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天ノ26話「へロットテリトリーの欺瞞」
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へロットテリトリーへ近づくに連れて治安が目に見えて悪化していくのがわかった。
ミオリアは警戒レベルを最大にしていく。十年以上冒険者やら騎士やらの仕事に就いているが、一番面倒なのは人間だからだ。
魔獣や魔物を殺したところで、咎める者はほとんどいないが、人間一人を殺したことで大事件に発展するなんていうケースはよくあることだからだ。
ミオリアはイシュバルデ王国の中でもトップクラスの実力者である。所属は無論王城であるため、ある程度の矜持と倫理と法の知識を要求される立ち位置にいる。
そうなると、盗賊の場合は攻撃を仕掛けて来た場合しか攻撃することが出来ないため、あくまでカウンター攻撃になる。
能力の関係上、奇襲を得意とするミオリアにとっては分が悪いと言える状況である。同行しているエレインは距離を詰められると対応が厳しくなり、危険になる。
ネフィリは生粋のファイターであるため盗賊には強いが、向こう見ずなところがあるため、やり過ぎるところがある。
ミオリア的には非常に面倒な状態であった。ここからある程度先に辿り着けば、アウトローたちの勘も鋭くなり始め、無闇にミオリアたちを襲わなくなる。
相手の実力を一目で判断できる能力がこの世界では生命の危機に直結していることをミオリアは経験から認識している。
この調子で行けばヘロットテリトリーまでは二時間かからず到着するだろう。
「ウィズアウトか……あいつらホントなんなんだろうな」
ミオリアは警戒を維持したまま口を動かし始める。
「さぁ、ボクは知らない」
ネフィリは肩を竦めて
「私もさっぱり」
「面倒臭せえ」
「だが、このまま放置していてもロクなことにならないだろう」
「どうせならヴェスピーアに行きたいよ、何が悲しくてこんな場所に向かわなきゃならないんだ」
ネフィリは愚痴を溢した。
「だが、ひょっとすると、ネフィリの呪いについても何か知っているかもしれないんだ、ここで解呪の方法が手に入れば……」
「それは……」
ネフィリは思わせぶりに息を飲んだ。
「憧れのマイホームを手に入れることが出来る!」
目を輝かせながらエレイン達は声を高らかに言う。
「はぁ……やるかぁ……」
目を輝かせている女性二人を見ながらミオリアはため息を交えつつ
「ボクのこの難儀な呪いを早く解いてよ」
楽しそうにネフィリは笑った。
ネフィリにかかっている呪いとは、災害を寄せてしまうという物である。厳密に言えば、状態が呪いに近いから通りのいいように呪いという言葉を使っているだけでしかない。その本質はエレインを始めとしたイシュバルデ王国が誇る碩学の魔術師たちですら理解できないほどの代物である。わかっていることは、魔術的な要素でネフィリの肉体に影響を及ぼしていること、そしてそれはエスという名前が関わっている。それしか分かっていない。
ミオリアとエレインとネフィリが旅をしているのは、ネフィリが持つ厄災の呪いを一か所に留めないことで災害が起こる前に移動しているだけである。その道中でエレインは魔術の研究を行い、ミオリアはネフィリの呪いの手がかりになりそうなものを旅しながら集めている。
今回はウィズアウトという明らかにネフィリとエレインを狙った犯行であったためウィズアウトたちがネフィリについて何か知っている可能性は十分あった。
本来であれば二人は王城で身柄を保護するのが定石であったが、ネフィリの災害の呪いが王城に蔓延してしまうため危険と判断されミオリアと行動している。エレインの身柄は本人の強い要望でミオリア達と行動することになった。むしろ懐刀が三人揃った状態であるため並の人間どころか、魔獣にすら遅れを取ることがないだろう。
ネフィリとエレインがウィズアウトと直接対峙することに対して賛否は有ったが、ネフィリとエレイン以上の実力者がこのイシュバルデには数えるほどしかいないため、結局、自分たちで解決するのが手っ取り早いのである。
「ついたな……」
へロットテリトリーの門を潜るとミオリア達は驚愕した。以前来た時のへロットテリトリーはアウトローが支配する領土で荒廃しきっており見放された場所というのが言い得て妙な場所だった。しかし今は見違えるように街並みが整えられ、綺麗になっていた。
「ここ本当にヘロットテリトリーか?」
「地図とは一致している」
「ボクもこれにはびっくりだよ」
三人は驚きを隠せなかった。
「あー、失礼」
眼鏡をかけた細身の男性がミオリア達に話しかけた。
「はい、何でしょうか?」
ミオリアが返事をしながら男の前に向かう。さりげなく短剣に左手を掛けてすぐに戦闘できるようにしておく。
「通行料金を払ってもらいたくて」
細身の男は門を指差しながらそう言った。橋の通行料を取る場所はよくあることだ。
「すいません、気づかなくて、まとめて俺が払いますね」
ミオリアは三人分の料金を細身の男に渡す。
「ククク……」
「どうしました?」
「クハハハハ! 引っ掛かったな馬鹿共め、俺がウィズアウトのシーエムだと知らずに取引したな!」
ミオリアは手を掛けていたナイフを握り締める。
「動くなミオリア!」
ミオリアはシーエムの言葉を聞くと指一本動かせなくなる。
「なっ――」
「ミオリア、その短剣を首にあてがえ」
「またかよ畜生」
ミオリアは自分の首に短剣を突き立てる。あと一ミリでも刃を深くすれば皮が切れる寸前のところで右手が止まる。
「この男の命が惜しければ、付いてきてもらおうか!」
シーエムが叫んだと同時にミオリアの腹部に衝撃が走った。
ネフィリが一歩でミオリアまで距離を詰めて、素手の拳をミオリアの鳩尾の辺りに放ち、ミオリアを戦闘不能にした。
「世話が焼ける『パーゴ』」
エレインは魔術を唱えると、ミオリアの全身を氷漬けにする。
「なっ、こいつ仲間を――」
「余所見しているほどの暇はないよ!」
ネフィリがガントレットを装着しながらシーエムと名乗る男の目の前に立つ、拳を構え、鋭い一撃を胸部に加える。そのまま胸倉を掴み、左手で渾身のボディーブローを放ち、トドメと言わんばかりの右アッパーをシーエムに叩きこむ。
顎から嫌な音を響かせながらシーエムの身体が二メートルほど浮いてから、頭から石畳の地面に激突する。
「よし、終わり!」
「危なかったな」
「そうだね」
ネフィリは氷漬けになったミオリアの前に立つと、正拳突きの要領で氷を殴る。ネフィリの拳を伝いながら、氷はひび割れ、崩れ落ちていく。
「氷漬けって……やばいんだな……呼吸できないのが超こええ」
「氷漬けの死因は窒息」
エレインは巧みに魔術を操りミオリアについている氷を全て溶かしきる。
「あちゃー!」
「どうしたネフィリ!」
「シーエム……死んでる……」
シーエムの首筋に指を当て、脈拍を確認するネフィリが残念そうに落ち込んだ。
「あれで死んだのか……」
「手加減したんだけど……ボクたちに喧嘩売ってくるくらいだしこの程度じゃ死なないと思ったんだよ……」
「はぁ……これで奴らの目的が分からないまま、また探しに行くことになったな」
「んでも、ここでコイツが生きてても俺の首がスパーンだったぜ?」
ミオリアは落ち込む二人に対して言う。
「それはそうだが……そうだな、これが最善だったと言える」
エレインはため息を付いてシーエムの元に歩み寄った。
「とりあえず、シーエム討伐でいいのか?」
「こいつが本当にシーエムなら、任務は達成だな、しかし、どうやって一致を取るかだな……」
「そいつはウィズアウトのシーエムで間違いねえよ」
ミオリアは周りに視線を送ると、大勢の人がミオリア達を囲うように立っていた。
「この男が、俺たちを権能で縛ってやいやがったんだ!」
それが火種となって群衆たちは一斉に「そうだ!」と何度も叫び始めた。
「権能? それはなんだ?」
エレインは最初に話しかけた男に尋ねた。
「俺も詳しいことは知らねえが、偉大な天使様がお与えになった人間を導く力だとか言っていたな、シーエムは、自身と取引した相手を永遠に服従させる権能を持っていてな、俺たちはそれに引っかかり操り人形だったわけだ」
男は、それから数秒黙り込んで、シーエムの遺体を見下ろした。それから口角を上げて高らかに笑った。
「だが、あんたらが俺たちの領土を、居場所を取り返してくれた。感謝するぜ!」
男はガハハと笑い声を上げながらミオリアの肩を叩いた。
「俺は、ワイルドコート商会のボス、ライターだ」
ワイルドコード商会、裏社会で幅を利かせている勢力のひとつで、密輸と情報収集を得意とするマフィアである。
「ライター……ひとつ頼みたいことがある」
「ああ、なんでも言ってくれ、なんでも揃えてやるぜ」
「ウィズアウトについての情報を教えてほしい、対価はこれで」
ミオリアは次元倉庫から金貨が詰まった革袋を取り出すとライターに渡した。
「オーケー、そしたら今日は俺の紹介する宿屋に泊まってくれ、明日の朝一で情報を提供してやる」
「明日と言うのは6月7日でいいな?」
ミオリアは日付を添えて確認する。時々、明日とか濁した言葉を使って日付を勘違いしたと言い張って納期を遅らせる人間がいるからその対策で日付を確認した。
「大丈夫だ、任せろ」
ライターは宿屋の紹介状を名前入りで書くと、ミオリアに渡した。
「サンクス」
この宿屋の紹介状はこのヘロットテリトリーにおいては大きな効力を発揮する。ワイルドコート商会の庇護下にある場所で過ごすことになるため、ミオリア達の安全が確保されるからだ。
ミオリアはライターに紹介された宿に実際に行き場所を確認した後、ワイルドコート商会のシマを散策し始めた。
以前のへロットテリトリーとは大違いな街並みはマフィアの世界とは思えないほどきれいに統制された場所で、露店で売られている物に粗悪なものはない。
ミオリアは薬屋に向かうことにした。
「薬屋って、ヘロットテリトリーだよ、流石に医薬品は……」
「違うよ、毒薬を買うんだよ」
ミオリアは薬屋の暖簾を潜ると、店主に薬の名前と量を書かれた紙と十分な金を渡す。
店主はリストを確認すると、奥から指定された薬を指定された量を取り出し、大きめの瓶に移し、見分けがつくようにラベルを張り付けて袋にしまった。
ヘロットテリトリーの薬屋では、金さえ払えば劇毒物も出す店が多く、ミオリアは対魔獣用の毒薬が少なくなっていたため補充したい時期ではあった。
だが、毒薬なんていうものは普通の店では買うことが出来ないため、へロットテリトリーに寄るときは必ず毒薬の補充をしている。
と言っても魔獣用の毒薬はそもそもあまり使うことがないため、ミオリアもヘロットテリトリーに来るのは片手で数える程度しかない。
毒薬を補充したミオリアは、正面で待たせているエレイン達と合流し、宿に戻った。
宿の内装は新しくなっており、ベッドの質も悪くないというのがミオリアの評価だった。
ベッドがキングサイズのベッド一つだけなのは、ライターが気を利かせたようだ。
「何買ったの?」
「魔獣用の毒薬、ここじゃないと入手できなくてさ、補充した。まぁ、あんまり使わないがあると何かと便利」
「あれを人間に使うのはもう見たくないぞ……」
エレインが顔をしかめながら言った。
昔、ミオリアが魔獣用の毒薬を塗ったナイフを間違えて人間に使い、泡を吹きながら死んだ光景をエレインは目の前で見てしまっており、かなりトラウマになっている。
「気を付ける……」
ミオリアは苦い顔をしながら言い返した。
ドアをノックする音が三回鳴る。
「失礼します」
「どうぞー」
ドア開けると、息を切らせながら青年がミオリアの部屋を訪ねて来た。
「私はワイルドコート紹介のマッチと言います。ライター様からこれを渡す様にと言われてここに参りました」
マッチは封筒をミオリアに渡すと、一瞥してその場を後にした。
「もう来たのか、早いな……」
ミオリア達は寄せ集まって手紙を確認する。手紙は二枚入っており、一枚目からミオリア達は確認する。
「ウィズアウトは現在、サイエストにエスエッチ、ダンプトエルにピーシー、エリュシオンテにケーシーがいることが確認された」
ミオリアは報告書を読み上げるともう一枚の手紙を読み上げる。
「これは私の個人的な頼みであるが、弟のワックスがエリュシオンテに住んでいる。弟の無事がここ半年ほど取れていない状態が続いていた。そこに先ほどケーシーの情報が入った。私情挟んで申し訳ないが確認を頼みたい」
という手紙をミオリアは読み上げた。
「どうするミオリア?」
「まぁ、ちょうどいいしエリュシオンテに行くか、近いっちゃ近いし」
「わかった、次の行き先が決まったな」
「それじゃ、明日にはここを出ていこうな」
ミオリア達の次の目的地エリュシオンテに潜んでいるケーシーにターゲットが決まった。
ミオリアは警戒レベルを最大にしていく。十年以上冒険者やら騎士やらの仕事に就いているが、一番面倒なのは人間だからだ。
魔獣や魔物を殺したところで、咎める者はほとんどいないが、人間一人を殺したことで大事件に発展するなんていうケースはよくあることだからだ。
ミオリアはイシュバルデ王国の中でもトップクラスの実力者である。所属は無論王城であるため、ある程度の矜持と倫理と法の知識を要求される立ち位置にいる。
そうなると、盗賊の場合は攻撃を仕掛けて来た場合しか攻撃することが出来ないため、あくまでカウンター攻撃になる。
能力の関係上、奇襲を得意とするミオリアにとっては分が悪いと言える状況である。同行しているエレインは距離を詰められると対応が厳しくなり、危険になる。
ネフィリは生粋のファイターであるため盗賊には強いが、向こう見ずなところがあるため、やり過ぎるところがある。
ミオリア的には非常に面倒な状態であった。ここからある程度先に辿り着けば、アウトローたちの勘も鋭くなり始め、無闇にミオリアたちを襲わなくなる。
相手の実力を一目で判断できる能力がこの世界では生命の危機に直結していることをミオリアは経験から認識している。
この調子で行けばヘロットテリトリーまでは二時間かからず到着するだろう。
「ウィズアウトか……あいつらホントなんなんだろうな」
ミオリアは警戒を維持したまま口を動かし始める。
「さぁ、ボクは知らない」
ネフィリは肩を竦めて
「私もさっぱり」
「面倒臭せえ」
「だが、このまま放置していてもロクなことにならないだろう」
「どうせならヴェスピーアに行きたいよ、何が悲しくてこんな場所に向かわなきゃならないんだ」
ネフィリは愚痴を溢した。
「だが、ひょっとすると、ネフィリの呪いについても何か知っているかもしれないんだ、ここで解呪の方法が手に入れば……」
「それは……」
ネフィリは思わせぶりに息を飲んだ。
「憧れのマイホームを手に入れることが出来る!」
目を輝かせながらエレイン達は声を高らかに言う。
「はぁ……やるかぁ……」
目を輝かせている女性二人を見ながらミオリアはため息を交えつつ
「ボクのこの難儀な呪いを早く解いてよ」
楽しそうにネフィリは笑った。
ネフィリにかかっている呪いとは、災害を寄せてしまうという物である。厳密に言えば、状態が呪いに近いから通りのいいように呪いという言葉を使っているだけでしかない。その本質はエレインを始めとしたイシュバルデ王国が誇る碩学の魔術師たちですら理解できないほどの代物である。わかっていることは、魔術的な要素でネフィリの肉体に影響を及ぼしていること、そしてそれはエスという名前が関わっている。それしか分かっていない。
ミオリアとエレインとネフィリが旅をしているのは、ネフィリが持つ厄災の呪いを一か所に留めないことで災害が起こる前に移動しているだけである。その道中でエレインは魔術の研究を行い、ミオリアはネフィリの呪いの手がかりになりそうなものを旅しながら集めている。
今回はウィズアウトという明らかにネフィリとエレインを狙った犯行であったためウィズアウトたちがネフィリについて何か知っている可能性は十分あった。
本来であれば二人は王城で身柄を保護するのが定石であったが、ネフィリの災害の呪いが王城に蔓延してしまうため危険と判断されミオリアと行動している。エレインの身柄は本人の強い要望でミオリア達と行動することになった。むしろ懐刀が三人揃った状態であるため並の人間どころか、魔獣にすら遅れを取ることがないだろう。
ネフィリとエレインがウィズアウトと直接対峙することに対して賛否は有ったが、ネフィリとエレイン以上の実力者がこのイシュバルデには数えるほどしかいないため、結局、自分たちで解決するのが手っ取り早いのである。
「ついたな……」
へロットテリトリーの門を潜るとミオリア達は驚愕した。以前来た時のへロットテリトリーはアウトローが支配する領土で荒廃しきっており見放された場所というのが言い得て妙な場所だった。しかし今は見違えるように街並みが整えられ、綺麗になっていた。
「ここ本当にヘロットテリトリーか?」
「地図とは一致している」
「ボクもこれにはびっくりだよ」
三人は驚きを隠せなかった。
「あー、失礼」
眼鏡をかけた細身の男性がミオリア達に話しかけた。
「はい、何でしょうか?」
ミオリアが返事をしながら男の前に向かう。さりげなく短剣に左手を掛けてすぐに戦闘できるようにしておく。
「通行料金を払ってもらいたくて」
細身の男は門を指差しながらそう言った。橋の通行料を取る場所はよくあることだ。
「すいません、気づかなくて、まとめて俺が払いますね」
ミオリアは三人分の料金を細身の男に渡す。
「ククク……」
「どうしました?」
「クハハハハ! 引っ掛かったな馬鹿共め、俺がウィズアウトのシーエムだと知らずに取引したな!」
ミオリアは手を掛けていたナイフを握り締める。
「動くなミオリア!」
ミオリアはシーエムの言葉を聞くと指一本動かせなくなる。
「なっ――」
「ミオリア、その短剣を首にあてがえ」
「またかよ畜生」
ミオリアは自分の首に短剣を突き立てる。あと一ミリでも刃を深くすれば皮が切れる寸前のところで右手が止まる。
「この男の命が惜しければ、付いてきてもらおうか!」
シーエムが叫んだと同時にミオリアの腹部に衝撃が走った。
ネフィリが一歩でミオリアまで距離を詰めて、素手の拳をミオリアの鳩尾の辺りに放ち、ミオリアを戦闘不能にした。
「世話が焼ける『パーゴ』」
エレインは魔術を唱えると、ミオリアの全身を氷漬けにする。
「なっ、こいつ仲間を――」
「余所見しているほどの暇はないよ!」
ネフィリがガントレットを装着しながらシーエムと名乗る男の目の前に立つ、拳を構え、鋭い一撃を胸部に加える。そのまま胸倉を掴み、左手で渾身のボディーブローを放ち、トドメと言わんばかりの右アッパーをシーエムに叩きこむ。
顎から嫌な音を響かせながらシーエムの身体が二メートルほど浮いてから、頭から石畳の地面に激突する。
「よし、終わり!」
「危なかったな」
「そうだね」
ネフィリは氷漬けになったミオリアの前に立つと、正拳突きの要領で氷を殴る。ネフィリの拳を伝いながら、氷はひび割れ、崩れ落ちていく。
「氷漬けって……やばいんだな……呼吸できないのが超こええ」
「氷漬けの死因は窒息」
エレインは巧みに魔術を操りミオリアについている氷を全て溶かしきる。
「あちゃー!」
「どうしたネフィリ!」
「シーエム……死んでる……」
シーエムの首筋に指を当て、脈拍を確認するネフィリが残念そうに落ち込んだ。
「あれで死んだのか……」
「手加減したんだけど……ボクたちに喧嘩売ってくるくらいだしこの程度じゃ死なないと思ったんだよ……」
「はぁ……これで奴らの目的が分からないまま、また探しに行くことになったな」
「んでも、ここでコイツが生きてても俺の首がスパーンだったぜ?」
ミオリアは落ち込む二人に対して言う。
「それはそうだが……そうだな、これが最善だったと言える」
エレインはため息を付いてシーエムの元に歩み寄った。
「とりあえず、シーエム討伐でいいのか?」
「こいつが本当にシーエムなら、任務は達成だな、しかし、どうやって一致を取るかだな……」
「そいつはウィズアウトのシーエムで間違いねえよ」
ミオリアは周りに視線を送ると、大勢の人がミオリア達を囲うように立っていた。
「この男が、俺たちを権能で縛ってやいやがったんだ!」
それが火種となって群衆たちは一斉に「そうだ!」と何度も叫び始めた。
「権能? それはなんだ?」
エレインは最初に話しかけた男に尋ねた。
「俺も詳しいことは知らねえが、偉大な天使様がお与えになった人間を導く力だとか言っていたな、シーエムは、自身と取引した相手を永遠に服従させる権能を持っていてな、俺たちはそれに引っかかり操り人形だったわけだ」
男は、それから数秒黙り込んで、シーエムの遺体を見下ろした。それから口角を上げて高らかに笑った。
「だが、あんたらが俺たちの領土を、居場所を取り返してくれた。感謝するぜ!」
男はガハハと笑い声を上げながらミオリアの肩を叩いた。
「俺は、ワイルドコート商会のボス、ライターだ」
ワイルドコード商会、裏社会で幅を利かせている勢力のひとつで、密輸と情報収集を得意とするマフィアである。
「ライター……ひとつ頼みたいことがある」
「ああ、なんでも言ってくれ、なんでも揃えてやるぜ」
「ウィズアウトについての情報を教えてほしい、対価はこれで」
ミオリアは次元倉庫から金貨が詰まった革袋を取り出すとライターに渡した。
「オーケー、そしたら今日は俺の紹介する宿屋に泊まってくれ、明日の朝一で情報を提供してやる」
「明日と言うのは6月7日でいいな?」
ミオリアは日付を添えて確認する。時々、明日とか濁した言葉を使って日付を勘違いしたと言い張って納期を遅らせる人間がいるからその対策で日付を確認した。
「大丈夫だ、任せろ」
ライターは宿屋の紹介状を名前入りで書くと、ミオリアに渡した。
「サンクス」
この宿屋の紹介状はこのヘロットテリトリーにおいては大きな効力を発揮する。ワイルドコート商会の庇護下にある場所で過ごすことになるため、ミオリア達の安全が確保されるからだ。
ミオリアはライターに紹介された宿に実際に行き場所を確認した後、ワイルドコート商会のシマを散策し始めた。
以前のへロットテリトリーとは大違いな街並みはマフィアの世界とは思えないほどきれいに統制された場所で、露店で売られている物に粗悪なものはない。
ミオリアは薬屋に向かうことにした。
「薬屋って、ヘロットテリトリーだよ、流石に医薬品は……」
「違うよ、毒薬を買うんだよ」
ミオリアは薬屋の暖簾を潜ると、店主に薬の名前と量を書かれた紙と十分な金を渡す。
店主はリストを確認すると、奥から指定された薬を指定された量を取り出し、大きめの瓶に移し、見分けがつくようにラベルを張り付けて袋にしまった。
ヘロットテリトリーの薬屋では、金さえ払えば劇毒物も出す店が多く、ミオリアは対魔獣用の毒薬が少なくなっていたため補充したい時期ではあった。
だが、毒薬なんていうものは普通の店では買うことが出来ないため、へロットテリトリーに寄るときは必ず毒薬の補充をしている。
と言っても魔獣用の毒薬はそもそもあまり使うことがないため、ミオリアもヘロットテリトリーに来るのは片手で数える程度しかない。
毒薬を補充したミオリアは、正面で待たせているエレイン達と合流し、宿に戻った。
宿の内装は新しくなっており、ベッドの質も悪くないというのがミオリアの評価だった。
ベッドがキングサイズのベッド一つだけなのは、ライターが気を利かせたようだ。
「何買ったの?」
「魔獣用の毒薬、ここじゃないと入手できなくてさ、補充した。まぁ、あんまり使わないがあると何かと便利」
「あれを人間に使うのはもう見たくないぞ……」
エレインが顔をしかめながら言った。
昔、ミオリアが魔獣用の毒薬を塗ったナイフを間違えて人間に使い、泡を吹きながら死んだ光景をエレインは目の前で見てしまっており、かなりトラウマになっている。
「気を付ける……」
ミオリアは苦い顔をしながら言い返した。
ドアをノックする音が三回鳴る。
「失礼します」
「どうぞー」
ドア開けると、息を切らせながら青年がミオリアの部屋を訪ねて来た。
「私はワイルドコート紹介のマッチと言います。ライター様からこれを渡す様にと言われてここに参りました」
マッチは封筒をミオリアに渡すと、一瞥してその場を後にした。
「もう来たのか、早いな……」
ミオリア達は寄せ集まって手紙を確認する。手紙は二枚入っており、一枚目からミオリア達は確認する。
「ウィズアウトは現在、サイエストにエスエッチ、ダンプトエルにピーシー、エリュシオンテにケーシーがいることが確認された」
ミオリアは報告書を読み上げるともう一枚の手紙を読み上げる。
「これは私の個人的な頼みであるが、弟のワックスがエリュシオンテに住んでいる。弟の無事がここ半年ほど取れていない状態が続いていた。そこに先ほどケーシーの情報が入った。私情挟んで申し訳ないが確認を頼みたい」
という手紙をミオリアは読み上げた。
「どうするミオリア?」
「まぁ、ちょうどいいしエリュシオンテに行くか、近いっちゃ近いし」
「わかった、次の行き先が決まったな」
「それじゃ、明日にはここを出ていこうな」
ミオリア達の次の目的地エリュシオンテに潜んでいるケーシーにターゲットが決まった。
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けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
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