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神ノ41話「ワインレッドハンティングⅢ」
しおりを挟むワインレッド狩祭りの起源は、害獣駆除である。
繁殖力の高いワイバーンの数をある程度減らし、成長しきると危険性が高くなるため若い個体を間引くことで人間に被害が出ないようにしている。
そしてワイバーンは鱗や甲殻、肉や血液、内臓など様々な用途に需要がある。特に牙は魔術の触媒や装飾品などで珍重される。
当然、祭りにかこつけてワイバーンを横取りし裏ルートに流して儲けようとする祭り泥棒もいる。
例年であれば、祭り参加者兼取り締まりを懐刀たちが行っており、特にミオリアは出場する度に優勝をもぎ取っている。その上、祭り泥棒逮捕の功績を残している。
厄介なことに今年は王城内でアクバ王暗殺未遂事件が発生しているため、懐刀が王城から席を外すことが出来ない。それが起因してか、今年は祭り泥棒が多いとにわかに噂されている。
そして、その噂が現実となった。
「いいか、あいつらはゴミ畜生と同じだ! ぶっ殺せ!」
スピカは血相を変えて殺意に満ち溢れた表情をしている。
「おう!」
ジークは陽気に返事をすると、馬車から飛び降り、泥棒を馬ごと断ち切る。
泥棒達はスピカが操る馬をショートボウで狙い撃つ。馬さえ射抜いてしまえば機動力が落ち捕らえやすくなるからだ。
「チッ、クソが! チンポスライスしてやろうか、クソが死ね、ファックファック!」
「おい、お前んとこの随分荒ぶり申し上げているな」
ジークが第一波の泥棒を退いたのか、馬車と並走している。
「今日は特に酷いな、て言うかナチュラルに馬車と並走するなよ、化け物かよ」
「普通だろ」
「おっ、そうだな」
アジサイは軽口を叩きながら、論装と律装、そしてビサンティンから受け取った感装を展開する。
「いってえ!」
耳たぶに違和感を覚える。アジサイはそっと耳に触れると、ピアスが付けられていた。
「お、ピアスか」
「ジーク、どんな形状のピアスなんだ?」
「何だろうこれ、ああ、雫型のピアスだな、中に本物の液体が入っているな、色は緑」
「なるほどな、っぶね!!」
アジサイが相槌を打った直後、第二波の盗賊たちの弓がアジサイの鼻先を掠めた。
「あ、アジサイ、今ピアスが赤色になったぞ」
「ああ、そうか、これたぶん感情で色が変わるんだな……さて、武器は何かな……」
アジサイは感装の武器を取り出す。
「おお、こいつはまた、デカブツが来たな……」
「スナイパーライフル……?」
「イエス、これはL96かな……たぶん……」
L96、ボルトアクションライフルの一種で軍用銃である。感装では標準的なL96にサイレンサー、バイポッド、スコープが取り付けられている。
「弾は大丈夫なのか?」
アジサイは弾薬箱を開き弾帯から十発弾薬を取り出すと、L96のマガジンを取り出すと、弾薬をリロードする。
「大丈夫そう」
「撃てるか?」
「やってみよう」
安全装置を解除しボルトハンドルを右手で持ち上げて引く。引いたハンドルを先ほど逆順に動作を行い薬室内に弾薬を送り込む。
「よっしゃ、いくか」
L96を構えたアジサイは、三種の装具を発動させる。
瞬間、世界が暗転した――
「またここか」
見慣れた懐かしき光景、墓石の前にある石段に腰を掛けているアジサイがそこにいた。
「やっほ、どうだい調子は? 調子はいいかい?」
たれ目の女がいた。彼女の容姿をアジサイはうまく表現できない。ただたれ目で美人であることは断言できる。
「前よりはずっといい感じ」
「そっか、それならいいんだ、それならね。それと私を捕まえたんだね、お疲れ様」
「君がやってきた理由がいまいちわからないんだ、結局、なにが条件だったの?」
「んー、それはね、もう少し己で考えたまえ、私は君が表現したから、再会できた、再会したくなった」
たれ目の女は、アジサイの隣に座る。
「君の力は使えそうかい?」
「セロトニン、セロトニン」
「ん?」
「私が人間だったら今、セロトニンが出ていると思うんだ」
「えっ、おい、聞いてる?」
「これは私が君に与える力、与えた力だよ」
風が吹く、アジサイは目にゴミが入らないように手で顔を覆う。
風が止み、感情の女の方を見る。
そこには、たれ目の女とつり目の女と眼鏡の女が並んでいる。
「我々は三体で一つの物を成せる。収集お疲れ様、あとは季節の女たちと、天の女たち、そして摂理の女たちとまだまだ集められていないが、ひとまず、お疲れ様」
眼鏡の女は淡々と言う。
「これからも世話になるよ」
アジサイは三人に手を振る。
「じゃあな、そろそろ行け」
つり目の女が自信満々に笑う。
「そうね、そうね」
たれ目の女はただ相槌を打ちながら、手を振っている。
「じゃあ」
アジサイは自分のいるべき世界へ帰ろうとした。
「あ、待て待て、最後に言うことがある」
つり目の女がアジサイを止める。
「我ら三体が織成す装具の本当の名を伝えてなかった」
眼鏡の女はそれに捕捉を入れる。
「本当の名前は、義装『忠節』よ」
たれ目の女は、最後ににっこりと微笑む。
世界がまた暗転する。
「おい、アジサイ、どうした!?」
ジークが心配そうにアジサイを見ていた。
「いや、何でもない、すまん、ちょっと装具の様子がおかしくて」
アジサイは、スコープを覗き込む。
そして、唱える。装具の本当の名を――。
「修めよ! 義装『忠節』――」
三種類の装具の波長がチューニングされるように一体感を持ち始める。
アジサイの視界にはいつも通り、論装を展開した時に浮かび上がるウィンドウに加えて、見慣れないウィンドウが三つ並んでいる。
表示は『律装出力』『感装パラメータ』『論装演算』の三つである。
律装出力をタッチすると『出力20%』とだけ表示されている。おそらく現在発揮されている律装の筋力上昇率を表示しているとアジサイは予想した。
感装パラメータをタッチすると、セロトニンやアドレナリンなどの脳内麻薬と呼ばれる物質の名称が二十種類ほど書かれた一覧とそれの出力が記載されている。
最後の論装演算をタッチする。様々な用途に合わせた物理演算のパターンがあり、その中でアジサイは弾道演算をさらにタッチする。
数秒後にアジサイの視界の上方に『UNHIT』と青色のウィンドウで表示される。銃を構えて、泥棒の方へ銃口を向けると、『HIT』と赤色の表示に切り替わる。
「ああ、なるほどね」
L96を構え、引き金を絞り込む。
ドンッという衝撃と共に泥棒の一人が落馬する。
「ナイスヒット」
ジークが親指を立てる。
「いいね、初心者スナイパーにも優しい装具っすわ」
「それはよかった」
「ジーク! 前方に大型魔獣、頼めるか?」
手綱を握り締めながらスピカはジークに聞く。
「お安い御用! アルスマグナ、積み荷を頼む!」
「畏まりました」
アジサイはサポートハンドである右手でボルトを後退させて排莢しすぐに構え直す。スコープを覗き込み敵の数を数える。
敵とは数百メートルほどの距離がある。距離が開いているのはジークが走りながら木々をなぎ倒して障害物を作っているからである。
あとは撃ち抜くだけである。スコープを調節し、ゆっくりと数秒掛けて息を吸い、吐き出す。肺にある空気が残り三割になったところで息を止めて敵の心臓を狙う。
引き金に掛けた指をゆっくりと後退させて弾丸を放つ。
「ヒット」
「ヒット」
「ヒット」
手順を繰り返す。よりスムーズに、より正確に、より精密に。
淡々と、敵を蹴散らす。弾がマガジンからなくなれば弾薬をリロードし、再び銃を構える。
百メートル以上離れた場所からいきなり魔術の気配もなく突然味方が崩れ落ちると言う現象を目の当たりにしている泥棒達は心が折れたのか、それ以上追いかけて来なくなった。
アジサイは酷く冷静だった。周囲を見渡して泥棒や魔獣がいないかを確認する。
「なんか雰囲気が変わったな」
スピカは驚いた。
「そうかな」
「ああ、なんていうか腹が据わったみたいだな」
「そう?」
アジサイはそう言い返しながら周囲を警戒する。
「何でもいい、アルスマグナ、荷物はどうだ?」
「問題ありません」
「こっちも片付いた」
ジークが馬車に戻ってくる。
「うわぁ、魔獣が一刀両断されてる」
巨大イノシシの魔獣が、鼻先から尻尾まで見事に両断されていた。
「急ぎだったからな、一撃で済ませた」
「ナイス」
アジサイは親指を立てる。
「さてと、ワイバーンを特大荷台に三つも引きづっているわけだが、当然、来るよなぁ」
蹄の音が聞こえた。ひとつやふたつじゃない。何百の足音がタップダンスを奏でるように地面を揺らす。
「マジか、囲まれているんだが」
「待ち伏せだ。付けられていたようだな、クソファック」
スピカは馬車を止めようとする。
「いや、スピカ、突っ込むんだ」
アジサイはL96を構える。
「ああ、それには賛成だ」
ジークは大剣を握っている。
「右手で操作するのは苦手なんだけどね」
アジサイはフォアエンドを左手で支えると、右手人差し指と親指でボルトハンドルを掴み、中指を引き金にあてがう。
「左利きだもんな」
「正確には交差利きってやつなんだけどな」
「どっちも一緒さ」
アジサイは弾薬を五つ口に咥えると弾丸底部の出っ張りに歯に引っ掛ける。
スコープを覗き、ほんの数十秒で十発の弾を打ち出す。本来であれば弾道制御が出来ていないためまともに当たるはずがないが、論装の演算機能によってそれが実現できている。
マガジンを取り出し、口に咥えた弾丸をすぐに装填しなおす。
「よし突破できる! 安全圏まであと数キロだ!」
スピカは鞭で馬を叩き、加速する。
「ジーク」
「ああ、しょうがねえな」
弾薬箱とアジサイは手に取ると馬車から飛び降りる。それについて行くようにジークも飛び降りる。
「じゃあ、優勝してな」
馬車を見送るとアジサイは魔術を発動する。地面の一部を杭のように地面に対して四十五度くらい傾けて飛びさせる。それを左右数百メートルにわたって槍衾のように展開する。
「よっしゃ、やりますか」
起装と雲装に切り替えてミニミを弾帯にセットする。
しばらくすると一帯から悲鳴が木霊する。
「えぐい、これはえぐい」
「馬鹿正直に突っ込んでくるのが悪いんだよ、杭は扇状に展開しているから」
「じゃあ、少し前に出るか」
「俺は後方で射撃」
二人が配置に付くと、蹄の音が徐々に近づいてくる。
「撃つ!」
アジサイが引き金を握り締めて、弾丸をばらまく。
騎馬にヒットしたのか前方の倒れた馬や人間につまずいて後から来る騎馬が転がり、負の連鎖が始まる。
そして馬を失った泥棒達の目の前には自分の身の丈ほどある大剣を片手で楽々と振りかざす化け物ジークがいる。後ろに逃げようとすれば後続の馬に轢き殺され、勇気を出して前に出ればジークに首を刎ねられる。何もできず立ち止まっていればアジサイの射撃によって落命する。
たった二人の男に大規模な泥棒集団は成す術もなく死体だけを積み上げる結果となった。
「お疲れ」
「うん、きつかったな」
「何人か逃げたがどうする?」
「ああ、大丈夫」
アジサイは疲れた声でジークの追撃を制する。
「大丈夫?」
「アンラが逃げたやつを食ってるから」
「ああ、なるほどな」
「たぶん、今日はご機嫌だろうな」
アジサイは錬金術を水晶の結晶を乱雑に発動させる。
「おー、綺麗なもんだな」
「これやらねえと魔力に殺されるんだ」
「大丈夫か?」
「大丈夫」
「そうか、じゃあ戻るか」
大会会場に戻ると、表彰台の上にスピカとアルスマグナが立っていた。どうやら三位に入賞したらしい。
アジサイとジークはそれを遠目で確認すると、すぐに宿へと戻った。人間の血と内臓臭が酷く鼻につく状態で会場に立っているのも居心地が悪い。
宿に戻るとすぐに二人は風呂に入る。
「んあぁあぁぁあぁ」
「んおぁおおぉぉぉ」
二人は体を洗った後、おっさんみたいな声を出しながら風呂に浸かる。
「あったけぇ……」
「ああ、これだから風呂はいいんだよなぁ」
二人は疲れを癒しながら談笑に入り浸る。
「なぁ、アジサイ」
「どうした?」
「ビサンティンはどうしてお前に会ったのだろうか」
「わからねえ、ただ装具を俺に渡してくれた。本人もそれが目的っぽくてな」
「そっか……俺はレイペールに向かう、お前はどうする?」
「どうするかな、スピカと相談してみる」
「わかった。しかしスピカさん、口悪いけどいい人だな、美人だし」
「ちなみに胸もすげえデカイ」
「みりゃわかる」
「HだかIとか言っていたな」
「スゲエなおい」
「すげえよあれ」
「おっぱい……」
「おっぱい!」
「デカイ」
「良い」
「そういやアルスマグナさんもすげえよな」
「まぁな、たしかGとか言っていたな」
「G級か……」
まじまじとアジサイはサイズをイメージする。
「美人だしな」
「アルスマグナさん美人だよなぁ、チャイナ服着て欲しい。スリット入っているやつ」
「わかる、超わかる」
「スピカは……なんだろう……ドレス来てほしいな、絶対似合う」
「お、アジサイ結婚するのか?」
「婚姻届けってどこでもらえるんだろ……」
「マジかよ」
「嘘だよ」
「ですよね」
「んでも、まぁ、悪くないかな……そっちは?」
「そら、結婚するわな」
「まじか、ご祝儀どうしよ」
「その前に先輩、実はもう結婚してるんだよな」
「え、どっちと!?」
アジサイは狼狽える。
「どっちも、この国は一夫多妻制が問題ないからな」
ジークは肩を竦ませる。
「そうだったのか……いや、奥さんは一人でいいや……うん、死ぬ、死にたくない」
「あれじゃあ、そうなるな」
「ああ、鬼嫁だよ人間だけど、鬼だよ鬼」
「鬼は鬼でも、実はスピカさん、吸血鬼だったりしてな、色白だし美人だし、そのうち夜な夜なアジサイの首筋にがぶりと」
「マジか、水分が抜けた死体があったらそれ俺だわ」
「「ハッハッハッハ!」」
友人と馬鹿話をするひと時であった。
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