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竜ノ49話「死の山へ」
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指先が凍てつく、体の芯は既にドライアイスを体内に入れられたような冷たさである。
ジークはロープを掴むと腕の力で体全体を持ち上げる。
レイペールにアタックをかけて既に三日が経過していた。レイペールまで向かうのに三日、合計六日が経過している。
レイペールの頂はまだ吹雪の中で隠されている。
ジークとアジサイはたった二人で岩壁にしがみ付く。途中まで一緒であったスピカは高山病を発症し、アルスマグナと共に下山を余儀なくされた。山に慣れているはずのスピカが高山病を発症したのはアジサイとジークにとって衝撃であった。
アジサイとジークは空中移動で頂上まで登ることを画策するが、レイペール中腹の空は神獣たちの縄張りらしく、アジサイたちを捉えた瞬間、炎や雷のブレス、酷い場合は目に見えない風の刃が飛んでくる地獄であったため岩壁を登る以外にこの山を攻略する方法はなかった。
「落石!」
先行しているアジサイが大声でジークに声を掛ける。ジークはその言葉に反応し頭を腕でガードする。
直後に氷と岩の破片が混ざった塊がジークの腕に直撃する。鈍い衝撃の後ジークは塊を振り払うとロープを持ち直す。
「大丈夫?」
「ああ、問題ない」
「……吹雪が強くなってきた、休める場所を探そう」
アジサイはバンカーボルトを打ち込みながら崖を登っていく。百メートルほど登ったところで神獣の吐いた炎が当たった場所なのか丁度良い窪みを見つける。アジサイが魔術で窪みの周りにある岩を変形させてテントを張れる場所を作る。
「さっみいね」
「アジサイ、死ぬ」
「頑張れ、今半分くらいだと思うから」
アジサイは半分ほどに減ったバンカーボルトを指差して前向きに言う。
「まだ半分か……」
「帰りはスカイダイビングだから楽なもんよ」
「そうだな……しかし、もっと楽に登りたかったな」
「空があんなに神獣クラスの化け物がいるとは思わなかったな」
「神獣だけあってクソ強いしな、竜程じゃねえけどあんだけ数がいる手に負えない」
「そうだねっと」
アジサイがテントを設営すると中に飛び込むように入る。ジークも続くようにテントに入ると中は魔術によって常に一定の温度に保たれ、極楽浄土である。
「あったけえ……」
「紅茶を沸かすから待っててな」
アジサイは調理器具を取り出して準備をする。
「そういやアジサイ」
「ほいほいどした?」
「ネフィリさんの病室入ったときやけに冷たかったな」
「あー、あれか」
アジサイは苦笑いをひとつ浮かべる。
「わざとか?」
「わざとだな」
「その腹は?」
「あの状態で先輩がレイペールに付いてくるのを避けて欲しかった」
「なるほどな」
「はっきり言うけど、先輩は高所恐怖症が完全に克服できていなかったし、ネフィリさんのことで焦りもあるだろうし、そんな状態でこんな危険地帯に足を踏み入れてまともな判断ができると思えない」
「そりゃそうだ」
「ただでさえ、異常な環境で普通にこの山へ挑んだとしても失敗する可能性は大いにある。ことさらにスピカの高山病発症、たしかに彼女は生理中で貧血気味だったからこんなことになるのは予想できだけど、精神的にはくるね、アルスマグナさんが付いているから下山は大丈夫だと思うけど」
「あいつなら大丈夫だ、心配はいらねえ」
「頼りにしてるぜ、お前の嫁様」
「おう、まだ結婚してねえからな」
「する予定なんだろ?」
「まぁ……ゆくゆくは……」
「いいね。紅茶できたよ」
アジサイは金属のコップに紅茶を注ぎジークに手渡す。紅茶を受け取り、アツアツを一口を啜る。
「おおう、五臓六腑に染み渡る」
「ほんと、暖かい飲み物はありがてえな」
「アジサイ、齧れるものあるか?」
「すぐに出せるのはビスケットがあったな」
「食べたい」
「はいよ」
アジサイはバックパックからビスケットを取り出す。バターの香りが鼻腔をくすぐり、サクサクとした食感と小麦の甘みが口いっぱいに広がる。
「ザ・おやつって感じだな」
アジサイもビスケットを頬張りながら紅茶を啜る。
「そうだな」
アジサイは神妙な表情をする。
「ネフィリさんか?」
「まぁ、そんなところ」
「何か引っかかるのか?」
「なんて言うか、ウィズアウトの出現にネフィリさんの発作、アルスマグナさんの分魂回収、全てがなんていうかほぼ同時期に起きていて引っかかるなと思ってな」
「言われてみればそうだな」
「何よりも、俺たちがこの世界に来てからだし、なんていうか時代の特異点に立っているような気がしてな」
「そうだなぁ……と言っても、まさか俺たち英雄物語の主人公ってわけでもないだろ」
「そうだな、俺たちの役目はネフィリさんを助けることだ」
「そうだな」
ジークとアジサイは目的を再確認する。
「外の様子は――」
アジサイはテントから顔を出すと、即座にテントを閉める。
「無理だわ、今日はこれ以上進めん」
「マジかよ」
ジークもテントから顔を出すと、冷気でジークの顔が一気に冷える。外は先ほどよりも吹雪いており、更に神獣の遠吠えらしきものが木霊している。
「無理だな、末端が凍り付く」
「神獣の活性も上がっているようだし、安全策をとろう」
ジークはアジサイの意見に賛同する。
「残りのタイムリミットはおおよそ三日か……」
「ぎりぎりでも四日だろうな、三日で半分、スピードを上げたいが……」
「賭けだが、残り千メートルはスキルを使って一気に駆け上るか?」
「……やるしかねえか」
「残り二千五百メートル、明日から一気に登るしかねえな」
「わかった、ジーク提案がある」
「おう、どうした?」
「弾薬を捨てよう」
「はぁ!?」
「大丈夫だ、弾薬は改良を重ねて使用済みの薬莢は数時間で粉になるように作られているから、魔力を過充填すれば未使用でも粉にできる」
「そういう問題じゃなくて、アジサイの武器が使えなくなるじゃねえか」
「だからジーク、任せた」
「ファアア! 確かにお前の弾薬は重荷になっているのは分かっているが……」
「魔術と装具の力だけで乗り切るしかない」
「そうだな……カバーし切れんぞ?」
「いいさ、それで」
アジサイは弾薬をリュックから取り出すとショットガンの弾を残して全ての弾薬を崩壊処理する。
「覚悟はいいかい?」
アジサイは覚悟を決める。
「オッケー!」
ジークも腹をくくる。
「ほい、じゃあ晩飯作るぞ」
「頼む」
「ジーク、何食べたい?」
「米」
「黙れ」
「おう、米食いてえ」
ジークがぼやく。
「わかる、この国米ねえのかよ」
「ほんとそれ、米食わせろ」
「と言うわけでパンにコンビーフ挟んだから食え」
「はいはい、サンクス」
アジサイたちはサンドイッチを食し、しばらくしてから眠りについた。
次に目を覚ました瞬間、ジークは地面に衝撃が走ったのがわかった。
ジークの身の丈と同じ刃渡りの剣、バスターソードを手に取り、テントを飛び出す。真夜中ではあったが吹雪は収まっており、月光が辺りを照らしているため衝撃の真相をすぐに見ることが出来た。
「地面がヤバイ、補強する!」
アジサイは魔術を行使する準備を始める。
「アジサイ! 任せるぞ!」
「おう!」
ジークは前を向くと、深呼吸をする。目の前には窪みにぴったり収まる眼球がジークの動きを見据えていた。
「今夜の夜食にしてやらぁ!」
バスターソードを眼球に突き刺し水晶体をズタズタに破壊すると、剣を引き抜き、右足でグチャグチャの眼球を蹴り飛ばす。
蹴りの威力が高すぎるあまり、眼球は水風船のように破裂、それでも衝撃残っているのか、神獣の顔が大きく仰け反り岸壁から剥がれるように空中に佇む。
ジークは全身に竜殼を展開し、竜脚のちからで空中を掛けると、コウモリ型の神獣の姿を捉える。足の筋肉を収縮させ一気に伸ばし、速力を得ると、そのままバスターソードを振り抜く。
首を一刀両断すると、神獣はそのまま地面へ落下していった。
「はぁ、コウモリは食えそうにねえな……」
ジークは剣に付いた血を払うと、窪みへと戻る。
「こっちは片付けた」
「お疲れ、こっちも補強完了」
「お疲れ様」
「いや、しかし、あああもあっさり神獣クラスの化け物を切り捨てると俺の力って雑魚やなって思うわ」
「タイマン性能が高いだけで、暗殺とかになったらアジサイの方が上だろ」
「もっと英雄っぽい能力が良かったなぁ」
「おう、心にもないこと言うなや」
「お、そうだな、それにない物ねだりしたってしょうがねえしな」
「暗殺だってファンタジー作品でよくあるだろ軍記物とか戦記物とか」
「それ、絶対まともに死ねない奴じゃん」
「そういう星の元に生まれた可哀そうなアジサイ……」
「やめーや、そら、二度寝と洒落込むか」
二人はテントの中に入り、眠りに付く。
翌朝は朝食を簡単に済ませてロッククライムを再開する。
「今日は五百メートルか」
アジサイはまだ見えぬ頂きを見上げる。
「アジサイ、ここからが辛いぞ」
竜眼を発動したジークが苦笑いする。
「何が見える?」
「魔獣? 大量の群れが降りて来た」
「昨日の魔獣とどっちが大きい?」
「昨日の方が小さいな」
「ファッキュー」
「ファックですわ」
ジークはバスターソードを右肩に担ぐとため息を吐き捨てる。
アジサイも装具である季装『春夏秋冬』を展開し、棒手裏剣を取り出す。
「おう、その棒手裏剣どっから取り出した?」
「男の子は秘密道具のひとつやふたつ持っているものさ」
「これはアサシンですわ」
「男の人ってこういうのが好きなんでしょ?」
「そりゃあモチのロン」
「どうやって使うんだ?」
「ひ・み・つ・はあと」
「うわ、キモ、ゲロ吐きそう」
「ジークさんひどない?」
「アジサイさんキモない?」
二人は他愛もない会話をしながら戦闘準備に入る。
「来るぞ、ありゃ猿か?」
「石投げてきやがったか、しゃらくせえ!」
アジサイとジークは崖を這うように上昇して猿型の魔獣の群れに突っ込む。ジークは巨大なバスターソードで猿を切り伏せて群れを殲滅する。
一通り猿を片付けるとジークはアジサイの方に目を配る。
ジーク以上の猿を相手にしているのにも関わらず戦果としてジークよりもアジサイの方に軍配が上がっていた。
ジークはその光景の状態に息を飲んだ。
なぜならアジサイはあまりにも静かに、それでいてジークよりも多くの敵を葬っているからだ。ほとんど無音と言っても過言ではなかった。
ジークはアジサイが何をしたのか理解できなかった。
「お疲れー、そっちもだいぶ狩ったね」
「お、おう、そうだな」
「じゃあ、登ろうか、神性のたまりとしては余裕があるけどこんな戦闘が続いたら命がいくつあっても足りないし」
「そうだな、登ろう」
ジークとアジサイ、レイペール登頂まであと二千五百メートル――
ジークはロープを掴むと腕の力で体全体を持ち上げる。
レイペールにアタックをかけて既に三日が経過していた。レイペールまで向かうのに三日、合計六日が経過している。
レイペールの頂はまだ吹雪の中で隠されている。
ジークとアジサイはたった二人で岩壁にしがみ付く。途中まで一緒であったスピカは高山病を発症し、アルスマグナと共に下山を余儀なくされた。山に慣れているはずのスピカが高山病を発症したのはアジサイとジークにとって衝撃であった。
アジサイとジークは空中移動で頂上まで登ることを画策するが、レイペール中腹の空は神獣たちの縄張りらしく、アジサイたちを捉えた瞬間、炎や雷のブレス、酷い場合は目に見えない風の刃が飛んでくる地獄であったため岩壁を登る以外にこの山を攻略する方法はなかった。
「落石!」
先行しているアジサイが大声でジークに声を掛ける。ジークはその言葉に反応し頭を腕でガードする。
直後に氷と岩の破片が混ざった塊がジークの腕に直撃する。鈍い衝撃の後ジークは塊を振り払うとロープを持ち直す。
「大丈夫?」
「ああ、問題ない」
「……吹雪が強くなってきた、休める場所を探そう」
アジサイはバンカーボルトを打ち込みながら崖を登っていく。百メートルほど登ったところで神獣の吐いた炎が当たった場所なのか丁度良い窪みを見つける。アジサイが魔術で窪みの周りにある岩を変形させてテントを張れる場所を作る。
「さっみいね」
「アジサイ、死ぬ」
「頑張れ、今半分くらいだと思うから」
アジサイは半分ほどに減ったバンカーボルトを指差して前向きに言う。
「まだ半分か……」
「帰りはスカイダイビングだから楽なもんよ」
「そうだな……しかし、もっと楽に登りたかったな」
「空があんなに神獣クラスの化け物がいるとは思わなかったな」
「神獣だけあってクソ強いしな、竜程じゃねえけどあんだけ数がいる手に負えない」
「そうだねっと」
アジサイがテントを設営すると中に飛び込むように入る。ジークも続くようにテントに入ると中は魔術によって常に一定の温度に保たれ、極楽浄土である。
「あったけえ……」
「紅茶を沸かすから待っててな」
アジサイは調理器具を取り出して準備をする。
「そういやアジサイ」
「ほいほいどした?」
「ネフィリさんの病室入ったときやけに冷たかったな」
「あー、あれか」
アジサイは苦笑いをひとつ浮かべる。
「わざとか?」
「わざとだな」
「その腹は?」
「あの状態で先輩がレイペールに付いてくるのを避けて欲しかった」
「なるほどな」
「はっきり言うけど、先輩は高所恐怖症が完全に克服できていなかったし、ネフィリさんのことで焦りもあるだろうし、そんな状態でこんな危険地帯に足を踏み入れてまともな判断ができると思えない」
「そりゃそうだ」
「ただでさえ、異常な環境で普通にこの山へ挑んだとしても失敗する可能性は大いにある。ことさらにスピカの高山病発症、たしかに彼女は生理中で貧血気味だったからこんなことになるのは予想できだけど、精神的にはくるね、アルスマグナさんが付いているから下山は大丈夫だと思うけど」
「あいつなら大丈夫だ、心配はいらねえ」
「頼りにしてるぜ、お前の嫁様」
「おう、まだ結婚してねえからな」
「する予定なんだろ?」
「まぁ……ゆくゆくは……」
「いいね。紅茶できたよ」
アジサイは金属のコップに紅茶を注ぎジークに手渡す。紅茶を受け取り、アツアツを一口を啜る。
「おおう、五臓六腑に染み渡る」
「ほんと、暖かい飲み物はありがてえな」
「アジサイ、齧れるものあるか?」
「すぐに出せるのはビスケットがあったな」
「食べたい」
「はいよ」
アジサイはバックパックからビスケットを取り出す。バターの香りが鼻腔をくすぐり、サクサクとした食感と小麦の甘みが口いっぱいに広がる。
「ザ・おやつって感じだな」
アジサイもビスケットを頬張りながら紅茶を啜る。
「そうだな」
アジサイは神妙な表情をする。
「ネフィリさんか?」
「まぁ、そんなところ」
「何か引っかかるのか?」
「なんて言うか、ウィズアウトの出現にネフィリさんの発作、アルスマグナさんの分魂回収、全てがなんていうかほぼ同時期に起きていて引っかかるなと思ってな」
「言われてみればそうだな」
「何よりも、俺たちがこの世界に来てからだし、なんていうか時代の特異点に立っているような気がしてな」
「そうだなぁ……と言っても、まさか俺たち英雄物語の主人公ってわけでもないだろ」
「そうだな、俺たちの役目はネフィリさんを助けることだ」
「そうだな」
ジークとアジサイは目的を再確認する。
「外の様子は――」
アジサイはテントから顔を出すと、即座にテントを閉める。
「無理だわ、今日はこれ以上進めん」
「マジかよ」
ジークもテントから顔を出すと、冷気でジークの顔が一気に冷える。外は先ほどよりも吹雪いており、更に神獣の遠吠えらしきものが木霊している。
「無理だな、末端が凍り付く」
「神獣の活性も上がっているようだし、安全策をとろう」
ジークはアジサイの意見に賛同する。
「残りのタイムリミットはおおよそ三日か……」
「ぎりぎりでも四日だろうな、三日で半分、スピードを上げたいが……」
「賭けだが、残り千メートルはスキルを使って一気に駆け上るか?」
「……やるしかねえか」
「残り二千五百メートル、明日から一気に登るしかねえな」
「わかった、ジーク提案がある」
「おう、どうした?」
「弾薬を捨てよう」
「はぁ!?」
「大丈夫だ、弾薬は改良を重ねて使用済みの薬莢は数時間で粉になるように作られているから、魔力を過充填すれば未使用でも粉にできる」
「そういう問題じゃなくて、アジサイの武器が使えなくなるじゃねえか」
「だからジーク、任せた」
「ファアア! 確かにお前の弾薬は重荷になっているのは分かっているが……」
「魔術と装具の力だけで乗り切るしかない」
「そうだな……カバーし切れんぞ?」
「いいさ、それで」
アジサイは弾薬をリュックから取り出すとショットガンの弾を残して全ての弾薬を崩壊処理する。
「覚悟はいいかい?」
アジサイは覚悟を決める。
「オッケー!」
ジークも腹をくくる。
「ほい、じゃあ晩飯作るぞ」
「頼む」
「ジーク、何食べたい?」
「米」
「黙れ」
「おう、米食いてえ」
ジークがぼやく。
「わかる、この国米ねえのかよ」
「ほんとそれ、米食わせろ」
「と言うわけでパンにコンビーフ挟んだから食え」
「はいはい、サンクス」
アジサイたちはサンドイッチを食し、しばらくしてから眠りについた。
次に目を覚ました瞬間、ジークは地面に衝撃が走ったのがわかった。
ジークの身の丈と同じ刃渡りの剣、バスターソードを手に取り、テントを飛び出す。真夜中ではあったが吹雪は収まっており、月光が辺りを照らしているため衝撃の真相をすぐに見ることが出来た。
「地面がヤバイ、補強する!」
アジサイは魔術を行使する準備を始める。
「アジサイ! 任せるぞ!」
「おう!」
ジークは前を向くと、深呼吸をする。目の前には窪みにぴったり収まる眼球がジークの動きを見据えていた。
「今夜の夜食にしてやらぁ!」
バスターソードを眼球に突き刺し水晶体をズタズタに破壊すると、剣を引き抜き、右足でグチャグチャの眼球を蹴り飛ばす。
蹴りの威力が高すぎるあまり、眼球は水風船のように破裂、それでも衝撃残っているのか、神獣の顔が大きく仰け反り岸壁から剥がれるように空中に佇む。
ジークは全身に竜殼を展開し、竜脚のちからで空中を掛けると、コウモリ型の神獣の姿を捉える。足の筋肉を収縮させ一気に伸ばし、速力を得ると、そのままバスターソードを振り抜く。
首を一刀両断すると、神獣はそのまま地面へ落下していった。
「はぁ、コウモリは食えそうにねえな……」
ジークは剣に付いた血を払うと、窪みへと戻る。
「こっちは片付けた」
「お疲れ、こっちも補強完了」
「お疲れ様」
「いや、しかし、あああもあっさり神獣クラスの化け物を切り捨てると俺の力って雑魚やなって思うわ」
「タイマン性能が高いだけで、暗殺とかになったらアジサイの方が上だろ」
「もっと英雄っぽい能力が良かったなぁ」
「おう、心にもないこと言うなや」
「お、そうだな、それにない物ねだりしたってしょうがねえしな」
「暗殺だってファンタジー作品でよくあるだろ軍記物とか戦記物とか」
「それ、絶対まともに死ねない奴じゃん」
「そういう星の元に生まれた可哀そうなアジサイ……」
「やめーや、そら、二度寝と洒落込むか」
二人はテントの中に入り、眠りに付く。
翌朝は朝食を簡単に済ませてロッククライムを再開する。
「今日は五百メートルか」
アジサイはまだ見えぬ頂きを見上げる。
「アジサイ、ここからが辛いぞ」
竜眼を発動したジークが苦笑いする。
「何が見える?」
「魔獣? 大量の群れが降りて来た」
「昨日の魔獣とどっちが大きい?」
「昨日の方が小さいな」
「ファッキュー」
「ファックですわ」
ジークはバスターソードを右肩に担ぐとため息を吐き捨てる。
アジサイも装具である季装『春夏秋冬』を展開し、棒手裏剣を取り出す。
「おう、その棒手裏剣どっから取り出した?」
「男の子は秘密道具のひとつやふたつ持っているものさ」
「これはアサシンですわ」
「男の人ってこういうのが好きなんでしょ?」
「そりゃあモチのロン」
「どうやって使うんだ?」
「ひ・み・つ・はあと」
「うわ、キモ、ゲロ吐きそう」
「ジークさんひどない?」
「アジサイさんキモない?」
二人は他愛もない会話をしながら戦闘準備に入る。
「来るぞ、ありゃ猿か?」
「石投げてきやがったか、しゃらくせえ!」
アジサイとジークは崖を這うように上昇して猿型の魔獣の群れに突っ込む。ジークは巨大なバスターソードで猿を切り伏せて群れを殲滅する。
一通り猿を片付けるとジークはアジサイの方に目を配る。
ジーク以上の猿を相手にしているのにも関わらず戦果としてジークよりもアジサイの方に軍配が上がっていた。
ジークはその光景の状態に息を飲んだ。
なぜならアジサイはあまりにも静かに、それでいてジークよりも多くの敵を葬っているからだ。ほとんど無音と言っても過言ではなかった。
ジークはアジサイが何をしたのか理解できなかった。
「お疲れー、そっちもだいぶ狩ったね」
「お、おう、そうだな」
「じゃあ、登ろうか、神性のたまりとしては余裕があるけどこんな戦闘が続いたら命がいくつあっても足りないし」
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