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神ノ30話「殺人」

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「以上の依頼が昇級試験の内容となります」
「盗賊狩りですか……」

 アジサイは憂いの表情を浮かばせた。基本的にアジサイは魔物(人間に害意を持っている魔獣の総称)しか狩らない。それは単に、人間を殺すと言うことに対して、抵抗感が強いからだ。しかし、善良な人が悪人によって苦しめられているのを看過できるほどアジサイもお人好しではないし、アンタレスからは中堅に最速で伸し上がるように要求が来ている。
 盗賊狩りも避けては通れない道だが、アジサイの腰は重かった。

「今回の昇級試験は監査として二等級冒険者の方が付いていますので万が一、事故が遭っても大丈夫です。ご安心ください」

 受付さんは分厚い依頼書の束から、盗賊の居場所、人数、人質の有無など詳細が載せられた書類をアジサイに渡し
た。

「意外と近いですね」
「規模はまだ少ない方ですが、死者の報告が出ているので今までの相手より危険です」
「オークやゴブリンなんかは楽でいいのですけどねえ」
「盗賊もそのうち慣れますよ、あとこれは試験なので、人間性や行動、注意力、判断力、実力もチェック項目です。アジサイ様ならどれも問題ないと思いますが、素行は良くしてくださいね?」
「悪い子は次に上がれないわけですね」
「はい、聞き分けの良い子は受付さん的にも好感が持てます」

 冗談を交えながら盗賊狩り任務を受注する。その後、試験監督を行う冒険者を待つために、併設されている酒場のテーブル席を陣取る。昼間と言うこともあって人は少ないが、相応の活気がある。
 ウェイターにシトルスという柑橘に似た果物の果汁を温めたホットドリンクと、バターと蜂蜜がたっぷり塗られたトーストを注文した。会計は先払いであるためウェイターに金も渡す。
 注文を待つ間依頼書を確認する。
 今回はここから二十キロほど離れた場所にある小さな村に出没する盗賊の小さい集団を討伐するのが依頼。人相が既にばれているため特定も可能で、集団の規模も十分調べが付いている。流石試験というところだろうとアジサイは感心した。

「おそらく、近くの森の中か……」
 木々の生い茂る森や、切り立った崖がある起伏の大きい場所などは、地理さえ把握できれば、隠れやすく防衛しやすい。特に起伏のある場所は、攻め難く守りやすい。
 幸いにもここリカーネは平原地帯であるため山や谷などの起伏がある場所はほとんどない。隠れそうな場所言えば、小規模で点在する森林地帯のどこかになるだろう。
 依頼書に記載された場所の近郊でそれに該当する場所は一か所しかない。狙うならここになるだろう。

「この森……本当にこの森か?」

 アジサイは首を傾げた。
 
「何をブツブツ言ってるか知らねえが、さっきからずっと、お前の目の前に立ってんだ、ちっとは反応しろよ、クソメカクレが」

 アジサイは困惑した表情で顔を上げると、一人の女性がそこにいた。端正な顔立ち、サファイアのような双眸に桃色の唇。白い髪に白い肌、そしてアジサイが驚いたのはホットパンツのような短いズボンにスポーツブラのような黒を基調にした上着、腰には白い鞘に白い柄の刀が革ひもでぶら下げられていた。明らかに戦闘向きな恰好どころか、街を出歩くのも恥ずかし恰好である。

「あ、えっと、身ぐるみ剥がされたのでしょうか?」
「はぁ?」

 大人びた声、目を引くような出で立ち、そして汚泥のような言葉が口から吐き出されている。

「えっと、どちら様?」
「私はスピカ・クェーサー、お前の試験監督をするためにわざわざ二つ離れた領土から来てやった、感謝しろよ」

 スピカと名乗る女性は疲れているのか気怠そうにアジサイの居るテーブル席に座った。

「自分はアジサイです。よろしくお願いします」
「短い付き合いになるが、まぁ、所詮、盗賊のチンピラだ、気楽にさっさとぶっ殺せばいいよ、魔術師なんだから、風の魔術でとっとと吹っ飛んでさっさと盗賊狩ってくれや」

 足を組んで、テーブルに右肘を乗せて手のひらに顎を乗せたスピカが本気で面倒くさそうに言う。

「自分はまだまだ若輩故に、入念な準備と下調べを行ってからにします。情報収集は重要ですよ?」
「そう言っている間に盗賊たちは略奪を行い男を殺し、女をレイプしてるだろうな、それは看過するのか」
「自分は、神様ではないので、全ては救えないです」
「助けたいって言わねえのかよルーキー」
「自分の命を第一に救える人間は第二です。もちろん、自分の命をあえてリスクに晒すという選択も考慮しますが、難しい所です」
「合理的で何より、取りあえず夢見がちなバカじゃねえことは認める、私的なチェックポイントは上出来だ」

 スピカは胸を覆っている布と胸の隙間から紙を取り出す。それからアジサイが使っている鉛筆をかすめ取って、何かを書き、アジサイに向かってペンを放り投げ、返却した。

「随分身軽そうな格好ですね」
「ああ、これか、自分の筋肉の動きが見たいからこの恰好をしている。露出狂でもなきゃ、身ぐるみ剥がされたわけでもねえ」
「聞いていたのか」
「地獄耳で悪かったな」
「いやいや、しかし、筋肉ですか……」
「見てのとおり私は剣士、しかも魔術を扱えない、だから己の肉体とこの刀だけが信じられるもの――」
「そしてそれを扱える技術もですか」

 スピカは頷いた。

「鬼神族って知っているか?」
「ええ、たしか、四大種族のひとつでしたっけ?」
「ああ、そいつらは武器を扱う技術を、踊りに残して、このイシュヴァルデに伝承として残っている、私は冒険者をしながらその技術『演武』を集めている」
「全て集められるといいですね」

 スピカはキョトンとした表情で、アジサイをただ見つめていた。

「……どうかしました?」
「いや、魔術一興であるこの時代で、お前は武器を扱う技術を笑わないんだな」
「そりゃあ、まぁ、いくら魔術が万能とは言え、カバーできない部分は多くあります。才能や素質、あとは勉強できるだけの時間と金も必要ですし、それに、現在は詠唱による術式起動が一般的ですけど、逆に言えば、口を何らかの方法で塞げれば、魔術しかできない人間はあとは焼くなり煮るなりできますからね。魔道騎士だってそれが懸念しているから、槍や剣などを扱うわけですし、必要性は減りましたが、ゼロになったわけじゃない」
「……お前、使えるな?」
「今のは、あくまで推測です、自分の頭で思いついたことですよ」
「まぁ、いいさ、それは試験でわかることさ」

 スピカは上機嫌で笑っている。

「奢ってやるよ、酒はイケる口だろ?」
「お任せします。というか明日、昇級試験なのに監督役が酒を進めるんすね」
「明日死ぬかも知れねえんだ、後悔が無いように日々を生きる。それだけだ」

 スピカはウェイターにあれやこれやをぶっきらぼうに注文すると、メニュー表を置いて注文を待った。

「……なんだよ」
「いや、もうちょっと服装に気を使ってほしいなと」
「なんだよ、勃っちまったか?」
「それは別として、スピカさんは美人ですし、妙齢ですから、恥じらいを持ってほしいだけです」
「スピカでいい、しかし、ストレートに言うねえ、気に入った、夜に相手してやるよ」
「そう言うのはちょっと」
「なんだよ、童貞か?」
「童貞ですが、いやいや、そうじゃなくて」
「じゃあ、童貞もらってやるよ、良かったなぁ、美人に相手してもらえて」
「話聞いてないなぁ……」
「最近、ヘタレ野郎ばっかりで相手してくれる奴がいなくて毎晩ベッド湿らせて終わるだけだったんだ。期待してるぜ童貞」
「おいこら、人の話を聞け――」
「それにお前の左手、小指と薬指の付け根にマメが出来ているし、演武についてなんか知っているようだしな、話を聞かせてもらうにはちょうどいい」

 スピカの狙いはアジサイの童貞とアジサイの持つ武術の知識が狙いだったようだ。

「自分は、演武を知らないし、武器も斧とこのブレインピックだけだ」

 アジサイは、アンラに付与されているエンチャントで透明になることができる。以前までは戦斧でゴブリンやオークを相手にしていたが、返り血や肉を断つ音、殺し損じによってアジサイの存在を感知されてしまうことがあった。それを回避するためにアジサイは、ブレインピックと呼ばれる、T字の握り込みやすい柄に直径七ミリ、長さ十五センチ程度の鋭く尖った鉄にいくつか金属を混ぜ込んだ合金の細い杭状の武器を作った。使い方は簡単で、ゴブリンやオークのこめかみにピックを突き立て脳みそを破壊するという代物である。
 以前、ゴブリンを殺した際にアイスピックでゴブリンの頭を貫通させたことがきっかけでこの武器を作成した。難点は死後に脊髄反射で死体が突然動き出すことであるが、静かに迅速で確実に殺害できる手段で、メンテナンスも楽で返り血もつかないところからアジサイのお気に入りの武器である。デザインそのものはフィッシュピックを参考にしている。

「暗殺者みたいな武器だな」
「実際やるのは不意打ち、ゴブリンは狭い場所を好むなので大きな武器は必要ないですし、オークは体格差が大きく、真正面から挑んでも怪我のリスクがありますので、これも不意打ちと罠で何とかしています」

 オーク相手の場合、頭蓋骨が硬く、ブレインピックが頭蓋骨を貫通しにくい。そのためアンラの枝葉を自在に使いオークの手足を拘束した後、眼球にブレインピックを突き立て目を潰しながら脳みそまで貫通させる。眼球を狙うのは、眼球の後ろにある骨が頭蓋骨の中で一番脆く、脳みそまで貫通しやすいことと、仮に殺し漏らしがあったとしても眼球をひとつ破壊しているため相手の視力奪うことができる。両目を使って距離感を計る生物に対してこの手段は有効的である。
 戦斧は見通しが良く、広い場所で不意打ちなどが出来ない場合に用いる。大振りな武器であるため、オークなどにも致命傷を与えやすい。

「考えているな、ビギナーの割には良い」
「そりゃどうも」
 
 アジサイたちが話をしているうちに、ウェイターが次々と料理を運び始めて来た。最初の皿からすぐにアジサイの座っている四人用のテーブルが料理の皿で覆われ始める。アジサイは運ばれる大量の料理に驚きながら、依頼書などをバックに収めて保管する。
 

「よっしゃ、アジサイ、飲むぞ!」

 スピカは並々注がれているエールを一気に空っぽにする。勢いよく酒を入れたのかスピカの真っ白な肌が赤みを帯び始める。

「こりゃあ、やばそうだな……」

 昼間から飲み始め、結局終わったのは月が空の天辺に差し掛かるあたりだった。



 アジサイも景気よく酒を飲んだせいで、翌朝は酷い倦怠感と頭痛に襲われていた。と言っても回復魔術を無駄使いすることで、二日酔いと言うバッドステータスはすぐに解除することができる。


「うへぇ、あぁ……おうふ……うぅ」  

 二日酔い特有の声を漏らしながら、アジサイは自分に回復魔術をかける。

「ふぅ、これでスッキリした、風呂にでも入るかな」
 
「んん……」
 
 アジサイは聞き覚えのある声を耳にする。よくよく見るとアジサイは服を一切身に着けていない。そしてアジサイの寝ていたベッドの掛け布団には人型のシルエットがあった。
 恐る恐る、アジサイは掛け布団をめくり取ると、額に手を当てた。
 
 スピカが一糸纏わぬ姿で眠っていたからだ。
 
 アジサイはうすらぼんやりと覚えている記憶を辿るが、スピカがアジサイの宿にくるところまでしか記憶になかった。
 
「やっちまった……やったよなぁ、これ……」
 
「んん……んあ、朝か……」
 
 スピカが全裸のまま起き上がり背伸びをする。

「うーん、良く寝た、おう、アジサイも夜まで付き合ってもらって色々捗った」
「何が捗ったんだ……」
「そりゃあ、決まってんだろ、セック――」
「それ以上はやめるんだ」
「いやぁ、意外にいいモノをお持ちのようで……テクニックさえ身に着けられりゃ中々――」
「おおうふ、ちくしょう、記憶にねえってのに」
「夜もそれなり、演武についてもなんか知ってるし、今回の仕事は何かと収穫がありそうだな、さて、そろそろ盗賊狩りに行ってもらうとするか」

 スピカは全裸のままベッドから降りると、タオルを拾い上げた。

「おう、アジサイ、風呂に行くぞ」
「お先にどうぞ」
「つれねえ奴め」

 スピカは楽し気に部屋から出て行った。

「……あっ! ちょっとスピカ、服を着ろぉ!」
 
 
 
 何とか、身支度を終えて、アジサイは冒険者としての仕事に取り掛かる。スピカは監督しているだけで、緊急時以外手出しをしないことになっている。
 片道二十キロの道のりをアジサイは慣れたように徒歩で移動すると、まずは村に話を聞きに向かった。
 
 しかし、村は既に盗賊によって滅ぼされた後だった。焼けた建物や死体などは見つけられたが生存者はいなかった。
 アジサイは殺されている村人の亡骸を観察すると、腐敗の状態から既に四日以上は経過していると判断した。

「六月とは言え、結構腐っているな」

 スピカは鼻をつまみながら呟いた。

「死後、四日というところでしょう、他の死体も同じような感じでしたし、手遅れでしたね」

 アジサイは、右頬をピクリと痙攣させた。無残な亡骸を見て、盗賊たちへの殺意が込み上げてきた。怒りを露わにすることはないが、内心では、ガソリンが燃えるような怒りがはらわたを煮え繰り返していた。
 盗賊たちと思われる足跡はアジサイの予想通り、近郊の森へと続いていた。足跡用心しながら森の入り口までたどり着くと、論装『怜青』を発動させ、ジャケットを身に纏う。
 グロックのマガジンリリースボタンを押し、マガジンを引き抜く、弾が入っていることを確認すると、スライドを引く。薬室内部にも弾が入っていないことを確認し、スライド元に戻し、マガジンを挿入する。この時、暴発を防ぐためにスライドは引かず、薬室に弾が無い状態を維持する。

「なんだいそりゃ?」

 スピカはグロックを指差したが、アジサイは人差し指を立てて静かにするようにスピカに指示した。
 拳銃をジャケットの内ポケットにグロックを収める。

『アンラ、透明化』
『了承』
 アジサイの体表をアンラが覆い、透明になる。
「スピカはここにいてください」
 
「はいはい」

 アジサイは返事を受けると、森の中へ突入した。
 装具の能力で赤外線モードを使用する。これで人間などの生物を見分けることができる。
 素早く木の後ろに隠れて周りの様子を確認する。生物の反応はない、アジサイは安全を確保してから。森の奥へ進んでいく。
 森の中に入ってから一時間ほど経過したあたりで、ようやく人間の気配を感知した。
 どうやら地面に穴を掘り、そこを住処にしているようだ。
 人数を確認すると、地上の入り口付近に見張りが二人、地下には五人いることが確認できた。
 メンバー七人、依頼書と同じ数だった。
 アジサイは、透明化を維持したまま、見張りの男たちの背後を取る。
 
「この前の村襲撃、やっぱ魔術師がいると捗るな、村人を全員寝かせたまま、襲撃するんだから楽なもんだったぜ」

 アジサイは見張り役の男の話に耳を傾けるが、ひとしきり話を聞いたが、有益な情報は魔術師がいるという事だけだった。
 アジサイは内心でため息を付きながら覚悟を決める。
 
『アンラ、右の男を俺は左をやる』
『承知した。久々に人間の血を楽しめる』
『首は切り落としてからな』
『わかっている』
 
 アジサイは透明化を解除し、アンラ配置につかせる。顔を見合わせて頷くと、二人は男の膝を裏側から蹴り跪かせて男の顔に手を伸ばす。顎を右手でつかみ、一気に顔を回転させる。
 骨がバキバキと音を立てながら首を曲げてはいけない方向まで回転させた。
 無論、男は即死した。アジサイは男を抱えると、木陰に死体を安置する。
 
「上出来、アンラ、こいつらの首を落としたら好きにしてていいぞ」
「久々の生き血、涎が止まらぬ」

 アンラは喜々としながら死体に手を伸ばした。
 アジサイはそれを横目に、地下への扉に手を伸ばした。と言っても掘っ立てた穴に木の板で屋根をつけた塹壕めいた場所であるため、地下というより、穴である。
 蝶番の付いた木の板を動かし、地下へと入る。真っ暗で盗賊が横たわって寝ているのが確認できた。
 アジサイは寝ているメンバーが五人であることを確認、その後、顔が人相書きと一致することを入念に確認したあと、奥からブレインピックで眼球を潰し、脳みそを破壊する。
 T字の柄が握りを良くしてすんなりと脳みそまでピックが到達するため、殺害は容易であった。
 全員を静かに殺害するとアジサイは、地上へと戻った。
 
 アジサイは木の板を押し上げると、最悪の状況を悟った。
 男が三人地上にいたのである。
 
 増員、新手のメンバーがいるということをアジサイは懸念事項から外していたのである。
 
「なんだお前!」

 胸倉を掴まれ、無理やり放り投げられる。
 盗賊たちから間合いを取り、グロックに手を掛ける。

「おとなしく投降するなら命まではとらない」
 
 警告を送るが、アジサイの言葉は虚しく拒絶された。男たちは短剣を取り出すと、アジサイに向かって走ってくる。
 アジサイの判断が遅かったため、今更グロックを引き抜いても遅かった。グロックから手を離し、アジサイ目がけて来る短剣をぎりぎりところで体を捌き、攻撃を避ける。右足を前に出し足をかけて男を転倒させる。
 それを見て用心し始めた男は突撃を止めて、アジサイと二秒ほど目を合わせた後、短剣でアジサイを突こうとする。アジサイは息を止めて。相手の短剣持っている右手の甲を自身の右手で掴み、相手の右肘の内側にアジサイの左手を滑り込ませて、左手を強く引く。右手は相手の右手の甲を押し込み、ちょうど、自分の喉元にナイフの切っ先が向かうようにする。あとはアジサイが一歩前に出ることで、男のナイフが首に突き刺さって。

 深々とナイフが突き刺さっていることを確認すと、盗賊の男を押し飛ばして三人目の男に視線を向ける。
 左手で内ポケットからグロックを取り出して右手の親指と人差し指の間で銃前方のスライドを挟み、そのまま真っ直ぐ後ろに引く。右手は流れるようにグリップに添えられ、銃を安定させる。

 引き金を二回、人差し指で押し込む。発砲音と共に弾は三人目の男の胴体にヒットし、男は倒れ込んだ。

 そのまま振り返り、グロックの銃口を起き上がろうとしていた男に向けて一発膝に打ち込み、体制を崩したところを確認しブレインピックを右手で抜き取り男の背中を蹴り飛ばし、地面に突っ伏させると、後頭部からブレインピックを突き刺して、脳幹を破壊する。
 入念に何度も後頭部を刺した後、男のこめかみからもブレインピックを突き刺して、脳みそを確実に破壊した。
 
 首にナイフが刺さった男と、銃殺した男も同様にこめかみからブレインピックを突き立て、脳みそ破壊して、アジサイの初めての盗賊狩りが終わりを迎えた。
 薬莢を四つ地面から拾い上げると、アジサイ安堵の息を漏らした。
盗賊の死体を全て川の字で寝かせてその場に安置する。あとはギルドの調査員が現場を見極める。

 アジサイはそのまま森を抜けるとスピカが欠伸をしながら待機していた。

「試験は合格ってところだな」
「まぁ、一応」

 アジサイは気分が浮かばれなかった。なにせ人を殺したのだから当然である。

「いいか、あいつらは人間じゃない、人間を捨て、略奪する獣に成り下がった知性のある人の形を成した猛獣だ。人間に害意しかなく、摂理にも則らない汚泥の末路だ」
「じゃあ、俺のしたことが正義だって言うのか? あの男たちだって然るべき罰を与え、改心させればよかったんじゃ!」
「それは理想に過ぎない、悪は根こそぎ殺す、首を刎ね、命を終わらせる。肉体は大地の養分になり魂は選定され、天国と地獄に堕ちる。私たちがやることは、依頼書の要望通り、命を奪い、必要な物を集め、金を受け取ることだ。余計なことを考えるな、チンカス野郎」

 スピカの言うことは正しく、アジサイは反論の余地すらなかった。
 
「正義ってなんだよ……」
「そんなもん知ったところで、クソの役にも立ちはしない」

 スピカは厳しい言葉でアジサイを一蹴した。

「ああ、そうだ、これその辺で拾った。なんか金になりそうかもしれんから、合格祝いにやるよ」

 スピカは、胸しか隠せていない服の胸元から鈍色の玉を取り出すと、アジサイに放り投げた。アジサイは宙に放り投げられた玉を受け取る。
 
「正義だの平等だのはなんだか知らんが、金は汚れていても役に立つ」
 
「……そうだな、君が正しい」

 アジサイは、受け取った玉を確認すると、それは紛れもなく装具だった。
 早速、装具を展開すると、一組のグローブが手に装着された。グローブと言っても野球に使われるようなボールを取るためのグローブではなく、どちらかと言えば総合格闘技用のオープンフィンガーグローブに形状は近い。手のひらは薄手で、手の甲には硬い金属のプレートが装着されており、プレートの下にはクッション性の高い素材が使われている。プレートは指の基節骨と中手骨をカバーするように広がっており、関節部で区切られているため、手の動きを阻害しない。装備した感触も素手のような感触である。
 このグローブは殴る方はダメージを負わず、殴られる方は金属の硬い部分で殴りつけられるため、凶悪な造りになっている。

 そして、装具では御馴染の銃はS&W M500 規格外の回転式拳銃である。50口径(直径12.5 mm)の弾丸を発射するリボルバーである。装弾数は五発、バレルの長さは10.5インチ(約27 cm)、アジサイの体格でこの拳銃をまともに扱うには腕をもう一回り太くする必要があるだろう。
 
 この装具の名は律装『鈍凛』りつそう にびりん
 装具の能力は、現状のアジサイではどんな能力なのか把握できていない。
 この装具の不思議なところは論装『怜青』と併用してできるところである。銃もグロックとM500を自由に選ぶことが出来る。

 そしてこの装具が、どういう意味を持ち、誰のものであるかは、アジサイは容易にわかった。
 装具を解除すると、論装『怜青』と律装『鈍凛』の宝玉が斑模様で混ざり合った一つの玉が出来上がっていた。
  
「……また世話になるな」

 アジサイは、異世界に来る前に出会った、友への感謝を述べながら、帰路に付くことにした。
 
 
 
 試験は問題なく。合格になり、監督官であるスピカの裁定から、九等級に格上げのところを六等級まで引上げることになった。

 その連絡と一連の処理を終えたアジサイは、無言のまま、受付を後にして、自分の宿へトボトボと歩いて帰った。
 それから、体を洗い、ベッドに横になると、静かに嗚咽漏らして、泣いた。
 安堵と罪悪感、未だに残る脳みそ破壊する感覚、拭えない血液の生暖かさ、それら全てがアジサイの瞼の裏、脳みその裏、に焼き付いて離れなかった。
 そしてそれらがこれからも続くと言う、狂気にアジサイの心が蝕まれた。ただ、今は、ベッドに横になって、何もしたくなかった。それだけだった。
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