この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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使ノ92話「0を1に1を100に」

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 困難を目の前にしたとき、人間は様々な反応を示す。
 呆然とする者、泣き叫ぶ者、激昂する者、実に様々である。
 
 ではミオリアはどうだろうか?
 
 普通なら匙を投げていたが、今回ばかりはその選択即ち死である。
 嫌でも戦わねばならなかった。
 相手は至高天、不足どころかレベルが高すぎだ。
 
 思考が途絶え途絶えになる。さっきまで何を考えていたのだろう。
 
「リツフェルの倒し方だった……な」
 神速の刃を躱しながらミオリアは徐々に考える動作を行えるようになっていた。
 
 一体どのくらいの時間が経過したかなどどうでもよかった。ただ今はリツフェルを討ち取る方法を考えるしか無かった。

 
 とにかく考えろ。
 
 考えろ考えろ考えろ考えろ――
 
「ああ、くそ、思いつかねえ!」
 
 ジークならどうしただろう、アジサイならどうしたのだろう、信頼できる二人の考えを知りたい。
 ジークなら、多少のダメージを無視して殴り殺すだろう。龍神演武も駆使すれば当たりさえすれば充分なダメージを期待できる。
 アジサイは、正直、思考がわからないが空気を操る力で相手を押さえて射殺しただろう。いやアジサイならもっと残虐に殺していたかもしれない。
 
「俺なら……」
 
 自分ならどうするか、パワーと再生力はジークほどない、知識と装備はアジサイほどない、二人に勝てるのはスピード、圧倒的な速度しかない。
 そしてその速さですら相対するリツフェルに遅れをとっている。
 
 無いなら作れば良いじゃ無いですか、今あるものも重要ですがゼロをイチにするのも重要です。
 
 懐かしい声を聞いた。
 
 おぼろげだが、間違い無くアジサイである。
 足を前に向けて全力で跳ぶ。リツフェルの懐を狙うように。短剣の刃を滑らせる。今度こそ何かが変わると信じながら。
 手応えは僅かにあった。切っ先は赤に染まっている。 
 
 
 ミオリアは久遠の彼方にたどり着けるほどの時間かけて、ようやくリツフェルに一撃を食らわせることができた。
「届いた」
 全神経が切った感覚を半数して、電流が走るように全身が震えた。
 それからミオリアはゆっくりと呼吸を整えてもう一度刃を滑らせた。最速の感覚を手に入れたミオリアはリツフェルの両腕を切り落とした。
 
「……じゃあな」
 
 心臓を突き刺す。リツフェルの力がミオリアの中に吸収されていくのがわかった。
 
 リツフェルは安堵した表情、静かに笑う。
 
 白い空間中に消えていくリツフェルに向かい合いながら、彼の隣には青い髪のどこか懐かしさを感じる女性と共に消えていった。
 白い空間は暗転し、今まで見つけることが出来なかった扉が目の前に現れた。扉をくぐると古くさい遺跡の匂いがした。奥に進むと二つの玉座があった。
 ここがどこなのかは分からないが、ミオリアは荘厳な雰囲気に飲まれていた。かつてここに何かがいた。直感でそれだけはわかった。
 それぞれの玉座には一振りの短剣が置かれていた。まるでミオリアに用意されていたいたかのように二つの短剣は吸い寄せられるように玉座から飛び出し、ミオリアの手に収まった。
 
 二振りの短剣はかつてこう呼ばれていた。創造の短剣、奇跡の短剣と――
 
 人間と天使、交わることの無かった二つが交わる、この世界にあるただひとつの可能性。
 
 それがリツフェル、裏切りの天使であり唯一人間を愛した天使である。
 ミオリアはこの時、自分の生涯において初めて、魂の継承を果たすことが出来た。
 
 長い時間、ずっと戦っていた。今この時ほど静かで穏やかな時間はしばらく無いだろう。
 休憩もないままミオリアは地上に登る。
 
 
 竜霊廟まで駆け上がるとジークが目を閉じて息を整えていた。
「よぉ」
「お、先輩……ひどくボロボロっすね」
「お前はあんまり変わらない、むしろ細くなったか?」
「そうでしょうか?」
「あとで鏡見た方がいい」
「お互いですね」
「と言ってもまぁ、俺はちょっと先に野暮用があるので先にそっちを片付けてきます」
「俺は王城に戻る」
 竜霊廟を後にすると二人はそれぞれの道へ進む。
 ジークは溶鉄火山バハルストへ、ミオリアは王城へ足を前に出した。
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