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獣ノ65話「Q人型魔獣ってメス多いよね。 A男性を捕まえる方が楽ですからね」

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 時はジークが竜狩りを行っている頃と同刻になる。
 アジサイもパッツァーナの奥地で魔獣討伐の任務を実行していた。
 
 ここからが問題である。アジサイは目を開くと暗闇にいた。体の自由は利かず、まるで布を巻き付けてその上からロープで縛られているような感覚である。呼吸もマスクを三重に付けているような状態で息苦しい。
 頭も重く、まるで酔っているような気分だった。いくら酒好きのアジサイとは言え任務中に必要性もなく酒を飲む行為はあまりしない。
 となれば今の状況から察するにアルコールを無理やり摂取した。違う毒物を注入された。魔術による攻撃のどれかが可能性として濃厚である。その中でもパッツァーナという自然豊かな森の中と仮定するなら毒物が濃厚である。
 アジサイはパッツァーナに来てからことを思い出す。
「えっと、ジークと別れた後、エンプレスワプスの働き蜂に襲われて、毒針を受けたあと、体勢を立て直すために……あっ、それでクイーンアピスのテリトリーに入って襲われて意識を無くして、あー、解毒しねえと」
 アジサイは解毒魔術を発動する。
「これでよし、てか、この解毒魔術ってどういう理屈で毒が消えんだろ……しかし、アナフィラキシーショックを起こすとは思わなかったな、生きているのが奇跡だ」
 季装を展開して、自分に巻き付いている布のようなものを空気で斬り裂く。あたりを見回すとまるで夜のような場所だが、背の高い木々が密集して光を遮っているだけである。その証拠としてわずかに木漏れ日が目で捉えられた。
 改めて自分を拘束していた物へ目を配ると、繭上の糸の塊がそこにあった。アジサイは周囲を見回すと繭玉が大なり小なりいくつも木の太い枝につりさげられたり、幹に縛りつけたり、地面に放置しているものもあった。
 アジサイは地面に右手を着くと錬金術を発動させて粗製のナイフを作成する。ナイフで手近な繭玉を裂いて中身を確認すると、動物の皮と骨がそこにはあった。骨はバラバラになり、皮も丁寧に畳まれている。
 アジサイは底知れぬ恐怖を覚えた。即座に危険と判断し空気を操り大樹よりも高い場所へ体を浮かせる。
 ジェット機のように体を上昇させた瞬間、アジサイは手足と顔に鋭い痛みが走った。上昇を止めて状況を把握する。手足からは血が流れ、剃刀に斬られたような鋭利な裂傷が生まれていた。よく見ると細い糸がアジサイの手足に絡まっていた。
 
 瞬間、アジサイは地面に叩きつけられた。
 衝撃と共に空気が肺から飛び出すと鈍痛が広がる。地面に倒れると今度は足を引っ張られ、地面を引きずられ、持ち上げられ、叩きつけられ木に吊るされる。装具を発動する隙すら与えられなかった。
 アジサイは宙ずりにされた状態で四肢を縛りつけられる。
 
「また冒険者ですか」
 そう言いながら、一人の女が現れる。不思議なことに女は空中を歩いていた。アジサイは脳震盪で歪んだ視界でよく観察すると、張り巡らされた糸の上を歩いていた。
「どうも、討伐依頼が出ていたもので」
 アジサイは軽口を叩く。
 女は人差し指をくいっと曲げる。その動きに連動してアジサイの首に巻かれた糸が締まるのがわかった。
「その割には殺意が感じないのだけれど?」
 白い髪に自分の糸で編んだと思われる白い着物、白い肌が美しい女がアジサイに顔を近づける。言葉を放つ瞬間に見えた口の中は蜘蛛と人間を合わせたような構造で、人間の歯と内頬のあたりから牙のようなものが左右対になって伸びている。
 何より不気味だったのは、目である。一つの目玉に対して、瞳孔が四つついている。目の奇形にも見えるが、様子を見る限り問題なく機能しているようにアジサイは感じた。
「白い髪に、白い肌……神性持ちということは神獣の類か」
「詳しいのね、さて、今私は生殺与奪をどうしようか考えているのですが、交渉の席に立つつもりは?」
「いいよ」
「即答でいいと言った人間はあなたが初めてです白髪人間」
「白髪人間って……アジサイって名前があるんだからそう呼んで欲しいな」
「アジサイですね、わかりました」
「さて、それで交渉とは?」
「あなたを見逃す代わりにここであったことを他言しないこと、私に付いて詮索しないことをアジサイの依頼元に伝えること。この二つ」
「うんうん、つまるところ、君は平穏に静かに誰かに襲われないような場所でひっそり暮らしたいっていうこと?」
「心情としてはそれで合っています。それで、答えは?」
「その前にいくつか前提の話がしたいな」
「どうぞ」
「俺はアラクネという蜘蛛の魔獣を討伐するように命令されているんだ。君がアラクネなら殺す。君がアラクネでないなら見なかったことにするし他言もしない。条件を飲むよ」
 アジサイがアラクネというワードを出した瞬間、両目で八つある瞳孔を収縮させた。
「アラクネは……母は死にました」
「じゃあ、君は?」
「私はタラント、蜘蛛の魔獣アラクネと人の間に生まれた魔獣です」
「ああ……」
 アジサイは昔読んだ本を思い出す。この世界では魔獣と人の間に子をなせるという話である。眉唾物であると思い込んでいたが間違っていたのはアジサイの方だった。
「ちなみにタラントさんの母君は人間に殺された?」
「いえ、病死です。少しでも栄養と魔力を摂取してもらおうと人間を集めたことはあります。人間との関わりは父親と集めた人間くらいです」
「君のお父さんは?」
「母の血肉となりました」
「そうですか」
「話が逸れましたが、答えは?」
「交渉に応じるよ。ターゲットが殺されているのならここに居る必要もないし」
「そうですか、なら解放します」
「でも、思うんだけど、そうやって君が人を解放するからアラクネの討伐依頼がこっちに上がって来たのでは?」
「それは……母が元々人間だから、人には出来る限り優しくしろって……」
 アジサイは目を見開いた。人間を魔獣に変えることが出来る能力など、心当たりはひとつしかない。ウィズアウトの構成メンバーであるエスエッチという科学者に魔獣と人間を合成する能力がある。恐らくエスエッチの能力で合成されたキメラが逃げ出したのだろう。
「はぁ……このままここに居ても俺みたいなやつがどんどん押し寄せるぞ?」
「じゃあ、あなたがなんとかして下さい」
「おう、んじゃあ付いて来きな」
 アジサイは季装の能力で蜘蛛の糸を燃やすと、地面に着地する。
「魔力を使わず糸を焼き切った……」
 タラントは驚きながらアジサイの立つ地面に並ぶ。
「あっ、そうだ」
 アジサイは右手を差し出す。タラントはその行為がどういう意味なのか理解しておらず、小首を傾げる。
「手を握って、俺たちはこうやって友好を示すんだ」
 タラント頷いて右手を差し出す。
「醜女ですが、よろしくお願いします」
「はっはっは、美人だよ。確かにその目と口は人間から見たら異物だけど、十分可愛いと思うよ」
「変な人間」
「よく言われる。それと俺の荷物知らない?」
「これですか?」
 タラントは糸を操りアジサイの目の間にバックパックを吊るす。
「おお、ありがと。じゃあ、ちょっと報復に行ってきますか」
「ちょっと待ってください、近くにエンプレスワプスがいます。ずいぶんと気が立ってますね」
「いいね、どうせそいつらに用があるし」
「あの蜂共を殺すのですか?」
「そうだね」
「クイーンアピスも迷惑がっていましたし交渉も無駄だったので清々します」
 アジサイは空気の壁を自分とタラントの周りに展開し守りを固める。
「空気が止まっている……?」
「わかるんだ」
「糸から伝わりますので」
「この糸すごいよね。強い、細い、綺麗、の三拍子揃っている」
 アジサイは感心しながら、周囲の警戒を怠らない。
「ところで隷属契約はしないのですか?」
「魔獣を無理やり従えるのはちょっとな、んでも隷属はいないわけじゃない。今後会うことになるから仲良くしてな」
「それがどういう意味を示すかわかっていますか?」
 タラントは八つある瞳孔を開いて右人差し指を曲げる。
 アジサイは首に違和感を覚えた。気が付くと糸が首に絡まっていた。
「殺そうと思えば殺せると?」
「そうです。と言うか見ず知らずの化け物を二つ返事で横に置くのも如何なものかと」
「ド正論過ぎて何も言えないな!」
「どうしてそこまでリスクを冒す?」
「すぐにわかるよ」
 タラントは気味悪がった。ひとまずアジサイの首を解放すると、アジサイは安堵の息を漏らした。
「蜂が来てる」
 タラントは警告する。
「もうそろそろ巣か」
 鬱蒼とした森の中を進むと、大樹の洞から蜂がせせこましく出入りをしている。蜂と言っても大きさは三十センチほどで、オオスズメバチに姿はよく似ている。気性は極めて凶暴で好戦的、自分よりも大きな相手でも数の暴力で圧倒する。何より恐ろしいのが毒と顎である。毒を一刺しで数ミリリットルを注入する。スズメバチの毒は別名毒のカクテルと呼ばれるほど複雑に数多くの毒が混ぜられている。
 わかりやすく端的に結論を述べてしまえば、刺されたら死ぬということだ。アジサイは刺されたが運良く生き延びたが心臓がいつ止まってもおかしくなかった。たまたま装備していた義装の能力でアドレナリンを分泌させていたことでアナフィラキシーショックが緩和されたと言うのもこの奇跡の要因であった。
「さてと、タラント、そこを動かないで少なくともそこは安全地帯だからね」
 アジサイはそう言うとバックから瓶を三本ほど取り出す。瓶の中にはアルコールが詰められている。瓶の飲み口を持つとアジサイは大樹の洞にアルコールの入った瓶を放り投げる。
パリンパリンと音を立てて割れると蜂たちの羽音が騒がしくなり。洞の入り口付近に蜂たちが密集し始める。ある程度蜂が溢れているのを確認するとアジサイは季装の力で洞の淵を発火させる。
 
 爆発的にアルコールが燃え盛り蜂たちはパチパチを燃えながら巣の中に逃げていく。
「なるほど、やっぱり蜂は蜂か、アルコールに誘引されるんだな」
 アジサイは感心しながら火が収まるのを眺めていた。
「酷い……」
「何も言えないけどこっちも必死だからね。魔術を使うと魔力の残り香で魔獣を引き寄せちゃうからね」
 魔獣や魔物と呼ばれる者たちの多くは魔力を多く持つ人間を好んで襲う習性がある。体内に魔力を取り込むことで肉体を強化できるからだ。冒険者でも魔術師や回復職が狙われやすいのはこのためである。特に回復職は魔力を放出する時間が長いため恰好の的になる。
 洞が焼け落ちると、中からひときわ大きな蜂が現れる。女王バチである。大きさは小さな子供くらいである。
 アジサイはため息をついて、装具の能力を発揮する。女王は即座に凍り、取り巻きの蜂たちも動かなくなる。
 十分な冷凍が終わると蜂が残っていないか洞を覗き込むが羽音どころか足音も聞こえない。洞を破壊して大樹の中も確認するが、十人分くらいの人骨が見つかる以外に特に収穫はなかった。
「よし」
 
「……こういうことですか」
 タラントは納得した。

 エンプレスワプス討伐。



「よし、次行こう。場所は分かってるからね……あっ、エンプレスワプスが人語を理解できるか確認するの忘れた……また今度でいいや」
 アジサイは軽くなった荷物を持って、早々に足を運ぶ。
「あの、クイーンアピスも殺すのですか?」
「様子を見てからかな、エンプレスワプスは飼うにしても危険すぎるからね。それに問答無用で襲ってくる縄張り意識から移住もだめだ」
「クイーンアピスはおとなしい気性ですし、私の友人でもあるので」
「なら、今回は気楽だな」
 アジサイはクイーンアピス戦が楽になるなと思っていたが、想定とはよく外れるものである。



「降参します! 降参! なので働き蜂を殺さないでください!」
 
 
 戦闘するまでもなかった。クイーンアピスの女王バチが白旗を持ってアジサイにひれ伏した。
 クイーンアピス、名の通りミツバチの魔獣であるが、蜂そものがエンプレスワプスのように大きいわけではなくただのミツバチである。ただ女王バチは人の形を成しており、黄色い髪に虹彩の無い黒い瞳が特徴的なスレンダーで長身の女性である。スタイルはそこそこ良い。

「仲間になりますか?」
「はい……」
「お名前は?」
「三代目クイーンのアピスです」
「あっ、これ種族名じゃなくて固体名だったんだ……」
 クイーンアピスが仲間になった。ちなみにアピスが集める蜂蜜は高級品として扱われる、それに加えてアピスは人語を理解できるため元々アジサイは殺すつもりは毛頭なかった。
 今回拾った魔獣は、一度、王城に連れて帰り、飼育の許可をもらう運びとなった。



「あ、そうだ、ヴェスピーアからアンラ達を呼び寄せて歓迎パーティーをしよう。大量の蜂も王城に連れていけないし寄り道だな」
 だがこの時、アジサイもジークも知らなかった。王城でとある事件が発生していたことに。
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