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使ノ91話「やってやるさ」

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 ミオリアは襲われていた。
 天使と思われる男に、いきなり何日も何日も追いかけられ攻撃されている。
 理不尽過ぎる仕打ちに打ちのめされていた。
 
 交渉の余地など無く、異常なまでの速度に無限にさえ思える魔力、そして何百キロも走っているのに息一つ乱れない化け物だった。
 天使リツフェル、奴の名前である。
 
 どれほどの時間追い回されているのだろう。
 時間を忘れるほど、リツフェルは執拗にミオリアを追い回した。真っ白い大理石の空間で理不尽にただひたすら気が狂いそうだった。
 常に全力で走らなければリツフェルは平気でミオリアを斬り捨てる。殺されたと思うと回復魔術によって再生させられまた追い回される。痛覚だけが鮮明にミオリアの至る所にありもしない痛みを覚えた。
 これがかつて至高天を背負っていた者の力であると考えるだけでぞっとした。しかもこれでさえ全盛期ではないのである。
 リツフェルは相変わらず何も言わない。
 ミオリアは何度もリツフェルに声を掛けたが無視の一点張りだった。唯一話した言葉はたった一言「死ね」のみだった。
 
 息つく間もなくリツフェルの剣は連撃を繰り返した。
 
 断片的な映像を捉えると、攻撃を予測して首の皮一枚で回避する。
 死と隣り合わせ以外の情報が一切無い。
 何より、リツフェルが何をしたいのか、修行の担当者なのかさえ未だに分かっていない。
 
「クソッ!」
 
 ミオリアは全ての攻撃を捌ききると息を荒げて疲労を滲ませていた。
 リツフェルはその様子を静観するとため息をついた。
「ようやく及第点というところか、まぁ良いだろう、さて義理の息子、修行を始める」
「え、おい、色々情報が多くて整理できねえんだが」
「私はネフィリの父親で、お前はネフィリの夫、即ち義理の息子であることに違いないだろう?」
「え、あ、はい」
「しかし、お前、弱いな、一年くらい攻撃して根を上げる」
 傍若無人にもほどがある。
「一年……もうそんなに……」
「ここはエルシェルよりゆっくり時間が進む、地上に出たところで対して時間は経っていない」
「そういうもんなのか」
 リツフェルは小さく頷く。
「だから、安心して修行に励め、キリクは強い、今のお前では触れることすらできない」
「それなら、あんたが戦えばば良いだろ」
「できたらやっている、あと私はあいつに負けて至高天の座を奪われている。端的に言えば私は四千年前に死んでいる」
「え、じゃあ」
「じゃあ、なんでいまここにいるのか、わかりやすく言えば死ぬ前に肉体と魂を別な物に置き換えて何とか形式的にでも生きている。残留思念と言えばわかるだろう」
「なるほど」
「で、お前を鍛え、キリクを殺せるようにする。シンプルな話だ」
「わかった」
 ミオリアは頷いた。復讐に燃える悪鬼の気配を匂わせながら。
「さて、お前、魔術は使えるか?」
「使えねえ」
「そうか、なら肉体を鍛えるしかない、神経を張り巡らせろ、頭を使え、今ではなく百手先の未来へ向けて行動しろ、理屈を体に染みこませろ」
 リツフェルは剣を掲げる。
 そして、ミオリアに刃を振り下ろす。
 
 その剣戟は先ほどまでの攻撃がまるで児戯のようにさえ思えるほど速く、重く、そして鋭いものだった。
 ミオリアは冷や汗垂らしていた。
 
 そして遅れながら自分の変化に気付いた。
 自身の五体が勝手に動き、リツフェルの攻撃をかわしていた。

「この世界において人間とは可能性を生み出す生物」
 
 リツフェルはにやりと笑って、ミオリアを見据える。
「かつて私の妻が言った言葉だ。偉大なる魔法使いの妻だった――――」
 
 懐かしむように元至高天は語り始める。
 
「これより本気でお前を鍛える。私が……俺が教えるのはたったひとつ、人間の可能性を見出すことだ。これより俺は言葉というリソースを捨てる。百年後を楽しみにしている」
 
 剣を構え、端正で飄々としていた表情は、剥き出しの刃物のように鋭利なものに変わっていた。
 
「其は奇跡を紡ぐ者、那由多彼方を掴む者、やがて天は陰り地に厄災が訪れるのならば、其の肉体と魂を以て、静寂を呼び給え。覚醒せよ――――
 
『天使とは可能性を掴む者たち也』」(ディバイン・ワン)
 
 口上と共にリツフェルのリミッターが解除されたのがわかった。
 
 ミオリアは呼吸を整えて、短剣を両手にそれぞれ構える。
 
 修行が始まりの鐘を鳴らすように、リツフェルはミオリアを殺しに掛り始めた。
 終わりが遙か遠くにあるとも知らずに。
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