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神ノ32話「落馬したら馬に乗れ」
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「では、武術を教えます、と言っても自分は、知識があるっていうだけなので、一緒に武術を考えるに近いと思うけどな」
「おう、センセー、教えてください」
「どっちかっていうと盟友になりたかった」
「どっちかっていうと今はセフレだな」
「今回は記憶残っているから、ノーコメントで……」
アジサイはため息を付きながら、スピカの正面に立った。
「まず、基本的に自分の技を教える前に、やることがあります、これは非常に重要なので、毎回欠かさず行います」
「おう、何をするんだ」
「準備運動と柔軟運動」
「なんだそれ?」
「体を本気で動かす前に、軽い運動を行って筋肉を解す。練習中に関節や肉離れ、腱や筋を傷めないようにする」
「そんなの戦場で出来る訳ねえだろ」
「そりゃ、そうだ。んだけど、実戦になる前に体をおかしくしたら元も子もない」
「わかったよ」
「まず肩幅に足を開き、膝を真っ直ぐに保ったまま地面に手を付ける。」
「おう、わかった」
スピカは言われた通りに地面に手を付ける。
「ちなみに滅茶苦茶体柔らかい奴は膝に顔が付く」
「余裕でできるな」
スピカは膝に顔を付けながら余裕な表情をする。
「すごいな」
「というかこれ、演武をするのにやってたやつだな、見せてやるよ」
スピカは少し体を馴らした後、刀を手に取り、演武を始める。
刀と言っても日本刀ではなく、どちらかと言うと柳葉刀に近いデザインで、日本刀と違い切っ先が幅広になっており、刃の厚さは薄い、鋭い一撃というよりも機敏な連続攻撃で敵を翻弄しながら戦うのに向いている。
アジサイはスピカの演武をじっくりと観察し、思わず唾を飲んだ。それから、目を丸くすることになった。
スピカの演武、間違いなく、中国武術の系統、特に太極拳の流れを汲んでいるものである。
「どうだ?」
「実戦は分からないけど、恐ろしいね」
「今のは演武『一刀』という呼ばれる舞だ。私が扱えるのは『三槍』『四拳』『六斧』『八弓』の五個だ。演武は全てで八種類だからあと二種類がどこ行っても見つからねえんだ」
「ん、三種類じゃねえのか?」
「あー、『二柔』っていうんだが、これは演武の中でも地味でな」
スピカは、刀を置くと、手をくねらせたり、手首を返したり、足を踏み込んだりなどする。
「とまぁ、何がしたいのかわからねえ」
アジサイはその動きに見覚えがあった。
「ああ、なるほどな、『二柔』のその動きを教えるよ」
「頼むぜ」
「ただ、痛いから気を付けてな」
アジサイはスピカの胸倉を右手で掴むと一気に引き寄せて、背負うような体勢を取り、スピカの身体を転がす様に一気に地面に叩きつける。
「アヴァアアア、ッテェ……」
背中を打ち付けられたスピカは地面に蹲りながら、情けない声を出している。
「こんな感じに使う、対人向けの格闘術だな」
スピカに手を差し伸べ、手を強く引き、体を起き上がらせる。
「今何が起きたのか分からなかったんだが、何をしたんだ?」
「背負い投げっていう技だよ、人間にしか使えないから注意な」
「背負い投げ……」
「今の演武を見ててわかったけど」
「おう、なんか知ってるのか!」
「俺、役に立てねえわ」
両手を合わせてヘコヘコするアジサイにスピカは鞭のように撓る足で見事な回し蹴りを食らわせた。
「こぉのド腐れチンポ野郎!!」
「痛いなぁ、スピカ、人の話は最後まで聞くもんだぜ」
「殺すつもりで蹴ったんだが、傷ひとつ付かねえのな」
「毎朝、朝食にコーンフレークを山盛り二杯食べていたおかげさ」
聞いてもわからないネタをアジサイはスピカに言う。
「コーンフレークがなんだか知らねえがテメェのザーメンでもかけて食ってろ」
「流石にそれはゲテモノすぎるな」
「肌にいいらしいぞ、いつぞや酒場に居合わせた売春婦が言っていた」
「はぁ……いい加減にてくれ、それでだ、話を戻すと、結論から言うと演武の系統は俺が扱う武術とは似て非なるものなんだ。武術って言うのは武器や手足などを用いた近接格闘術のことで、演武も武術のカテゴリに入る」
「っていうことはあれか、同じ木に生えている違う枝から生えた葉のようなものか」
「まぁ、そんなところ、俺が使えるのは、その中でも特殊なものなんでな」
シラット源流にしている近代格闘武術ローコンバットと古武術を起源にしている居合道と言ってもわからないだろうと高を括っているアジサイだった。
アジサイは異世界に来る前から、武術や武器からアウトドアなど多趣味だったことが異世界に来てから役に立っている。
「特殊?」
「自分が扱う武術は基本的にカウンターのようなもので、相手の攻撃を封殺するテクニックと言えば伝わるかな」
「さっき蹴られて見事にヒットしていたんだが」
「御抗弁もありません」
「知識だけの頭でっかちだな」
「…………」
「なんだ? 気にでも障ったか?」
「事実だ。言い訳のしようがないし……それに、俺は頭でっかちになるほどの知識もない浅学者さ」
「この業界じゃ、知識人の方さ、冒険者なんていうもんは、お尋ね者を国が体のいい使い走りにしているだけさ、学も知性もない酒と女と金を求めるだけの獣のクソ共さ、お前も、私も」
「そうだな、そういうことにしておく」
アジサイの本来の仕事は国土調査でイシュバルデの公務員である。
「自分だけが特別と思っているのか?」
「いや、自分はもっと矮小なものさ」
「弁えているならいい、じゃあ、鍛錬の続きに戻るぞ」
アジサイはコクリと頷き、間合いを開く。
「準備は?」
「いいよー」
スピカは体の中心軸をずらすことなくアジサイとの間合いを一気に詰める。
柳葉刀を引き抜き一撃加える。
アジサイは、右足を大きく突き出し、スピカの吐息が当たるほどの位置まで体を近づけると、片手切りをするスピカの腕を左手で掴み、左足を大きく蹴り上げる、体当たりの要領でスピカの身体をブレーキ代わりにして、体を受け止めさせて右手でスピカの顔を覆うと力をかけて首を押し込んで横に向かせる。
「浅いなぁ……」
アジサイは左足をスピカの右側面を回り込むように滑り込ませ、足をかけると右手の力を加える方向を地面と斜め45度の角度に加える。
スピカを地面に押し倒すと、左膝をスピカの胸部に押し当て、柳葉刀を持つ右手首をぐるりと回し武装解除させる。
「ここからどうするんだ?」
「本来であるなら、このまま腕を折る、それからもう片方の腕を折って武装解除」
「そうか」
スピカは圧迫されている胸を大きく含ませている。
「んなっ!」
力技とスピカの持つ柔軟性により一瞬でアジサイの首がスピカの内太ももに挟まれる。
「甘い甘い」
「締まってる、入ってる完全にゲッフォッゲフォァ!」
「胸の圧迫が足りないな、あと三センチ潰されていたら危なかったが」
内太ももから解放されると咽ながらよろよろと立ち上がる。
「さて、早朝の訓練もこんなもんにして、盗賊ぶっ殺しにいくか」
「盗賊……」
「今のお前は盗賊……殺人を初めて体験した後のショック状態になっている。今ここで殺すことに慣れないとこの先辛くなる」
「……今は――」
「つべこべ言わないでさっさといくぞ!」
怒鳴りつけるようにスピカはアジサイの手を引いた。
イギリスの諺に“落馬したら馬に乗れ”という言葉がある。
スピカの盗賊狩りも同じ意味合いがある。
冒険者としても、アンタレスの護衛としても殺人はいつかやらねばならない仕事である。
たまたまそれが今日だったというだけの話である。
広い平原の真ん中に盗賊たちの根城はあった。アジサイたちは背を低くして盗賊たちの動向を確認する。距離で言えば二百メートルほど離れている。
「今回の仕事は平地での盗賊狩り、厄介なことに奴ら元衛兵のやつらで騎馬を使ってきやがるチンカス共だ」
「プランは?」
「弓矢を持ってきたが心もとない、あれはあるか?」
「んまぁ、あるけど、あれは五回しか使えない」
正確には十発の予備があるが、頼られても困るため、アジサイは予備弾薬のことは伏せた。
「マジかよ、使えねえな」
「ただ相手は騎馬兵みたいなもんなんだろ?」
「なんかあるのか」
「石の魔術なら粗削りだが使える、壁くらいなら」
「そりゃあいい、頼むぜ」
「承知した」
アジサイは盗賊たちの根城を目視で確認すると意識を集中させて魔力を練り上げる。
「石壁の魔術『ストーンウォール』!!」
アジサイが魔術を唱えると、盗賊の根倉付近の地面が三メートルほどせり上がり土の壁が形成される。
スピカとアジサイは壁際まで行くとアジサイが土の壁に手をつき、前かがみになる。
スピカはアジサイの背中を蹴り上げるように上り土壁を超える。アジサイは装具『怜青』と『鈍凛』を展開し、土壁を超える。
『アンラ、戦斧を特大展開で』
『承った、久々の饗宴さね!!』
空中で特大のハルバードを展開する。刃渡りだけでもアジサイの胴体よりも広く、柄は三メートルほどである。
スピカはすでに戦闘を始めており、何人かの盗賊を豆腐を斬るようにスパスパと急所だけを綺麗に切り殺している。
アジサイは後衛の盗賊たちを確認すると、既に弓を構えている者たちがおり、それらの対処に回る。
律装『鈍凛』の効果でアジサイは数秒で百メートルほどの距離を縮めると、弓兵に立ちはだかる。
「すまない」
金属鎧の上からアジサイは戦斧を振り、盗賊を一刀両断する。
肉が断ち切れる感覚と途中に来る骨が割れる感触が手に残った。
弓を持った盗賊たちは他にも大勢おり、後衛の陣地にいるアジサイを対処すべく矢をつがえた。
『アンラ、お願い』
『あい、わかった』
アジサイの身体から触手状の木がアジサイを矢から守った。アジサイは盗賊たちの首を刎ね、内臓を両断し、手足を切り落として盗賊たちを殺していく。
櫓の上にいる弓兵たちはアジサイに一矢を浴びせようとするが、アジサイが櫓の足場を斧で両断し櫓を倒壊させる。
建物に入れば、女だろうが男だろうが、歯向かう奴らを徹底的に殺していく。
戦斧を手斧ほどのサイズにして投擲し、アンラを展開させて背後から魔獣アルラウネが盗賊たちを枝で巻き殺す。
それから逃れようとアジサイの方に向かったところで、殴り殺されるのが関の山と言ったところである。
それはまるでゲームのようだった。
一時間もしないうちに、盗賊たちは壊滅、死体の肉と血が水溜りのようになっていた。
今回の盗賊はアジサイが経験した盗賊の中では大規模で百人ほどの集まりだった。
「お疲れさん、中々良かったぞ」
「…………」
アジサイは、自分自身が人殺しをしていることに徐々に抵抗がなくなっていく、この感覚に激しく嫌気が差していた。罪悪感も薄れる、心が蝕まれていくようだった。
ちょっと前までただのシステムエンジニアだった。一般人だったアジサイがいきなり人を殺し、しかも殺人鬼と言っていいほどの人を殺している。想像もつかないような事態に、アジサイ自身が置いてかれていた。
「おい!」
スピカがアジサイをの両肩に手を乗せる。
「お前は、よくやっている、いい仕事している」
「けどっ――」
「それ以上は考えるな。アジサイ、お前は褒められるのは好きか?」
「そりゃあ、好きだけど、俺、人を――」
「お前が盗賊みたいな悪人を殺せば私はお前を褒める。笑う、うれしい」
諭す様にスピカはアジサイに言い聞かせる。
「俺は――」
「私は、お前を褒めたい。だからもっと悪人を殺そう。みんな喜ぶし、善良な人々は盗賊に脅かされる事無く、平和に暮らせる。魔獣を殺すのと同じだ。だからもっと殺そう」
「それは……」
「ギルドの酒場のステーキうまいだろ?」
「まぁ……」
「あの肉を運ぶのにこの場所を通る必要があった。だがここには盗賊がいた。何が言いたいかわかるな?」
「ああ……そうだな……俺、頑張るよ」
「それでいい、それでいいんだ」
スピカはアジサイを抱きしめて頭を撫でた。
「ああ……ああ……嗚呼……」
嗚咽を漏らしながらアジサイはスピカの胸の中で涙を流した。
大の大人がみっともない姿だと後々アジサイは思ったが、後悔はなかった。
「悪人を殺し、市民を守り、平和の礎になろう、その才能と天運をお前は持っている。そんな気がする」
スピカは静かに呟く。
いつもの暴言や汚い言葉はなく、ただスピカは「そうだな」とだけ言い、アジサイの頭を撫でていた。お互いに血と油まみれの中でゆっくりと時間だけが過ぎていった。
「おう、センセー、教えてください」
「どっちかっていうと盟友になりたかった」
「どっちかっていうと今はセフレだな」
「今回は記憶残っているから、ノーコメントで……」
アジサイはため息を付きながら、スピカの正面に立った。
「まず、基本的に自分の技を教える前に、やることがあります、これは非常に重要なので、毎回欠かさず行います」
「おう、何をするんだ」
「準備運動と柔軟運動」
「なんだそれ?」
「体を本気で動かす前に、軽い運動を行って筋肉を解す。練習中に関節や肉離れ、腱や筋を傷めないようにする」
「そんなの戦場で出来る訳ねえだろ」
「そりゃ、そうだ。んだけど、実戦になる前に体をおかしくしたら元も子もない」
「わかったよ」
「まず肩幅に足を開き、膝を真っ直ぐに保ったまま地面に手を付ける。」
「おう、わかった」
スピカは言われた通りに地面に手を付ける。
「ちなみに滅茶苦茶体柔らかい奴は膝に顔が付く」
「余裕でできるな」
スピカは膝に顔を付けながら余裕な表情をする。
「すごいな」
「というかこれ、演武をするのにやってたやつだな、見せてやるよ」
スピカは少し体を馴らした後、刀を手に取り、演武を始める。
刀と言っても日本刀ではなく、どちらかと言うと柳葉刀に近いデザインで、日本刀と違い切っ先が幅広になっており、刃の厚さは薄い、鋭い一撃というよりも機敏な連続攻撃で敵を翻弄しながら戦うのに向いている。
アジサイはスピカの演武をじっくりと観察し、思わず唾を飲んだ。それから、目を丸くすることになった。
スピカの演武、間違いなく、中国武術の系統、特に太極拳の流れを汲んでいるものである。
「どうだ?」
「実戦は分からないけど、恐ろしいね」
「今のは演武『一刀』という呼ばれる舞だ。私が扱えるのは『三槍』『四拳』『六斧』『八弓』の五個だ。演武は全てで八種類だからあと二種類がどこ行っても見つからねえんだ」
「ん、三種類じゃねえのか?」
「あー、『二柔』っていうんだが、これは演武の中でも地味でな」
スピカは、刀を置くと、手をくねらせたり、手首を返したり、足を踏み込んだりなどする。
「とまぁ、何がしたいのかわからねえ」
アジサイはその動きに見覚えがあった。
「ああ、なるほどな、『二柔』のその動きを教えるよ」
「頼むぜ」
「ただ、痛いから気を付けてな」
アジサイはスピカの胸倉を右手で掴むと一気に引き寄せて、背負うような体勢を取り、スピカの身体を転がす様に一気に地面に叩きつける。
「アヴァアアア、ッテェ……」
背中を打ち付けられたスピカは地面に蹲りながら、情けない声を出している。
「こんな感じに使う、対人向けの格闘術だな」
スピカに手を差し伸べ、手を強く引き、体を起き上がらせる。
「今何が起きたのか分からなかったんだが、何をしたんだ?」
「背負い投げっていう技だよ、人間にしか使えないから注意な」
「背負い投げ……」
「今の演武を見ててわかったけど」
「おう、なんか知ってるのか!」
「俺、役に立てねえわ」
両手を合わせてヘコヘコするアジサイにスピカは鞭のように撓る足で見事な回し蹴りを食らわせた。
「こぉのド腐れチンポ野郎!!」
「痛いなぁ、スピカ、人の話は最後まで聞くもんだぜ」
「殺すつもりで蹴ったんだが、傷ひとつ付かねえのな」
「毎朝、朝食にコーンフレークを山盛り二杯食べていたおかげさ」
聞いてもわからないネタをアジサイはスピカに言う。
「コーンフレークがなんだか知らねえがテメェのザーメンでもかけて食ってろ」
「流石にそれはゲテモノすぎるな」
「肌にいいらしいぞ、いつぞや酒場に居合わせた売春婦が言っていた」
「はぁ……いい加減にてくれ、それでだ、話を戻すと、結論から言うと演武の系統は俺が扱う武術とは似て非なるものなんだ。武術って言うのは武器や手足などを用いた近接格闘術のことで、演武も武術のカテゴリに入る」
「っていうことはあれか、同じ木に生えている違う枝から生えた葉のようなものか」
「まぁ、そんなところ、俺が使えるのは、その中でも特殊なものなんでな」
シラット源流にしている近代格闘武術ローコンバットと古武術を起源にしている居合道と言ってもわからないだろうと高を括っているアジサイだった。
アジサイは異世界に来る前から、武術や武器からアウトドアなど多趣味だったことが異世界に来てから役に立っている。
「特殊?」
「自分が扱う武術は基本的にカウンターのようなもので、相手の攻撃を封殺するテクニックと言えば伝わるかな」
「さっき蹴られて見事にヒットしていたんだが」
「御抗弁もありません」
「知識だけの頭でっかちだな」
「…………」
「なんだ? 気にでも障ったか?」
「事実だ。言い訳のしようがないし……それに、俺は頭でっかちになるほどの知識もない浅学者さ」
「この業界じゃ、知識人の方さ、冒険者なんていうもんは、お尋ね者を国が体のいい使い走りにしているだけさ、学も知性もない酒と女と金を求めるだけの獣のクソ共さ、お前も、私も」
「そうだな、そういうことにしておく」
アジサイの本来の仕事は国土調査でイシュバルデの公務員である。
「自分だけが特別と思っているのか?」
「いや、自分はもっと矮小なものさ」
「弁えているならいい、じゃあ、鍛錬の続きに戻るぞ」
アジサイはコクリと頷き、間合いを開く。
「準備は?」
「いいよー」
スピカは体の中心軸をずらすことなくアジサイとの間合いを一気に詰める。
柳葉刀を引き抜き一撃加える。
アジサイは、右足を大きく突き出し、スピカの吐息が当たるほどの位置まで体を近づけると、片手切りをするスピカの腕を左手で掴み、左足を大きく蹴り上げる、体当たりの要領でスピカの身体をブレーキ代わりにして、体を受け止めさせて右手でスピカの顔を覆うと力をかけて首を押し込んで横に向かせる。
「浅いなぁ……」
アジサイは左足をスピカの右側面を回り込むように滑り込ませ、足をかけると右手の力を加える方向を地面と斜め45度の角度に加える。
スピカを地面に押し倒すと、左膝をスピカの胸部に押し当て、柳葉刀を持つ右手首をぐるりと回し武装解除させる。
「ここからどうするんだ?」
「本来であるなら、このまま腕を折る、それからもう片方の腕を折って武装解除」
「そうか」
スピカは圧迫されている胸を大きく含ませている。
「んなっ!」
力技とスピカの持つ柔軟性により一瞬でアジサイの首がスピカの内太ももに挟まれる。
「甘い甘い」
「締まってる、入ってる完全にゲッフォッゲフォァ!」
「胸の圧迫が足りないな、あと三センチ潰されていたら危なかったが」
内太ももから解放されると咽ながらよろよろと立ち上がる。
「さて、早朝の訓練もこんなもんにして、盗賊ぶっ殺しにいくか」
「盗賊……」
「今のお前は盗賊……殺人を初めて体験した後のショック状態になっている。今ここで殺すことに慣れないとこの先辛くなる」
「……今は――」
「つべこべ言わないでさっさといくぞ!」
怒鳴りつけるようにスピカはアジサイの手を引いた。
イギリスの諺に“落馬したら馬に乗れ”という言葉がある。
スピカの盗賊狩りも同じ意味合いがある。
冒険者としても、アンタレスの護衛としても殺人はいつかやらねばならない仕事である。
たまたまそれが今日だったというだけの話である。
広い平原の真ん中に盗賊たちの根城はあった。アジサイたちは背を低くして盗賊たちの動向を確認する。距離で言えば二百メートルほど離れている。
「今回の仕事は平地での盗賊狩り、厄介なことに奴ら元衛兵のやつらで騎馬を使ってきやがるチンカス共だ」
「プランは?」
「弓矢を持ってきたが心もとない、あれはあるか?」
「んまぁ、あるけど、あれは五回しか使えない」
正確には十発の予備があるが、頼られても困るため、アジサイは予備弾薬のことは伏せた。
「マジかよ、使えねえな」
「ただ相手は騎馬兵みたいなもんなんだろ?」
「なんかあるのか」
「石の魔術なら粗削りだが使える、壁くらいなら」
「そりゃあいい、頼むぜ」
「承知した」
アジサイは盗賊たちの根城を目視で確認すると意識を集中させて魔力を練り上げる。
「石壁の魔術『ストーンウォール』!!」
アジサイが魔術を唱えると、盗賊の根倉付近の地面が三メートルほどせり上がり土の壁が形成される。
スピカとアジサイは壁際まで行くとアジサイが土の壁に手をつき、前かがみになる。
スピカはアジサイの背中を蹴り上げるように上り土壁を超える。アジサイは装具『怜青』と『鈍凛』を展開し、土壁を超える。
『アンラ、戦斧を特大展開で』
『承った、久々の饗宴さね!!』
空中で特大のハルバードを展開する。刃渡りだけでもアジサイの胴体よりも広く、柄は三メートルほどである。
スピカはすでに戦闘を始めており、何人かの盗賊を豆腐を斬るようにスパスパと急所だけを綺麗に切り殺している。
アジサイは後衛の盗賊たちを確認すると、既に弓を構えている者たちがおり、それらの対処に回る。
律装『鈍凛』の効果でアジサイは数秒で百メートルほどの距離を縮めると、弓兵に立ちはだかる。
「すまない」
金属鎧の上からアジサイは戦斧を振り、盗賊を一刀両断する。
肉が断ち切れる感覚と途中に来る骨が割れる感触が手に残った。
弓を持った盗賊たちは他にも大勢おり、後衛の陣地にいるアジサイを対処すべく矢をつがえた。
『アンラ、お願い』
『あい、わかった』
アジサイの身体から触手状の木がアジサイを矢から守った。アジサイは盗賊たちの首を刎ね、内臓を両断し、手足を切り落として盗賊たちを殺していく。
櫓の上にいる弓兵たちはアジサイに一矢を浴びせようとするが、アジサイが櫓の足場を斧で両断し櫓を倒壊させる。
建物に入れば、女だろうが男だろうが、歯向かう奴らを徹底的に殺していく。
戦斧を手斧ほどのサイズにして投擲し、アンラを展開させて背後から魔獣アルラウネが盗賊たちを枝で巻き殺す。
それから逃れようとアジサイの方に向かったところで、殴り殺されるのが関の山と言ったところである。
それはまるでゲームのようだった。
一時間もしないうちに、盗賊たちは壊滅、死体の肉と血が水溜りのようになっていた。
今回の盗賊はアジサイが経験した盗賊の中では大規模で百人ほどの集まりだった。
「お疲れさん、中々良かったぞ」
「…………」
アジサイは、自分自身が人殺しをしていることに徐々に抵抗がなくなっていく、この感覚に激しく嫌気が差していた。罪悪感も薄れる、心が蝕まれていくようだった。
ちょっと前までただのシステムエンジニアだった。一般人だったアジサイがいきなり人を殺し、しかも殺人鬼と言っていいほどの人を殺している。想像もつかないような事態に、アジサイ自身が置いてかれていた。
「おい!」
スピカがアジサイをの両肩に手を乗せる。
「お前は、よくやっている、いい仕事している」
「けどっ――」
「それ以上は考えるな。アジサイ、お前は褒められるのは好きか?」
「そりゃあ、好きだけど、俺、人を――」
「お前が盗賊みたいな悪人を殺せば私はお前を褒める。笑う、うれしい」
諭す様にスピカはアジサイに言い聞かせる。
「俺は――」
「私は、お前を褒めたい。だからもっと悪人を殺そう。みんな喜ぶし、善良な人々は盗賊に脅かされる事無く、平和に暮らせる。魔獣を殺すのと同じだ。だからもっと殺そう」
「それは……」
「ギルドの酒場のステーキうまいだろ?」
「まぁ……」
「あの肉を運ぶのにこの場所を通る必要があった。だがここには盗賊がいた。何が言いたいかわかるな?」
「ああ……そうだな……俺、頑張るよ」
「それでいい、それでいいんだ」
スピカはアジサイを抱きしめて頭を撫でた。
「ああ……ああ……嗚呼……」
嗚咽を漏らしながらアジサイはスピカの胸の中で涙を流した。
大の大人がみっともない姿だと後々アジサイは思ったが、後悔はなかった。
「悪人を殺し、市民を守り、平和の礎になろう、その才能と天運をお前は持っている。そんな気がする」
スピカは静かに呟く。
いつもの暴言や汚い言葉はなく、ただスピカは「そうだな」とだけ言い、アジサイの頭を撫でていた。お互いに血と油まみれの中でゆっくりと時間だけが過ぎていった。
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