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天ノ48話「病床のネフィリ」

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 ネフィリが原因不明の病で倒れた報せが耳に入ったのはつい先ほどであった。アジサイとジークも報せを受けて飛んで帰って来た。
 ミオリアは病床のネフィリに付き添うと苦悶の表情を浮かべている。

「原因はまだわかっていない」

 エレインは目の下にくまをこしらえている。夜通し原因を調査していたことが伺える。

「…………」

 ミオリアは何も言葉にできなかった。

「ミオリア、ネフィリの状態は深刻だ、普通の人間ならとっくに死んでいるだろう」
「レイペールは関係しているのか?」
「……天使の力は分からないが、原因があるとすればそこだ。なにせネフィリの肉体は正常に機能している」
 
 
 
 アジサイとジークが病室に入ってくると、二人も普段は決して見せることはない鋭い目つきだった。
「話は聞きました。レイペールにはジークと自分で行きます。先輩は待機しててください」
「だけどそれだと――」
「先輩、最悪を考えてください」

 アジサイは冷淡な言葉を放つ。

「最悪……」
「レイペールに行ったとして、成果が得られる確実性なんかどこにも無いんです。それならせめてネフィリさんのそばにいる方がいい」

 アジサイの言うことはリアルで、冷静だった。一縷の望みに目が眩みかけていたミオリアの目を覚まさせた。

「任せる」

 ミオリアは言葉を絞り出す。

「はい、それとネフィリさんはあとどれくらい持ちそうですか?」
「この状態が悪化することが無ければ二週間が限界だ」

 エレインは歯をぎりぎり噛みしめている。

「わかりました」

 アジサイは朦朧としているネフィリを一瞥するとジークを連れて出て行く。

「冷たいやつだな」
「まぁ、忙しいんだろ」

 エレインは小首を傾げる。

「どれ、私も少し調査をしてくる」
「お前は少しは寝とけ、酷い顔になってるぞ」
「だが」
「徹夜してるんだろ、いいから」
 

「すまない……」

 エレインは何か言いかけたがそれを飲み込み、返事をしてから病室を後にした。

「ミオ……リア……来てたの」

 ネフィリが弱弱しい声でミオリアに声をかける。ミオリアはネフィリの傍に座る。

「大丈夫か?」
「ちょっと楽になったかも」

 楽になったとは言え、肩で息をするような状態である。

「声が聞こえるの」
「声が?」
「セラフィムたちが来るって……」
「セラフィム?」
「そう……」
 ネフィリはそこで再び意識を失う。
「おい、ネフィリ!」
「ごめん……ちょっと休む……」
「セラフィム……」

 ミオリアは訝しんだ。セラフィムというワードは日本にいたころゲームやら小説やらで聞き覚えがあるからだ。

「ゲームかよ……」

 辛そうにしているネフィリを見つめる。
 
 病室を三度ノックする音が聞こえる。

「どうぞー」
「ミオリア卿、ここでしたか」

 タンドレッサが病室に入る。

「……何用だ?」
「ウィズアウトが出没しました」
「クソッ、こんな時に、ジークとアジサイに任せられねえか?」
「それが、今回はレジスタンスと結託しているようで」
「反アクバ王勢か……」
「ここで無銘の者を使えば民の不信を買うことになるでしょうな、グーラント様とレオニクス様は市民を避難させています。向こうも本腰を入れて来たようで……」

 タンドレッサは苦虫を噛み潰した表情である。

「……マジかよ」
「加えて向こうの要求はネフィリ様の身柄です」
「……わかった、俺が出向く」
「頼みます」

 タンドレッサはミオリアとネフィリに一瞥すると病室を後にした。
 
「行ってくる」
 
 
 アジサイたちは既にレイペールに出立している。レジスタンスの規模はミオリアの経験では過去最大級と言える。
 兵だけでも一万は余裕で超えている。厄介なことに主導権を握っているウィズアウトの構成メンバーはダブルリュダブルとダブリュエスの二名である。
 敵陣は平原の領土であるリカーネに構えている。懐刀のグーラントとレオニクスがリカーネの領民を避難させている最中である。

 プランとしてはグーラントとレオニクスが領民を防衛しながら、迎撃している。その間にミオリアが敵大将を討ち取り指揮系統を潰すプランである。反勢力軍は金で雇われた傭兵や冒険者崩れなどが大半で頭さえ押さえてしまえばあとはどうとでもなる。
 
「クソ野郎共がっ!」
 
 ミオリアは全力でリカーネの平原を駆ける。ただの人ではミオリアの姿を捉えることはできず、攻撃の姿勢を見せる者ならば即座にミオリアの短剣が牙を剥く。
 
 戦うだけ無駄、敵の誰もがそう思って疑わない。
 
 本陣の最奥に韋駄天の如きスピードでミオリアは短剣を両手に構え切り込む。 
 目の前には大将首と思われる男が二人鎮座しているがその表情は蒼白になっている。
 
 ミオリアの機嫌が最悪ということもあり、尋常ならざる雰囲気を体に纏わせていた。
 
「お前らがウィズアウトか」
「い、いかにも……」
「ネフィリをどうするつもりだ?」
「我々はネフィリ様の身柄を要求する。そうしなければ、竜の忌まわしき力によってネフィリ様の肉体が持たないからだ」
「詳しく聞かせろ、お前の名前は?」
「私はダブルダブリュ、こちらはダブリュエス」

 男は右側に座っている男、ダブリュエスを紹介する。

「竜の力をどうやって解くんだ?」
「……ネフィリ様の身体に害をなしているのはアルスマグナの七つの分魂のひとつである、マニエリスムという竜が元凶となっています。マニエリスムがネフィリ様の力を封印し、本来の力、つまり、先祖であるリツフェル様の偉大な力を抑止しているのです」
「長い、三行」
「マニエリスムを魂ごと破壊してしまえばネフィリ様のご容態は快方に向かうでしょう」

「私たち天使族なら、それは可能である」

 長らく口を閉ざしていたダブリュエスが口を開く。

「マニエリスムさえこの世から消してしまえば全て解決する。つまりアルスマグナを殺してしまえばいい」
「その方法以外はないのか?」
「そもそも、天使族の仇敵である龍神族の眷属を生かしておく必要がない、竜を殺せば全て解決シンプルでわかりやすい」

 ダブリュエスは声を少し荒げる。

「アルスマグナを殺すことはできない、分離させる方法とかねえのか?」
「そんな技術は我々は知り得ない、知っているとしたら、ネフィリ様を封印した龍神族なら知っているだろう」
「なら龍神族の居場所を教えろ」
「我々が根絶やしにした、一匹残らず絶滅させた」

 ダルリュダブルはため息を付きながら答えた。
 
 
「わかるか、ミオリア、お前ら人間が意地になってネフィリ様を匿い続ければ、それが原因でネフィリ様を死なせることになる。我々の主たるセラフィム様達であれば、ネフィリ様を数年は延命させることも出来るだろう。その間にアルスマグナを殺す。それ以外にネフィリ様が助かる方法はないのだ」

 ダブリュエスは諭す様に伝える。

「そんなわけ……」

 事実、ウィズアウトたちの言い分は説得力があるような気がしてならなかった。

「ネフィリ様を共に助けよう、ミオリア、我々の目的は同じである」
 
 
 
 
「凍土の果て、最奥に眠りし氷の巨人よ、偉大なるお力を我に与えよ『ヘルヘイム』」
 
 
 
 ミオリアは久々にこの魔術の詠唱を耳にした。
 そしてこの直後に何が起こるのかを理解した瞬間、即座にその場を離脱する。
 
 凍り付いた爆風が周囲に広がる。ミオリアの指先の感覚が一瞬でなくなるほどの冷気がウィズアウト達を襲った。
 
「甘言に惑わされるな」

 小柄で青い髪の少女と見間違えるほどの若々しい外見のエレインがそこにはいた。

「すまん、エレイン助かった」
「相手がどんな能力か分からないが、王城の敵であることは間違いない、ならば我々の敵だ」
「ああ、忘れそうだった」
「それに、どうせ信じるなら、後輩を信じた方が良いだろう?」

 ミオリアはアジサイとジークを想起する。
 
「ああ、そうだな……」
 
 大切なことをミオリアは思い出す。
 
「しかし、久々に最上位魔術を使ったが、徹夜明けの身体には堪えるな」
 エレインはため息を付くと、体を翻す。
 
「帰ろうミオリア」
 
 ミオリアはエレインの横に立ち、二人で王城へと帰還する。
 その後ろ一帯はまるで時が止まったように、全てが凍り付いていた。
 
 

 王城に帰ると、ミオリアとエレインは自室で、ホットミルクを口にしている。
 
「それで、ウィズアウトに何を言われた?」
「ああ、それは――」
 
 ミオリアは全てをエレインに伝える。
 アルスマグナの分魂であるマニエリスムの事、ネフィリの身体に眠るリツフェルの事、そしてそれを全て解決するためにはアルスマグナを殺害すること。その全てを話す。
 
「なるほど……」
「ああ、あいつらの嘘を付いているようには思えない」
「おそらく言っていることは正しいと思われる」
「じゃあ、アルスマグナを――」
「ジークが世界を滅ぼすところは見たくないし止めたくもないだろう?」
「そうだよなぁ」
「それを避けるために情報を仕入れているが……こちらは望み薄」
「あとはジーク達だな」
「任せるしかない」
「そうだな」
「天使族か……」
「そう言えば天使族にセラフィムとかそんなこと言っていたな……」

 ミオリアは続けてウィズアウトが残した言葉をなんとくなく、それっぽく話す。

「まさか御伽噺と思っていた者たちが本当にいるとは思わなかった」
「セラフィムって?」
「天使族の最高位に属する天使で、リツフェル、ラファエル、ミカエル、ガブリエル、ウリエル、この五体、そしてその上に居るキリク、天使族はこのキリクの元、空神族と手を組み、鬼神族と龍神族を滅ぼした」
「ふーん、そんな話があったんだな」
「前に一度話したんだがな……」
「ゴメン」
「いいさ、それに今は、四千年前の御伽噺が現実で起こっていたということがむしろ感動しているくらいだ。これで相手が敵でなければ最高だった……」
「ほんとそれだ、はぁー、疲れた、ちょっと寝よ」
「私も少し休もうと思うが、隣は空いているな?」

 ミオリアとエレインは寄り添って眠りについた。

「別にいいけど」

 エレインは疲れ切っているのか、ミオリアに背を向けた状態で横になっている。
 ミオリアも微睡みの中で病床に伏せるネフィリを想いながら、自分自身の疲れを癒すことにした。
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