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竜ノ38話「ドランクドラゴン」

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「ヴェスピーア……すげえな」
「これは美しいですね」

 ジークとアルスマグナはニンギルレストで飛翼のバロックを討伐した後、壊れた武器を新調するためにドワーフの集落にて武器を作成、その後、ヴェスピーアに赴き、観光がてら、ひと月ほど余暇を過ごしていた。

「ん、あっ」

 宿のテラスから見える海辺の風景をぼんやりジークは眺めていると、二キロほど離れた磯場にアジサイの姿を見た。

「ああ、アジサイ様ですね、何をしているのでしょうか?」
「ありゃ、釣りだな」
「釣りですか、しかし、それにしては釣果が……」
「言ってやるな、どれ、ちょっと冷やかしに行ってやるか」

 ジークはテラスの柵を飛び越えると、空中を歩き始めた。

「バロックの力も慣れてきましたね」
 
 飛翼のバロックから受け取った力は、空中を自在に動くことが出来る力『竜脚』である。
 空中を自在に動くと言うが、実際は目に見えない足場を走っているような感覚である。気を抜くと簡単に地面へ激突するため、慣れるまでにかなりの労力を要した。
 この力のおかげで、ジークは腕利きのエンチャント技師が集うパッツァーナまで迷うことなくたどり着けた。

 今では小慣れたもので、それこそ自在という言葉に遜色が無いまでになった。これがバロックから受け取った新たな力である。
 もちろんこの力はアルスマグナも有している。これに限らず全ての竜の力を彼女は有している。
 アルスマグナもジークについて行くため、テラスから身を乗り出す。
 空中をダッシュしながらジークはアジサイのところへものの五十秒程度で磯場へ到着した。

「よぉーっす」
「おう、ジークじゃん……おっとキタキタキタ! あっ……外れた」

 アジサイは餌だけを持ってかれた虚しい釣り針を眺めながらため息を付いた。

「釣果はどんな感じ?」
「水族館の飼育員の気分さ」

 皮肉気味にアジサイは答える。

「んで、どうしてヴェスピーアに?」

 アジサイは手のひら位の餌用の魚を釣り針に刺して海へ放り投げた。

「余暇だな、竜狩ると結構金入るし、何より次の竜の音沙汰が無いからな」
「俺も似たようなところ、ヴェスピーアは領土が広いから調査も時間が掛るのさ」
「ああ、領土調査だっけ?」
「そうそう、リカーネとパッツァーナは割とギルドに資料が多く残っているから仕事は楽だったが、ヴェスピーアは見てのとおり海だからな、何か新種がいるかもしれない」
「で、本音は?」
「釣り楽しいのおおおおぉぉ!」
「やっぱりな」
「アジサイ様、ひとつお伺いしたいのですが」
 アルスマグナが、小首を傾げなら問いかける。
「どしたん?」
「後ろにいる、そちらの女性は?」

 アジサイの背後に立っている白い髪に白い肌、そして瑠璃色の瞳が特徴的な女性が目くじらを立てながら頬を引き攣らせていた。

「えっ、うっそ――」

 きりもみ式回転で人間が海底に突き落とされる瞬間をジークとアルスマグナは目の当たりにしていた。

「このクソ野郎がぁ! 昼飯には帰ってくるって言ったじゃねえか! もう午後三時だぞ!! おやつの時間にミートパイ食えって言うのかあぁ!? 何ならテメェ腐れチンポと金玉もパイに混ぜてキドニーパイにしてやろううかぁ!」

 髪の色、目の色共にアルスマグナに近いが、髪はアルスマグナ方が銀色に近く、ストレートに長い髪をしている。瞳の色は立っている女性の方が暗い色をしている。

 そして中身は先ほどの言葉から、明らかに違う者であった。
 
「あー、アジサイのお知り合いですか?」
「ん、うちのが何かやらかしたか? そちらのシマを荒らすつもりなかったんだが?」
「ナチュラルに人をマフィア扱いするのやめてもらえません?」
「しかし、見た目がどう見ても……」

 女性は困った表情で目をそらしていた。

「スピカ、そいつはジーク、噂の竜狩りで俺の友人」

 海藻を頭に巻き付かせながら、アジサイが磯の岩場を登りながら、スピカに説明した。

「へー、この男が竜狩り……竜狩り!?」
「そだよー」

 スピカは、驚いた表情でアルスマグナの方を見た。

「これはジーク様、噂は色々聞いている。ぜひ握手を」

 アルスマグナの手を取って、スピカは手を上下に振った。

「俺って何だろう……」

 ジークはため息を付いた。

「スピカ、そっちじゃないこっちの人相が悪い方がジーク、そっちはアルスマグナさん」
「あ、はい、アルスマグナと申します」
「ああ、これは失礼を、非礼を詫びる」
「いや、うん、悲しいけど大丈夫、扱いには慣れてるから」

 ジークはスピカに手を差し伸べ握手をする。

「私はスピカだ、スピカ・クェーサー、二等級冒険者で今はアジサイの仕事の手伝いをしている」
「よろしく、ジークだ」

 ジークとスピカは軽く挨拶をする。

「喧嘩吹っ掛けるなよ。スピカ?」

 アジサイが釘を刺す。

「うっ……」
「俺は別に構わねえが?」

 アジサイは釣り糸を引き上げて、延べ竿と糸をを簡単にまとめると、ジークとスピカの間に割って入る。

「……こいつとやり合うとどうなるか教えるよ、全治一週間で済めばいいなぁ」
「流石に手加減するぞ?」

 アジサイはため息を付いてから、大口径のリボルバー取り出し、弾丸が五発装填されていることを確認する。

「頼むぜ?」

 リボルバーを見せながらアジサイは皮肉めいた感じで言う。銃を腰のホルスターに収めると、拳を構える。

「おうよ」

 ジークは拳に竜の甲殻を展開させて、そのままアジサイに殴り掛かる。
 アジサイは膝を曲げて紙一重で拳を避けると懐に入り込んで鳩尾にアッパーを入れる。
 ジークの鳩尾に拳が入り、さらにアジサイは力を加えて拳をねじ込む。


 ジークはそんなアジサイの肩を左手で掴む。
 アジサイは危機を感じたのか掴まれた肩ごとジークの腕を起点にして側転する要領でジークの腕を振り解き、肩を掴んでいた腕を両手で掴み。手首を回しきり、関節を固定し全体重をかけてジークの腕を引っ張り、ジークの体勢を崩そうとする。
 
 これが通常の人間であれば、関節が悲鳴を上げて、無意識のうちに体勢が崩れてしまう。
 
 だがジークは掴まれた左腕の単純な筋力だけでアジサイの全体重と対抗する。
 それどころか、指を手首を力任せに動かし、アジサイの手を掴み地面にそのまま叩きつけようと試みる。
 アジサイもそれに察知できたが時既に遅く、体が宙に浮いてしまっている状態だった。
 
 地面に叩きつけられたアジサイは嗚咽を漏らしたが。一瞬だけ緩んだ隙を見逃さず、左腕を解放すると、ホルスターから大口径リボルバーを取り出す。
 ジークはアジサイがホルスターに手を掛けた瞬間、全身に『竜殼』を展開し防御態勢を取る。
 アジサイは掴まれている右手を助けるべくジークの左腕に銃口を向ける。
 ジークはアジサイの右手を放そうとせずむしろ自由になっている右手でアジサイの胴体に拳を放つ。
 リボルバーから手を放し、ジークの拳を左手で掴み、角度をずらしてジークの攻撃から急所を守る。
 
 
「……ジーク、腕が上がらない、たぶんやらかした」

 アジサイの腕は幸い骨折していないものの、腕をだらりとさせながら降伏する。

「悪い、軽くやったつもりったんだが、肘か?」
「違う、こりゃ肩だな痛てぇ」
 
 アジサイをその場に座らせると、スピカが駆け寄り、左腕を診断する。

「おー、見事に外れてんなー」

 スピカは感心するように、アジサイの左肘を掴むと力を加えて脱臼した肩を元の位置に戻す。

「お、戻った。サンキュー」

 アジサイは軽くスピカに礼を言うとジークの方を見た。

「ジーク、前より強くなったな……」
「そっちも、新しい装具が入ったみたいだな。よくみりゃ目も黒に戻っているな」
「あ、これは装具、コンタクトで色が黒いからそう見えるだけ、神性の影響で色素生成能力に影響があるからこれはありがたいね。上昇率も無いに等しいし便利、銃もリボルバーだから薬莢の回収も手間じゃないしね」
「よかったじゃねえか、こっちはバロックを討ったから今は竜四体分の力を持っている状態だ」
「四体目お疲れさんだな、今回も余裕だったか?」
「いいや、鎖骨切断されたわ」
「まじか」
「十分くらいで治ったが、死ぬかと思ったわ」
「色々な理屈を無視しやがって」

 アジサイは呆れながら地面に落とした釣竿を拾い上げる。

「どうせなら晩飯でも食うか?」
「お、いいな、魚にしようぜ魚に」

 ジークは一匹も釣れなかったアジサイを煽る様にジークは言う。

「ファッキュー」

 ジーク達は繁華街の方へ向かった。
 
 アジサイが通っている酒場に付くと、スピカとアジサイが慣れた動きでテーブル席と確保し、ウェイターにいくつか適当に注文を付ける。
 しばらくすると、ビールがテーブルに運ばれる。

「あ、ごめんジーク、いつものノリでビール頼んじゃった」
「大丈夫だ」

 ビールジョッキをジークは二つ受け取り、一つをアルスマグナに渡す。

「お酒……ですか、初めて飲みます」
「お、アルスマグナさんは酒初めてか、運がいいなここのビールはキンキンに冷えてて小麦の香りもあるし美味いぜ」
「では、頂きます」

 ジーク達はジョッキを掲げて乾杯をする。スピカとアジサイは豪快にビールを飲んでいくがジークは慣れない苦味に若干の抵抗を示した。

「これは……おいしいですね」

 アルスマグナは初めて飲む酒を気に入り、スピカまでとはいかないがグイグイとビール飲んでいく。
 しばらく、ビールを飲みながら話をしていると、ウェイターが仕上がった料理を次から次へと運ばれる。テーブルを覆い尽くすほど料理が並べられるとスピカはフォークを握る。

「結構頼んだな」

 ジークもフォークを持ち、魚のフライに手を伸ばす。

「四人分だからな、まだ運ばれるからどんどん食うぞ」

 ニンニクの利いた鶏もも肉のステーキ、フレッシュなサラダ、牛ブロック肉をトロトロになるまで煮込んだシチュー、タルタルソースをたっぷりかけた魚のフライ、バケットに分厚いベーコンを挟んだサンドイッチ、揚げたてのポテトフライ、貝やエビ、イカを惜しげもなく使っているグラタン、全てが出来たてで、しかも皿から溢れそうなほどの量で提供されている。
 スピカは見た目に似合わず、豪快に料理を口に運ぶ。チキンステーキ一枚を三口ほどで平らげる姿は圧巻だった。
 ジークも空腹であったため料理にかじり付く。全員、肉体労働者であるためメシが破竹の勢いで料理が消えていく。
 それでも一回目の頼んだ料理はまだ終わることなくどんどん出されていく。まるで大食い番組を見ているような気分だ。
 
「戦闘職は飯食えるかどうかが重要だからな、胃袋はデカイ方がいい」
「体力勝負だからな……この後も控えてるし……」

 アジサイがボソッと言う。ジークは特にその言葉を気にしなかった。

「確かに、腹減るとマジで動けなくなるからな、ニンギルレストではカロリーを取ることがきつかったし、食べないと死にかけるし散々だった。アジサイに言われて食料を高カロリー食品で固めておいて良かった」
「ニンギルレストか、あそこの近くに行ったことはあるが二度と行きたくないね。話してるだけで寒くなる」

 スピカはそう言いながら五杯目のビールジョッキを空にする。ようやくアルコールが回ってきているのかほんのりと白い肌が赤みを帯びている。

「あそこは極寒っすよ」

「ジーク様が二人に見える」
 
 先ほどまで無言で酒と料理を口にしていたアルスマグナが突然口を開いた。
「お、酔ってきたのか……っておいなんだその酒の量!!」
 アルスマグナの周囲には空のジョッキが山のように置いてある。
「ジーク様、お酒って美味しいですね」
「そんなに飲んで大丈夫なのか?」
「まだよんじゅうひゃい程度なので大丈夫かと」
「呂律が回ってない時点で色々やばいんだが! アジサイもなんとか言ってやれ」
 
「おい、アジサイほらドンドン飲め、お前の大好きなスピカさんが直接お前の口にウォッカを注いでやってるんだ感謝しろよ、一滴も零さず飲め、いいな?」
「がっぼがぼあぼあがぼ死ぬがぼあがぼあ」
「アジサアアアアアアアイ!!」

 既にアジサイはほろ酔いから急性アルコール中毒寸前の状態となっており、グロッキーと言うのが言い得て妙であった。

「ジーク様、ジーク様ジーク様ジーク様ジーク様ジーク様うふふふふふ」
「アルスマグナ!? しっかりしろ! おい!」
「大丈夫です。貴方のアルスマグナはここに居ますよ」
「ダメだ酔ってやがる……遅すぎたんだ……っておい引っ付くな、いや嬉しいけど、今はそうじゃない」

 アルスマグナはジークに抱き付き始める。どことなく息が荒い。
 
「アルスマグナさん、大分キテますね」

 アジサイが飲み干したウォッカの瓶をテーブルに置きながら

「アジサイ、お前生きてたのか!?」
「いつものことさ、解毒魔術を使えば問題ない」
「解毒魔術の無駄遣いだなおい!!」
「練習にもなるし、一石二鳥さ」
「飲む口実が欲しいんだろ?」
「それは言わないお約――」
 
「そーらアジサイ、お前の大好きなスピカさんがお前のためにウィスキーを頼んでおいたぞ、ボトルでな! そら飲め、飲ませてやる口開けろ、おら!!」

 スピカがアジサイの口に手を突っ込んでこじ開けてからウィスキーのボトルを喉の奥まで差し込む。

「ジーク様もあれやって欲しいのですか? か?」
「いや、アルスマグナやめろ、その手に持っている怪しげな瓶はなんだ!?」
「隣のテーブルから頂いた物ですね。びゃくという物らしいです。仲の良い人たちで飲むと夜がどうたらこうたら言ってました」
「それびゃくじゃなくて媚薬だよな! やめっ! オヴェ!」
 エナジードリンクのような味がジークの喉に流し込まれている。
「先ほど私も飲みましたが中々おいしいですよ」
「ああああもう滅茶苦茶だよ!!」

 その後、三時間ほど飲み食いをしたあと、アジサイがスピカを背負い、ジークはアルスマグナを背負って二人は分かれた。
 
「はぁ……久々にバカ騒ぎしたな」
 久々の喧騒にジークは心地よい気分で宿に戻った。
「はぁ……あれ、マジ物だったのかよ……」
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