この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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竜ノ53話「宝珠のマニエリスム」

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 最早、何も言うことはない。
 見た目が一目惚れした女と同じであっても、こいつは竜である。殺すべき竜なのだとジークは心の中で言い聞かせる。
 
 眼前にいる白金の鎧に水鏡のように磨き抜かれた一振りの大太刀、そして端正な顔立ち、白銀の髪、黄金の瞳を持つ女、正確には竜であるが実に映える。
 ジークは大きくバスターソードを振り上げ、地面を蹴り抉ると速度と体重を乗せた一撃を放つ。
 対するマニエリスムは小さくため息を付いてから大太刀を空高くに放り投げる。
 刹那、ジークは驚きの声を漏らしたまま地面に顔を埋めることになる。衝撃の後、ジークの脳ミソが先ほど起きた光景を再生する。
 彼女は右手で、ジークの左手首を関節ごと押し外すと左手でバスターソードの柄を掴み、後ろに引く。前かがみになったジークを背負い投げの要領で地面に垂直に落とし、武器を奪い取った。
 その事実に気付いたジークは右手をばねにして不安定な軌道で飛び跳ねる。
 
 直後、ジークの首が置かれていた地面には深々とバスターソードが深々と突き刺さる。ジークは右手で左手の関節を無理やり元の場所へ押し込める。鈍い痛みが走るがこの程度、ジークにとって無視できる物である。
 左手の接続を確認し、駆動に支障がないことを確認すると竜殼を全身に展開する。
 ジークはゆっくりと指先一本一本に神経を集中させながら拳を据える。武器が無い場合でも戦えるようにアジサイ、スピカと共に徒手格闘の訓練を積んでいる。それが早速、この場で活き始めた。
 マニエリスムはバスターソードを手放すと先ほど空高く放り投げた刀をキャッチするとジークの出方を伺う。
 
 殴るか蹴るか、二つの選択肢がある。マニエリスムとは約五メートルの距離がある。ジークが跳躍すれば一回でマニエリスムの射程に入ることが出来る。
 だが、懐に辿り着くまでにマニエリスムの持つ大太刀がジークの首を刎ねることは明白である。
 手足に展開した竜殼だけであの刃を凌げるかもわからない。それを確かめるためには手足のどれか一つを差し出す覚悟で行かねばならない。
 ジークの再生力なら手足が切断してもくっつければ元に戻るだろうが、再生が完了するまでに命はない。というより元に戻ったところでまた切断されるだけである。
 
 
 足が竦む――
 
 ジークはマニエリスムを見据える。膝を曲げて飛び掛かれる手前で体勢を止める。
 マニエリスムは刀を構える様子は一向にない。むしろ今ならジークが一撃を与えるに容易い大きな隙があるようにも見える。
 露骨過ぎてジークは警戒せざるを得なかった。
 
 マニエリスムは痺れを切らし、一気に間合いを詰める。ジークの竜眼をもってしても断片的な映像でしか彼女を捉えることは出来なかった。
 刃を滑らせるとジークは寸でのところで体をずらして彼女の一振りを避ける。反応が遅れたせいかジークは頬から生暖かい液体が流れているのがわかった。

 竜殼を切断されたことにジークは驚きを隠せなかった――
 
 その焦りを瞬時の捕らえたマニエリスムは刀をようやく構えてから一撃を加える。流れるような刀捌きでジークに襲い掛かる。
 それをジークは竜眼で捉え、刃を受け流す。刀を受け止めるのではなく、軌道をずらす様に最小限の力で行うことで竜殼を剥されないようにする。
 徐々にジークの目が慣れ始めて刀の軌道が見え始めるとジークはあることに気づく。
 マニエリスムの出す剣戟はどれも一定のパターンが存在すること、縦に斬ったあとは左右の袈裟斬り、刀を払った後、突きを入れ、四歩足を運ばせジークの側面から首を落とすような一撃を入れ、五歩体を引くと言うように一連動作を行う。
 パターンは全部で七つ。それを同じ順番で何度も繰り返している。隙を見て反撃する兆しがジークの中で見え隠れする。

 反撃のために拳を練り直し始めた瞬間。マニエリスムは大きく後ろに跳躍しジークの様子を伺い始める。ジークの意識を気取られ、マニエリスムは距離を置いたのだ。
 彼女の目は真剣そのものであったが、口角が若干高くなっている。喜んでいるようにも見えるが、命のやり取りを楽しめるほど彼女は頭が飛んだ者でもない。どちらかと言えば平穏を望み、街に響く歓声を肴にする竜である。
 何に笑っているのか、ジークは理解できなかった。

マニエリスムは呼吸を整えると、目を黄色く光らせ、気を消した。


 直後にジークの全身から鋭い痛みが走る。赤黒い体液が飛沫を上げ、その場に膝を付く。
 右鎖骨から対角左肋骨の一番下まで竜殼ごと骨を見事に切断する。この程度では致命傷にもならないジークだが、それ以上に驚いたのは、先ほどのパターンと全く同じ動きだったのにも関わらず、ジークが反応出来なかったことである。
 先ほどまでの剣戟はマニエリスムにとって欠伸が出るほどゆっくりとした動きでジークに攻撃していたのである。


 純粋な速度の差――

 純粋な技量の差――

 純粋な鍛錬の差――

 どれ一つとってもジークの上を行く。
 刀の扱いひとつとってもそうである、あれだけジークを斬り付けておきながら刃は欠けるどころか刀身に傷ひとつ付いておらず、鏡のようにジークの血液を反射させている。

 バロック倒したおかげでジークの再生能力は今まで以上ものになり骨の切断程度であれば即座に回復する。
 数十秒膝を地面につけたが、問題なく立ち上がる。


 今後ジークに訪れる攻撃は竜の速度域――
 
 
 竜眼を前提で持つ者同士の戦い、鍛え抜かれた動体視力を超える世界。人間が到達できない文字通り化物の領域へジークは足を踏み入れている。

 どうすれば勝てる。
 そればかりがジークの脳ミソを揺さぶる。
 今まで強い人間とはあまり対峙してこなかった。せいぜいチンピラ崩れの盗賊程度である。
 こんなことになるならミオリアやアジサイにもっと対人戦のことを聞いておけばよかったと今更ジークは後悔する。

 
 
 ミオリア――
 
 
 ジークは思い出す。竜を遥かに超える速度領域の住人のことを――
 あまりに近すぎて見えなくなっていた。イシュバルデ王国で最も早い男のことを――

 あの人に比べれば、マニエリスムの速度は大したことない。そう思うとジークは心に余裕が生まれ始める。

 拳を構え直してマニエリスムを捉え直す。

 マニエリスムはもう笑っていない。

 彼女も刀を構え直すと、大きく息を吸う。
 直後に、一連の攻撃を神速で繰り出す。

 ジークは先ほどのように刀を受け流して見せる。

 目に頼り過ぎていただけの話であった。筋肉の音、呼吸の声、マニエリスムの匂い、鋼の感触、それを捉えることで予備動作からどの攻撃に移るかは当たりを付けられる。あとは竜眼で微調整を行えばどんなに速かろうと刀を受け流すことが出来る。
 ジークは立ち回りを意識しつつ、バスターソードに近づく。

 マニエリスムは刀を振るうことに意識を集中していたためか、気づくのがワンテンポ遅くなった。
 ジークはバスターソードを引き抜くと、素早く逆袈裟斬りを加える。マニエリスムの鎧を掠めて終わる。
 
 ジークはゆっくりと深呼吸をする。
 地面を蹴り上げ、マニエリスムが見せた攻撃と同じパターンで攻撃を行う。
 
 マニエリスムへの当てつけではなく、この攻撃こそ最適解であったからだ。

 アジサイが話していたことを思い出す。
 剣術には型という決まった攻撃パターンを一連動作として決めた物があると。様々な流派があり、攻撃対象から攻撃に対するアプローチまで千差万別、逆に言えば、どういう攻撃をされたらどういう攻撃を返せばいいかも型に含まれる。

 マニエリスムの攻撃は型に則って行われている。彼女なりに試行錯誤した結果、型通りであることが最も効率的で清廉されているものである。ジークも実際、型通りに攻撃したところ技の清廉さに驚きの声を漏らす。

 
 マニエリスムはジークが自分と同じ攻撃を再現したところを確認すると、何かが吹っ切れたような顔をしている。
 
 彼女は大太刀を構え直す。握り作りが先ほどの構えより大きく異なり、柄尻に両手が寄っている。
 
 マニエリスムは目を紅くさせる。虹彩はレッドベリルのような輝きを魅せ、今まで感じたことのない圧力をジークは肌で感じる。
 体感温度がグッと低くなる。とうとうマニエリスムが本気を出したと言うのがひしひしと伝わる。
 彼女は予備動作なしでジークの懐まで詰め寄るとジークのバスターソードを一刀両断する。
 その数秒後にバスターソードがバラバラと崩れる。一太刀と思われた攻撃は、五往復の一撃だったのが五等分になったバスターソードから見て取れた。
 ジークはバスターソードの柄を捨てると、マニエリスムの方に視線を合わせる。
 
 
 マニエリスムは上段に刀を既に構えており、あとは振り下ろすだけだった。
 ジークは半歩前に出ると彼女の左手首を掴み、関節を外す。右手で大太刀の柄を掴む。マニエリスムは後ろに跳躍するが、ジークがそれに食らいつき、奪った大太刀を彼女に突き立てる。
 
 
 刀身から彼女の心臓の鼓動が伝わった。
 切っ先は肋骨を断ち切り、心臓を貫通していた。
 
 
 彼女は自分の胸に刺さった得物を見下ろすと、ため息を吐いた。
 それから彼女はジークの方へ歩み寄る。刃は彼女の背中を貫通するがマニエリスムはそれに構うことなくジークの方へ歩み寄りジークの首筋に手を回した。
 宝石のような双眸に端正な顔、煌びやかな鎧はまさに彼女を宝珠のマニエリスムと言う名が相応しい。
 彼女は何も言わなかった、正確には気管支を切り裂かれて声帯まで空気が通らないのである。
 彼女は自分に刺さった刃を指差したあと、ジークの胸を二度叩いた。この刀をお前にくれてやると伝えると、レッドベリルの双眸はジークを見据えてにっこりと微笑む。
 それから彼女はジークに抱き付いたまま安心したように光となって消えた。
 
 光はジークに吸収され、魂はアルスマグナの元へ帰結していくのがわかった。
 
 
 光がジークの中に吸収される最中、マニエリスムが見ていた世界が断片的にジークの頭の中で再生される。
 再生された内容はマニエリスムとジークが戦った一時間ほどの記憶である。
 
 彼女は最初からジークに殺されるつもりでこの闘技場に来ていた。
 ただ死ぬのではなく、ジークに演武を教え、自分がアルスマグナの一部のマニエリスムではなく、一匹の竜としてマニエリスムがいたことを誰かに刻みたかったのである。
 そうすれば、自分自身が死んだとしても、自分の想いを誰かに託し、信念のバトンを継承できるからだ。
 
 その相手こそアルスマグナが愛した男ジークだった。
 
 力も意思も資質は十分だが、技が圧倒的に足りていない。

 それならば、私が教えてやろうと、マニエリスムは最後、ジークに首を討たれて終わる予定を変更して、ジークに教えた。それがマニエリスムの最後である。


 ジークは刀を握り締めたまま天を仰ぎ見る。
 スキルのせいで罪悪感を持つことができないことを今はただ呪うことしか出来なかった。
 
 改めて大太刀を満月に重ねて刀身を眺める。鏡のような刀身はジーク顔を映している。
 そこでようやくジークは、自分の竜眼が左目は黄色く、右目が紅くなっていることに気づいた。
 マニエリスムの最後のプレゼントのようである。詳しい力はまだわかっていないが、彼女の力ならば間違いなく役に立つとジークは確信していた。
 
 
 竜眼解除して、その場に腰かける。
 
 
 天をもう一度だけ仰ぎ、ジークは涙を流し、竜狩りを終える。
 
 
 宝珠のマニエリスム討伐完了。 
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