この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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獣ノ56話「迷路の荊棘」

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「俺は悪くない全てピーシーが――」

 そう言う男を撲殺した。

「なんで私だって被害者なのよ!」

 そう言う女を斬り殺した。


「私は」「俺は」「僕は」「あたしは」「お前は」

 どれもこれもチープな戯言を吐くばかり、生きる価値すらない、死んでしまえ。
 俺だって彼女を救えなかった言い訳のようにお前らを殺している、傍から見ればただの八つ当たりだ。そうアジサイは頭では理解していた。
 
 ただ、感情が追いつかず、慟哭は凶器となって天使のみならず、天使に加担したあるいは操られた人間でさえ、命を奪い去った。
 男だろうが女だろうが、天使に関わった奴は皆殺す。
 ネフィリとネフィリの関係者以外は恩情があるため手を出さないが、そもそもネフィリをウィズアウトに引き渡せばスピカは死ぬことはなかった。
 そう考えると全てに、比類なき全てに殺意が湧いた。アジサイは、そのぎりぎりのラインを先に挙げた八つ当たりで何とか保ち、冷静を装っていた。
 あの日以来、装具は全て黒色になり、どうやら、獣には声を掛けないらしい。それでも力を貸してくれると言うことは、まだ面倒は見てくれるということとアジサイは勝手に解釈する。
 そんな生活を続け、殺す対象がいなくなって初めてアジサイは故人の元へ足を進めた。


 話はそこから始まる。

 スピカが死んで三か月が経過した。
 
 スピカの遺体はヴェスピーアの廃村に安置した。アジサイが知りうる限りの魔術を術式に起こし、建物は全て最高純度の水晶を使っている。こうすることで魔力が建物全体充填させることで術式を行使するだけの魔力を貯蓄できる。廃村の土の下は数メートルの立方体水晶に錬金術で変換し、スピカの亡骸をほぼ永続的に死亡直後と同じ状態で保管できるようにした。

 アジサイは紫水晶で出来た棺桶からスピカの眠っている顔を見つめる。

「本当に死んでしまったのだな……」

 アンラも感傷に浸っている。

「アンラ、念のために言っておくがこの場所は誰にも言うな、誰も近づけるなお前が良いと思った者以外は寄せ付けるな、無理近づいたら殺せ、もしダメなら俺を呼べ」
 虚ろな目でアジサイはアンラに命令する。

「あいわかった。と言いたいが我らに負えない相手が来たら逃げるぞ」
「それでいい、これ以上家族を失うわけにはいかない、あとは俺一人でやる」
「短い付き合いの武器だったな」
「色々世話になったな、まぁ、時々顔出すから安心してくれ」
「して、次の相手は?」
「さぁな、天使や関係者なら喜んで」
「復讐か」
「否定はしない」
「それでよいのか?」
「……わからない、だけど天使族はネフィリさんを狙っている。俺みたいなのが増えないようにしないと」
「……そうだな」
「じゃあ、行くよ」
「なぁ、貴様」
「なんだい?」
「もしも、人間に愛想が尽きたのなら、私のような魔獣を飼ってみるのはどうだ?」
「どしたん急に?」
「いや、なに、人間は動物を飼うことで寂しさが紛れるらしくてな、そこそこ知能のある魔獣なら手なずけられると思ってな」
「考えておくよ」

 アジサイは季装展開し、王城へ帰還した。
 
 
 自室に戻ると机の上に置いてある煙草に火をつける。窓を開けて口に含んだ煙を吐き捨てる。
 煙草を口に咥えながら暗殺リストを確認する。赤く塗りつぶされており殺すターゲットは全て家族を含めて殺害済みである。
 またタンドレッサに頼んで殺害リストを作らせる必要がある。アジサイは紫煙を吐き出すと魔導式ライターでリスト燃やす。
 
 こんなことをしてもスピカは生き返らない。
 
「ファンタジー世界のくせに復活の呪文はねえのかよ、ほんと薄っぺらい、酷く浅い世界だな」

 ぼやくが誰も言葉を返さない
 
 
 
 
「と言うわけだ、次殺すのはどいつだ?」

 タンドレッサは青い顔をしていた。アジサイは王城に戻ると矢継ぎ早にタンドレッサに仕事要求する。

「いや……容疑者もう血族含めていない……根絶やしだ……」
「だろうな、ついでに言うと敵対派閥の人間もちゃっかりリストアップしていたな、そんなに昇進したいのか?」
「わかっていたのか」
「殺していて不自然な人間が何人かいた。そもそも天使のことを知らない、天使について面識がない、そういう奴等がいた」
「そこまで知っていて殺したのか」

 タンドレッサは困惑していた。

「仕事だからな、お前に頼まれたのはターゲットの殺害、そして事故死に偽装すること」
「……私がお前を利用していたこともお見通しか」
「利用した? それは違う」

 アジサイは呆れた表情で足を組み直し、椅子の肘に右腕を乗せると手のひらを拳にして顔の右側を乗せる。

「どういうことだ?」
「俺は正当な報酬をもらってお前が依頼した仕事をこなしている。それがどういう目的であれ引き受けるのは俺の意思に依るものだ」
「……責任は自分にあると」
「そうだ」
 
 この考え方は冒険者の頃に学んだことである。
 
 依頼は吟味しろ、中には犯罪に手を貸すことになる。もっと酷い時は陽動用の捨て駒にされ命を落とす。だから仕事を受けたら最後、責任があるのは自分自身だ。
 
「そうか……」

 タンドレッサは頷いた。
 
「それで、タンドレッサ、次の仕事は?」
「……仕事はある、領土ゲルダに天使の動きがある。不確かな情報だが真相を確かめてほしい」
「ゲルダか、歌の都とも言われる都市領土で、たしか平原の領土リカーネとエルフの森と言われる領土パッツァーナ、海の都の領土ヴィストークに隣接した交易が盛んな領土だっけ?」
「そうだ、人の流れが多い分特定が難しいと思われるがいけるか?」
「人の流量が多いとなると足が付きにくくなるかもしれない」
「期日は早い方がいいが、二年程度だ」
「タンドレッサ、不在の間、天使たちはどうする?」
「基本的には王城で対処、難しい場合は使いを出す」
「わかった」
「ゲルダに拠点を設けた。詳細説明は家の本棚に置いた」
「わかった」

 アジサイは部屋を後にする。
 
 
 それから王城内をぶらぶらと散歩し、夏の暑さで気を紛らわせる。

「夏だなぁ……もう八月だもんなぁ」
「おっ! アジサイ」

 ミオリアが暑さにやられて気怠そうに

「おー、先輩じゃないですか」
「数か月ぶりだな、話はタンドレッサから聞いてる。スピカさん、残念だったな」
「……そうですね。それで本日は?」
「いやぁ……ジークとアジサイの下に部下を付けろって言われてさ」
「えぇ……めんどいっす」
「と思って今まで傷心を理由に断っていた」
「と言うことは何か月か前から言われていたのですね」
「そうだね、詳しく話すから俺の部屋でいい?」
「了解っす」

 ミオリアに連れられて部屋に向かう。部屋は以前と変わらない洋室の中にあるテーブルに対面で座る。

「うーん、正直部下欲しい?」
「いやぁ、要らんっす」
「だよなぁ、でもなぁ……」
「何か困りごとが?」
「上からのお達しで俺の下を増やせと言われてな」
「あー、なるほど、現状、先輩の下には俺とジークがいて、ジークにはアルスマグナ、俺はスピカがいたので人数で言うと五人組織、それが一人減ったから補填ってわけですか」
「なんかスピカさんの代わりって感じがどうにもな」
「理由はどうあれ組織から見たら人が減っているわけですからね、考えは妥当でしょう」

 スピカを蔑ろにされているようにも聞こえると口から出そうになるがアジサイは寸前のところで押さえ込む。

「んで、ジークにもこの話はしたんだけど、竜狩りに付き合わせたら死体が増えるだけになるし、俺は俺で、本業をこなしながらジークとアジサイをマネジメントしているし、ちょっとこれ以上数が増えるのは勘弁して欲しい」
「それで自分ですか」
「一人、できれば二人下に付けてくれ!」
「はぁ……ただ自分の仕事は割と汚れた物が多いですからね。それにうやむやになっていますが、ダンプトエル十万人殺害の件もありますし付きたがる人もいないんじゃ?」
「それが……めっちゃ希望者が増えたんだよ」
「はぁ?」

 アジサイは思わず声を漏らす。

「表向きの処理は、天使族がダンプトエルの住民を洗脳し王城に一斉蜂起を仕掛けた。それをアジサイは単独でダンプトエルに潜入、苦渋の決断の末に洗脳された者たちと死闘を広げた。その結果王城が戦火に包まれること回避。その上、領主の不正と裏切りを突き止めた成果と……まぁ、大分プラスに描かれているシナリオになっててな……死罪よりはましだと思ってくれ」

 ミオリアは交渉材料としてジョーカーを出した。これでアジサイはこの話をただ断ることが出来なくなる。

「なるほど、これは自分に付いて回ったツケってところですか……」
「やってくれるか?」
「ええ、ただし簡単な試験を実施するのが条件です」
「わかった、試験はどうする?」
「どうしようかな……一月後で、色々準備します」
「真面目に頼む」
「ちなみに採用が無かった場合は?」
「それはそれでいい、実施した結果見込みなしって報告するから、んでも無理難題吹っかけると貴族から圧がかかるぜ、立候補の中には貴族出身の奴らがいる。試験が不誠実の時は反感がやばいことになる」
「おうふ……あ、ちなみにですが冒険者とか一般人まで公募枠は広げていいですか?」
「ん、ああ、別に構わない」
「それじゃあ、公募枠に規定は設けない設定で行きます。色々な人間が集まる方が良いので」
「やり方は任せるぞ」
「じゃあ、早速、準備ですね」
 
 
 
 それから、一週間後。
 
 
 
 試験の内容を漠然と考えながらアジサイは煙草をふかしている。

「どうするかなぁ」

 季装を展開しているアジサイはため息交じりながらライフル豊和M1500を構えている。

「うーん……面倒くさいなぁ」

 貴族たちの子供が試験を受けるため、いい加減なことをするとミオリアの顔に泥を塗ることになる。かと言って大勢を面倒見れるほどアジサイのマネジメント能力は高くない。

 そもそも、アジサイの仕事は王城の中でも汚れた仕事を執行する表舞台の輝かしい出世街道とは縁遠い存在である。

現に今もそうである。

エリュシオンテの領主らが馬鹿正直に兵を派遣して奴隷カルテルに攻撃を仕掛けたのはいいが、奴隷を人質にされて膠着状態に入った。そこの尻拭いとしてアジサイが派遣された次第である。
元より成功率はあまり高くない仕事だ。人質を全員無事に救出するのは無理である。それでもやらねば首が飛んでしまうのがアジサイの辛い立場である。十万人殺しが尾を引いているのがここでも効いてくる。今はただ良いように使われるだけの捨て駒である。
こんな現状を知らずにくる若者たちが可哀そうだとアジサイは毒づく。
 
「やってらねえ……」

 肺の空気を七割ほどに保ち、心拍をできるだけ落ち着かせる。
 空気を操り真空の穴を作る。そこへ銃弾を通して十分な速度と射角の修正をする。

 丁度、コインを撃ち抜くような精密射撃である。

 引き金を絞る様に引き、弾丸発射する。周囲に音が広がらない様に空気を固定して遮音する。

「まず一人」

 今回は森の中にあるモーテルとして使われていた三階建て建物に奴隷カルテルたちは籠城している。窓は木材の板で遮られ中の様子は見えない。玄関には見張りがひとり立っている。
 そしてそれを玄関の先にいる男が監視をしている。こうすることで玄関の男が攻撃された瞬間中に居る奴が応援を呼ぶことができる。
 アジサイの放った弾丸は応援を呼ぶはずだった奥にいる男の喉元に命中した。
 ボルトを起こし、後ろに引き排莢、そのままボルトを前に押し出し寝かせ、マガジン内部にある弾薬を装填する。
 左頬骨をライフル豊和M1500のストックに垂直に乗せ、スコープを覗く。振り返った玄関の前にいる男に向かって弾丸を放つ。無論これも男の喉元に直撃し致命の一撃を与える。
 
 アジサイはライフル豊和M1500を解除すると、サブマシンガンMP5Kを取り出す。マガジンを取り出し弾丸をリロードする。

 空気の力を操り、爆発的な速度で建物に侵入する。入った先はエントランスになっているが人気はない。周囲のクリアリングを行い状況確認する。この建物の一階はエントランスと厨房、そしてスタッフルームがあるのは見取り図で確認済みである。アジサイは全ての部屋が問題ないことを確認する。

「厨房にある食材置き場の扉すげえ厳重に木材打ち付けてあったな……後で調べるか……」

 上の階に足早に登り廊下へ飛び出す。
 武器を持った男たちがアジサイを捉えるがサブマシンガンMP5Kを即座に発砲し敵を無力化、倒した男たちの死亡を確認し、息がある者はもう二、三発食らわせて確実に止めを刺す。

 空気を自在に操る能力により音はほとんど伝わっていない。足を素早く静音のまま二階の部屋を一つ一つ部屋を開けて敵が居れば即射殺し、確実にひとりひとりじわじわと殺していく。死体はひとつの部屋に全て放り込み、通りの邪魔にならないようにする。

 三階に上り一瞬だけ廊下に顔を出し中の状態を確認する。案の定かなり人の気配が濃い。耳を澄まさなくても人の声が聞こえる。その中には女の甲高い悲鳴のような声も混ざっている。

 アジサイは舌打ちすると、サブマシンガンMP5Kをリロードする。

 心の中で三つ数えてから廊下に飛び出す。男たちは奴隷遊び真っ最中だったのか武器は持っているものの注意が散漫していた。
 アジサイはサブマシンガンMP5Kの引き金を後ろに押し込み発砲する。
 
 弾が出ることはなかった――
 
 アジサイは瞬時に動作不良であることを判断し、数秒遅れて男たちの心臓に電撃を与える。心筋を焼き切るが、他の敵に気づかれる。ぞろぞろを廊下にカルテルの構成員が人質を立てにしながら出て来る。
 男たちはしたり顔でじりじりとアジサイとの距離を詰める。
 カルテルたちは廊下中央の道を開けると、奥から筋肉質でアジサイより身長は二回りほど大きい男が現れる。

「動くなよ、もしも言うことを聞かねえなら人質を皆殺しにする」

 指を鳴らしながら男はアジサイの目の間に立つ。

「はいはい、んで、どうするんだい?」
「お前自分がどういう立場か分かっていねえようだな、ここには五十三人の奴隷がいる。俺が指ひとつ鳴らせば一人首が飛ぶんだぞ?」
「ふーん、五十三人か、元々一人二人は死ぬ勘定だから、どうぞ二回までは指鳴らしてもいいよ」
「このクソがぁ!」

 男は怒りのままに指を鳴らそうとする。
 
 ゴトンッ――
 
 石の塊が床に落ちる様な音がした。
 男は視線を床に下げると、人間の手が落ちていた。

「腕……!?」

 男は自分の右腕を見ると、手首の辺りから先が凍り付いていた。

「さてと、人質回収しないと」

 アジサイは男をよそ目に廊下の奥へと足を運ぶ。
 
 廊下は冷気で溢れかえり真冬のような肌に刺さるような寒さが広がっていた。
 奴隷カルテルの構成員は凍り付いて、まるで動画を一時停止したような光景が広がっている。

「いやぁ、正直、突入までがスゲエ緊張した」

 アジサイは奴隷として捕まった人々を助け出すと、カルテルの生き残りがいないかくまなく部屋を探す。
 建物全体を確認した後、保護された人に話しかける。

「他に捕まった人を見なかったかい?」
「たしか、二人脱走をしようとして捕まったのが、食料庫に閉じ込めたとか聞きました」
「ん、食材置き場……あっ……ドアに木材が打ち付けられた部屋か」

 あまりにも厳重にドアを外側から木材で打ち付けている部屋が一階厨房にあったのをアジサイは思い出す。
 慌てて建物に戻り食材置き場に戻り、装具を季装から義装へ変更する。
 拳を握りしめて、呼吸を整えてドアに一撃お見舞いする。木材が軋み折れる音と共にドアをぶち破ると、アジサイは中に入る。
 
「おーい、誰かいるかい?」
 返事はない。アジサイは赤外線モードに切り替えて周囲の状態を確認する。
 物陰に熱源を発見しすぐに向かう。

「大丈夫ですか?」
 
 赤外線モードを解除して、二人の姿を捉える。襤褸切れのような服からは擦り傷と切り傷が目立つ足に土気色に汚れた手、顔は何度か殴られているのか紫色にうっ血している。
 それでも美形であることがすぐにわかった。一人は金髪の適度にカールがかかった髪に元気そうにぱっちりとした目が印象的で、もう一人は黒髪ロングストレートの髪で釣り目ある。

「あなたは……?」
「初めまして、王城の者でアジサイと申します」
「王城……政府の役人?」
「はい、あなた方を保護しに来ました」

 それを聞いた二人は安堵したのか涙を流した。

「こちらへどうぞ、立てますか?」
「ええ、大丈夫」

 金髪の女と黒髪の女は立ち上がる。

「名前は?」
「ヘムロック」
「ダチュラ」
「金髪がヘムロックさんで黒髪がダチュラさんね覚えました」

 二人を連れて戻ると、領主が脂汗を掻きながらモーテルの前で立っていた。

「ああ、アジサイ様、この度は本当にありがとうございます」
「はい、お疲れ様です」

 アジサイは領主を横目に女性二人を待機させていた医者に見せる。

「あの、アジサイ様この件はくれぐれも……」

 そう言って領主はアジサイの手に金銭を忍ばせる。

「そういうのは結構です。それにこんなことに金を使うなら、救助された人を故郷に帰すのに使ってあげてください」

 ここで金を受け取れば癒着の原因になるため、意地でもアジサイは受け取りを拒否する。
 領主を突っぱねると、アジサイは救助した一人一人に詳しい状況を事細かに聞いて回る。奴隷カルテルはまだまだ大勢存在する。そういう奴等と対峙するためにアジサイは少しでも情報を集めるのに時間を使った。
 
 一通り話を聞くと、アジサイは最後にあの女二人のところへ足を運んだ。

「よぉ、ダチュラさんにヘムロックさん、加減は如何?」
「二人とも異常なし、至って健康だそうです」
「そりゃあ良かった、故郷にはしっかりと戻してやるから安心してな」


「あのそれなんですが」

 二人は憂鬱な表情をしている。

「ひょっとして身寄りが?」

 首を縦に振る。

「そっか……んでも、これからは自由だし」
 
「無一文ですけどね」

 ヘムロックは肩を竦ませる。

「お先真っ暗です。とりあえず路上で売春婦でもやって日銭稼がないとですね」

 ダチュラは追い打ちをかけるようにアジサイの良心を痛めつける。

「へぇー……大変だねー」
「どこかに、心優しい、高給取りで女性二人をしばらく預かれる男性はいないでしょうか?」

 ダチュラはアジサイを見ながら言う。

「そんなの知らないなぁ、と言うかそんだけ言えるのなら元気にやっていけるだろ。第一、身寄りのない人間を保護した場合、救助した領土の領主が面倒見ることになっている」
 
 
「さっき、私たちを見た時、あの領主酷くいやらしい目つきでこっちを見ていました。ひょっとしたら身寄りをないことをいいことにあんなことやこんなことを――」

 ダチュラは悪辣な笑みを浮かべながら言い放つ。

「やめろやめろ、ああもう、わかったよ……あっ、そうだ」


「何でしょうか?」
 
 
「君たちを当面保護する代わりにひとつ仕事をして欲しい」

 これが後に、アジサイと二人の人生を大きく変えることになるとはまだ誰も予想していなかった。
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