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竜ノ52話「救われる者、救われぬ者」
しおりを挟む「すっげえ早い」
ジークは楽し気にしているがアジサイは正気を疑っていた。
「Gで関節がバキバキだわ、死ぬ」
「まぁ、そう言うな白髪の人の子、汝のために少し抑えたのだぞ」
マニエリスムはそう言うがアジサイは吐き捨てるように「勘弁してくれ」と毒を吐く。
「とりあえず王城に付いたな、急ごう」
ジークらはネフィリの病室へ急ぎで向かう。
「ジーク戻ったか!」
「ええ、なんとか」
マニエリスムは二人の会話を無視して病床に伏せるネフィリの手を握る。
彼女はそのまま瞼を閉じて、意識を集中させる。
直後にネフィリの血管がくっきりと青筋を立てる。毛細血管一本一本までくっきりと見える光景はそこにいたジーク、アジサイ、ミオリア、エレインの目を丸くさせる。
血管を通してマニエリスムの身体へと彼女が持っていた力が帰ってきているのがジークには分かった。
数分すると、マニエリスムは静かに立ち上がる。ネフィリは先ほどまでのいつ死んでもおかしくないぐらい蒼白の顔に血色が戻っている。今はただ疲れを癒すようにすやすやと寝息を立ている。
「終わったぞ、これで彼女の苦しみは解放された」
マニエリスムはそう言うと小さく欠伸をする。
「さて、ジーク、この女性は誰なんだ? アルスマグナと非常に似ているが違う人物なのだろう?」
エレインはジークに問いかける。
「彼女はマニエリスム、アルスマグナの分魂だ」
「分魂に自我が生えたモノ、泡沫の夢のようなものだ」
マニエリスムは肩を竦めて呟く。
「初めましてマニエリスム、ネフィリを助けていただきありがとうございます」
エレインは深々と頭を下げた。
「構わぬ、いつかは来ると知っていた。それにリツフェルの娘がここまで追い込まれているとは思わなかった。少し封印をきつくし過ぎていた」
「封印?」
ミオリアは首を傾げる。
「リツフェルの力だ。これを空神と天使は血眼になって探している。私は竜霊廟でリツフェルの遺言からリツフェルの娘の力を彼奴らに見えないように隠蔽した」
「その封印を解いたと言うことは」
「リツフェルの力を巡って戦火が生まれると思った方が良い。そう遠くないうちだ」
マニエリスムは断言した。
「戦争……」
「そして、先に言うが、リツフェルの力は娘と非常に硬い結びつきをしている。力と娘を分離させるのは無理だ。出来るならとっくの昔にやっている。そして天使族はリツフェルの娘の肉体なんぞに興味はない、必要なのは力だ。無理やりにでも引き剥がすだろうな。つまり、天使に身柄が渡ればそこに寝ている女は死ぬだろう」
マニエリスムは眉一つ動かさず、淡々と、それでいて脅す様に話をした。
「ジーク、そこの男が伴侶か?」
マニエリスムはミオリアを指差して聞く。ジークは首を達に振る。
「伴侶なら、自分で後は決める、私は役割を果たした」
そう吐き捨てるとマニエリスムはジークの襟首を掴んで病室を後にした。
「酒が飲みたい。ジーク、酒を飲める場所へ案内しろ」
「わかったから放せ」
マニエリスムは襟首から手を放しジークを解放する。
「それで、どこへ連れってくれる?」
「その前に、アルスマグナのところへだな」
「その必要はありません」
聞き覚えのある声がジークの耳に入る。
マニエリスムはアルスマグナと対面すると、にこりと笑う。
「ようやく会えた、アルスマグナ」
「マニエリスム、まさかあなたからここへ来るとは思いませんでした」
「なに、いつかは分かっていることだ、それで、だ。折り入って頼みがある」
「頼み?」
アルスマグナは疑問を返す。
「今から三日、この男を好きに使わせてほしい、そして私を三日の間自由にさせて欲しい」
「私がそれを受け入れるとでも?」
「無理……とは分かっている。無論どこかへ逃げたりはしない。ただちょっとこのままでは名残惜しくてな、どうだ、頼めぬか? 聞けぬなら己の炎で魂を滅却する」
マニエリスムは口から炎を漏らす。
「そこまでいうなら……わかりました」
渋々アルスマグナは了承する。
「我儘に付き合わせてすまんな」
「おい、俺の意見は?」
「五月蠅いぞジーク、たかが三日程度、良いではないか」
「ジーク様、よろしくお願いします」
「同じ顔してこんなに中身が違うのかよ。はいはいわかったわかった」
ボヤキながらジークはマニエリスムにずるずると引きずられていく。
「んで、どこに行きたいんだ?」
「まずは城下町を散策しよう、それから酒、二日目は同胞に会いに行く、三日目は、楽しみにしておれ」
「散策に酒かぁ……そういやアジサイが行きつけの店があったな、案内するよ」
「うむ、任せた」
城下町に降りるとマニエリスムは目を輝かせた。
「こんなにも人が、栄えているな」
「いつもこんなもんだが?」
「僥倖僥倖、さて買い物だ」
「あんまり高いのは勘弁してくれよ」
「なに、買う物は花だ」
「花?」
彼女がやろうとしていることをジークは僅かも理解できなかった。
「そうだ、華美な宝石も絢爛な服もいらぬ、ミヤコワスレと言う花があればそれでいい、まぁ、これは最悪なくても問題ないが、あった方が有意義なのでな」
「花かぁ……花屋はどこだったか……」
「なに、観光も兼ねているのんびり探そうではないか」
マニエリスムの言うことに従いジークは花屋を探しながら城下町を渡り歩いた。城下町は相変わらずの喧騒が響いる。ジークにとってそれは二週間前の光景のはずだが酷く懐かしく思えた。
あの地獄の様なレイペールから帰って来たと言うだけでも偉業らしいが、何よりネフィリを救えたこと、そして五体目の竜であるマニエリスムと出会えたことが何よりの出来事であった。あとは、マニエリスムを討伐すればアルスマグナの魂がまたひとつ完成に近づく。
マニエリスムを討伐すれば――
ジークは当たり前の事実を思い出す。
「おい、ジーク、どうしたぼんやりして?」
マニエリスムは多少無茶なことを言うが全体で見れば強く、美しく、そして優しい。清廉で瀟洒な彼女を殺さねばならない。
「おい、聞いているのか?」
今まで戦った竜はどれも人の形を成さず、話もしない。むしろそれはジークが必要以上に悩まないで欲しいからそうしていただけなのかもしれない。
「おい、ジーク」
マニエリスムはジークの胸倉を掴むと、目の色を竜に変える。
「わ、悪い、ちょっと考え事を」
「ふむ、何を考えているかは知らぬが、せっかく観光しているのだ、今を楽しめばそれで良い。余計な、ことを、考えるな」
縦長の瞳孔がより一層細くなる。
「……わかった。悪かった」
「わかれば良い、さて、ジークあそこにあるのは花屋ではないか?」
マニエリスムが指さす店は確かに花屋だった。
「そうだな、花屋だ」
「では早速参ろうではないか」
張り切ってマニエリスムは花屋に入ると店員に花の注文を入れて料金をジークに支払わせる。
十分ほどするとミヤコワスレの花束を袋に入れられた状態で渡され、ジーク達は花屋を後にする。
「最近の花屋は凄いな、保存性を高めるために術式を使うのか」
「生鮮食品とかにも使われているらしいぜ」
「なるほど、便利になったものだな」
「さて、付いたぞ、ここがアジサイ行きつけの飲み屋」
ファンタジーに出てくる酒場をそのまま建築したような外観はこの世界では普通だが、ジークはこの光景を何度見ても感嘆の声を漏らす。
店に入ると、エールとステーキを注文し、料理と酒が運ばれるまで丸テーブルに腰を掛けてのんびりする。
「酒場いつの時代も変わらぬ」
「酒は何千年も続いている文化だからな」
「故にこうして人の子が騒ぎ散らすこの光景も変わらぬと言う事か」
マニエリスムは懐かしそうな目で店内を眺める。テーブルの上にランタンの火が赤みがかっているためかマニエリスムの瞳が僅かに涙ぐんでいるように見えたが、ジークは何も言わなかった。
料理が運ばれると、マニエリスムは肉を頬張りながらエールを一気に飲み干す。さながらスピカを彷彿させる飲みっぷりである。
四時間ほど飲むと流石のマニエリスムもほろ酔いに成って来たのか、ここでお開きとなった。
これで一日目が終わった。
二日目は驚くほどシンプルな一日であった。
早朝、竜の姿に成ったマニエリスムに起こされて、されるがまま連行される。
着いた場所は、かつてジークがルネサンスを打倒した後、たどり着いた、墓標があるあの場所であった。
そこでマニエリスムは何度も「すまない」と謝り続け、両手を合わせ、膝を付いて一日中祈りを捧げていた。
昨晩の様子と打って変わって信心深く祈りを捧げる彼女はさながら教会のシスターのように清廉潔白であった。
三日目になる。
その日、マニエリスムはだ惰眠を貪るように一日中眠り、夕方に目を覚ました。
「ジーク、昨日は付き合わせて悪かったな、竜の姿では花束を落としそうだったでな」
ジークの部屋でマニエリスムは簡単な詫びを入れる。
「気にしなくていい」
「そう言ってくれると嬉しい」
「んで、今日はもう夕方だが」
「そうだな……ところでジーク」
「なんだ?」
「刀と槍、どちらがいい?」
「なんだよ、藪から棒に」
「いやなに、興味だ。以前竜狩りを行っていた時は大太刀を使っていたと聞いてな、今は得物が違うそうだが、なに、ちょっとした興味さ」
「どっちかって言ったら刀」
「そうか、刀か、やはり男よ!」
マニエリスムは機嫌よく笑う。
「んでそれがどうした?」
「いや、聞いただけだ。あと夕食の後、訓練場だか闘技場だったかなそこで」
そう言うと早々にマニエリスムはジークの部屋を後にした。
「まったく、何なんだ?」
ジークは自分のベッドに転がり、天井をぼんやり、眺める。
ああ、そうか、今日で最後か――
それを思い出すと途端に憂鬱な気分になる。
そして同時に、マニエリスムを殺せるのか、殺したあと自分はどうなるか、暗中を彷徨うジークの心はより深い暗い場所へ座礁する。
残酷なまでに刻限は早く進んだ。
闘技場ではマニエリスムが人間の姿で待機していた。
「さて来たか」
マニエリスムは槍を構える。彼女の槍は彼女の鎧とは裏腹にシンプルな構造で、刀の切っ先をそのまま槍に継ぎ替えたような質素な物だった。気になるとすれば柄がやたらと太い所が気になった。
「来たぞ」
「では、始めよう。と言いたいところだが、一つ隠していた事がある」
「隠していた事?」
「この槍、実は槍ではない」
「なんかその雑な作りからそんな気はしていたが」
マニエリスムは槍の柄に相当する部分を握り潰すとバキバキと柄から木材部分を引き剥がす。
大太刀が姿を現す。
「元々は一本の木材をくり抜いてこの刀を隠していたんだが、魔獣と戯れていた時にうっかり木材が取れてしまってな、槍と言い張ってなんとか隠していた」
「そんなに大事な物なのか?」
「然り、この刀は龍神族が鍛えた刀、あまりの出来に鍛えた本人がこの刀を正しく使える者に名前を付ける権利を渡すと言われた無銘の至高」
「自分でとんでもない物作ってビビったわけか」
「わかりやすく言えばそうだ」
大太刀は月の光に照らされ艶めかしく輝いている。鍔には竜の鱗のような意匠が込められ、柄は竜の髭を使った組み紐が巻かれており、芸術の領域にまで到達している。
「さて、ジーク、今宵でお別れだ、楽しかったぞ」
ジークはバスターソードを構えると呼吸を整える。
マニエリスムの瞳に昨日、一昨日の優し気な表情は一切なく、ただ静寂に敵と相対する凍るような表情しか残っていない。
彼女はゆっくりと刀を持ち上げ、霞の構えを取る。
五体目の竜、『宝珠のマニエリスム』とジークは相対する――
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