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神ノ45話「静謐ニ凍テ付ク装イ 其ノ壱」

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 血液が順応する。
 荒療治ではあったが、今のアジサイはこうする他ならない事であった。
 
「寂しいねえ、一人は」

 焚火の前で縮こまるアジサイは、夜空を見上げる。
 
 アジサイは十一月からずっと一人で領土ハスタートにいる。ハスタートは領土ハイドラの南西に位置した領土でここも険しい山々が続いている。最高峰で標高は六千メートルになる山である。
 ここの中腹である標高四千メートルほどの場所でアジサイはキャンプを設営し、かれこれ一か月ほど生活している。
 目的は高地に体を適用させるためである。人間は標高が高くなるに従って、気圧の変化や温度の変化などで体調を簡単に崩す。所謂高山病である。この高山病は酷い場合死に至る可能性もあるため対策の必要があった。
 アジサイはデーツを齧りながら、空を見上げる。空気が澄んでいるのかいつも以上に星が美しい。感傷的な気分になる。

「そういや、先輩って高地順応のスキル持ってるのかな、だったら便利だよなぁ」

 ぼやく。無論、誰もいない。ただパチパチと焚火が燃えているだけである。
 荒涼吹き荒れる中、ただ一人で放逐されると言うのも中々辛い事であるが、何よりも孤独と言うのがアジサイの不安に拍車をかける。
 ここ領土ハスタートは山こそ険しいが魔獣は比較的危険度は少ない。ハスタートの頂上にはネグローニと言う霊獣が生息し、そのネグローニを恐れて他の生物はこの山に近寄らない。姿を見た者が少なく、どのような生物なのかはアジサイも見当がついていない。
 そのこともあってかここハスタートはネグローニと出会わなければほどほどに安全な山なのである。スピカから聞いた話では標高四千メートルが丁度ネグローニの活動範囲ギリギリで、普段ここまで低い所まで下山しないため遭遇する可能性は低いらしい。

「明日ちょっと探してみるか」

 アジサイはあくまでこのハスタート中腹で生活することが目的であって、ここで何かするわけではない。強いて言うなら日々の食料と水を確保して飢えと渇きに苛まれないようにする程度のことしかないのである。あとは気晴らしに錬金術の練習を兼ねて、石ころを金属に変換し、ハンティングや射撃の訓練をするために弾薬を作成する。
 装具によって増えた神性(超大量の魔力)は錬金術で作成した水晶に充填し、それを魔道具と呼ばれる魔力を使って動く道具にあてがわれる。主にコンロやストーブなど発熱する術式を使い寒さを凌ぐ。術式そのものはアジサイでも作れるほど簡素で基本的なものであるため、手近な道具で魔道具を作成できる。サバイバルの総合的な経験を積む良い練習となっている。
 ライフル弾(7.62x51 mm)を三十発作成し、予備マガジンに弾薬をセットする。

 予備のマガジンに弾薬をセットする際、装具にあらかじめ備え付けられているマガジンに入れると装具を解除した弾薬だけがその場にバラバラになって落ちる。銃身にセットされている弾薬は装具解除と同時に弾薬は銃本体から分離される。加えて、銃本体がダメージを負っても、装具を解除、再使用で元に戻る。

 つまり装具を発動した時点での銃は弾が込められていない状態になり、形状も元に戻ってしまう。
 
 これはメリットとデメリットがある。
 
 メリット
 ・排莢不良は弾詰まり、銃内部に砂や泥などの異物が混入し動作不良した時、装具を解除すること治すことが出来る。
 ・装具を使用した時点で銃内部に弾薬がセットされないため展開時の暴発や残弾未確認よる誤射などを避けることができる。
 
 デメリット
 ・毎回弾薬をリロードしなければならないため、不意の接敵で銃を使うことが出来ない。あらかじめ銃を展開しておくことでこの問題は解決できるが銃口管理やアジサイの手が塞がる可能性がある。
 ・装具を解除した際に弾がバラバラに落ちる。毎回拾わないといけないためこれはこれで苦労するし、地面に落ちた弾薬は砂や泥が付くため使用にリスクがある。また自作したマガジンであれば装具を解除した際、マガジンごと落下する。あくまでデフォルトで備わっているマガジンのみにこの事象は適応される。面倒ではあるが、毎回弾薬を取り出してから装具を解除することで一応解決は可能。
 
 総合的にはメンテナンスフリーである武器であるということであるためアジサイには都合がいい。
 
 
「よし、弾込めよし、寝よう」

 テントに戻り、フカフカの毛皮の中に身を潜ませて眠りにつく。
 一か月もここで生活すれば人間慣れるもので、最初はガタガタ震えながら眠っていたのも今ではいびきをかけそうなほど快適に眠れる。
 
 
 
 朝になると、アジサイは焚火の残り火に薪をくべて炎を維持する。
 お湯に持参した茶葉と砂糖を入れてモーニングティーを楽しんだあと義装『忠節』を発動し、ライフル銃、M700 に昨晩用意したマガジンをセットする。それからスリングを取り出してM700に引っ掛け、銃を担ぐ。リュックに荷物を最低限詰め込み、準備する。
 歩き慣れた山道を伝い、今日は上を目指す。幸い空は青く晴れているため、見通しが利く。
 岩肌がむき出しになっている道とも分からぬ道をなんとか登る。律装のおかげで体力的なきつさはないが、空気が重々しくなってくるのは分かった。明らかに何かがいると言う警笛がアジサイの本能に訴えかける。
 だが、アジサイの好奇心は警笛程度の音で止まることもなく上へ上へと進んでいく。二時間ほどかけて頂上に着く。だいぶ急ぎ足で上へ登ったためか軽く頭痛がする。
 
 頂上には白い竜が眠っていた。全身は純白の毛で覆われており、寝息を立てているのがわかる。
 神々しいと言うのがピタリと当てはまる。吸い寄せられるままにアジサイは竜の方へを手を伸ばした。正確には伸ばしてしまったと言うのが正しい。
 柔らかく細い毛が密集している。まるで手触りの良い真綿のようなモフモフとた感触である。

「おお、これは、柔らかい」
「何をしている?」

 竜が目を開いて、アジサイを頭ほどの目で凝視する。

「あっ、すいません、つい」
「……敵ではないようだな、この老いぼれの婆になにか用か?」
「いや、この山の頂上にネグローニという神獣がいると聞いて」
「挑みに来たのか、それともこの毛皮欲しさにか? どちらでもないか、そうでなければ寝首を掻くだろう、そういう人間であるなら」

 落ち着きのある女性の声である。

「どんなもんかと思って、見に来ただけです。つい触ってしまいましたけどね」
「良い、しかし、死期が間もなくと言う時に来客とは些か……これも縁と言うのもか」
「死期?」
「丁度、今日、ネグローニは死ぬ。私は五十年きっかりで死ぬようになっているものでな、あと十分で丁度五十年経つ」
「寿命ですか」
「そうだな、だが……そうだな」

 竜は体力が限界なのか、目を五分ほど閉じる。

「すまんな、どうも体調が悪くてな、それに人間の言葉を話すのも久しい、言葉がうまくでてこないのだ、許せ」
「大丈夫、ゆっくりでいいのでどうぞお話ください」

 アジサイはその場に座りこむ。

「この身体はもうすぐダメになる。だから私が死んだあとのことをお主に任せたい。出会って間もない者に託すのも不安であるが四の五の言っていられる状態でもない」
「頼みはなんですか?」
「私が死したあと、白い……両手で抱える程度の玉になると思う、それを三日三晩火にかけて欲しい火を絶やすことなく三日三晩だ。火の中で温めるのだ」
「わかりました」
「ありがとう、では任せた」

 そう言ってネグローニは瞳を閉じた。
 
 
「あと、もうすぐ吹雪が来る」
 
 
 そう言い残し、ネグローニは力尽きた。それから亡骸が収縮を始め、ネグローニが言っていた通りボーリングの玉ほどの大きさの白い塊だけがそこに残っていた。
 アジサイは塊を拾い上げると、それが卵であることがわかった。それ布で包みをリュックに収納する。

 千メートルほど下山すると、曇天の空が白い塊を落としている。
 
 雪である――

 荒れ狂う暴風が雪の自由落下を弄ぶように右へ左へと落下地点を変更させる。
 その雪の動きに合わせて、アジサイの髪の毛が凍り付く。今までにない出来事である。視界が一気にホワイトアウトし、前が見えなくなる。
 論装の赤外線モードを使い、なんとか道を捉えて下山を続けるが凍り付いた岩肌とアジサイのからだが吹き飛びそうなほどの風により思うように進むことが出来ない。
 
 五時間ほどかけて何とかベースキャンプへ行くとテントは雪に埋まり欠けていた。雪を払い除けると、アジサイはストーブに魔力を充填した水晶を放り込み術式を起動させる。温度は最大設定にしてテントが凍らないようにする。荷物を降ろすとスコップを錬成し、周りの雪を掻き出して雪に埋もれないよう懸命に除雪する。
 掻き出せども掻き出せども雪の積もる量の方が圧倒的に多く埒が明かない。
 
 アジサイは右手を前に出して、全ての魔力を手に集約する。

「メガーリ・フレア!!」

 最上位魔術を積もった雪にぶつけて、一瞬で雪を蒸発させる。これでひとまず安心であるため、装具を起装と雲装と枯装の複合を展開する。

「冬を舐めてた!」

 枯装の炎によってテント周辺の雪は解けて蒸発する。その間に地の魔術でテントを囲うように岩の箱を作成しテントとその周囲を囲む、箱の一面出入り口と空気供給のため人間一人が通れる程度の四角い通行口を設ける。
 テントからハンティングで獲得した魔獣の皮を取り出し、皮を繋ぎ合わせて出入り口にカーテン上に杭で打ち付けて雪が入らないようにする。

「これでシェルターの完了、あとは焚火をして温度をなんとかしねえと」

 アジサイはシェルター内部をぐるりと見回す。真っ暗で何も見えず、枯装の炎だけが頼りになっている。

「うーん、酸欠怖いなぁ」

 シェルターを作ってからアジサイは失念に気づく。
 ため息を付きながら起装で体を浮かせて通行口上部の石壁に手を当てる。
枯装の炎の温度を上昇させて壁にゆっくりと炎を当てる。バーナーの要領で壁の一部が溶けだし、手のひら程度の穴が完成する。これで空気の通り道を作る。熱気も逃げてしまうが背に腹は代えられない。

「あー、煙突用の穴忘れてた。くそう!」

 アジサイは地面に降りると装具で溜まった魔力を消費するために地の魔術で石壁の一部を変化させてかまどと煙突を作成する。これで煙がシェルターの中に充満することなく部屋を暖めることが出来る。
 早速、薪をかまどの中に放り込み、枯装で火をつける。
 炎が安定し始める頃にはシェルター内が暖かくなる。
 
「こうやって炎を眺めると、冬って感じだな……鍋が食いたいぜ」

 ぼそっとアジサイは呟くと。

 パチンと薪が炸裂して、炎に覆われた薪の破片が飛び出してくる。
 アジサイは驚いて腰を抜かす。飛び出した木の破片と思われる物に視線を落とす。
 

 それは、木の破片ではなく、装具だった――
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