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竜ノ50話「死の山で」

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「今どのくらい?」
「……うーん、大体千メートルは行ったかな」
「結構登れたな」
「ここは神獣クラスが少ないみたいだからだいぶ登りやすかった崖もフラットで適度に突起があって登りやすい」
「バンカーボルトも迷うことなく打ってたしな」
「まぁ、今は絶賛このオーバーハングをどうするかってところだけど。これはボルトをいちいち打ち込んでたら落っこちるな。装具を使うから待ってて」

 アジサイは季装『春夏秋冬』を展開するとロープをオーバーハングの先まで引っ張り、バンカーボルトを岩壁に打ち込みロープを括りつける。
 ジークはそのロープを使ってオーバーハングを超える。
 
 アジサイが装具を使用したことで、増幅した魔力に反応して神獣魔獣の活性が高まるのをジークは肌で感じた。

「アジサイ! 来るぞ!」

 竜の力を取り込んだジークの本能がそう告げている。

「わかった!」

 ジークはロープから手を放すと竜脚を使って風の足場を作り空中に立つ。無論このスキルを使っても神獣たちは即座にジークたちの居場所を察知して襲い掛かる。
 ジークはバスターソードを構えると、竜眼を用いて視力を強化する。
 
 神経集中させ、姿の見えない脅威を探る。
 
 アジサイもジークの様子を察して、ショットガンに弾丸を込める。
  
 
「上か――」
 

 ジークは敵の攻撃を察知した瞬間、風の足場を蹴る。アジサイの襟を掴むとそのまま跳躍するように前へ飛び込む。
 直後に先ほどまで居たオーバーハングがすっかり抉り取られ、溶け落ちている。強大な熱量が吹雪の中にいるジークとアジサイの頬を火照らせた。

「竜か?」
「おそらくワイバーンの一種だろうな、ワインレッドが可愛く見える」

 ジークは吐き捨てるようにアジサイの質問を返す。

「もはや普通にドラゴンなんだが」
「アルスマグナが言うには龍神族の眷属がドラゴン、あるいは竜と呼ばれて高い知性と心を持つ、そうでない、下等生物をワイバーンと呼ぶそうだ。大義なく暴れまわって人に危害を加えるせいで龍神族やドラゴンに品位を落とすから毛嫌いしているんだとよ」
「んでも、アルスマグナの分魂は思いっきり人殺してるやろ」
「あれは人間がちょっかいかけるんだよ。そもそも絶対無抵抗の生物なんて細菌でもいねえだろ」
「良い得て妙だな、さて、居場所は分かったか?」

 ジークは吹雪く空を見上げる。
 
「一気に登るしかねえか」
「何が来るか分かったもんじゃねえぞ」

 アジサイは渋った声を上げる。能力を使って一気に上昇すると魔力やスキルなどを察知して神獣が襲ってくるというのもあるが、一気に何百メートルも上昇することで高山病を発症するリスクがあるからだ。

「んでもこのままじゃ焼き鳥もいいところだ」
「そうだな」

 アジサイは襟を整えると岩壁スレスレのところ一気に上昇する。ジークもそのスピードに合わせて足場を蹴る様に移動する。
 
 一向に先ほどのワイバーンの拭いきれない敵意を背中にジークたちは五百メートルほど登り、魔術でテントが張れるだけの足場を作成する。
 
 アジサイは荷物をそこに置くと、ショットガンにスリングを装着し肩にかける。

「ジーク、大体でいいから方角わかる?」
「あっちだな、距離は五百メートルくらいかな」

 ジークは吹雪の空を指差す。

「見えねえし、この銃じゃ当てるのも、ダメージを与えるのも一苦労だ」
「俺が直接始末するか?」
「いや、やりようはある。たまには実力見せてやるよ」

 粋がっているが、アジサイなりに自分を鼓舞しているのはすぐにわかった。
 
 
 アジサイは呼吸を整えると、ショットガンを構える。
 
 それから引き絞る様にトリガーを引くと弾丸を発射する。
 
「うっは、炸薬量を倍にしてるから肩が痛え」

 アジサイが左肩を抑えながら呟く。その後すぐに魔獣の咆哮が木霊する。
 
「うお、ショットガンで五百メートル当てたのか」
「ちょっとしたテクニックがあってな普通じゃ当たんねえよ、まぁ一発で当たったのはまぐれだけど」
「まぐれかよ」
「運も実力なら今回は俺の実力かな、と言っても仕留め切れていないから、突っ込んでくるぞ」

 ジークは自分の身長ほどの刃渡りがある大剣バスターソードを構えると空から急降下するワイバーンに備える。
 鋭い牙が吹雪の中から覗かせると、ジークは一気に剣を振り抜き跳躍すると、ワイバーンの顎ごと頭を一刀両断する。
 絶命し、頭から落下するワイバーンの尻尾を掴むと再び足場に戻る。
 
「うおー、綺麗な断面」
「今日の晩飯だな」
「いいねぇ、うまそう、今岩壁に洞穴作るわ、今日はどのみちもう登れないし飯にしよう」

 アジサイが魔術で岩壁に洞窟のような窪みを作ると発火術式を起動させて焚火を起こす。
 ジークとアジサイはワイバーンの硬い甲殻を剥し、内臓と肉を切り分ける。

「御馳走やぁ」
「ステーキ食いてえ」
「それにしよう!」

 アジサイはさしの入った肉を切り分けてステーキの準備に取り掛かる。
 
 
 
「できたぞ」
「これは……」

 油がしたたり落ち、肉の焼けた本能に訴えかける香りが二人の鼻腔をくすぐる。ナイフで切り分けると、驚くほど柔らかく、力を入れなくともナイフがスッと入った。
 一口大に切った肉はミディアムレアに仕上がっている。

「食うか」
「いただきます」
 
 二人はフォークで肉を刺すとそのまま口に運んだ。
 一言で表すなら美味いの言葉以外で言い表すことができない。高級和牛を食べているような感覚だが、牛肉独特の臭みはなく、どちらかと言うと鶏肉の香りに近い。きめ細かい繊維質の身は噛むと繊維が解れて肉汁があぶれ出て来る。

「これは美味いな」
「ワインレッドよりも油が乗って、それでいてくどくないな」 

 アジサイも驚きながらワイバーンの肉を食べる。

「この肉美味いな……」
「うめえなこれ」
「あああー、調味料塩以外にも持ってくりゃよかった、スパイス利かせたらこれ売れるぞ」
「めっちゃ食いてえな、ブロック一つくらい持って帰るか」
「そうるする、取りあえず今日は腹いっぱい食うか」

 巨大なワイバーン種の肉を満腹になるまで貪るとジークとアジサイは疲れ切った体を寝袋に収めて微睡みに落ちた。
 
 
 
 翌朝になると、アジサイがワイバーンの肉で作っておいスープを飲み、洞窟を後にする。
 
「いいね、吹雪が止んでる」
「よし、視界が生きているうちに上るか」

 アジサイたちはロッククライミングを再開する。焚火の維持や弾薬作成などで程よく魔力を消費したアジサイの血色も良い。
 洞窟の出口右側面の岩壁にバンカーボルトを打ち込むと、アジサイはロッククライミングを再開する。

「あと五百登れば、崖ゾーンは終わるらしい、一気に登ってしまおうか」
「オーケー」

 ジークは返事すると、アジサイが設置したロープに手を伸ばす。ロープにカラビナを装着すると崖を登り始める。
 吹雪の雑音もなく声が良く通る。寒さは確かにあるが、話が出来る分寒さを紛らわすことが出来た。

「なぁ、アジサイ、昨日ショットガンといい、この前の猿型の魔獣の時使っていた棒手裏剣みたいなやつは何だったんだ?」
「あれは棒手裏剣っていうかただの鉄をナイフ状にしたものだったんだが確かに言われてみりゃ棒手裏剣だな、風を操る装具を使う時の武器だな。と言っても錬金術で作成した武器だから使い捨て武器さ」

 アジサイは岩壁に手を当てると錬金術と呼ばれる魔術の一種で岩に含まれている鉄分を集めて武器にする。

「こんな感じで作れる、空気を操って撃ち出して使ってる」
「地味だな」
「音もなければ傷口も精々三センチくらいで内臓グチャグチャできるからな殺すだけなら使い勝手がいい」
「装具って能力だけ聞くと、すげえファンタジーって感じだが、お前が使うとSF感が強いな」
「うわひどい」
「事実だろ」
「まぁ、暗殺……そのうちそういう仕事もやらされるのかなぁ」
「予定があるのか?」
「タンドレッサ……ああ、タンドレッサは去年の春先に俺のことを暗殺しようとしたやつね、あいつにウィズアウトの特定と追跡をやらせてんだけど、どうにも王城内部に裏切者がいるっぽくてな」
「マジか」
「ここでタンドレッサの関係者や先輩に仕事を任せると内政と権力の関係で話がこじれる予想があるからな、俺が犠牲になるのが一番良いと判断」
「んでも、今お前、先輩の管轄だろ」
「いや、なに、俺が暗殺の疑いをかけられても、先輩が俺を解雇、最悪牢屋にぶち込めばいい、そうすれば王城内の立場的には全く問題がない訳じゃないが、少なくとも先輩の潔白が証明できる。まぁ俺は死ぬかもだけど」
「根本的解決ぅ!」
「できないっす、まぁ最悪スピカに死を偽装してもらってアジサイは死んだ者っていうことにしておけばいいさ」
「泥臭く生きるしかねえもんな」
「そだね」
「ところでウィズアウトなんだが、俺は何か手伝うか?」
「ジークは竜狩りに専念してくれ、竜狩りも先輩が取り仕切ってる仕事だからな、両方やらなくちゃいけない」
「わかった」
「俺も竜狩りやってみたいな」
「鎖骨の一本や二本、覚悟しとけよ」
「最悪、そうなるのか」
「いや、普通になる。最悪死ぬ、普通でも死ぬ、優しくても死ぬことがある。っていうのがドラゴンだからな」
「ゲーム会社もびっくりしちゃうほどの難易度設定すぎませんかね」
「ほんとそれだよ」
「竜狩りやめとこ、俺死んじゃう」

 アジサイは冗談交じりにもあるが、半分は本気で嫌な表情だった。

「俺だって毎回死にかけてんだぞ」
「おおうふ……まじかぁ」
「マジだぞ、最初に戦ったルネサンスには内臓グチャグチャにされかけたぞ、二回目は……お前にボコボコにされたわ」
「ナンノコトカナーシラナイナー」
「おう、悪装でボコボコしたの忘れねえからな」
「今やりあったら俺死ぬわ、前回脱臼したし」
「思いっきりアジサイの肩外れたよな」
「いてえよマジで、まぁ背中を鋸みたいな武器でがっつり斬られた方が痛かったけど、肉を引きちぎる様に斬られたからな」
「うわやべえ……」
「その上、毒塗られてるからな、全身麻痺してスピカがいなかったら死んでたってこともあるな」
「生きててよかったな、スピカ様だな」
「全くだよ……おっ、ひとまずのゴールが見えた」
 
 アジサイは岩に手を伸ばすと這い上がる様に崖を登り切る。その後周囲を確認し、腕を伸ばしてジークを引き上がげる。

「助かる」
「おうよ」

 ジークは崖の方を見渡すと、イシュバルデ王国を見下ろした。

「良い眺めだな」
「ああ、こりゃあ良い眺め」

 二人は体を反転させて崖に背を向ける。

「さてと、これは予想だよ」
「これ、どうするかな」

 ジークとアジサイは、遠くに見えるレイペールの頂上を見て、ため息を付いた。
 
 
 領土レイペールの崖を登り切ると、広大な台地が広がっておりその中央部にまた山がある。これがレイペールの正体である。
 
 ジークとアジサイのタイムアタックがスタートした。
 
 
 登頂まで高さ三千メートル、道のり残り五十キロ――

 現在の標高四千五百メートル――
 
 タイムリミットまで残り六日――
 
 ここが死の山と言われる由縁をジーク達はまだ知らなかった。
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