上 下
74 / 117

天ノ72話「氷筋不天」

しおりを挟む
 
 三番手のエレインはいつもの穏やかな表情を凍らせていた。薄氷を浮かべた顔が真剣さを物語っている。
 彼女を限りなく魔法使いに魔術師と呼んだ者がいた。
 この世界では魔法と魔術には大きな違いがある。わかりやすく言えば神性という強大な魔力を消費して発動するものである。しかし、この四千年、魔法を行使した者は誰一人として存在しない。
 それもそのはずで、神性、つまり超膨大な魔力を人間が背負うと肉体に負荷がかかるからである。アジサイの体全体から色素が欠乏したのも神性の影響である。それ以上になると内臓の機能不全、精神異常、吐血、最終的に死に至る。
 エレインは生まれつき、魔力を受容できる量が人間を大きく超えている体質であるため、魔法使いに近いと呼んだ。
 
 
 青髪の少女(二十代後半)は杖を持ち流水の騎士レルゲンの前に立っていた。
「始めよう、次が控えている」
 流水の騎士レルゲンはコバルトブルーの兜を縦に振る。
 ネフィリは杖を掲げて魔術の詠唱に入る。
 大気が冷やされて氷の塊がレルゲンの頭上に形成される。初歩的な氷魔術であるがエレインが使うことで鋭い一撃に変貌する。
 魔力量と卓越した魔力操作のセンスがレルゲンを襲う。レルゲンが頭上に出来る氷の礫をぼんやり眺めている。
 エレインは巨大な礫を大地に放つと、次の攻撃のために詠唱を開始しはじめる。
 
 
 その瞬間である、エレインの視界は空中に浮き、天地が逆さまになった。思わず声を上げた時、口から大きな泡が生まれた。それでようやく初めてエレインが水の中にいることがわかったのだ。
 レルゲンは何も言わずにエレインの方を向いていると、指を鳴らして魔術を解除した。地面に尻もちを付ける。臀部を摩りながらエレインは立ち上がろうとするが鋭い槍上の水がエレインの喉元に付きつけられていた。
「参った……」
「氷魔術、見事、不意打ち、詫びる。勝ちたい。私」
 レルゲンは単語を言うだけ言って、円卓七騎士の元へ歩いていった。
 
 たしかにエレインは魔術師としては一流だが、ほんの数歩だけちょっとしたきっかけで変われるところでレルゲンと差がついていた。戦う者としての覚悟、戦略、経験。その小さいようで大きな差が決定的となった。
 
 エレイン、敗北。
 
 
「すまない負けてしまった」
「あれは不意打ちもいいところだ」
 ミオリアが励ます。
「クハハハ、あのレルゲン、草花の騎士イザイラが戦闘しているとき既に攻撃の準備をしていた。不意打ちだな」
 ルーサーは状況を解説する。どうやらレルゲンはバトルが始まる前に地下水を操り、エレインと開戦した直後に水を押し上げてエレインを包囲して先手を取っていた。
 エレインは魔術を行使する間も無く倒された。魔術師の弱点だが行使その物を止められると魔術が満足に使えず、一瞬負けてしまうのである。それを嫌った騎士は近接戦闘の訓練も行い、魔道騎士となるケースが多い。
「最初から最上位魔術を使って全てを凍らせれば良かったな。小手調べなんぞした私のミスだ」
 唯一の黒星を挙げたエレインは氷の椅子を作り落ち込んでいる。

「次は俺が行く。いつもどおりやれば俺は絶対に負けない」
 クーラントはピアスを光らせながら長斧を担いでいる。
「あっ、おい! 今回は!」
「大丈夫大丈夫!」
 グーラントはミオリアの話を聞かずにそそくさとバトルフィールドに入る。
 
 
「さぁて! 誰だ誰が相手だ!」
「私がお相手します」
 若草色の鎧、疾風の騎士クライスがロングソードを抜きながらフィールドに入る。
「お、そうか、じゃあ始めよう、早く早く早く!」
 グーラントは狂喜しながら斧を構えて、地面を蹴り上げた。
「狂犬が!」
 クライスは風を纏うと名前通り疾風の如く地面を蹴りグーラントの首を断つ。
 首から血を流すと、グーラントは振り返りクライスを見据える。
「ってえなおい!」
 グーラントは苛立ちの声を上げると、クライスは目を丸くしていた。
「なんなんだ……」
「あ?」
 グーラントは地面を見ると自分の顔を見つけた。
「んああおい、折角のピアスが取れちまったじゃねえか、結構いい値段すんだぞ穴開けるの」
「そうではない、色々物申したいが、魔力障壁はどうした!?」
 クライスはロングソードをグーラントに向けながら訪ねる。
「んああ、受付の嬢ちゃんにつけられたあれか、ほんとに効かなくなるのか試したら剥がれちまった。まぁ、あってもなくても俺は変わらねえからよ。続けようや」
 グーラントそう言いながら手斧を構えて印象に残る笑顔をクライスに向けた。
 
「この馬鹿野郎おおおおおおおおおおおお!」
 そう言いながらミオリアはグーラントにドロップキックを加える。
「何すんだこの野郎!」
「何すんだじぇねえよ、反則だわ馬鹿野郎!」
「ああ?知らねえよ!」
 ミオリアはグーラントの腹部を殴り気絶させると、クライスに一瞥して自陣に帰る。
「おい、馬鹿ぁ!」
「いやぁ、すまん、ハッハッハ」
「もういい黙ってろ!」
 
 グーラント、敗北。
 
 気を取り直して四戦目となる。
 
 
「私が行ってきます。と言いたいですが、一対一では勝算が低いですね。私の能力は軍隊で初めて性能が発揮されるので」
 レオニクスは落ち込み気味に言う。個々が強い円卓に一騎打ちとなるとレオニクスは能力の都合上、途端に弱くなるからである。
「言っちゃ悪いが、元々勝てない見込みだった」
「賢明な判断です。できるだけやってみます」
「頼む」
 レオニクスは肩を竦めながらバトルフィールドに向かった。
 
「さて、私はレオニクス、よろしくお願いします」
「私はスタード、よろしくお願いします」
 二人は一礼すると、静かに振り返り、五歩進むと再び振り返り向き合う。
 
 振り向くと同時に、二人の戦いは始まった。
 地面が軋みながら震え、レオニクスは体が鉛のように重く固まる。
「これは……重力魔術!」
「御名答です。このまま潰れてください」
「ハッハッハこの程度、重い内に入りません」
 レオニクスは己の持つ筋肉を膨張させ、歯を食いしばり大地に右足の後を踏み残す。次に左足を前に出し、同じことをする。
「馬鹿な、人間ならとっくに潰れている」
「この程度で我が歩みを阻むに値しません」
 じりじりと前に進み、宵闇の騎士スタードと距離を縮めていく。
 レオニクスの持つ槍と盾は未だに輝きをくすませることなく、その魂は未だ勝利を渇望していた。それはまさに忠誠のレオニクスと呼ばれるに値する行動であった。仲間のため、友のため、王のため、全てを捧げる男の姿である。
「これではだめか、ならば!」
 地面が重力に耐えられず地面がひび割れる。ウィナーの一撃で解けた地面は一枚の岩となりそれが粉々に砕けている。
「ぐ、これは中々、しかし、まだまだァ!」
 レオニクスの視界が歪み始める。強すぎる重力のせいで血液がまともに脳みそへ送られないからだ。
 それでもスタードへ一撃を与えるために前へ進む。
 レオニクスは歩み続ける。
 
 力の差は歴然、相性は不利、ルールも不利、しかし、レオニクスは挑む。難儀な挑戦であるが故に。
 
 槍の穂先が数十センチでスタードの喉元に届くところで、切っ先はピクリとも動かなくなった。
 スタードは全身全霊をかけて行使した重力魔術を解くと、胸に手を当てレオニクスに敬意を向けた。
 レオニクスは立ったまま気絶していたのである。
 
 
 レオニクス、敗北。
 
「レオニクスは治療のため医務室に送った。次はネフィリ、任せた」
「任せて! 呪いが解けてから調子がいいの、リツフェル……お父さんの力が使えるようになってきたみたい」
 ネフィリはガントレットをはめるとにっこりと笑って、バトルフィールドに赴く。

「何か言うことある?」
「ない」
 造岩の騎士ヴォルスは静かに答えた。
「じゃあ行くわ!」
 ネフィリは大きく跳躍し岩のような鎧を身に纏うヴォルスに一撃を加える。今のネフィリの怪力を以ってすれば鎧など紙に過ぎない。
 ヴォルスもそれを警戒してか、即座に岩を展開しネフィリの進行阻む。次々とネフィリを追撃するように岩を展開すると装甲のように自分の身を守る構造になっていた。
「ああ、めんどくさい!」
 岩の壁に向かってネフィリは拳をぶち当て、粉砕する。
 ヴォルスは即座に反応し岩壁を再構築する。
「めんどくさい!」
 そう言いながら、ネフィリは壁をもう一度、破壊する。
 やはりヴォルスは岩壁を再構築し、対応する。さらに壁から棘を突き出すとネフィリを後退させると、その間に岩壁を構築する。
それをなんども繰り返し、ネフィリをエリア外まで押し出そうとする。

ネフィリの持つ破壊の拳と、レルゲンの岩の防壁の根競べが始まった――。

 そして、この一試合は円卓側も懐刀側も想像できない事態へと突入するのだった――
 
 
 
 一週間後――
 
 
 
「ああ、もう! お風呂入りたい!」
 岩を破壊し続けて一週間、ネフィリの全身は汗と岩の破片で悪臭と汚れに包まれていた。一週間、昼夜を問わず岩を破壊し続けていたのだ。
 
 そして、その我慢比べがついに終わる。
 
「っしゃあ! 捕らえた!」
 ネフィリは何万枚もぶち抜いた岩壁の先にいたヴォルスを捉えると鎧を掴み、拳を振り下ろそうとした。
 しかしヴォルスの意識は既に無く、気を失っていた。原因は魔力切れである。
「……お風呂入ろっと」
 
 ネフィリ、勝利。
 
 ネフィリはヴォルスを担ぐと、円卓七騎士にヴォルスを預けてから懐刀の元へ向かう。
「お、お疲れ……」
「つかれたあああああああああああ!」
 ミオリアは鼻を抑えながらネフィリを迎える。


「そんなに臭い?」
「かなり臭い」
「もうやだあああああああああ!!」
「ネフィリ殿、お風呂へ向かわれた方が良い、あなたの女性としての尊厳のためにも」
 レオニクスが止めの一撃を食らわせる。
「さっき、ヴォルスを運んで円卓まで行ったのぉ! もうやだぁ!」
「落ち着け、まずは風呂だ汗臭女」
 グーラントは詫び入れることなくネフィリに暴言を吐く。
「あと覚えてろ、グーラント」
「クハハハ、そんなに眉間を寄せることもない美人が台無しだ」
 ルーサーはそう言いながら風上でさらに数メートル離れている。
「この野郎共!」
 
「さて、じゃあ、最後は俺か」
 二振りの短剣を持ち、ミオリアはいつも通りの表情で、聖光の騎士シャルルが待つバトルフィールドへ向かった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...