この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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竜ノ39話「ワインレッドハンティングⅠ」

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「ワイバーン狩祭り?」

 ジークは聞いたことがある魔獣と聞き慣れない言葉に首を傾げる。

「危険度が跳ね上がった時期のワイバーンさ、今回は竜種に近い奴らだから専門家に同行してもらおうと思ってな」

 スピカは水を飲みながら話を続ける。

「まぁ、本来はギルドの仕事だから、引き受けんでもいいよ」
「それは俺が普段狩っている竜とどっちが上なんだ?」
「そっちが相手にしてる竜が遥か上だ。あんたに比べたらこの仕事は、害獣駆除程度のものだ。ピクニックでも行く気分でも勝てる。なにせ相手はワイバーンのネームドだからな」
「んじゃあ、行こうか、暇だし、アルスマグナはどうする?」
「参りましょう、個人的にワイバーンが闊歩しているのは不愉快ですので」
「準備を頼む」
「必要なものは?」
「任せる、もし必要な物があれば言ってくれりゃこっちでも用意する。」
「日時と場所は?」
「十月二十五日にハイドラの宿に集合」
 スピカは簡単に説明する。そのあと一息入れてから、話を続ける。
「言っても今回は祭りみたいなもんだ。年に一度ある祭りで、ワインレッド狩りって言うんだが聞いたことあるか?」
「ああ、それでしたか、もうそんな時期でしたか」

 アルスマグナが納得した表情で頷いている。

「ワインレッド?」
「本来、ネームドは特異個体のことを言うんだが、ワインレッドは発情期に入ったワイバーンのことで、体色がワインレッドになることから言われている。発情期に入ったワインレッドは食欲が旺盛で大量の卵を産む。ワイバーンは多産でそれでいて危険度もそこそこの魔獣だから、この時期にまとめて一日で狩りを行う。一番多くのワイバーンを狩ったチームには賞金とかもらえる。出場権利として四人一組のチームを組まなければならない」
「ああ、だから俺たちに声が」
「そういうことだ、去年は緊急事態でワインレッド狩りが中止になってな、今年は例年の三倍以上のワインレッドがいる」
「緊急事態?」
「平穏のビサンティンがハイドラに停滞しちまった」
「ビサンティン!」

 ジーク達が追いかけている七種の竜のうちの一種類である。

「今、ビサンティンはどこに?」

 アルスマグナは声を少し荒げた。

「ギルドも追いかけていたが、パッツァーナで行方不明。追跡班の目の前で消えたんだとよ」
「そうですか……ビサンティンが関わっているのなら尚更ワインレッド狩りを行いましょう」
「話は以上だ。この後はどうする? いつも通り武術の稽古か?」
「いや、今日はアジサイと用事があるからパスで」

 スピカは首を縦に振って了承を示した。
 
 
 
「すまないねジーク」
「いや、いいさ、アルスマグナもいつになくやる気だし」
「そうだね」

 アジサイは、簡易的に作成したリローディングマシンを使って弾薬を作成している。
 ジークは薬莢に水晶の粉を詰め、底部に雷管をセットする作業を手伝っている。
 ワインレッドを狩るための弾薬をベルトと呼ばれる金具に弾薬を帯状につなげる。

「戦争でもするのかな」

 ジークは冗談気味に言う。

「十万発は用意させているからね。王城の方にも手配を頼んでいる」
「十万かぁ……」
「今回はトリガーハッピーする予定だからね。起装の銃も寝かせたままだし、そろそろ使ってやろうなと」
「予算、大丈夫?」
「赤字」
「だよなー」
「ただ、アタッカーが俺しかいないから、弾切れは勘弁」
「そうなのか?」
「んああ、一応スピカと話した作戦だと、まず、ワイバーンの住むハイドラはエアーズロックみたいな真っ平らな一枚の大岩で構成されていて、そこに十万以上のワイバーンが群れを成して生息している。群れは典型的なハーレムで数頭のオスのワイバーンが数万頭のメスのワイバーンの構成になっている。厄介なのはこのメスのワイバーンは単為生殖が可能で卵を産めば子供が増える」
「だから狩るのか」
「イエス、それにワイバーンは肉食で人間ぐらいなら平気で襲う。飛行もできる」
「やべえ生き物だな」
「それで、発情期に狩りを行うのは、オスとメスの判別がつきやすいからなんだ。発情期のオスは青色になって判別が簡単になるんだ。オスを狩ると群れの崩壊につながってしまうから、オスは狩らないでメスのみを狩る」
「生態系に配慮しているのか、意外と考えているな」
「それになにより、ワイバーンは食味が良く、卵は珍味、内臓なんかも美味いらしい、スピカが言うには牛肉の風味と油に鶏肉の繊維質に近いとか」
「食うのかよ」
「塩漬けにしたのは割とどこにでもあるらしいな、冬に卵を産むためにこの時期は脂肪を蓄えて最高なんだとさ」
「なるほどな」
「祭りは狩猟したワイバーンの数で競うとかで、損傷があまりにも激しい物や、毒とか使うのは反則。状態良く、それでいて数を競う」
「意外とゲーム性が高いんだな」
「ゲーム性を持たせることで祭りを楽しくさせているんだろうな、本質は害獣駆除だが、ワイバーンはまず領土ハイドラに行くまでが大変なんだ。なにせ一枚岩を自力で登らねえといけないからな」
「俺とかお前なら空飛んで終わりだから楽か」
「そうだな、祭りは登山から始まって、制限時間以内に得物を開場まで持っていくまでで競う」
「なるほどな、じゃあ、大量に狩っても持ち帰れなきゃ意味がねえのか」
「一応、リフトがあって、安全に得物を降ろせるけど、滅茶苦茶込むらしい」
「何か妙案があるのか?」
「まず俺とジークとアルスマグナは登山を行い、崖にリフトを作成する。込み対策だな。リフトと言っても魔術駆動のエレベータみたいな感じのもので運搬できるようにする。俺とジークはワイバーンを狩るんだが、ジークが群れに突っ込んでワイバーンを追い立てて、俺が、銃を構えて待ち伏せして射撃を行い、ジークがワイバーンを回収する。地上ではスピカが、馬車にワイバーンを積み込む。上にいる奴らが地上に降りてから運搬を開始、会場まで運ぶという感じだな」
「流れはわかった」

「あと、ギルドの祭り全般に言えることだけど、かなりラフプレーがあるから、気を付けろとのこと。ワインレッド狩りも毎年死者が出ているからな。去年は途中で中止になったけど竜のビサンティンにやられた人間が結構いたらしい」

 ビサンティン、アルスマグナの分魂のひとつで竜である。
 ジークは今まで戦った竜を思い出し、納得する。

「そうだったのか」
「名声欲しさにビサンティンに喧嘩売ったら、母親でも顔が判別できないくらいグチャグチャにされたらしい」
「それといつか戦うのかぁ」
「ジークも化け物だから大丈夫だ」
「人間なんだよなぁ」
「鎖骨が切断されて十分くらいで回復する奴が何を言うか」
「うっぐ……それ言ったら、お前は昔から見えてる人間じゃねえか」
「霊感くらいあったって人間やろ」
「ふぁー、クソかよぉ」

 アジサイとジーク、二人だけの時は会話の口調が適当になり、ついこの間までただの一般人だったことを思い出させられる。

「それに今は、あまり見えないしな」
「見えないのか」
「いないからね守護霊」
「ああ、そっか、守護霊の力を使って能力にバフをかけて今までは見えるようにしていたから、今はその守護霊がいないから無理なのか」
「そういう事、と言ってもあいつらの思いはこっちに持ってこれているみたい」
 そう言いながらアジサイは装具の玉を取り出す。
「装具……ああ、そういう事だったのか」
「おそらくは、そういう事、なんだろうな、装具が出現するタイミングも一致するし」
「そうか……」
「まぁ、でも、いつか集まるよ」
「そうだといいな」
「さてと、一応、これで千発くらいは出来たな」

 アジサイは背伸びをしながら椅子にもたれ掛かる。

「お、二時間くらいずっとこの作業してたからな」
「付き合わせて悪いな」
「いいさ別に」
「んじゃあ、早速これをぶっ放すぞい」
「じゃあ行くか」
 
 
 
「はいと言うわけで、無人島にやってきたが、うーん、釣りしたい立地」

 アジサイたちは空中を渡って、人影のない無人島へとやってきた。大きさは直径五十メートル程度で、人目を気にせずに射撃ができる。

「んじゃあ早速、撃ってみるか」

 アジサイは砂浜にあった流木を地面に突き刺すと、五十メートルほど離れた場所に布を敷き、アジサイはバイポットを立ててから銃を布の上に置く。
 弾薬が詰め込まれたボックスからベルト状の弾薬を取り出して機関銃にセッティングする。
 アジサイもうつ伏せになり、機関銃のストックを左肩にあてがう。左手でトリガーを持ち、人差し指で引き金を触る。

「撃つよ」
「あいよ」

 アジサイは引き絞る様に引き金に力を入れる。
 カチンと撃鉄が落ちるとこまで引くと引き金のテンションが解放されて、引き味が軽くなる。
 ズドンと方に反動が伝わると弾薬は突き刺した流木を掠める。

「少しガク引きになってたな、ストックの場所をちょっと良くなかったな、修正っと……」
「もう少し、銃口を左に向ければ当たりそうだな」
「オッケー、やってみるよ」

 アジサイは銃口の角度をわずかに左に付けると、再び発砲する。
 放たれた弾丸は、流木に命中する。

「ナイス」
「思った以上に素直に飛んでくれる。今はセミオートだから精度が出ているけど本番はフルオートなんだよね」
「いけそうか?」
「やってみよう」

 アジサイはフルオートにセレクター切り替えると、先ほどと同じ狙い方で引き金を引く。
 連続した炸裂音と共に弾丸が流木を穿っていく。ほんの数秒で十発以上の弾丸が放たれていることが流木の損傷から見て取れた。

「うわ、これすげえ、気持ちいいわ、ジークもやってみる?」
「お、いいのか」
「いいよ、これは楽しい」

 ジークとアジサイはポジションをチェンジする。
 今度はジークが機関銃を発砲する。

「そうそう、そうやって、ストックを肩に当てて、それで引き金は軽く握る。安全装置は外してるから撃てるよ」
「おっし、じゃあ撃つぞ」

 ジークは引き金を引くが、弾薬が発射されない。

「あれ? 何でだ?」
「ごめんジーク、ちょっといい?」

 アジサイが機関銃を構えて、引き金を引く。
 
 ズドンと弾丸が発射される。

「あれ、出るな……なんでだろう?」

 再度ジークに銃を渡し、発砲を行う。

「よし、撃つぞ」
「オッケー」
 ジークが引き金を引くと、やはり銃からは弾丸が発射されることはなかった。

「……これ、アジサイしか撃てないんじゃ」
「たぶん……」
「そりゃ、アジサイにしか発動できない武具なんだから、武器もアジサイしか使えねえわな」
「すまん、糠喜びさせてしまったな」
「しょうがねえよ、むしろ、この状況でこの事実を知れたことが重要かもな」

 ジークは前向きなことをアジサイに言う。

「そうだな、ありがとう」
「んじゃあ、射撃訓練するか」

 ジークとアジサイはワインレッド狩りに向けての訓練を開始した。
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