この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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龍ノ86話「双装『陰陽』」

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 ジークは目を覚ますと直ぐに支度し、装具を持ち出す。
 装具にアジサイのところへ行くように語りかけると、案の定、装具は動きを始めた。
「やはり、意志を持っているのは本当のようですね」
「ああ、どこでも連れて行く、だから頼む!」
 その言葉に呼応してか装具の宝玉は強くジークの手の中で動く。
「行こう、アルスマグナ」
「ええ、会いに行きましょう」
 
 しかし、ここでジークとアルスマグナは困惑することになる。
 
「どうしてニンギルレストへ向かっているのでしょうか?」
「というかさっむいな、ヴェスピーアに行くと思っていたからてっきり海かと思ったんだが」
「竜炎を使えば体を温められます。練習も兼ねて頑張ってください」
 ジークは竜炎を使い体温を高める。
「なるほど、これはいい」
「さて、そろそろニンギルレストですね、空を移動できると楽なものですね」
「バロックの時は徒歩だったからな、懐かしい」
 吹雪を掻き分けてニンギルレストの中央までジークたちは到着すると、装具の移動する向きが変わる。
 手の中の重さが前から、下へと移動する。
「あいつ、ニンギルレストで何してんだ?」
「降りましょう」
 そのままジークは急降下すると、氷の大地に降り立つ。
「さて……っておい、まだ下かよ」
「妙ですね」
「さて、一度調査を終わろう」
「わかりました」
 暢気にジークは竜脚を展開した瞬間、事態はジェットコースターの様に急変する。

 
 ジークとアルスマグナは殺気を感じ取ると大太刀を抜く。
「数が多いです、付けられていたのでしょうか?」
「かもしれない、すまん」
「しかし、ここまで綺麗に気配を消されるとは、竜としての矜持に泥を塗られた気分です」
「奇遇だな、俺は人間だがな」
「愛で感覚を鈍ってしまったのでしょう」
 アルスマグナは冗談気味に言うが、状況は至って最悪だった。
 
 見渡す限り、翼の生えた人間がジークを取り囲んでいた。
 
「竜狩りジーク、投降するなら愛しの竜アルスマグナは見逃してやる」
 
 誰が言ったかわからないが、天使軍は告げた。
「どうします?」
「お前は逃げろ」
 ジークは投降する様子はなく、憎悪と逆鱗の表情を天使に向けていた。
「ですが……」
 
 ジークは熱量を上げて大太刀に炎を纏わせる。
「王城で! 会おうな!」
 その一言と共に、ジークは一太刀を放つ。炎は刀の軌跡を描いて広がり、アルスマグナはジークの横顔を一瞥すると、竜へ姿を変えると飛翔した。
 
「さて、この数はやばいねえ、どうするかな」
 もちろん、どうやって殺すかしかジークは考えていなかった。
 だが、ジークの視界は急に歪み始める。
「なんだこれ」
 ジークには呪いや弱体魔術の類いはスキルによって完全に遮断できる。従って、視界が歪んでいるのは光の屈折が変化していると直ぐに理解した。
 目を閉じて感覚を研ぎ澄ませば直ぐ体勢を立て直すことができる。
 
 呼吸を整えようとした瞬間ジークの膝が崩れ落ちた。ぼんやりとした視界で右膝を見ると魔術の矢で膝を撃ち抜かれていた。
 今まで一対一の戦いに慣れていたせいか、ジークの戦歴のなさが身に染みた。
「チッ!」
 ジークは矢を引き抜くとノロリと立ち上がる。龍神演武炎ノ型を練り上げるが既に天使たちは四方八方、魔術の矢を展開していた。
 竜殻を展開するが、判断が遅すぎた。

 一斉に矢が放たれた。この攻撃を全て受けるとなると流石のジークも無事ではないし、生きていたとしても敵に捕まるのは自明の理である。

 その刹那、ジークの視界は暗転した。
 

 目を開けると日本の田園風景だった。
 
「ここは……?」
 ジークは見慣れない風景を一望する。振り返ると誰か
「やぁ、ジーク、と言っても初めてか」
 蒼い着物のまるで高級な遊女のような出で立ちの女が煙管を片手に現れる。その側に紅い着物を身に纏った童女がジークを見ていた。
「あんたらは?」
「私は、月の女、そしてこっちが陽の女、アジサイの守護霊だ」
 蒼い着物は月の女と名乗り、陽の女はコクリと頷く。
「本来であればお前なんぞと話す気はさらさら無かったが、事が事だ」
 それから不満げに陽の女はため息をついた。
「それで守護霊が俺に何の……?」
「先の攻撃から私たちはジークを守る義務がある。アジサイの頼みだからしょうが無く、今回だけ特別に能力を使う」
 月の女は静かに煙を吐く。その煙はジークの顔に吹き付けられた。
「だが、アジサイでない人間が我々の力を使うと、その反動は計り知れぬ、私たちが蝕み殺してしまうかもしれない」
 阿吽のタイミング二人は言葉を重ねている
「「その上で汝に問う、我々の力を欲するか?」」
 二人は口を揃えて言う。
 
 ジークは首を縦に振る。
「最善を尽くしたい」
 
 二人は口角を上げてにっこりと笑う。
「この世界に来る前からおぬしを見ているが中々どうして良き目をしている。こうして話せたのも中々一興出会った。これがミオリアなら死んでも力を貸すつもりはなかったぞ」
 陽の女はイタズラ混じりに言う。
「ではジーク、力をお貸ししましょう」
 
 
 そしてジークは現実へと引き戻された。
 目の前は見渡す限り魔術の矢に加え最上位魔術がジークを襲っていた。
 
 ジークは全ての攻撃を一身に受けるが、痛みはなく、何事もなかったかのようにそこに立つ。蒼を基調に紅の桜が描かれた羽織をジークは身に纏っていながら。
 天使たちは何が起こったのか理解できず呆然とするが、直後にジークの想像を絶する光景を目に焼き付けることになる。
 天使たちはうめき声を上げながら空から落ちてくる。地面をのたうち回ると眼球、口、耳から血液を吹き出し、血管を隆起させて絶叫と共に落命に至っていた。
 その表情はまるで体内をミキサーでグチャグチャにかき回されたかのような恐怖と激痛を浮かべていた。
 そして、急激な神性上昇からジークは血液を口から吐き出し、全身の体毛が白色化する。
 アジサイ同様に神性に体を侵食されていた。血反吐を吐きながらなんとか竜脚を展開し、虚ろな意識のまま王城になんとか帰還する。正確には帰還というより不時着である。
 
 そのままエレインのところに連れて行かれ、命を繋いだ。
 
「全く、一体何があった?」
 エレインはため息をつきながらカルテを記載する。
「装具を特別に展開できました。装具自身が許可したんですよ」
「……アジサイの遺志か」
「かもしれない、あっ、アジサイが生きているか聞いておけば良かった」
 ジークは病室の天井を見ながらため息をついた。
「だが、そんなこともあるんだな」
「これはおそらく今回だけですね、あと一秒でも装具を使っていたら死んでましたね」
「だろうな、内臓はボロボロだ。明日には再生していると思うが」
 エレインはカルテを書き終えると、病室のドアを開けた。
 それとほぼ同じタイミングでミオリアが駆け込んできた。
「お疲れ様です」
「大丈夫だったか!」
「ええ、こいつのおかげで天使は全滅でした」
 ジークは装具を見ながら笑う。
「装具が? だがこれはあいつしか」
「気まぐれですね」
「死んでもなお、未来を繋いでるな」
 ミオリアはしみじみと呟く。
「しかし……この装具……これがせめてアジサイに届いていれば……」
「どんな能力なんだ?」
「使った感じですが、そうですね……あらゆる攻撃を無かったことにします」
「無敵じゃねえか」
「そして与えられたダメージを呪詛として返す……双装『陰陽』……」
「最強装具だな」
「ええ、ですが俺が使っていた時間は五秒もないです。それでこの様なので肉体が先に崩壊しますよ」
 この痛みに耐えながらアジサイは日々過ごしていた。それだけでさえジークは身を竦ませるほどだった。
「そんなに……」
「そして、なにより、あと二つ、あと二つも未確認の装具が実在するということ」
「装具は全部で十二個……筋力、精神、演算を行う義装、熱気、冷気、電気、空気を操る季装、無敵と呪詛返しの装具、双装……てことはあと二つは」
「おそらく、悪装の派生……アジサイも言っていましたがあのシリーズ……」
「悪装のあの強さは群を抜いているからな……」
「そして、最悪な状況です」
「え?」
「装具はアジサイ以外でも使えるということですよ」
 ミオリアは数秒間を置いてから、青い顔をする。
「やばくね? 敵に渡ったら?」
「大惨事です。天使族は魔術に長けています。それが無限に魔力を供給するアイテムを得たら」
「で、でも、装具は人を選ぶって」
「アジサイは生きているか死んでいるかもわからないんですよ? そして装具の元になったものはアジサイの守護霊」
「あっ……やべえ」
「ですな」
「アジサイの装具で世界がやばいんだが」
「冗談抜きでやばいです。と言ってもどうしようも出来ないですけど」
「他の装具はどこにあるんだ、というかアジサイの遺体を探さないと……あっそういやアジサイのところへ集まる性質があったよな」
「それならもうやってます。ニンギルレストの氷の下に向おうとしていましたね」
「ニンギルレストの氷の下、まさかな」
 エレインが二人の会話を聞いていると呟く。
「何かあるのですか?」
「古代の伝承だが、永久凍土ニンギルレスト、植物の聖域キュリート、深層死海エンドラリーブ、魔獣霊峰サイエストの地下深くにはスカイジアの門があると言われている。スカイジアは神獣魔獣の聖地とも死者の国、そして魔獣姫の国とも言われている。実在するかわからないが」
「魔獣姫?」
「そうだな……ミオリアの世界で言うところの創造主と呼ばれている者たちだ。そして実在することもこの前確認した」
「実在?」
「ラインハルトの右手の甲には魔術的な偽装が施されていたがその下には魔獣姫だけが与えることの出来る紋章があった。あの紋様は鱗竜王妃ゼリュクリスの紋様だった」
 エレインは静かに解説する。
「あの紋章持つものは常人ならざる力と、魔獣姫が与えた試練を乗り越えた者だけに与えられる」
「他にもいるのか?」
「伝承によれば、魔獣姫は全部で五体、『鱗竜王妃ゼリュクリス』、『爪牙王妃アストラクト』、『外殻王妃ザイリエバーシ』、『障毒王妃ヴィラシュエンラ』、『清瀧王妃ギレシャラス』、どれもスカイジアにおける生態系の頂点」
「ということはスカイジアも存在する……?」
 ジークは首を傾げて言う。
「そうだな、可能性は充分ある」
 エレインは肯定的に答える。
「まさかアジサイ……いや、そんなわけねえか」
 ミオリアは僅かに出た可能性を口出すが直ぐに否定する。
「エンドラリーブはヴィストークの先にある立ち入り禁止海域。アジサイの落ちた地点からかなり離れているが海流は繋がっている。奇跡があればスカイジアに居るのかもしれないな」
 しかし、病室にいた者たちはそう思っていなかった。僅かな可能性によって事実から目を逸らしたいだけに過ぎない。
 ジークは装具に目を落とす。紅と蒼が混じり合った綺麗な宝玉はジークの手の中で光を返している。
「さて、おまえらはアジサイが死んだと思うか?」
 声を掛けてみるが、装具は反応を示さない。
 
 装具は強い力でジークの手から逃れ空中に浮く。
「なんだ?」
 リーンと鈴の音と共に装具は窓を突き破って外へ出て行く。
 
 装具は「主のところへ向う、また会おう」と言い残して、空へと向った。
「おい、装具が!」
「いや、あれで良いです。たぶん」
 ジークは割れた窓を開けるとすっかり暗くなった空を眺める。
 四つの光が空に線を引くと、大きな光と共に消え去っていった。まるで何かに呼ばれるように。
 その光景をただイシュバルデにいた者たちは呆然と眺めているだけだった。
 
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