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龍ノ85話「メッセージ」

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 ジークは目を覚ますと、現実にため息をついた。
 この上ない地獄である。まさかあのスピカが蘇るとは誰も思わなかったのだから。
 
 既にスピカはいない。ミオリアは痛みで気を失っている。回復もジークの方が遥かに速い。このまま二、三十分安静させて置いた方が良いだろうと推察した。
「はぁ……」
 ため息をつきながら岬の先端にあるアジサイの墓にジークは座り込む。
「アジサイ、どうすりゃいいんだこういう時」
 返事は無い。その墓にアジサイもアジサイだった物もないのだから。
「そりゃ、形式上の墓でお前はいないもんな」
 ジークは鼻で笑う。
「なぁ、アジサイ、俺さスキルでな、精神的ショックとかに全く動じなくなるスキルがあるんだ、それでな……お前が死んだのに、涙は出る、悲しいと考えることもできる。でもな心が、友人を無くしたときの裂かれそうな思いは全く感じない。マニエリスムを殺したときもそうだ悲しいと理解していただけなんだ。残酷だよな。いくら殺しても前向きになれるスキルのせいで今は心の底から死を想えないなんてな」
 酷い雨に打たれながらジークは静かに呟く。
「はぁ、なんでこんなことになっちまったかな、最初に死ぬのは俺だと思っていたのによ」
 ジークは肩を落として、静かにアジサイの墓標を見下ろす。
「ん? なんだこれ」
 紅と蒼が陰陽玉のような模様を描いた宝玉を拾い上げる。
「これ、装具じゃねえか……そういやアジサイが死んだら装具はどうなるんだ?」
 装具からは力の脈動を感じさせていた。
「今はわからねえが、生きていそうだなきっとそうだ」
 半ば自分に言い聞かせるようにジークは呟く。
 もう一回墓標を見ると、花も飾られている。サンダーソニアと紫のアネモネそしてガーベラである。
「スピカさん……まだ……」
 花の意味はジークにはわからなかったが、アジサイの墓に装具と花を飾ったのは間違いなくスピカである。
 決別なのかそれとも、未だ残る愛なのか今のジークにはわからなかった。
 花と装具を回収するとジークはミオリアのところへ向かう。意識は回復しており、砕けた膝も完治している。
「…………」
 ジークは何か声を掛けようか迷っていた。やっとのことで出た言葉は、次の一言である。
 
「俺、行きますね」
 
 スピカの行っていたことは事実だ。今回はミオリアに対して放った言葉だが、ジークにも当てはまるのは必然である。
 
 目の前で力量差を見せつけられ、事実をストレートに突きつけられ向き合わざる得ない状況なのだ。
 
 果たして、ただの一般人だった自分たちにそれができるのだろうか?
 
 ジークにはわからなかった。
 
 わからないが、例え最後の一人になってもやらなければならない。
 
 
 王城に戻ると、ジークは自室で一息つく、再生の余波か疲れが溜まっているため睡魔がジークを襲った。
「お疲れのようですね」
「ああ、スピカさんにしてやられた」
「え? あの人は亡くなっているのでは?」
 アルスマグナは驚いた顔をした。それから詳しく話を聞きたいのかジークの隣に移動する。
「ラインハルトが吸血鬼の血をスピカさんに与えたんだ」
「それは……」
「今の彼女はとてつもなく強くなっている……いや、それは違うか、肉体が技術に追いついたというか」
 ジークはあの圧倒的な力の前に怯える。竜殻を砕くほどの一撃、ミオリアの速度に反応するだけの反射神経、そして一切の隙を与えず心停止まで追い込んだ技量、どれを取っても抜きん出ていた。
「しかし、どうして敵側に付いているのでしょうか?」
「さあな、机の上に置いてある花がなんかのヒントになりゃ良いんだがな」
「サンダーソニア、紫のアネモネ、ガーベラ……サンダーソニアの花言葉は『祈り』、紫のアネモネは『あなたを信じて待つ』、ガーベラ、これは白色なので『希望』ですね」
 アルスマグナは花言葉を説明するとジークは黙考する。
「希望、祈り、あなたを信じて待つ……か……やっぱりスピカさん……」
 全てが繋がったが、ジークはどうすることもできなかった。
「やっぱり未練があるようですね、しかし、希望とはどういう意味なのでしょうね?」
「……はぁ」
 ジークは深刻な事態に気づいた。ようやく全てが繋がった。
「何かわかったのですね?」
「スピカさんは妊娠していたんだ、スピカさんが復活したっていうことは腹にいた子供はどうなる……?」
「……人質」
「ああ、そうだ、クソ……」
「だからアジサイさん……唯一の父親にすがっていた……」
 これがジークは静かに激情を燃やした。
「ラインハルト、クソ野郎が!」
「落ち着いてください」
 アルスマグナは冷静さ促した。
「……すまん、この話はいったん切る」
「そうしましょう、今は体を休めてください」
 アルスマグナはジークをベッドに寝かせるとそのまま添い寝する形になる。
「すまん、アルスマグナまで寝ることないんじゃないか?」
「これは私の休息です」
「そういや、最近はこうやってゆっくりもできなかったな」
「束の間ですが、やれるうちにやっておきましょう」
「そうだな」
 ジークは、静かに天井とアルスマグナの顔を往復して見る。
「どうかしました?」
「いや、ロマネスクが力をくれたんだ」
「『龍血』ですか?」
「あれは龍神族が持つもはずのものだ」
「私にもわかりませんが、龍神族の眷属である竜は血を分け与えられ力を高めることができると聞いたことがあります。私の祖先の誰かが龍神族の眷属だったのかもしれません」
「それが隔世遺伝的に俺の力になったのか?」
「憶測が強いですが、そうだと思います。何分私はかつての記憶が未だに酷く曖昧なのです」
「分魂は全て集めたのに?」
「ええ、最初は魂と共に記憶も分かたれたと思っていたのですがそうではないのかもしれません。断片的に色々なことを思い出すのですが、時系列も出来事も繋がらないです」
「いつか、思い出すといいな」
 それでアルスマグナの人格が変わらないのなら。とジークは心の中で言葉を続けた。
「そうですね」
 そこからジークはしばらく目をつぶって体を休める準備に入る。少し頭を整理していると大切なことを思いだす。
 
「……アルスマグナ」
「何でしょうか?」
「唐突で、準備もしていないからあれなんだが」
「どうしました?」

「結婚しよう」
「はい、お願いします」
 淡々とアルスマグナは了承する。
「うん、よろしくお願いします」
「で、ジーク様、子供は何人欲しいですか? 十五? 三十?」
「待て、桁がおかしい」
「我々竜は長寿なので三十は余裕で産みますよ」
 ジークはこの瞬間、アジサイのクソほどどうでもいい生物解説が脳裏をよぎった。
 
 知ってるかジーク、竜の寿命は数千歳まで達するが繁殖期は通年ため生涯で産む子孫の数も多くなる。ちなみに繁殖しやすい時期はあるが生理周期からいつでも妊娠可能なんだ。それなのに何故、竜の相対数が少ないかと言うと、竜は一生涯で決まった伴侶としか生殖を行わないからだ。つがいのどちらかが死ぬと一生、一人で生きていくそうだ。
 竜が爬虫類をベースに進化した生き物と仮定して場合、地球にはガラガラヘビという生き物がいて、交尾時間が二十三時間とほぼ丸々一日、全生物の中で最も長いとギネスブックにも書いてあるよ。ちなみに最速はコモンマーモセットというサルの一種で、我々はどっちかっていうとこっちに遺伝子的には近いね。
 さてジーク、下世話な話だが、腹を括った方が良いよ、腹上死なだけにね。

「いや、まずはその、新婚旅行とか」
「大丈夫ですよね十年は忙しくなるので」
 アルスマグナはするりと自分が纏っていた服を脱ぎ始める。服と言っても鱗を変質させたものであるため脱ぐという動作に手を使わない。空いた両手はジークの服を剥ぎ取るのに躍起になっている。
「落ち着け、そういうノリじゃないだろ、話を」
「アジサイ様も言ってました、やってみないとわからないことが多いと」
「あの野郎!」
「覚悟してください、それに初めてじゃないでしょう?」
「いや、そうだけど!」
 
 この時、またジークの脳内にアジサイが通過する。そして去り際の瞬間にどうでもいいワンポイントアドバイスを言う。
 へい、ジーク、竜の逆鱗ってあるだろ、あれって竜の発情ホルモンを分泌させる重要な器官としての役割があるんだ。神経も多く通っているため触れると嫌がるのも納得だ。まさに逆鱗に触れるってやつだね。
 ちなみに逆鱗がないと排卵が行われないから、今のアルスマグナさんってひょっとすると生物的に子孫を残せないのかもね。分魂を集めることでその逆鱗が正常回復するかもしれない。もしそのときは文明を加速させてでもジーク夫妻の子孫をなんとかしないとね。
 
「まさか、逆鱗のアンフォメルは」
「ええ、アジサイ様の言っていた通り、私は今まで子を成すという機能を失っておりました」
「それが今……」
「そして同時に、性欲も戻ってきたと言うことですね」
 アルスマグナは使う部分の服を剥ぐとジークの腕を押さえつけた。
「嗚呼……ボロボロなんだが」
「鬼神族には房中術という養生術があります。大丈夫です」
「え、おい、それ……マジか」
 言葉ではこう言いつつもジーク自身、悪い気はしなかった。束の間だが幸せを実感している。
 友人の死、敗北、これから訪れる苦難を前に心支えてくれる存在がどれほど大切かジークは身をもって体感した。
 彼女の柔らかい肌を抱き寄せてジークは静かに彼女の吐息を感じる。
 
「なぁ、アルスマグナ」
「何でしょうか」
「アジサイは死んだと思うか?」
「それが……不思議と、何でしょうか死体を見ていないからか実感がありません」
「だよなぁ、それに装具も未だに出てきている」
「アジサイ様が言っておりましたが、装具は自分のところに引き寄せられてくると」
「それは俺も聞いたことがあるな、確か勝手に付いてくるとか言っていたな」
「逆に言ってしまえば、装具の行きたい方向に移動してあげれば少なくとも遺体を見つけることが出来るのでは無いでしょうか?」
「なるほど、やってみるか。明日くらいには」
「私もご一緒いたします」
「久々にデートだな」
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