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神ノ37話「メモリー・リップ」

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 パッツァーナの調査もひと段落しアジサイは報告書をまとめ、今は所感を書いている。
 
 
「うーん、まぁ、これでいいかな」
「報告書は終わったか」

 アジサイと同じ白髪に海のように青い瞳のスピカがアジサイの背中側から手を伸ばして抱き付く。所謂、あすなろ抱きだ。

「一応完成、あとはこれを届けるだけ」
「速達の手配してやろうか?」
「自分で届けるよ。月に一度は王都に戻らなくちゃいけないし」

 アジサイは立ち上がると窓を開ける。

「装具を使うのか?」

 スピカは怪訝な表情で聞く。彼女なりにアジサイを心配しているのだろう。
 
「大丈夫、錬金術のおかげで神性も消費出来ているし」
「……まぁ、それならいいが、ガラス玉も最近売りさばけてないからほどほどにな」

 錬金術、簡単に言えば、魔力を物体に変換する魔術、または物体を魔力によって変成させる魔術の総称で、膨大な魔力と自在に物体を変化させる派手さから錬金術師という職業があるほど奥が深い魔術である。応用すればアジサイの銃弾も自在に作成できるらしいが、現状では様々な技術面から難しい。

 アジサイはこの錬金術で、砂をガラス玉に変えて商人に売っていた。魔力のガス抜きが出来る上に金になるし何よりアジサイでも制御できるほどに簡単なのである。

 だが、需要と供給のバランスから最近はガラス玉の売れ行きが悪く在庫を抱えている。

 ガラスは水晶と材質的には同じであるため、エンチャント技師から魔術師、彫金師、ガラス細工職人など様々な用途に使われている。しばらくすればまた需要が高まり在庫を処分できるため、今は部屋に保管している。

「あいよ、んじゃ、行ってくるよ」

 アジサイは起装を展開すると、窓から飛び出す。

「おう、行って来い」
「あ、一応聞くけどスピカも来る?」
「いや、今日は寄るところがあるから遠慮する」
「オッケー」
「それとアジサイ」

 窓辺に手を掛けたスピカがアジサイを呼び戻す様に手招きする。
 アジサイが近寄るとスピカはアジサイの胸襟を掴んで体をぐっと引き寄せる。
 それから顔を近づけてアジサイの唇とスピカの唇を重ねた。

「これいるか?」
「職業柄、生きてるうちにやっとくもんさ、死体にキスする奴は、よっぽどの変態さ」
「そうだけど、流石に朝起きてキス、十時のティータイムのキス、お昼のキス、出かける時もキスするのはちょっと……」

「誰も 見てないし、私は好きだ。お前は?」

「……じゃあ、行ってくる」

 ロクな返答もせず、アジサイは大空に体を吸い込ませた。
 いくら八月の真夏と言え、雲と同じ高さの場所はかなり涼しく、地上に居た時にかいた汗が一気に冷える。
 
 アジサイは周りに誰もいないことを確認すると、左手で口を多い、人差し指でまだスピカの感触がある部分を指でなぞった。
こうすることでスピカの感触をかき消しているのだ。そうしなければ、アジサイは幸せで頬を緩めてしまいそうだったからだ。
 
 
 
「なるほど、今月の報告お疲れ様です」

 報告書を読みながらアンタレスはため息を付いていた。

「どうかしましたか?」
「暗殺未遂事件が尾を引いてしまって、三か月の厳戒態勢の後も何名か王城内勤務の辞令が出されてしまって、国土調査に復帰の芽が枯れてしまったのですよ」

 仕事とは言え、アンタレスにとっては旅行のようなものでそれを中止せざるを得なくなりかなりご機嫌斜めなのである。

「まぁ、今回の報告書は所感多めにしといたのでお納めください」
「まぁ、今回は読みごたえも合ってしばらくは楽しめそうですが、このグラスウルフの子供を直に見たかったです」
「あー、あいつはまだ躾中なので今度っすね、物覚えが良くてかわいいですよ。日光浴をしているアンラは枝を食い千切ってくる害獣とか言っていますが、二人とも相応仲良くしているようです」
「どんどん旅の仲間を増やしているのですよね、しかも魔獣が二体となると、王城内に連れて来ることができません。アンラさんは人間の言葉を話、敵意がないことを示している上に、人間を見ても危害を加えていないので黙認されていましたが、今回は難しいですね」
「と言うことは、自分はこの仕事が終わっても王城を拠点に活動できないと言うことですか?」
「そういうことになります。一応、拠点になりそうな所は見繕っておきますが、かなり王城からは離れると思ってください。おそらくは別領土の可能性も覚悟して下さい」
「もういっそ、魔獣をいっぱい集めて魔獣部隊でも作りましょうか?」
「それも面白そうですが、アジサイ様に何かあると制御不能になるのでよく考えてくださいね」
「そうっすね……あと、そのアジサイ様ってやめませんか?」
「どうしてでしょうか?」
「いや、その、様と言われても立場的にはアンタレス様の方が上ですし、私は様を付けられるような人間ではありません。所詮は庶民ですのでもっとフランクな方が性に合っているのですよ」
「わかりました、アジサイにしますね」
「そんな感じでいいっす。それでは自分はぼちぼち出ます」
「はい、引き続き調査をよろしくお願いします。あ、そろそろ八月ですので暑さには気を付けてください」
「え、もうそんな時期ですか」
「七月三十日ですからね、この調子で行くと、あと結構な数の領土を回ることになるので三年くらいは旅をしてもらうことになりそうですね」

「三年ですか……」
「このまま、何事もなくイシュバルデ王国が平和なら、ですけどね」
「平和……」
「アジサイさっ、アジサイあなたはこの国以外の国がどうなっているかご存じですか?」
「えっと、知らないですね、情報が入ってきませんからね」
「その通りです、だからもしもあの暴風が止んだとき、他国が食糧難になっていたとしたらまず間違いなくこの国を攻めて来るでしょう。そして嵐はいつ止むのか分かりません」
 アンタレスは憂いた。いつか来るかも分からない戦乱に対して心底残念そうな顔をしている。
 
「戦争ですか……」
「お好きですか?」

 アジサイの立場は軍人に近い。戦争になれば武勲を上げ、戦果を出すことが誉れである。

「できることならやりたくないっす」
 
「あら、珍しいですね」
「自分、戦争よりも美味いもの食って、美味い酒飲んでフカフカのベッドで熟睡するのが好きなんですよ。戦争が起こったらそんな贅沢できないですからね」
「ふふっ、そうですね、アジサイらしいです」
「それじゃ、自分は別件があるので」
「わかりました、あっ、それとタンドレッサから手紙を頂いております」

 アンタレスは鍵付きの引き出しから手紙を渡した。手紙は封蝋が施されており、アジサイは手紙を開いて本文を読む。
 内容はウィズアウトについて記載されており、現状報告が簡潔に述べられていた。アジサイは内容を一読すると、手紙を胸ポケットにしまう。
「ありがとうございます。それではまた来月」
 アジサイはアンタレスの元を離れ、工房に向かった。
 
 
「よぉーっす」
「おお、おめえか、頼まれたものは仕上がってるぞ」
「ナイスナイス」

 アジサイは金の詰まった袋を親方に渡し、工房に入る。
 親方は、つい最近まで物置にしていた部屋にアジサイを案内すると、アジサイは目を大きくしてにっこりと笑った。

「弾薬のオートリローダーだ、魔術駆動式で」

 工場のラインを彷彿させる機械が忙しなく動いて、弾薬を生産している部屋である。

「これは素晴らしい、いいねぇ、心が躍る」
「まだ試作機で弾薬も一種類しか作れねえが、魔力と材料さえありゃ作れる」
「十分十分、んで、弾は?」
「ここだ、このボックスの中に収納されている」

 ボックスの中に弾丸同士を金具で連結した弾帯と呼ばれるベルト状の弾丸がボックスの中に収められていた。
 これは起装の武器であるミニミの弾薬である。万が一に備えアジサイが工房に特注していた。だが、長旅の関係上をこの量の弾薬を持ち運ぶのは困難であるため使用できない。重要なのは大量生産のラインを作ることで弾薬そのものは今回あまりウェイトはない。

「見た感じ大丈夫そうだね、グレイトですぜ、こいつは」
「そうか、ならよかった。それとM500の弾薬とホルスターも出来ている」

 弾薬量産部屋を後にし、アジサイは工房連中を軽く話をしながら納入物の確認を行う。

 ホルスターはグロックとM500の二種類用意されており革製で堅牢な作りになっている。
 アジサイは装具を展開し、実際にグロックを収めて、引く抜き、構える動作を何度も繰り返す。

「うーん、作り直しだね」
「どこが悪いんだ?」
「ホルスターの構造は良いんだけど、落下防止の金具がトリガーに引っかかる、これだと暴発する危険があるから、多少見た目が気になっても金具を内側に出っ張らせないで欲しい」
「わかった、革細工に行っておく」
「M500はどうかな……」

 次にアジサイはM500のホルスターを試す。
 引き抜きもスムーズで収める時もストレスがない。文句なしで使えるホルスターに仕上がっている。
 さらにこのホルスター最初からベルトに巻き込んで使うことを想定しているため、専用の弾薬ポーチも作られている。弾薬が縦に収めらることができ、仕切りもあるため、使用済み弾薬を収納できるようになっている優れものである。
「いいね、これはかなりいい」
 アジサイはグロックのホルスターを返品し、M500のホルスターと各種弾薬だけを受け取り工房でのやり取りを終えた。
 これにて王城でのやることは終わり、アジサイはパッツァーナに戻る支度を始めた。と言っても遅くなった昼食を摂るだけで、これと言って大きなことはない。
 
 
 久しぶりに食堂へ行き、パスタを受け取って飯にする。

「おっ、アジサイじゃん」
「おや、先輩奇遇っすね」

 ミオリアとエレインがもパスタを乗せたお盆をアジサイの向かいの席に置いた。

「最近調子はどうよ?」
「ぼちぼちっすね、そっちは国王暗殺で?」
「それでウィズアウト狩りは中止ってところだ、ネフィリは三日ごとにエリュシオンテを往復させられてっけど、仕方ねえことだしな」
「彼女の呪いも早くなんとかせなばならないな」

 エレインはパスタを巻きながら会話に加わる。

「そっちも大変っすな」
「まぁねー」

 ミオリアは軽いノリで答える。

「ところでアジサイ、魔力は大丈夫か?」
「まぁ、何度か死にかけてますが、なんとか大丈夫っす」
「不穏過ぎるのだが大丈夫ならいい、無茶はするなよ」
「そうですね、出来るだけ善処します」

 歯切れ悪くアジサイは答える。

「話は変わるけど、暑いな」
「夏ですね、空を見れば入道雲もいますし」
「早く冬にならねえかなぁ」

 ミオリアは気怠そうに呟く。

「そうっすなぁ……っとそろそろ自分は出ます」
「おう、またな、そういやジークは何処に行ってるか聞いたか?」
「さぁ、わからんっす」
「そっかそっか、そいじゃ、また」

 
 アジサイは忘れ物が無いことを確認すると、起装を展開し、雲と同じ高さまで上昇する。

「入道雲をこんな間近で見るのは初めてだな、いやぁ、しかし、夏だねぇ」

 そんなことをぼやきながらアジサイは雲を避けるように飛行する。
 
「うん、綺麗な空だ、夏―― 痛ってええ!?」

 飛行中、アジサイの顔面に何かが衝突した。かなりの速度で飛んでいるためぶつけた部分は鈍い痛みが走っている。
 アジサイは風を操ってぶつかった物の正体を手繰り寄せる。

「装具か」

 スモーキークォーツの玉に、中には黄色い亀裂のような線が走っている。
 
 
 装具の名は雲装『雷鳴』――
 
 
「おかえり……」

 また一つ、アジサイの元に装具が集うこととなった。この装具がどのような能力を持っているか早速試したい気持ちを抑えてアジサイは悠々と空を駆けた。
 
 
 いつもの倍以上の速度でパッツァーナに戻ると、早速、宿に戻った。

「おかえり、早かったな」

 スピカがアンラの読み終えた本を暇つぶしに読みながらアジサイを迎えた。

「ちょっと急いで帰ってきた」
「何かあったのか?」
「新しい装具が見つかってね」

 雲装『雷鳴』をアジサイは取り出す。

「良かったじゃないか、早速試してみるか?」
「そうだね」

 スピカは本をパタンと閉じ、柳葉刀を手にして、ギルドに併設された訓練場に向かった。
 
 訓練場に付くと、アジサイは早速、雲装を展開する。
 空色の羽織が展開される、アジサイはそれを服の上から羽織ると武器を展開する。
武器はMP5、サブマシンガンである。サブマシンガンとは拳銃サイズの弾丸を連射する銃で、接近戦において高い制圧力を持つ武器である。サイズもコンパクトで軽量、同じ連射機能を持つ起装のミニミよりもはるかに取り回しがいい。
幸い弾薬もグロックと同じ9×19 mmパラベム弾であるため、工房に特注する必要はないのもうれしい所である。

「新しい武器だな」
「ああ、でもこれは使いどころが難しいね」

 MP5の強みはコンパクトと連射性能である。狭い場所でも高い制圧能力を持っている反面、弾薬の消費が激しくなるため、残弾が限られているアジサイには使いにくい。

「そうか、それで装具の能力は?」
「えーと……」

 アジサイは雲装の能力を行使する。パチパチッと音を立てて白い閃光が一瞬、空中に走った。
 アジサイは両手を合わせてから手をそのまま放し、能力を解放する。
 先ほどよりも強い閃光がアジサイの両手の間を行き来きする。

「これは……」
 
 雷撃である。雲装は電気を操る装具であることがわかった。
 
「本職の能力だぜ」
 
 
 アジサイ、前職、電気電子系システムエンジニア――
 
 装具と本人の能力が一致した瞬間である。
 
 アジサイは雲装を解除して、起装を取り出す。二つの宝珠をくっつけると、吸収されるように二つの宝珠はひとつになった。
 アジサイは直感に任せたまま、最適解を得ることが出来た。
 装具を再度展開すると、羽織の色が、空色と桃色の二色になっていた。色合いがどちらも淡い色となっているためコントラストが綺麗である。

「風と雷が同時に操れるのか」

 スピカは感心しながら言う。

「これは強い装具で――ゴフゥッ」

 強力な装具には強力な代償が付いて回るようだ。
 
 この二つの装具を同時に使用するのはスピカから禁止を受けることになった。
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