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神ノ31話「堕落の女らは移り気によって死す」

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 六月十五日、イシュバルデにはどうやら梅雨は無いらしい、地中海性気候のような気候のようだ。とアジサイは手記に記録を残していた。

 曲がりなりにも国土の地質や生態系の調査を行う命を受けている。それは遂行しなければならない仕事である。
 アジサイは手記を部屋に置くと、冒険者としての仕事をするために準備を行った。
 三日ぶりのギルドには顔を出していない。
 理由はアジサイがこの世界に来て初めて人間を殺した精神的な苦痛から何もできない状態だったことと、そして新たに手に入れた装具である律装『鈍凛』の武器であるM500に適合する弾丸を王城に作らせるということをしていた。空気を自在に操る起装『雪解』を使えば、王城に帰ることは数時間のフライトで済む。弾丸を作るのに対して時間はかからなかった。
 グロックの9 mm弾丸に比べるとM500の弾丸は12.7 mm、手に持った時の重量の差は火を見るよりも明らかだった。明らかに人間に使ってはいけないと警告しているのが分かる。
12.7 mmと言うとミリタリー系の小説や映画などに度々登場する対物ライフルのバレットM82も同じ口径である。一説には、このライフルの弾丸が横切ったすぐそばにいた敵兵の上半身が吹き飛んだという与太話があるほどに大きな弾丸である。
もっとも、バレットM82 とM500では同じ口径ではあるものの、バレットM82は12.7 mm×99 mm NATO弾、M500は.500 S$W マグナム弾が用いられている。ライフルとリボルバーではバレルの長さも違うためこの二丁を比べるのは間違っている。
かと言って44口径マグナムと比較しても、M500 の異常性はミリタリーマニアにくらいしか通用しない。

 分かりやすく、端的に、唯一わかっていることを話すとすれば、このM500という大型拳銃は、巨大な魔獣すら狩れるという武器であると言う事だけである。

 もしも、これを人間に使おうものなら……


 
 ギルドに三日ぶりに顔を出すと、受付の近くにスピカ・クェーサーが佇んでいた。

「三日ぶりだな、頭にキノコでも生やしているのかと思ったのだが」
「……奇遇ですね」

 アジサイはスピカの顔を見るや、殺した盗賊たちを思い出して、顔を引き攣らせた。

「奇遇? 本当にそう思うか?」

 スピカはおちょくる様に鼻で笑う。

「受付さん、依頼書を見せて――」
「待て待て待て、話があるんだよ」

 スピカはアジサイを制しながら肩を掴んで近くのテーブルに座らせた。

「私と組まないか?」

 スピカは二等級冒険者、実力は文句なしで、冒険者の昇級試験監督に選ばれることから口は最悪だが、人間性はまともというところだろう。

「見返りは何ですか?」
「お前の知識だ、盗賊の死体を確認したが、明らかに人間の急所を知り尽くしているんだろう? それを私に教えて欲しい。特にあの金属の丸い粒で致傷させる方法を」
「……ダメです」

 アジサイはノーの意思表示をする。

「どうして?」
「あなたを信用していないから」
「どうしたら信用してもらえる?」

 間髪入れずにアジサイに質問をぶつけた。

「さぁ……」

 特筆して銃の技術は悪用されれば、多くの人命に関わる。王城内の鍛冶職人たちにも、『弾丸の製作を外部に漏らす』『アジサイの許可なく弾薬を作成する』、この二点の約定の呪術書(反故にしたら死ぬ契約書)に記載している。
 それを出会ってまだ日が浅い人間に教えるわけにはいかない。
「それなら、私と一緒に冒険者の仕事をするっていうのはどうだ? 報酬は均等分配、私は等級が高い分、リスキーだが割のいい仕事を斡旋できる。お前も貢献度と実力次第では上の等級に成り上がれるチャンスだ」
 貢献度と実力次第と言うところが、スピカの持つ公平性を感じさせた。
あくまで、仕事は仕事ということらしい。

 だが、それこそがアジサイの心をわずかに動かした。
 
「そこまで言うなら、話に乗ります。ただし、十回は貴女を見定めるイベントだと思ってください」

 美人に弱いと言うのもアジサイの人間らしいところかもしれない。そんな己にため息をひとつ吐き出した。

「イイネ、じゃあ早速仕事をしようか、今回の仕事はゴブリンだ」
「ゴブリン?」
 
「ああ、と言うのも、今回は新米の引率さ、私は保母さんでお前は忠犬」
「おいおい、ベビーシッターも冒険者の仕事かよ」
「うるせえ、テメェもつい最近までケツの青い、童貞野郎だったじゃねえか」

 中指を立てながらスピカは毒突く。
 
「あの、聞こえているんですけど……」
「そうだよ、流石に赤ちゃん扱いされるのは気に入らないんですけど!」

 隣のテーブルに座っている仲良く恋人繋ぎをしている女性二人が、アジサイたちに抗議を入れる。

「スピカさん、自分、今日は体調悪いんで話はなかったことで」
「すまねえ、契約してきちまったから、今からだと違約金取られる。あと別に敬語じゃなくていい、堅苦しいのは嫌いなんだ、名前もスピカでいい」
「ねえスピカさん、私たちこれでもペア組んでるから、そこの殿方とご一緒だけでも構わないのよ?」

 隣のテーブルに座っている髪の長い女が偉そうに言う。

「うるせえ、阿婆擦れクソビッチ共、クソ穴とクソ穴を擦り合わせて勝手に絶頂してろ」
「すごい言いがかりだし、酷いんですけどおー、すっごーく傷ついた」
「私たちは、スマイルとハッピーって言いますの、髪の長い方、つまり私がスマイル、こちらの短い髪の愛しい彼女がハッピー」

 アジサイがこの世で、最も苦手なモノはチワワと耳掃除と女性の同性愛だからだ。この三つのどれかが絡むと大抵ろくな目に合わない。一種のジンクスである。
 
 だが仕事だからアジサイは何も聞かず何も見ず、淡々と仕事に向かった。
 馬車に揺られる中で、アジサイはメイン武器である戦斧を忘れたことに気付いた。といってもアンラは放置されても勝手に日光浴を始め、それなりにエンジョイできるためそこまで怒ることはないだろう。
 
「今回はどんな作戦が?」

 静寂に包まれた場所の中でアジサイは仕事へ意識を切り替える。

「今回は比較的小さい巣穴だが、依頼元の村娘が二人捕まったらしい、今頃ゴブリンに細切れにされて晩飯になってるか、慰みモノになっているか、どっちにしろ、クソ共をぶっ殺せばいい、それだけだ。クソ共の根倉は氷室の跡地で巣穴に繋がる穴は一か所でしかも一本道、この人数なら真正面から行っても勝てるだろ」
「それなら、自分は入り口付近で見張りをします、三人で内部を探ってください」
「普通、私たちが入り口の見張りじゃない?」

 通常であればハッピーの言う通り、練度の高い人間が内部に入るのがセオリーだ。
 しかし、今回はあくまで新人育成であるため、新人をゴブリンの根倉に放り込む。

「それでは、新人育成にはなりません、現場の雰囲気を学び、独り立ちさせるのが今回の目的です」

 アジサイは簡単に説明すると、ハッピーとスマイルは不服そうだが、首を縦に振った。

「流石忠犬、わかっている」
「返事はワンとでも言いましょうか?」
「なんならお手とお座りとチンチンもやってもらうか」

 悪辣な笑みをアジサイに向けた。

「遠慮するよ」
「まぁ、アジサイのチンチンはどうでもいいとして、そこの阿婆擦れ共、何ができる?」
「私は、呪術と魔術をできます、一応、アタラクシア学院卒業しておりますので、ハッピーは短剣に心得があります。盗賊を追い払う実力はあります」
「新人にしては出来てる方か」

 スピカは目を細くして視線を鋭くする。

「スピカ様は武勇をお聞きしますが、そちらの男性は何ができますの?」
「ちょっとした、格闘とちょっとした魔術、と言っても今回の依頼で役立つ魔術は、回復魔術くらいですね。真正面から殴り合ったらハッピーさんに勝てるかも怪しいです」

 無論、装具無し、不意打ち無し、奇襲無し、大規模な破壊の禁止、など制約がある場合の話だが。

「よわっ、なんでこいつらが私らより等級が上なの!?」

 ハッピーは理不尽を訴える。

「はは、全くだ」

 スピカは「この狸野郎」とか言いたげな表情をしていた。

「どうやら実力的にも私たちが洞窟の中に入った方が良さそうですわね」
「作戦指揮はお前らで行え、私とアジサイはあくまでサポートだ」
 
 それからスマイルとハッピーは作戦会議を目的地に辿り着くまで入念に議論させていた。
 
 
 馬車にしばらく揺られていると、現地へ到着した。
 馬車を降りて、ゴブリンの住処である氷室へと移動する。元々人間が使っていたため、足元はしっかりしており、ゴブリンが出入りしているためか獣道もある。
 氷室の入り口に辿り着くと、各員が仕事の準備に取り掛かる。
 スピカは既に準備完了だが、スマイルとハッピーは準備をしている。スマイルが各種魔術を使いハッピー強化している。

「ちょっと周りを見てくる」

 アジサイはそう言い残して林の中に入り込む。
 誰も追ってきていないことを確認すると、青色と鈍色が斑に混ざったビー玉のような宝玉取り出す。これは論装『怜青』と律装『鈍凛』の二種類が混ざった状態である。
アジサイは姿勢を低くして、律装と論装を起動させる。

「んな、なんだこれ」

 論装『怜青』を起動すると普段なら、ジーンズ素材のジャケットになるが、ジャケットではなくコンタクトになっていた。眼球に直接何かがピタリと張り付く違和感を覚える。装具を同時使用した弊害かそれとも宝玉が混ざったことで装具そのものが変質したのかアジサイには理解できなかった。律装は相変わらずのグローブのままである。
 アジサイは近くに流れている小川に向かい、水面に移る自分の姿を確認する。遮光帯を外し、目を確認する。

「カラーコンタクトか、色は青色か……」

 元々アジサイが遮光帯を付けていたのは、神性に侵食されているせいで体の色素が無くなり髪の毛は白くなり、目は黒色から赤色に変質してしまっているからだ。今のアジサイは、太陽光を始めとした強い光の下にいると光を多く取り込んでしまうため、対策として遮光帯を付けていた。
 論装がカラーコンタクトになったことで、目と外光にワンクッション入った状態になっているおかげか、遮光帯が無くても視界に問題はなかった。
 アジサイにとってそれはうれしい誤算だった。
 装具を展開し、赤外線モードのウィンドウを立ち上げる。

「愛用してるけど、これSFだよなぁ、時代錯誤と世界観を考えろって話だよなぁ……燃費いいから使うけどさ」

 律装と論装は神性の上昇幅が起装『雪解』よりも緩やかでほぼ上がらないに等しい。魔術でガス抜きしなければあっという間に肉体がズタボロになるアジサイにとって燃費の良さは重要である。ちなみに悪装『津罪』は一瞬でアジサイのキャパシティーを超過するほど神性の上昇幅が大きい。神性の上昇はアジサイにとって死活問題である。
 ざっくりと周囲一帯を見回ったあと、持ち場に戻ると、既に三人の姿はなく、氷室の中に入って行ったようだ。
 アジサイはM500を取り出すと、ベルトに付けているポーチから弾薬を五発取り出す。M500のサムピースを押し込み、シリンダーをスイングさせる。弾丸を五発挿入しシリンダーを元の位置に押し戻す。
 今回はホルスターがないため、腰とベルトの間に挟むようにしてM500を隠し持つことにする。
 
 
 時より氷室の中から、スピカの罵声が聞こえるが、二十分ほどすると静かになった。
 それは戦闘終了を告げることを意味している。
 見張るだけで金がもらえる割りの良いしごろだったとアジサイは欠伸をしながら、徐々に近づいてくる足音に耳を澄ませた。
 

 数秒、足音を聞いているうちにアジサイは異変を察知した。
 
 走っている足音と歩いている足音が聞こえたからだ。
 アジサイは論装の機能であるエコロケーション機能を発動させて、洞窟内部の状態を観察する。

「あああああああ!」

 大声を上げて、洞窟の反響を論装の中に取り込む、徐々に鮮明になる洞窟内部の状態が視覚的にウィンドウに映し出される。
 
 走っている足音は、スピカで、それを追いかけるようにスマイルとハッピーが優雅に歩いているのだ。
 
 一足先にスピカが飛び出すと、スピカの背中に深々とナイフが刺さっていた。顔色も悪く、アジサイの姿を確認すると、膝を付きながら、息を切らせている。

「大丈夫か」
「クソッたれのド腐れマンコ共がっ!」

 アジサイはスピカを抱えると、近くにある茂みに移動する。スピカをうつ伏せに寝かせ、ナイフを引き抜く。

「あああっ、ッテェナ!」
「静かにしろ、今回復魔術を」
「無駄だよ、私の身体には魔術を無効化する呪いが付けられている。回復も肉体強化もできない代わりに、攻撃魔術に耐性が付く呪いさ。おまけにナイフには麻痺毒が塗られている。相手は手練れだ、悪いことは言わねえ、逃げた方が賢明だ」
「わかった、今から移動する」
「無理だ、指一本も動かせねえし、毒も特殊調合されたもので、解毒薬が無ければ、長くは持たないらしい、お荷物は置いていきな」

 諦めた表情で、スピカは息を荒げている。先ほどの全力疾走で毒が全身に回ってしまったのだろう。

「まぁ、解毒やくはあの腐れ阿婆擦れファッキンレズビッチが持っているが、相手は二人だ、逃げた方がいい」

 念押しするようにスピカはアジサイにそう言い残し目を閉じた。
 
「二等級冒険者も不意を突けば楽なものでしてよ」
「らくしょーらくしょー」

 そう言いながら、ハッピーとスマイルがアジサイの前に立ちふさがった。
 
「あー、えっと、解毒薬もってるなら、それを渡してほしいかな」

 アジサイは平常を装いながら、提案する。

「んー、汚らしいオスにどうして私が慈悲を上げなくてはならないの?」

 スマイルは解毒薬をポケットから取り出しながら、悪辣な笑み見せ、そう言い返す。

「交渉は無意味か」
「そんなの最初からわかってることじゃん、ほんと男ってバカだよねー」

 呆れた表情で、ハッピーは肩を竦ませ、アジサイを見下す様に言う。
 
「まぁ、もしも、あなたが、私たちを倒して、奪い取れのならチャレンジしてみるといいかもしれませんね……サイレンス!」

 スマイルは魔術を行使すると、アジサイは喉と舌がうまく使えなくなる。

「これで私が術を解くか、死ぬかしないと魔術を使うことができませんのよ」
「そして格闘仕掛けるなら私と勝負だー、勝ち目はないけどねー」

 勝者の余裕を見せながら、二人の目には勝利が移り込んでいた。


「なんでこんなことするの? っていう顔をしていますわね、教えて差し上げますわ、冒険者が複数人で同じ依頼をこなすと、報酬は分配されます。今回は新人育成という名目も考慮されて、報酬が高く設定されていますの、そしてギルドには冒険者が複数人で依頼を受けて、依頼遂行中に冒険者に死傷者が出た場合、生き残った人数で報酬を再分配するというルールがありますの、ここまで言えばおバカさんなオスでもご理解できて?」
「お前とスピカが死ねば私たちの報酬は倍になるのだ!」
「そして私たち、綺麗な女性を嬲りながら殺すのがとっても大好きなのですわ、貴方は死んでもらっても構わないですが、スピカさんにはまだ最後の大仕事が待っていますの」
「というわけでお前は死ねという――」
 
 
 炸薬音が響き渡った――
 
 
 アジサイはM500から硝煙を上げながら、ため息をついた。
 話の途中だったが、アジサイは自分の怒りを押し殺すことが出来ず、M500の引き金に力を入れてしまった。ハッピーは頭が弾け飛び、胸部が衝撃で肉がズタズタに飛び散っていた。
 
「なぁ、魔術は使えないはずでは!?」
「魔術じゃねえよ」

 アジサイは一気に距離を詰めてスマイルの手を掴む。手の甲を押しつぶす様に左手で握り込み、右手で解毒薬を回収する。
 アジサイはスマイルの腕を握力でへし折ると右手を大きく掲げる。まるで弓の弦を限界まで引き絞る様に――

「貴様、何者――」

 アジサイは右手を解き放つとスマイルの鳩尾目がけて拳を振り抜いた。
 
 水風船が破裂するようにスマイルの上半身は粉々に吹き飛んだ。骨の破片が奥に生えている木に突き刺さっているのが見えた。残った下半身は少し遅れてから、膝から崩れ落ちた。
 この一撃にはアジサイも驚きが隠せなかった。
 従来のアジサイの筋力ではぜいぜい、人間の身体を吹飛ばすくらいしか出来ないからだ。
 
「身体能力向上が律装『鈍凛』の能力か……」
 
 アジサイは右手に付いた血を振り払いながら、スピカに駆け寄り、解毒薬を飲ませる。
 三十分ほどすると、スピカは意識を取り戻した。

「良かった……」
「助けられたな……」
「気にすることはない」
「傷が痛む、馬車まで運んでくれ」

 アジサイは小さく頷き、スピカをお姫様抱っこした。
 
 
 スピカとアジサイは依頼達成と仲間割れの顛末を話し、依頼を終わらせた。
 スピカの治療を行うためにアジサイは自分が泊まっている宿にスピカを連れ込む。この世界の医療は魔術頼りであるため、魔術の効かないスピカは治療不可能と突っぱねられたからだ。
 
「女を部屋に連れ込んでベッドに寝かせるのか」
「うるせえな、ここしかねえんだよ」

 アジサイは宿に置いてある荷物から赤い十字のマークを入れた小箱を取り出す。

「痛いけど我慢しろよ」

 小箱には、消毒液と細い絹糸、他にも軟膏やワセリン、ガーゼ、包帯など様々なが医薬品が入っていた。
 アジサイは消毒液をスピカの傷口に流し込むと、針に絹糸を結び、傷口を縫い合わせる。幸いナイフは内臓にまで達していなかったため傷は浅く、簡易的な治療で十分だった。縫い合わせた場所にワセリンを塗る。

「スピカ、包帯を巻くから起き上がって、上着を脱いで」
「あいよ」

 スピカが起き上がると下着のような上着を脱いだ。柔らかな肌に、乳房が露わになっているがアジサイは目もくれず、縫い口にガーゼを当てて包帯を巻き始めた。
 
「ん……?」

 スピカの寝ていた場所に小さな瓶があった。拾い上げると、スマイルが持っていた解毒薬があった。
 
「ああああああ」

 スピカは慌てるように、アジサイから小瓶を取り返そうとするが、遅かった。
 
「どういうことです?」
「……はぁ、お前の本気を見たかったんだよ」
 諦観に至ったのか、スピカは白状し始める。

「私がピンチになって、お前が私を助ける、そうすりゃあ、嫌でも本気を見せることになると思って、その……ああもう、わざとだよわざと! わざとやられたフリをしたんだよ、だからナイフも急所じゃないところに刺さってるし傷も浅いんだよ! 毒が塗ってあったのは誤算だったけどキッチリ解毒薬は盗んでいたからな、もしもの時はなんとかなっていた! といっても意識失ってたから一歩間違えりゃ死んでたけどな」

 アジサイは呆れてしばらく黙り込んだ。

「とりあえず、あなたの命に別状なくて良かった」
 
 スピカにそういうと、アジサイは立ち上がった。
 
「はぁ、貴方に武術を教えますよ。ですが銃については何も教えません、これは非常に危険な物なので」

 続け様にアジサイは呆れ口調でスピカに言葉を放り投げる。

「それって」

「私の根負けです」
 
「いよっしぃ!」
 
 こうして、アジサイはスピカと正式にペアを組むことになった。
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