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竜ノ51話「レイペールに眠る竜」
しおりを挟む「魂は生きているかい?」
アジサイは虚ろな目で振り返る。
「ボチボチ生きてる」
「俺は間もなく死ぬ」
登山を始め、既に二度目の月と太陽の入れ替わりを見送っている。
ジークもアジサイも肉体より先に精神がやられ始めていた。
本来であれば休みたいところだが、この台地はジーク達を休ませる暇を与えなかった。
度重なる強力な魔獣の襲撃、空は超大型のワイバーンが飛び交いジーク達が倒れるのを今か今かと待ちわびている。地に足を付けている獣共は二人の弱り切ったところをいつ爪牙にかけるか吟味している。
酷烈な環境の中でジーク達はひたすら歩むことに集中する。
スキルも装具も使った瞬間、ジーク達は何百の魔獣を相手にすることになり、前に進むこともできない。息を潜めて、風景の一部に同化するように移動するしかない。
心が折れる――
しかし、当たり散らしたところどうにかなる世界ではない。暴れるだけエネルギーの無駄である。
「ジーク、ようやく麓だ」
「やっとか……」
「もう少しだ、先を急ごう」
「おい、アジサイ、そろそろ飯にしないか?」
「腹減ってる?」
歩き始めて百キロ超えたあたりでアジサイは食事を一切取らず、水を飲む頻度も減っている。
「いや、そろそろ食事をとらねえと流石に体力が」
「あー、うん、すまねえ、ここまで来て言うのもあれだけど、消化器系がやられてんだ」
苦笑いをしながらアジサイは言う。
「なんで言わねえんだよ!」
「言ったところで、俺たちは前に進まなきゃいけねえんだ。それに苦しいのはジークもだろう、この道中、手足の複雑骨折をもう十回は見ている。治りが早いとは言え痛いだろ」
「まぁいてえけど」
アジサイの肉体はとっくに限界を迎えている。むしろ今まで歩けているのが不思議である。
一体どうやって今の今まで歩いていたのだろうか――
ジークは酸欠気味の頭で黙考する。
寂寞の時の中でジークは、結論に辿り着く。
「おい、アジサイ、お前、装具で感覚を――」
感装『蘭舞』、脳内麻薬を自在に操ることが出来る装具。やろうと思えばアジサイは痛みを感じないまま精神を一定に保ち行動することが出来る。
聞いた限り有能な装具に見えるが、あくまでも感覚を麻痺させて無理やり精神を向上させている。
「ジーク、それでもやらなきゃいけないんだ、ネフィリさんの命がかかっているんだ、可能性は全て試さなきゃならない」
「エンドルフィンの過剰摂取なのか、それともクライマーズハイなのか、今はどっちでもいいじゃないか」
「…………死体は持ち帰ってやるからな」
「ありがとう」
「しかし、ここはすごい所だ。二級冒険者がいるクランで倒す魔獣が石を投げれば当たるくらいだし、空中を移動すれば凶悪なブレスを食らって撃墜される。魔術に耐性がある化物ばかりだ」
アジサイは楽しそうに語る。地形のこと、より詳しい魔獣のこと、さらには自分が過去戦ってきた魔獣や盗賊の話などずっと話し続けた。
それから数キロ歩いた後、アジサイは崩れるように倒れた。
低血糖と酸欠、そして魔獣との連戦で溜まった装具の魔力に己を焼かれたからだ。
ジークは辛うじて生きているアジサイを抱えて前へ進む。安全そうな場所を見つけると砂糖水をアジサイに飲ませてエネルギーを補給させる。
そして再びジークは足を前へと運ばせる。目の前が白い。吹雪がずっと続いている。今が夜なのか昼なのかさえわからない。ジークはそれでも前に進む。
バックパックにアジサイを括り付け、右手には赤黒い血液が凍り付いたバスターソードを引きずらせながら歩みを進める。
そして、ジークは頂上へ辿り着く――
「神殿……?」
目の前にファンタジーゲームに登場する神殿のような建物が現れた。
扉を押して神殿の中に入ると、温かく風もない居心地が良い場所だった。
広い神殿の真ん中には一体の巨大な竜が眠っていた。その目の前にはローブを着た人がいた。
「おや、来客とは珍しいですね」
声から察するに妙齢の女性であることがすぐにわかった。女はフードを外すとジークに歩み寄る。女の顔は黒い目隠しをしており口元だけしか分からなかった。
「助けてください、仲間が衰弱して」
「診せてください」
女はアジサイをくまなく触診すると、ほっとした表情になる。
「少し凍傷が見られるだけで命に別状はなさそうですね、十分な栄養を取ればすぐに良くなります。付いてきてください」
女について行くと客室に案内された。
「この部屋を使ってください、今日はもう遅いのでお休みください。お連れの人は私が施術しておきます」
荷物を置いてアジサイをベッドに寝かせる。ジークはもう一つのベッドに体を放り投げると、数秒で眠りに落ちた。
ジークが目を覚ますと、完全復活したアジサイがそこに居た。
「おはよう」
「ありがとうな」
「いいよ、別に」
「おはようございます」
女性は部屋に入ると、温かい食事を運んできた。クリームチーズと蜂蜜が入った麦粥をそれぞれに渡す。優しい味わいで、五臓六腑にエネルギーがチャージされていくのがわかった。
「申し遅れましたが、私はエスカマリと申します」
「アジサイです」
「ジークだ」
二人も挨拶を返す。
「さて、お二人はどうしてここ、竜霊廟に?」
エスカマリも食事を摂りながら、自己紹介
「天使族の女の人が倒れてしまって」
「天使……ネフィリ様のことでしょうか?」
「どうしてそれを?」
アジサイは麦粥を頬張りながら訪ねる。
「そうなる様にネフィリ様を施術したのは私ですからね、そろそろ来ると思っておりました」
「施術……?」
「リツフェル様の力を引き継いだ能力を封印するためにです。その封印が徐々に綻び始めている」
「そもそもどうして封印を?」
「天使族からネフィリ様を護るためです。四千年前、リツフェル様が空神族と天使族を裏切り人間たちに付いたという話はご存知ですね?」
二人は頷く。
「リツフェル様は天使族の最高位に立つお方で、空神族と天使族はリツフェル様の身体に眠る力を血眼になって探しているのです。私が封印を解けば、その瞬間からネフィリ様は追われることになります」
「都合のいい話だけかもしれませんがネフィリさんとリツフェルの力を分離できませんか?」
「アジサイ様、それは無理です。リツフェル様の能力は言わばネフィリ様の身体の一部、それを無理に引き剥がせば死にます」
「そうですか……」
「衝突か、ネフィリさんの死か……どうするアジサイ?」
「空神と天使と戦争になる可能性はどれくらいかわかりますか?」
「可能性は濃厚としか言えません。ただ私から言えるのは遅かれ早かれいつか衝突は訪れます」
アジサイはため息を付いて、数秒目を瞑ってから答えを出す。
「我々の目的はネフィリさんの現状を打破することです」
ネフィリの回復をエスカマリに要求した。
「承りました、こちらへ――」
エスカマリに案内されるまま、ジークとアジサイは大広間へ案内された。大広間の中央には一匹の竜が眠っているように鎮座していた。
「宝珠のマニエリスム、アルスマグナの分魂です」
プラチナのような甲殻に覆われ鱗の所々はサファイア、エメラルド、ルビー数々の宝石を散りばめた竜である。
煌びやかな竜はピクリとも動かない。
「マニエリスムは己の魂を用いてネフィリ様の能力を封印しました。そしてその封印は綻び、消えかけています。竜霊廟はこのマニエリスムを守護するために建てられたものです。ネフィリ様は竜霊廟の中で生活しておりました。と言っても水晶の中に閉じ込めて眠らせるという状態でした。だいぶ前ですが、天使族の一団がここ竜霊廟に訪れた際、ネフィリ様を脱出させました。記憶の一部を操作した状態で」
ネフィリの言っていることと一致する話であり、ジークもその会話を横で聞きながら頷いている。
「では、マニエリスムを起こします」
エスカマリは床に埋め込まれた術式を解除する。床の魔法陣が光を失い、目に見えない結界のようなものがパリンと音を立てて砕ける。
そこからマニエリスムは息を吹き返す様に翼を広げ大きく息を吸った。
「私が目覚めたということはそういうことか……」
竜は欠伸をしながら暢気に言葉を放つ。
「おはようございます。マニエリスム様、こちらはアジサイ、ジークです」
エスカマリはマニエリスムに二人を紹介する。
「ジーク、その出で立ちと竜血の香りから察するに竜を狩っている者であるな?」
「ああ、そうだ、竜狩りをしている」
「ふむ……左様か、ではジーク、ネフィリのところへ案内して欲しい」
そう言うとマニエリスムは人の姿になる。アルスマグナとそっくりな姿だが、白金の鎧を身に纏い、宝石が埋め込まれた槍を握り締めている。
「アルスマグナそっくりだな」
ジークは目を丸くする。
「私もアルスマグナの分魂、人間の形となればそっくりになる」
「言われてみればそうだな」
「さてと、善は急げと言うし行こうか」
マニエリスムは意気揚々と竜霊廟を後にしようとする。
「ちょっと待って頂きたい、マニエリスムさんが良くても俺とジークは王城に帰還する準備が必要だ。半日程度時間を頂けないですか?」
「そんな時間はない、なぁにこの吹雪なら私の背に乗ればすぐに王城まで連れていける。特別だぞ」
マニエリスムは普段のアルスマグナでは絶対に見せることのない自信に満ち溢れたドヤ顔を披露する。顔はアルスマグナと酷似しているためジークは何とも言えない表情をする。
ジーク達はマニエリスムの言葉を信じ、簡単に荷物をまとめて出立の準備をする。元よりネフィリのタイムリミットが迫っておりこの選択をしなければならない。
「さて、行くぞ行くぞ!」
マニエリスムは士気が高いのかノリノリな表情であった。
「くそテンションたけえな」
「これ、あいつ倒したあとアルスマグナのキャラ崩壊するんじゃねえか」
「それはそれで見てみたいな」
「わかるー、そしてお前を殺す」
「だろうな、俺もスピカがギャル語とか言い始めたらゲロまき散らしながらタップダンスするわ」
「おう、楽しみにしてるからな」
竜霊廟の扉を開ける。マニエリスムは竜の姿に戻ると二人は彼女の背中に乗った。
「どうかお気をつけ――」
エスカマリが分かれの言葉を放った瞬間、マニエリスムは音を置き去りにする速度で飛行を開始した。
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