この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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天ノ70話「火蓋を切り落とす」

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「クソ、クソッ! ふざけやがって! クソが!」
 アキーが擦れた目で暴言を吐き捨てる。かれこれもう二日もまともに眠れていない。今日が何日目なのかさえ怪しい。
「くたばれ!」
 ダチュラもいつもより毒が五割増しで吐き捨てる。
 防衛戦を行ってから既に一週間以上が経過している。ヘムロックは帰ってこず、敵も既に五百は倒しているが、一向に数が減らない。明らかに人員を外部から連れ込んでいるのは明らかだ。
 ジークやアジサイが助けに来てくれる気配はない。
 地面には薬莢が灰になった物が散らばっている。既に万は打ち込んでいる。しかし減らないのである。
罠も残り少なく、城門が破壊されるのも時間の問題である明日か明後日かそれとも今日か、幸い昨日から雨が降り続いている。地面が緩くなり足が進まなくなるからだ。さらに長い時間濡れると体調も悪化する。
 補給線も伸び、何とか抑えられている状態だが増員されればこの城は陥落する。
 アキーは残り一週間半をどうやって耐えるのか撃鉄を落としながらひたすら考える。
 
 この先どうなるかを考えるとアキーは攻撃の手を止める。
 
「アキー、考えない方が良い! 今を必死に!」
 ダチュラは大声で手を止めているアキーに言葉を投げる。アキーはそれを耳にすると我に返ったように再度攻撃を試みる。
「そうね!」
 彼女たちの奮闘は続く。
 
 
 話はミオリアたちに戻る。
「状況で言うと非常によろしくないです」
 レオニクスは結論を言う。
「こっちもだ、貴族連中、アキーとヘムロックとダチュラの支配権を強奪して、懐刀は女を傀儡にして好き勝手やる人間たちという噂を流布させる気だ。貴族の過激派が本格的に動き出して来たな」
 グーラントはピアスだらけの顔を歪めてテーブルを叩いた。
「でも、それは本人たちが違うと言えば解決するのでは?」
 アンタレスは紅茶を飲みながら首を傾げる。
「心身の不調とか理由を付けちゃって面会できないようにしてしまえばいいでしょ?」
 ネフィリはスコーンを齧りながらアンタレスの意見を否定する。
「なるほどぉ、じゃあ負けたら大変ですね。私がウォーゲームに参加してきましょうか?」
「クハハハ、バカを抜かす出ないアンタレス、今回のウォーゲームでは懐刀の参加禁止されている。実に姑息、姑息であるな!」
 ルーサーは高笑いしながらアンタレスの意見を否定する。
「あー、そうでしたね」
 アンタレスはのんびりしながら紅茶を飲む。
「それに懐刀が参加できるのであれば、このルーサーが直接敵陣を滅ぼしている」
 如何にも三下なこと言うが、この男はこう見えて強い。それにアクバ王の血を継いだ息子でもある。側室の子ではあるが、貴族と折り合いが悪く気が合うのは懐刀であったため、こちら側の席に着いている。
「お前、立場を考えろ、アクバ王のすねかじり」
 グーラントは青筋を立てていらだっている。グーラントは非常に短気で気に食わないことがあるとすぐに怒り散らす男である。ただし身内には滅法甘い。顔を始めとした体中にピアスを付けているがこれは死んだ仲間の数である。以前より数が増えていることからまた失ったことが伺える・
「すねかじりだと……確かに!」
 ちなみにルーサーは有事の時以外はだいたい阿保である。
「さて、密告者は見つかったのか?」
 エレインがペンを滑らせながら話を戻す。
「見つかったと言えば見つかったが証拠がない」
 グーラントが冷静に答える。先ほどまでの野蛮さは既にない。
「というと?」
 ミオリアは聞き返す。
「円卓が会場の周りを警護していやがった」
 円卓、貴族派閥のトップ七名で構成された連中である。わかりやすく言えば懐刀の騎士バージョンである。
 実力も懐刀に劣らないが、戦闘よりも治世という面で優秀な連中が多い。大衆への露出も多く庶民の憧れの的である。
 ただ、懐刀とは今まで衝突するようなことはなく、どちらかと言えばお互い関わらず仕事をこなしていこうというスタンスであった。
 それが今回、ここまで円卓が出てくるような状況、どうやら貴族側も一枚岩ではないらしい。
 逆に、ウォーゲームの会場警備に円卓を起用するのは過剰である。何かを隠したいのかも知れない。
「民衆を引っ張った……」
 ミオリアがぽつりとつぶやく。
 全員が首を縦に振る。
 貴族連中は人気者の円卓をウォーゲームの会場に置くことで大勢の人間を開場に集めさせた。その中に紛れて密告者が混ざれば簡単に内部へ侵入することができる
 木を隠すなら森の中とは良く言ったものだ。
「どうすんだよ、俺たちも警備の枠に入れば、”円卓が信用できないのか”って突っかかれて、不要な衝突が増える。このままにしておけば敵に情報が洩れる。選択肢は二択、衝突か敗北か、どうする? 第一席?」
 グーラントは喜々としてミオリアに問う答えは合って無いようなものである。

「衝突だ」
 
 ミオリアは即答した。
 
「クハハハ、答えは出たか」
「そのようですね」
「ヒィー! 楽しくなってきた」
「じゃあ、私も」
「ネフィリに同じく」
「私もご助力します」
 懐刀は一斉に立ち上がり、重い腰を上げた。
 
 
 ウォーゲーム会場に着くと、ミオリアは警備に止められる。懐刀が全員集まった状態に気づいてか早々に円卓たちが一堂に会する。
「これはこれは懐刀の皆々様、如何成された?」
 円卓第四席、疾風の騎士クライスがミオリア達を止める。クライスの後ろには六人の円卓連中が首を連ねている。
 お互いに水面下で何が起こっているのか分かっている。それ故に、騎士はにこにこと微笑んでいる。
「いや、なに、ちょっと今回のウォーゲーム思うところがあってな」
「そうでしょうか? 確かに数はあれですが中々苦戦を強いられております」
「そうだな、俺の部下が育てた奴らだからな、さてと、俺たちの要求はただ一つ――」
 ミオリアはエレインにから渡された手袋を地面に叩きつける。
 
「円卓七名対懐刀七名、一騎打ちのウォーゲームを申し込む!」
 
 昔、アジサイから火災の消火方法に爆風による消火、という物がある。
 今、まさにミオリアはそれを実行している。
 
 そして民衆が大勢いる状態、彼ら彼女らは刺激に飢えている。円卓が戦う姿を見られるのなら狂喜乱舞する。
 ここで円卓が申し出を断ればそれこそ騎士の名折れである。
 
 
「わかった、円卓第一席、光の騎士、シャルルが受け取ろう」
 当然のように円卓はその場で申し出を受理した。騎士としては若いが風格は十分、そして何よりも耳にする武勇は誰しもが耳にしたことがある男である。
 騎士の中の騎士、聖光の騎士シャルルである。
 
「日取りはどうする?」
「そうだね、折角だからこの会場の中で三日後に執り行うのはどうだい?」
「わかった。それでいい」
「流石だよ。じゃあ、当日。安心して欲しい、密告者は既に抑えている」
 シャルルはにっこりと笑った。
「そりゃあ、手間が省けた」
「それでは当日会いましょう」
 
 聖光の騎士シャルルは笑っていなかった。
 
 お互いに睨みあった状態をいつまでも続けることなく懐刀は王城へ戻った。
 
「クハハハハ、楽しくなってきた、最近の魔獣、魔物ではちょっと」
「しかし、いいのですか?」
 レオニクスは一抹の不安を吐露する。
「いいんじゃない、どうせ私たちは戦うことしかできないし」
 ネフィリは気怠そうに返す。
「まぁ、やっちまったしあとはやるだけ」
 ミオリアはそう言い捨てる。
「しかし、あの二人は何をしているんだ?」
「戦ってる、魔獣と竜」
「アジサイ殿の噂は十万人殺ししか耳にしませんがジーク殿の武勇はよく耳にします。あれは素晴らしいですね。とてもとても強い」
 レオニクスは楽し気に言う。
「クハハ、ジークは凄い、以前すれ違ったことがあるが、体に纏う風格が違う。まるで嵐の片鱗である。実に良い、あの男なら八人目の懐刀になれるやも知れぬ」
 ルーサーは高笑いを交えながら話をする。
「馬鹿を言うな、アジサイ、あの男、あの男は不味い」
 グーラントは青髪をいじりながら言う。
「しかし、あの者からは何も感じない。風格も言っては何ですが、森の中の木で岩場の石ころにしか過ぎません」
 レオニクスは反論する。
「ヒイー、ばああああああか、逆だよあそこまで小物の風格を出しておきながら、十万人殺す。殺しているんだよ、実力を。そうだろ、ミオリア?」
「わからん、特にアジサイは、あいつはまだ完全に本来持つ力を出し切れていないからな」
 ミオリアは肩を竦める。
「だがなミオリア、奴は心も強いぞ」
「心?」
「……わからないならいい」
「そうか」
 ミオリアの返答を聞くとグーラントは話を切った。それ以上は何も言わなかった。
「そう言えば、この前、美味しい酒場を見つけたのですが決起会がてら行ってみません?」
「なんて言うお店?」
「えっと確か、KARASAWAという看板がありましたね。色々あって面白いですよ。珍味も多いですし」
「おっと……なんて言うか、すごい名前」
「いいね、行こうぜ。ミオリアもストレス溜まってんだろ」
 グーラントは即答する。
「こういうのはやっておくとチームの結束力が出ますからね是非とも。ミオリア殿もこういう時だからこそ飲んでおくと緊張が解れるというものです」
「ネフィリも私も参加しよう。最近は多忙だったのでな」
「じゃあ、行きますか」
「クハハハ、飲み明かすとするか!」
 
 懐刀はほとんどが一代限りの成り上がり集団である。それ故に王城内では孤立した状態になりやすい。と言ってもレオニクスやグーラントは何千の部下を抱える大所帯だが、強者の孤独という物があるらしく、機会があれば飲み会を開く。
 プログラマー時代のミオリアなら飲み会と聞いただけで逃げていたが、ここの面々は話していて面白いし、こういうささやかな娯楽を共有することでいざという信用できる仲間になると言うことをこの十二年で学んだ。
 
 
 
 飲み屋に付いた途端、バカ騒ぎが始まった。
 グーラントとルーサーがどちらがビールを多く飲めるかという話になり、ジョッキを一気飲みする。
 十杯目辺りからお互いに顔を真っ青にしてトイレに駆け込んだ。それを見てネフィリとアンタレスは笑っている。
 グーラントはウィスキーを瓶で注文しステーキを行儀悪く貪りながらウィスキーをラッパ飲みする。
 ミオリアはカクテルを注文し、懐刀のバカ騒ぎを傍から眺める。序盤の騒ぎを終えると、エレインが魔術を使ってウォーゲームの中継を投影すると、レオニクスやルーサーが戦術はどうだの、武器がどうだのと談議に花が咲いている。

 
 夜も更けると解散となり、次の日からは全員戦闘に向けて準備を始めた。
 
 
 そして、一騎打ちの時が来た――
 
 相手は円卓七騎士
 
 火炎の騎士ウィナー――
 流水の騎士レルゲン――
 造岩の騎士ヴォルス――
 疾風の騎士クライス――
 草花の騎士イザイラ――
 宵闇の騎士スタード――
 聖光の騎士シャルル――
 
 二大派閥が激突する。
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