上 下
76 / 117

竜ト獣ノ74話「ゲームエンド」

しおりを挟む

 城はほとんど陥落していた。
 ヘムロックはおそらく捕まったのだろう。二週間も連絡が一切ない。
 
「この扉が破られたら奴隷に逆戻りかぁ」
 分厚い扉にありったけの金属板を張り合わせ土嚢を積み上げた扉は間もなく破壊されるだろう。
 そうなればダチュラとアキーは敗北である。既に弾薬は底を尽き、まともに動く武器もナイフくらいである。その上もう二日も飲まず食わず。衰弱も激しい状態であった。
 どーんどーんと扉を叩く音がする。
 
「嫌ですね」
「あの生活最悪、しかもこういう時に限って上は居ないし」
「ほんと、間が悪いですね」
「はぁ、ほんと……」
 二人は崩れかけた天井から空を見上げた。
 青い空、どこまでも青い空が広がっている。
 それから天井に端に茂る青葉のコントラストは見ているだけで美しい。

「いや、なんで青葉が生えてんの」
 ダチュラは異変にようやく気づくが既にそれをどうしようという体力はなかった。
「貴様ら、名は?」
 青葉が生えていた木が膨張し、緑色の肌の女が現れる。局部は葉で覆われている物の妖艶さが伺える。
 魔獣アルラウネ、アキーもダチュラも噂で聞いたことがあるが本物を見るのは初めてだった。
 アルラウネは先端の折れたハルバードを片手に詰め寄る。
「質問に答えよ、貴様らの名は何か」
「アキーです。こちらはダチュラ」
「ほう、なら良い。私はアンラ、アルラウネのアンラだ」
 先ほどまで見せていた敵意はなく、魔獣とは思えないほど穏やかな表情であった。
「貴族が嗾けた魔獣ではないのですが?」
 アキーがアンラに問いかける。
「その質問は無意味である。しかして、安心せよどちらかと言えば私は味方である」
 アンラは枝を伸ばすと扉を破壊する。ほんの数秒、一瞬の出来事であった。
 これだけでアンラという名の魔獣は他の魔獣と一線を画していることは明白である。
「そっちには敵が」
「聞くが小娘、お前は餌に怯えるか? 人間で言うならば皿に乗せられた料理に怯えるか?」
 扉の先には既に力尽きている人間しか存在しなかった。
 ただし、その通路の先には白い髪に白い着物を身に纏う女が何かを操っている姿があった。
 ダチュラはその女の異常性にすぐに気が付いた。
「あれ、神獣……」
「え、それって」
 あれが敵ならばこの状況に勝ち目どころかウォーゲームどころではない。
「ふむ、新入りのタラント、神獣だけあって膂力も十分か」
「初仕事は欠伸が出るほど簡単ね」
 僅かに光を照り返す細い糸から蜘蛛から生まれた神獣であることを理解できたが、それ以上にアジサイが神獣を二体も使役していると言う事実がアキーの肝を冷やした。
 アジサイと言う男がますます分からなくなった。

「さて、城の掃除は終わった、庭の手入れはネグローニに任せておけば直に片付く、こんなものか」
 アンラは戦況を整理し始める。
「糸を張り巡らせました。侵入者はこれですぐにわかります」
「手筈通り、さて蜂娘! 治療の時間だ!」
「はい!」
 ミツバチの魔獣クイーンアピスは物陰から飛び出すと、服のポケットからポーションを取り出す。
「初めまして! 少ししみますが!」
 アキーとダチュラの頭上に特製と思われるポーションをまき散らす。
「以上です。食事の用意をしますので少々お待ちください」
 アピスはそう言うと足早に羽音を立てて下に向かっていった。
「助かった……みたい?」
 ダチュラは胸を撫で下ろす。
「ええ……そう言えばアジサイさんは?」
「あの男なら、ジークと敵陣に向かった。武器も防具も持たずに」
 
 
 
 視点は問題の二人に切り替わる。

「さて、この分厚い城門、いけるか? さらに言うならこの先の中庭も突っ切りたい」
 アジサイは固く閉ざされた城門を叩く。
「余裕」
 ジークは全身に竜殼を展開すると大きく拳を振りかぶる。
 
 轟音、そして大地が震えるほどの衝撃が城門に響き渡る。
 木の繊維が悲鳴を上げながらバラバラに砕け散ると、悠々とアジサイとジークが中に侵入する。
「さて、数はどのぐらいだろ」
「アジサイさぁ、こんなの数えていたら日が暮れるぞ」
「それもそうだな」
 敵陣は二人を現状持ち出せる最大の兵を揃えていた。
「さて、派手なのとおとなしいのどっちをやりたい?」
「派手一択だ」
「オーケー、じゃあ、ジーク、任せた」
 ジークが一番槍と誇張するかのように竜殼で身を纏った体に速度を乗せて敵が盾を並べ待ち構えている。
「一人が突っ込んでくるだけだこの数なら押し返せる!」
 敵兵たちは自らを鼓舞してジークと相対するが、儚い言い聞かせに過ぎなかった。
 無情にもジークの一撃は盾を吹飛ばし、陣形に穴を開け、さらにその奥へ奥へと進む。その道をアジサイが駆け抜ける。
 圧巻の出来事にその場にいた者たちはただ呆然と眺めることしか出来なかった。肉体が違う、力が違う、強さが違う、悉くただ清々しいまでに悉くジークは駆け抜け、道を切り開いた。
「ジーク、お前……」
「この二週間、色々なことを魂に叩き込まれたぜ」
 アジサイの目には焦りと羨望が同時に写り込んでいた。
「お前はどうなんだ?」
「どうって……」
「踏ん切りはついたのか?」
「……それは、わからない。真っ暗なんだ」
 思うがままアジサイは吐露した。ジークは後ろに付いてきているアジサイを振り返ることはなかったが、彼がどんな表情をしているか予想できた。
「そうか」
「なかなか……難しいな」
 愛する妻を失った男は静寂の向こう側にいるようだった。
 アジサイがジークに届かない様に、ジークはアジサイの心に届かない歯痒さを感じていた。
 
「さて、じゃあ俺は中で遊んでくる」
「おう、じゃあ俺はこっちで遊んでいる」
 アジサイはジークの肩を叩き武運を祈ると城内突入した。
 
 
 アジサイは城内に入ると、義装の能力を使い城内をくまなく調べ上げる。
「はぁ、ヘムロックが地下にいるな、とっ捕まったか。仕方ねえ奴だな」
 城内の解析を終えると最短ルートを演算、眼前に広がるウィンドウでナビゲート開始する。
「いたぞ!」
 ジークに恐れた敵兵が何とか手柄を立てようとどうやら城内に戻って来たらしい。
「竜狩りが無理でもこっちの男なら――」
 アジサイは追われるが、敵兵を振り切って一気に地下へと降りた。いかにも牢屋と思える場所に辿り着く。
「よーっす、貞操は大丈夫かぁ?」
「元々卒業済みです、まぁ三人くらいでしょうか」
 ヘムロックは慣れているのか淡々とそう答えたが、アジサイはそれを聞いた瞬間、頭に血が上った。
 ヘムロックが囚われている牢屋の格子に手を掛けると装具によって強化されている握力に物を言わせて無理やり破壊する。
 強引に行使を引き抜き、踵を返す。
「お前は急ぎ戻って治療を受けろ。あとは俺がやる」
 表情を引き攣らせ、歯をギリギリ軋ませている。
 
 鬼のような形相だったためヘムロックは有無言わずはいと答えて城から離脱した。
 城から出て行くところまでアジサイはきっちり確認すると指の関節を鳴らした。
「殺す」
 再びに城へと戻るとアジサイは目に付いた敵は全て骨を折り、顔面を殴打し壁が砕けるほどの力で圧倒し、城内をじわじわ制圧し始める。
 
 
 
 城外ではジークが敵を放り投げていた。
「…………次は?」
 死屍累々という言葉がこれ以上当てはまるものはなかった。純然たる暴力がその場を支配し、ジークと言う男にかすり傷一つも付けられないまま、兵たちは力尽きていた。
 
 ここまで強くなったのは、ジーク自身が竜を狩り、その力を得たと言うのもあるが、今まで倒してきた竜たちと対話し、技を継承した。
 今は使えない技も多く存在するが、それでも今までのジークに足りなかった技量を補うことができた。
「流石、龍神演武……」
 龍神演武を身に着けてからジークは無駄な動きが無くなり攻撃が清廉されていた。普段なら攻撃を食らい、それを即座に回復させ反撃という流れで戦闘を行ってきたが、今は相手の動きを先読みし必要な力を必要な分だけ使い最少手で攻めることできる。
 周りを見渡しても戦意を喪失している者たちしかない。ジークはため息を付いて城内に入る。
「うわ、なんだこれ」
 城内の荒れ方が異様だった。犯人はアジサイなのだが、彼らしくないとジークは思った。普段のアジサイは無意味に壁を破壊したり、癇癪を起したかのように暴れたりはしない。
 アジサイの逆鱗に触れる何かがあったに違いないと予想しジークはアジサイの後を追いかけた。
 倒れた者たちを追いかけていくと、玉座を模した場所に出る。そこに腰かける男、今回の発端の一人でもあり敵陣の頭でもあるムスタファが顔を青くしていた。
 ムスタファの視線の先には明らかに激怒しているアジサイの姿があった。ウォーゲームとか関係なく殺しかねないレベルである。
 ジークは慌ててアジサイの元に詰め寄る。
「どうしたアジサイ、流石に今はウォーゲーム、いくら何でも――」
「あの野郎、ヘムロックを兵士の慰み者にした」
「おう、ぶっ殺すか」
 ジークも目の色を変え、竜殼を展開する。
 二人はムスタファの眼前まで歩み寄ると同時に拳を放つ。
 
 見事にムスタファの顎を穿ち抜いた一撃は、奴の体を天井まで放り出された。二人はそのまま体を翻し、城を跡にした。
 
 僅か数時間でウォーゲームは終了となった。
 この戦いで懐刀は知名度を上げ国民からの人気を博し。ジークは竜狩りとしての力を知らしめした。そして不思議なことにアジサイの戦果だけは広まることが無く、参加していた人程度の印象となった。
 
 
 
 
「さてと残件処理とかでグダグダひと月経ってしましたが、二つのウォーゲーム、どちらも勝利ということでーーー!」
 
 
「「「「乾杯!!」」」」
 
 懐刀七人にジークとアジサイ、アキー、ダチュラ、ヘムロックの合計十二名が居酒屋KARASAWAで盛大に打ち上げを行っていた。
「いやぁ、しかし、アキー、ヘムロック、ダチュラ、よく頑張った!」
 アジサイは満面の笑みで自分の部下を見て誇っていた。
「ああ、よく頑張った」
 ジークも楽しそうに同意した。
「あ、ヘムロック、その後はどうだ?」
「生理を確認したので妊娠はしていないと思います」
「それはよかったよ、もしもこんなことがあったら直ぐに言うんだぞ」
「はい、ありがとうございますアジサイさん」
「はいはい、それじゃ、今日は高給取りばっかりだから媚まくって、たらふく奢ってもらえ!」
 アキー、ダチュラ、ヘムロックは喜々としながら懐刀たちの方へ向かっていった。
 
「なぁ、アジサイ」
「どうしたジーク」
「辛いことも多いけど、今この状況が続くといいな」
 アジサイは何も返さなかった。ただ無言で穏やかな表情を見せただけだった。
 
 不気味なまでに穏やかな表情だったことをジークは脳裏に張り付いて離れなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...