間違い無く自軍は敗北する。全滅するくらいなら撤退させレオニクスの軍勢に引き込む方が得策である。
「不要」
「そうか、それは残念だな、せめて翼の一つ……いや何なら命置いてけや」
ハープーンを構えてグーラントは氷を操る。なめらかな流水を描くかのように足場を作り滑る。徐々に加速しながら紙一重でラファエルが放つ風の刃を避ける。
「ヒィー、遅い遅い、うちにはもっと速えやつがいるからな」
グーラントは氷を操り射出台を構築しそこからラファエルの喉笛へと飛び出す。
「読めている」
ラファエルはグーラントの首元に風の刃を発生させる。
「おっと」
グーラントの首が飛ぶ。胴体だけの体はラファエルの右の上翼を抉る。
「このッ――雑魚が」
ラファエルは胴体だけの体を真っ二つに裂くと動かない死体を横目に去る。
「おいおい、まだ、終わってないぜ?」
グーラントはハープーンを構えている。
「グーラントと言ったな、貴様、確かに首を取ったはずだが?」
「何、ちょっとした愛情さ、とは言え、そろそろリミットが近そうだな」
グーラントは本能的に最後の死を理解する。
「死に拒まれる力、神獣にそのようなものがいたな、たしか名前は」
「シレノメリア、よく覚えておけカスアマ」
「食ったな、肉を」
「食ったさ、美味かったぞ、意外と塩気もあって」
グーラントは白い息を吐き捨てる。空気を凍らせて白い粒が空中からこぼれ落ちる。
「なんだこの氷は?」
「さぁな、そろそろ来るぜ」
ここでグーラントの口は動くが言葉が響く事は無かった。
ラファエルは体を震わす。空気を吐き出したら直ぐに固体となる。その光景に目を丸くさせる。
その一瞬の隙を逃すこと無く、グーラントはラファエルの右中央の翼を刈り取る。
「――」
グーラントは笑う。
ラファエルは体を翻し、グーラントの心臓を貫く。
「おっと、やっとこれは……」
「シレノメリアの肉の効能は死の肩代わり、お前に下る者たちに死を与えることでお前は生きながらえる。そして今、我が軍が貴様の軍を皆殺しにした。もう蘇ることはできない。眠れ」
「それは違うぜ……」
グーラントは地面に伏せる。
「狂乱のグーラント、人の子にしては強かった」
「守……護天……使ラファエル、助かった。ようやく死ねる」
過去の話をしよう。
ある青年は、頭が良くなかった。
両親は流行病で死別してから粗暴で短絡的な性格に変貌した。
ある日の午前、磯場で銛突き漁をしていた。その日は不思議と豊漁で両手に抱えきれないほど魚を捕ることが出来た。
意気揚々と磯場に上がると、女がどこからともなく現れて、魚を食わせて欲しいと青年に頼んだ。
青年は女の姿を見ると、妙齢のはずなのに頬がこけて指はガリガリに細くなっていた。男は快く家に案内し、女が腹一杯になるまで獲れた魚を与えた。それどころか女は青年の家にある食べ物を全て平らげてしまった。
青年はその姿を楽しげに見ていた。両親が死んでから誰かと食事をしたのは初めてだった。
どことなく懐かしさを感じていた。母の姿、父の姿、あの日の憧憬を思い出していた。
次に女は帰る場所が無いと言った。男は家の空いている部屋を与えた。
それから男は不思議なことが起き始める。港の漁師が不漁の時にも青年は沢山の魚を持ち帰り、怪我をしても直ぐに回復するようになり、人知を超えた怪力を手にしていた。
青年はその力を使って、魚獲りで海に潜る仕事から海の魔獣を狩る仕事で海に潜るようになっていた。
ある日、青年が住む港町で海の神獣が現れたと噂になった。
その噂によると神獣の肉を一口食べれば幸運に恵まれ、二口食べれば病は完治し怪我は元通りになり、三口食べれば人知を超えた力を得られる。
その神獣を喰らう度に力を得られるという話だ。
丁度、その頃、同じ時期に似たような力を得た青年がいた。
町人たちは青年を捕らえると、神獣の居場所を聞き出した。青年に心辺りはないと言い続けたが死ぬ寸前まで体を引き裂かれていた。
ボロボロになった体を引きずるように家に帰ると、女は悲しそうに青年を抱きかかえた。
青年はしばらく眠ると体は元に戻った。
夜更けの頃、女は青年に、自分が神獣であることを伝えた。青年の食事に少しずつ自身の血を混ぜて力を与えていたのだ。
そして女は真の姿を男に見せた。人間の上半身に魚の下半身。そして女は自分の名前をシレノメリアと名乗った。
青年は、女を海に帰し隠れるように諭した。
それから騒動が落ち着いたら再び暮らそうと約束した。
男はそれから噂が止むのを静かに待った。
三度目の夏が過ぎた頃、港町で噂が消えかけていたがそれがぶり返した。
シレノメリアを捕らえたと町人たちは大喜びで騒ぎになった。青年は大急ぎで港に向うとハープーンは胸を貫通している人魚が吊られて見世物になっていた。
青年は耐え難い苦痛に胸を押さえ、嗚咽と共にシレノメリアの体を抱きかかえて逃げていた。
シレノメリアは掠れる声で夫に自分の全てを喰らって欲しいと願った。全てを喰らえば何でも願いを叶える力を得られると教えた。夫は静かに頷いて妻を骨も髪も血の一滴すら残さず平らげた。
それから男は妻を死へと追いやった者たちの血が途絶えるまで生きることを願った。
ヴィストークの海の守人として。
やがてその男の力に吸い寄せられるかのように様々な人間が集った。
いつしか海の守人はヴィストークを牛耳るようになったが、男は時より発狂したように部下を殺すことがあった。
それが由来し、男は狂乱のグーラントと呼ばれるようになった。
グーラントの悲しみに誰も気付くことはなかった。
丁度七年の修行を終え、王城に帰還したところから始まる。
玉座にはイシュバルデ王国国王アクバ、向って右翼には円卓七騎士がぽつぽつと並び、反対の左翼は懐刀がぽつぽつと並ぶ。
懐刀はルーサーとネフィリエレインの姿しかなかった。円卓七騎士も四人しかいないが、ミオリアは名簿をすっかり忘れている。
「戻ったか、随分待たせてくれたな」
アクバ王はミオリアの帰還に安堵を見せた。
「……色々ありました。他の者は?」
「務めを果たしている。中には戦死した者、深い傷を負った者もな」
ミオリアは目を見開き、奥歯をギリギリと鳴らした。
「そうですか……」
「天使の軍勢を五年もの歳月を食い止めていた」
「詳しくお聞かせください」
「いいだろう、先ずは仲間の死だ。知るのも務めだ」
アクバ王は口を開いた。
狂乱のグーラントの物語を――。
澄み渡る空は戦より漁に出る方が幾分、日和が合っているように見えた。
「なぁー、戦争なんか止めにして天使とか空神とかも仲良くメシでも食って騒いだ方がいいんじゃねえか?」
甲板の上に大の字で眠る男が暢気に言う。
「お頭、既に向こうも陣を敷いている、戦は間もなくですよ」
「うなことたぁ、分かってんだよ、まぁ、でも」
グーラントはそう言いながら耳にいくつも付いたピアスを撫でながら立ち上がる。
「まぁ、でも今は稼ぎ時だ。このヴィストークの海に土足で入って生きて帰れるとは思うなよ」
船首に足をかけてハープーンを掲げると鬨の声が木霊する。
「減ったなぁ、十万隻あった船も今や一万そこそこ、相手は億の兵士、今日で俺たちもお終いって訳だな」
グーラントはため息をついて楽しそうに笑う。
天使の進行が開始されてから三年が経過した。ミオリアがキリクを倒すべく修行を行っている最中であった。
天使は毎日のようにヴィストーク海域の先、エンドラリーブから進軍している。
つまり、グーラントが立つこの海こそが最前線である。
ハープーンはグーラントと共に海中に飛び込む。
空気の泡を吹きながらグーラントは水を蹴る。真っ青で真っ暗な海の中をカジキのように悠々と泳ぐと天使の船底に到着する。
ハープーンを船底に突き立て周囲の装甲を巻き込みながら破壊しそのまま船を海中に引きずり込む。
水圧に耐えられず敵船が音をと立てて軋みながら船は海底へ引きずり込まれる。
大型戦艦を海中に引きずり込む膂力と自在に海中を闊歩する。
この力はあくまでグーラントの基本的な能力の一つである。グーラントが持つ能力の最たるものではない。
まず一隻、超大型戦艦を海に沈める。
グーラントの立つ海底には既に何千隻もある戦艦の亡骸が沈んでいる。珊瑚が咲き誇る風景はなく、鉄の死骸が沈む殺風景な風景だ。
静かにため息をつき、亡き妻シレノメリアに懺悔する。
自軍の船が錨を上げる。激突と戦火で海を汚すことになる。シレノメリアに祈りを捧げ、ハープーンを構える。
逆巻く水流が海面を突き抜け天空へとグーラントを射出する。高く跳んだグーラントは両手でハープーンを構え前に突き出す。
自由落下を味方に付け足に残った水をジェットのように噴射させ敵艦隊を見据える。
射貫くという言葉が当てはまる。無謀と思えるほどの捨て身の一撃に敵戦艦の艦首に穴を空ける。
海面を滑るように高速で移動すると五隻並走している戦艦隊の側面に回り込む。
「どうか俺を死なせてくれ」
水流が渦を巻きながら砲弾のようにグーラントを飛ばし戦艦に突撃する。
あまりの衝撃で並走する五隻の戦艦が側面から押されドミノ倒しの要領で激突し、その最後尾からグーラントは現れる。
直後、五隻の戦艦は真っ二つに折れ船首と船尾が天を向きながら海に飲み込まれる。
当然、こんな無茶苦茶な攻撃をすれば本人も無事ではない。
グーラントは四肢を裂かれ、臓腑は剥がれ落ち、最早グーラントであるとさえ認識できないほどだった。
海面にハープーンと僅かな肉が落水する。直後に海面からグーラントの手が伸びハープーンをキャッチする。
それから全身が海面から現れる。
「ダメか、まだ死なせてくれないかシレノメリア」
ぼやきながら残り九百九十四隻ある戦艦軍を前に立つ。
敵軍の真ん中に立つグーラントは叫ぶ。
「誰でもいい、俺を殺してみろよ」
ハープーンを構え、グーラントは顔のピアスを光らせながら笑う。海に似た青髪が揺れると再び攻撃を始め、敵艦隊の連携を断つ。連絡係の飛べる天使が空中を闊歩しはじめるがグーラントは待ってました言わんばかりの表情で空中に飛ぶ。
「よぉ、伝令隊、雁首揃えてお前らがヴィストークの洋上を飛ぶんじゃねえ、海鳥が怯えるだろうがぁ!」
ハープーンを投げつけ天使の胸を貫通させ打ち落とす。体と水流を器用に操作し天使が突き刺さったままのハープーンを回収すると次の標的を見つける。
次、次、次と伝令隊の天使を串刺しにするとその亡骸を敵戦艦の船首甲板の上に放り捨てる。
無論ここまでされれば天使のはらわたは煮えくり返る。それすら嘲笑するようにグーラントは虐殺の限りを尽くす。
生粋の殺戮者はかつての暴虐の限りを尽くして天使の駆除を執行する。
「出て行けこの海から」
ハープーンを突き立て船首を破壊するとグーラントは海に潜る。潜行と急速浮上による予測しづらい行動に天使達は頭を悩ませている。
ただこの戦法は最初の戦闘から使い古している策であるためそろそろ対策がされていてもおかしくはない。
グーラントは注意を払いながら一隻ずつ丁寧に船を沈める。
振り返れば自軍の戦艦も焼け落ち、肉の焦げる匂いがグーラントの鼻腔にへばりつく。
ため息混じらせながら、次々と船を沈める。
ぼんやりと頭を空っぽにして破壊作業に勤しむ。これで功徳を積めるのだから軍人というのは安い職業だと皮肉る。
海が凪ぐ。
五十隻を超えた当たりでグーラントは背筋を凍らせる。いよいよ何かが来ると直ぐに悟る。
案の定、空を見上げるとあからさまに強そうな天使が舞い降りる。左右に四枚の翼を生やし、エメラルドの瞳がグーラントを見下ろす。
「あんたがこの艦隊のボスか?」
グーラントは訪ねる。
「然り」
「じゃあ、早い、あんた殺せば今日はゆっくり眠れるということだな」
「無理だ」
「へえ、あんた俺を殺してくれるのか、そりゃあいい、肌で感じるぜ、ビリビリ来やがる。あんたなら本当に殺してくれるのかもな、生きれば国に貢献して死ねば俺は救われる。どっちに転んでも美味しいな」
「配下の無念、晴らしてくれる」
「おいおい、綺麗なお嬢さんなんだからそんなしかめっ面するなよ、まぁ、美人だが好きになれそうにないがな、隣に座る女は決まってんだ」
グーラントは軽口を叩きながら、水流を操りエメラルドの瞳の美人天使に一撃を加える。
「名乗りも上げぬとは所詮獣か」
天使は軽く手を払うと風がグーラントの水流を消し飛ばす。
「……失礼、俺はグーラント、巷じゃ狂乱のグーラントとか妻喰らいのグーラントとか色々呼ばれている」
「守護天使ラファエル、参る」
名乗りを上げたと同時にラファエルは槍を抜き払う。
風の刃がグーラントとその後ろ船を両断する。
海面からグーラントは浮上すると後ろに広がる光景目を疑った。一キロ近く離れている船さえ既に沈み掛かっているのだから。
それでいて自軍の船は傷一つない。恐ろしく練度の高い風の操作技術である。
「強えな」
「序の口」
「そうか」
グーラントは水流を操りドーム状の領域を展開する。
「無意味」
「そうか?」
グーラントは足で海面を蹴る。足にすくわれた水が放物線を描きながらその場で停滞する。ドームと足場の海が凍り付き領域が固定された。
「貴様、水の使い手ではないな?」
「俺自身は氷使いさ」
「と言うことは、今まで使っていた能力は」
「貰った力だ」
グーラントはラファエルの言葉を遮って言う。
「神獣か」
「及第点をくれてやる。まぁそんなに聞きたいなら聞かせてやるよ」
そう言いながらグーラントはドームの外側にある氷を操作し撤退命令を出す。
グーラントがここで足止めを食えばまず間違い無く自軍は敗北する。全滅するくらいなら撤退させレオニクスの軍勢に引き込む方が得策である。
「不要」
「そうか、それは残念だな、せめて翼の一つ……いや何なら命置いてけや」
ハープーンを構えてグーラントは氷を操る。なめらかな流水を描くかのように足場を作り滑る。徐々に加速しながら紙一重でラファエルが放つ風の刃を避ける。
「ヒィー、遅い遅い、うちにはもっと速えやつがいるからな」
グーラントは氷を操り射出台を構築しそこからラファエルの喉笛へと飛び出す。
「読めている」
ラファエルはグーラントの首元に風の刃を発生させる。
「おっと」
グーラントの首が飛ぶ。胴体だけの体はラファエルの右の上翼を抉る。
「このッ――雑魚が」
ラファエルは胴体だけの体を真っ二つに裂くと動かない死体を横目に去る。
「おいおい、まだ、終わってないぜ?」
グーラントはハープーンを構えている。
「グーラントと言ったな、貴様、確かに首を取ったはずだが?」
「何、ちょっとした愛情さ、とは言え、そろそろリミットが近そうだな」
グーラントは本能的に最後の死を理解する。
「死に拒まれる力、神獣にそのようなものがいたな、たしか名前は」
「シレノメリア、よく覚えておけカスアマ」
「食ったな、肉を」
「食ったさ、美味かったぞ、意外と塩気もあって」
グーラントは白い息を吐き捨てる。空気を凍らせて白い粒が空中からこぼれ落ちる。
「なんだこの氷は?」
「さぁな、そろそろ来るぜ」
ここでグーラントの口は動くが言葉が響く事は無かった。
ラファエルは体を震わす。空気を吐き出したら直ぐに固体となる。その光景に目を丸くさせる。
その一瞬の隙を逃すこと無く、グーラントはラファエルの右中央の翼を刈り取る。
「――」
グーラントは笑う。
ラファエルは体を翻し、グーラントの心臓を貫く。
「おっと、やっとこれは……」
「シレノメリアの肉の効能は死の肩代わり、お前に下る者たちに死を与えることでお前は生きながらえる。そして今、我が軍が貴様の軍を皆殺しにした。もう蘇ることはできない。眠れ」
「それは違うぜ……」
グーラントは地面に伏せる。
「狂乱のグーラント、人の子にしては強かった」
「守……護天……使ラファエル、助かった。ようやく死ねる」
過去の話をしよう。
ある青年は、頭が良くなかった。
両親は流行病で死別してから粗暴で短絡的な性格に変貌した。
ある日の午前、磯場で銛突き漁をしていた。その日は不思議と豊漁で両手に抱えきれないほど魚を捕ることが出来た。
意気揚々と磯場に上がると、女がどこからともなく現れて、魚を食わせて欲しいと青年に頼んだ。
青年は女の姿を見ると、妙齢のはずなのに頬がこけて指はガリガリに細くなっていた。男は快く家に案内し、女が腹一杯になるまで獲れた魚を与えた。それどころか女は青年の家にある食べ物を全て平らげてしまった。
青年はその姿を楽しげに見ていた。両親が死んでから誰かと食事をしたのは初めてだった。
どことなく懐かしさを感じていた。母の姿、父の姿、あの日の憧憬を思い出していた。
次に女は帰る場所が無いと言った。男は家の空いている部屋を与えた。
それから男は不思議なことが起き始める。港の漁師が不漁の時にも青年は沢山の魚を持ち帰り、怪我をしても直ぐに回復するようになり、人知を超えた怪力を手にしていた。
青年はその力を使って、魚獲りで海に潜る仕事から海の魔獣を狩る仕事で海に潜るようになっていた。
ある日、青年が住む港町で海の神獣が現れたと噂になった。
その噂によると神獣の肉を一口食べれば幸運に恵まれ、二口食べれば病は完治し怪我は元通りになり、三口食べれば人知を超えた力を得られる。
その神獣を喰らう度に力を得られるという話だ。
丁度、その頃、同じ時期に似たような力を得た青年がいた。
町人たちは青年を捕らえると、神獣の居場所を聞き出した。青年に心辺りはないと言い続けたが死ぬ寸前まで体を引き裂かれていた。
ボロボロになった体を引きずるように家に帰ると、女は悲しそうに青年を抱きかかえた。
青年はしばらく眠ると体は元に戻った。
夜更けの頃、女は青年に、自分が神獣であることを伝えた。青年の食事に少しずつ自身の血を混ぜて力を与えていたのだ。
そして女は真の姿を男に見せた。人間の上半身に魚の下半身。そして女は自分の名前をシレノメリアと名乗った。
青年は、女を海に帰し隠れるように諭した。
それから騒動が落ち着いたら再び暮らそうと約束した。
男はそれから噂が止むのを静かに待った。
三度目の夏が過ぎた頃、港町で噂が消えかけていたがそれがぶり返した。
シレノメリアを捕らえたと町人たちは大喜びで騒ぎになった。青年は大急ぎで港に向うとハープーンは胸を貫通している人魚が吊られて見世物になっていた。
青年は耐え難い苦痛に胸を押さえ、嗚咽と共にシレノメリアの体を抱きかかえて逃げていた。
シレノメリアは掠れる声で夫に自分の全てを喰らって欲しいと願った。全てを喰らえば何でも願いを叶える力を得られると教えた。夫は静かに頷いて妻を骨も髪も血の一滴すら残さず平らげた。
それから男は妻を死へと追いやった者たちの血が途絶えるまで生きることを願った。
ヴィストークの海の守人として。
やがてその男の力に吸い寄せられるかのように様々な人間が集った。
いつしか海の守人はヴィストークを牛耳るようになったが、男は時より発狂したように部下を殺すことがあった。
それが由来し、男は狂乱のグーラントと呼ばれるようになった。
グーラントの悲しみに誰も気付くことはなかった。
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