この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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龍ノ87話「邪竜と守人」

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 ジークはそこそこの療養を経て、すっかり良くなっていた。時期を見計らってから、任務の依頼がミオリアから降ってくる。
 ジークはアルスマグナと共にミオリアの執務室を訪ねる。
「今回の任務は、まぁ竜狩りだな、すでに三頭は確認されている」
 ミオリアがプロファイリングした資料を見ながら話す。
「あと九体はまだ動き始めてないのですね」
「みたいだな」
「その竜は調査済みでしょうか?」
「エレインが過去の文献と照合した結果、溶鉄の竜ファヴニール、双子の竜ウロボロス、猛毒の竜ヒュドラだそうだ」
「その竜たちは……」
 アルスマグナは唇を噛みしめながら肩を震わせる。
「知っているのか?」
「四千年前に起きたと大戦で人間側に付いていた竜です。いずれの竜とも面識があります」
「そういや、そもそも龍神と鬼神が人側に付いて、空神と天使が攻めてきたみたいな話だよな。なんで龍神族であるナトライマグナは向こう側に付いているんだ?」
「大戦中、龍神族に裏切りがいたのです。それがあの男、龍神族最強である称号、龍極天を手にした男です。と言っても龍神族はあのナトライマグナとアナグラム様以外は既に死していますが……」
 八年の付き合いになるアルスマグナが初めて怒りの感情を露わにしていた。
「やることはどうであれ、敵なら狩る。それだけだ」
「そうですね……そしてもうすぐバハルストに着きます」
「さっきから熱気がやばいんだが」
「ファヴニール……」
「そういや、気になっていたんだが、ファヴニールは邪竜で人間を襲っていたのを封印されたという話じゃなかったか?」
「どうやら私の思い違いだったのかも知れません、断片的な記憶ですが、ファヴニールと楽しく会話をしていた記憶があるのです」
「どういうことだ?」
「わかりません……思い出そうとすると霧が掛かるように何も見えなくなって」
「無理に思い出すことはない、さて……」
 ジークは火山灰の雲を抜けるとバハルスト山の頂きを見据える。張り詰めた雰囲気が山を覆い、静かに熱量をため込んでいた。
「ジーク様! 来ます!」
 アルスマグナは完全な竜に変化すると、ジークの前を塞ぐ。その直後に黒炎が空を焼き尽くした。
 火山灰は融解し、溶岩の雨を降らせ、空気は熱量に耐えきれず爆風となり山を揺さぶった。
 
「よぉ、やっと来たか」
 ジークの眼前には、黒髪に灼眼の男が大太刀を握って空中に浮いていた。
 竜脚を使っているのは即座にわかった。
「お前がファヴニールか」
 ファヴニールは首を縦に振り大太刀を担いだ。
「お前が竜狩りジークか?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、始めよう、竜を七体葬った男の力を見せてくれ」
 ジークは大太刀を鞘から抜くとアルスマグナの口に鞘を咥えさせる。

「殺す!」
「無論!」
 
 ジークは呼吸を整え龍神演武炎ノ型を展開する。十分なほどに炎を練り上げた後に炎と斬撃を放つ。
 ファヴニールは竜殻を展開し、避けようともせずに真正面から攻撃を受ける。
「中々だが、足りぬ、全くもって非力である」
 竜殻を数ミリ削る程度の威力にしかならず、ジークが唖然とした。
「嘘だろ」
「アンフォメルを討ったと聞いたが、何十分も掛けてそのレベルを出したことが簡単にわかる」

 ファヴニールは大太刀を両手で持って上段に構えると――――
 
「これがナトライマグナから直接指南を受けた龍神演武炎ノ型なり!」
 
 心臓が三拍を数える間もなく、ファヴニールは龍神演武炎ノ型をジークにぶつける。
 
 黒い炎がジークの体を焼き裂く。言葉に出来ない熱と酷烈な痛みがジークを空から引きずり下ろす。
 天は燃えさかり、火の雨を降らせバハルストを焼き尽くす。
 ジークは今まで戦ってきた竜とは別格の相手であることを身を以て知ることとなった。
「急所は外した。命は取るほどでもないな」
 ファヴニールはバハルストの頂きに踵を返した。
 
 
 
 ジーク、敗北。
 
 
 
 圧倒的な力の前に意識を途絶えさせる事以外何も出来ることはなかった。
 
 次に目を覚ましたときは、再びの病室であった。
「ジーク様、お加減は?」
「最悪」
「それは存じております」
「ファヴニール……強かった……まるでレベルが違う」
「そうですね……私が龍神演武を扱えれば良かったのですが存じていないためお力にもなれないのが歯がゆいです」
「気にするな」
「それと先ほどミオリア様がいらしていたのですが、王城に神獣を連れ込んで突っ込んできたやつがいるとかで現在対応しているとか」
「なっ! 俺も行――ってえ!」
「安静にして下さい。ここからでも丁度見えますよ」
 アルスマグナは窓を開ける。
「あれはレイペールに生息している神獣白虎ですね。今は欠伸して猫のように丸まって寝ていますね」
「レイペールかぁ、懐かしい、アジサイと魔獣と戦いながら頂上まで登ったっけなぁ」
「そうでしたね、そのとき誰かに助けられたのでしたっけ?」
「ああ、エスカマリっていう人だな、優しくて綺麗な人だったよ」
「不思議ですね、レイペールで女性が一人で生きていくなんて。魔術で気候に慣れたとしても食事はどうしているのでしょうか」
「さぁな……それこそ神獣でも倒して……あっ」
 ジークはベッドから起きると上着を羽織ると神獣白虎のところへ向った。
 
 病室を駆け抜け、正門まで竜脚で飛び立つと、呆然とする光景が広がっていた。
 ミオリア、ネフィリの二人が地面に寝ていたのである。
「ジークさん、お久しぶりです」
 柔らかな微笑みがよく似合うおっとりとした女性はローブのフードをゆっくりと外す。黒い目隠しがかえって色っぽさを強調させていた。
「エスカマリさん」
「大分お強くなりましたね」
「まだまだです」
「でしょうね、ファヴニールに惨敗していらしたので」
 痛いところを平気でエスカマリ突いてくる。
「そう……ですね」
 
「うっ……ジークの知り合いなのか?」
 よろよろとミオリアは立ち上がると顔面蒼白だった。
「大丈夫ですか」
「大丈夫なにも……その女……半端なく強い」
「えぇ……」
 イシュバルデ王国において最も危険と言われている一角を住居としている女性が弱いはずもなかったが、ミオリアを平然と超えていくとはジークも想像できなかった。
「さて、ジークさん、ラインハルトが動き出したので私が下山してきたのですが、早速ですがジークさんには私の元で修行して頂きます」
「え、はぁ?」
「ラインハルトを打倒するためです。それと王城で最強の人物を一人寄越して下さい。ジークさんとその人に修行をさせてラインハルトに勝てるようにしますので」
「えっと……それは嬉しいが……イシュバルデ最強はさっきぶっ飛ばしたそこの人なんですよね」
「……えっ」
「はい……」
「わかりました、では早速竜霊廟に戻りましょう。あ、アジサイさんも興味があるなら連れてきて下さい」
「いや、その必要は無い、アジサイはもう戦えない」
 ジークの言葉からエスカマリはアジサイが死したことを悟る。
「そうですか、あとで祈りを捧げさせて頂きます。では行きましょう、事は火急です」
「わかりました。先輩はどうしますか?」
「俺は天使軍に対抗しないといけない」
「捨てて下さい」
 バッサリとエスカマリは言い放つ。
「それは、天使軍に殺される人間を見過ごせということか?」
「ええ、そうです」
「ふざけるな!」
「ラインハルトの力と天使軍の戦力を天秤に掛けたとき、重要視するのはラインハルトです。天使は一週間で領土を一つ潰しますが、ラインハルトは――――」
 
 
 エスカマリは残酷なまでに真実を口にする。

「ラインハルトは一晩でイシュバルデから命を消すことが出来ます。四千年前、事実世界は焼かれました」

「大戦……」
 ジークが呟いた言葉にエスカマリは頷く。
「あの時は、龍神族と鬼神族がおり、風前の灯火を何とか繋ぎましたが今回、それは望めません。今度こそこの世界は破壊されます」
「……だけど」
 ミオリアは納得できなかった。
「私はレイペールでお待ちしています。勇気のある選択を」
 白虎の背に乗るとエスカマリは一瞥した。
「それと竜霊廟に来るまでの道は己が肉体を駆使してください」
 そう言い残すと嵐のようなエスカマリは白虎と共に消え去った。
 
 
「なんだ、あの女」
「一応、命の恩人です」
 ジークが空を見上げるとアルスマグナの姿を捉える。
「今の方は、竜霊廟の守人ですね」
 アルスマグナが静かに語る。
「知っているのか?」
「ええ、竜霊廟を魔獣神獣が跋扈するレイペールの地でたった一人でそれら全てを打ち倒す使命を負った女性たちです。あの方は何代目のエスカマリなのでしょうね」
「強いんだな」
「ええ、強いです。鬼神族と腕相撲して良い勝負する程度には」
「よくわからねえがやばいってことはわかった」
「それでエスカマリが来たということは修行ですね?」
 ジークは頷く。
「行ってくる」
「お気を付けて、私はここで人を守ります」
 そう言うとアルスマグナは王城に戻っていった。
「先輩はどうします?」
「……今のままじゃ勝てえねえのはよくわかってるんだけどなぁ」
「そうですか、じゃあ行きますか」
「拒否権ねえのかよ」
「もう失いたくないので」
「はぁ……アクバ王にだけ言ってくる。準備して待ってろ」
「わかりました」
 
 
 ジークは王城の自室に戻ると、アジサイの意匠がふんだんに施された極寒対策装備を持つと、王城の門でミオリアを待った。
「おまちどー」
「うーっす、んじゃまぁ行きましょうか」
 ジークが歩き出すとミオリアが次元倉庫から空飛ぶ絨毯を取り出す。
「途中まで乗っていこうぜ」
「……エスカマリさんがそういうの禁止だって言ってましたよ」
「ばれへんや――」
 
 ミオリアの足下に矢が唐突に突き刺さる。
「……うそやろ」
 矢には手紙が結ばれており、開くと「見ていますからね」と達筆な文字で記載されていた。
「行きますよ」
「おう、そうだな」
 二人はとぼとぼと歩き始める。
「そう言えば、先輩、レイペール行くときなのですが、ロッククライミングして頂くことになりますので」
「何メートルくらい?」
「千メートルですね」
「無理」
「今回ばっかりは頑張って下さい」
「頑張れとかそういう次元じゃねえ!」
「恐怖に耐える試練ですね。あれを心底楽しめるのはアジサイくらいなので」
「やっぱあいつ頭おかしいな」
「何を今更」
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