この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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神ノ21話「ブレッド&ディセクション」  

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 アジサイは煙を吸いながら、自分の指の状態を確認する。
 医者たちにも両手をいち早く治すようにと指示していたため、手だけは十分機能を果たしている。
 しかし、あと二日はベッドの上だろう。アジサイは目の前にある楽しみに手が伸ばせず少し残念な気分になった。
 
「ただい、あっ! アジサイ様、体に悪いってあれほど!」
「はやっ――」

 口に咥えた楽しみがアンタレスの能力によって、一瞬で蒸発した。

「禁止してください」
「はい……」

 アジサイは頷くしかなかった。

「それと、言われた通り工房から持ってきましたよ」
「オッケー、意外と早いじゃん」

 アジサイは先ほどまでテーブルの半分ほど埋めていた皿が片付けられるのを待ったあと、テーブルをさらに拭き取り綺麗にすると、一番上のケースを取り出す。
 ずっしりと重いケースのロックを外すと、精工に作られた機械が収められていた。

「ほいほいっと」

 機械を取り出すとテーブルに置いた。
 卓上ボール盤のような外観だが、ドリルをセットするような場所はなく代りに
 この機械はプレス機と呼ばれるものだが、一般にイメージするプレス機とは違う。弾丸に弾頭を込めるために必要な機械である。(※以降はリローディングマシンと呼ぶ)

 今回アジサイが発注したリローディングマシンで出来ることは
・薬莢の形を整えること
・弾頭をセットすること
・薬莢内内部にあるガーネットに魔力を充填すること

 これらをハンドル操作だけで流れ作業を行うことが出来るように工房に発注していた。
 機械の状態を確認し、動きに目立った問題がないか確認する。

「大丈夫そうだな」

 リローディングマシンを収めていたケースを床に置き、二つ目の箱を取り出す。
 金属の細長いパーツや、油の入った瓶など、主にメンテナンスに使う道具類が木枠で一つずつ丁寧に収められていた。
 リローディングマシンの整備や調整の道具と銃をメンテナンスするための道具を納品されていることを確認した後、ケースを閉じて、リローディングマシンの入っていたケースの隣に並べる。
 最後の箱は先ほどの二つより小さいがアジサイの期待は先ほどの二つより遥かに大きい。
 ケースを開ける
 
「ほほう……これはなかなか」
 
 銅でできた弾頭、真鍮製の薬莢、カートリッジが三十発分並べられていた。
 通常のカートリッジと異なり、薬莢内部に入るのは火薬ではなくガーネットが充填されている。ガーネットは魔力が込められると充填されていた魔力を放出する性質があり、それを雷管の代わりにセットしてある励振水晶が衝撃によってガーネットの魔力を放出させる構造になっている。
 工房の方でも幾重にもテストを行っているためその結果の資料がケースの中に添付されていた。
 アジサイは資料に目を通しながら、喜々とした表情になった。

「何々、ガーネットの魔力充填量は800J相当に匹敵、三十メートルくらいは皮の鎧を貫通したと、二枚目は構造と原理になっているのか、ほうほう、これは中々、お、前に話していたガス圧作動方式の話はガーネットの放出魔力で銃身内部の空気を押し出すと予想したか、作動圧力に不安はあるけど確かに行けそうだな。魔力で打ち出すため煙も出ないしこれはいい感じだな」
「さきほどから楽しそうですね、それは玩具ですか?」
 アンタレスはエサシリンゴを剥きながらアジサイを見守っていた。
「いや、これは武器」
「武器ですか」
「と言っても試作品だから、まだ実用化はできないかな、工房連中も楽しそうにやってたからな、こりゃあ良いぜ」

 昨今、武器専門の工房は技術継承ばかりで業界そのものが冷え込んでいるらしい。というのもイシュバルデ王国の国境に竜巻と暴風が吹き荒れるようになり人間が簡単に行き来できなくなったのが原因で、国境警備ん9お必要が薄く、戦争もない、あるのは時折暴動が起きた際に鎮圧する武器を作成するくらいらしく、今回のアジサイの案件は新鮮な風だったらしく、工房の職人およそ七、八十人が食いついてきた。
 その甲斐あってか一週間足らずでここまでのモノを仕上げてきた。アジサイも工房に足しげく通っており、本人も職人気質なところがあるためか工房連中と仲良く出来たのも成果かもしれない。

「楽しそうでなによりですが、絶対安静と言うことはお忘れなく」

 アジサイはそわそわしながら今にもベッドから降りそうな勢いだったが、アンタレスに止められた。

「ちょっとだけ……」
「ダメです、それ以上するならトイレも一緒に行きますよ?」
「それはちょっと……」
「まったく……」

 絶対安静でそのお目付け役としてアンタレスが今ここにいる。元々、あの試験の後から夕食はアンタレスとずっと一緒にしているためそれなりの仲にはなれているが、それだけではなく、アンタレス自身、かなり世話焼きな一面があり、絶賛それが今爆発しているようだ。

「しばらくお預けかな」

 ケースを閉じて、床に並べた。

「やりたいこといっぱいあるんだけどねえ」
「傷の処置が第一です」

 テーブルの上に皮が剥かれ切り分けられたリンゴが置かれる。それを手に取ると口の中に入れる。

「おいしいな……」
「王室御用達のリンゴです。さわやかな酸味と濃厚な甘みが特徴的なリンゴですね」
「用意してもらってありがとうございます」
「まだありますのでご遠慮なく」
「しかし、何から何までやってもらってもすいません。非常に助かります」
「大丈夫ですよ、どうせ部屋で一人ですし、だれも気味悪がって近づかないですし……」

 神罰のパンドラと呼ばれる実力者であり、老婆姿で普段いたら気味悪いだろうとアジサイは口を滑らせそうになったが、寸でのところで留まった。

「一人か……お友達は?」
「私はずっと一人でした」

 それ以上は何も言わない。言いたくないのだろう。

「そっか、寂しいね」
「それは同情ですか?」
「いや、共感です」
「あなたは一人ではないでしょう。ジークさんやミオリアさんと仲が良いのは知っていますよ」
「それもそうっすね、でもまぁ、そうじゃない時期もあったっすよ」
「過去ですか?」
「秘密」
「そこまで言っておいてなんで勿体ぶるんですか」
「その方が面白そうだったから、まぁ、孤独とは友人がいれば無くなると言うほど安直なものじゃないんですよね」
「なんか、哲学者の話を聞いているようです」
「眠くなりましたか?」
「今はまだ」
「話を変えましょう。と言っても何を話すか……」
「あー、それなら、アジサイさんの好きな食べ物って聞いたことがないですね」
「言われてみれば苦手な食べ物は話しましたが好きな食べ物は聞かれませんでしたね」
「何かありますか?」
「あー、そうですね……」

 リンゴを一切れ口に運びながら、会話の種を頭の中で探す。
 
「生姜の佃煮、蓮根の金平、茄子と茗荷の温そうめん……と言ってもこれはもう食べられないか」
「それは製法が無くなってしまったからでしょうか、それとも貴重な食材なのでしょうか?」

 アジサイは首を横に振った。

「母の味さ」
「母の味……ですか」
「普通に手に入る物ならそうだなぁ、魚は好きだよ、刺身とか」
「刺身ですか、一度食べたことがありますね、鬼神族が好んで食べたと言い伝えられていますね。もう随分前の話ですけど確か、水の都ヴィストークで舌鼓を打ちました。生魚の切り身に豆で出来たソースをつけて食べるのですよね」
「へぇ……」

 アジサイはにたりと笑った。

「今度作ってみましょうか?」
「いや、やめておきます」

 アジサイは、動物の生食はこの異世界に来てから出来るだけ控えるようにしている。寄生虫や未知の病原菌を体内に入れる可能性があるからだ。最も、自身の身体が異世界チート的な何かで何とかなりそうなら動物だろうが魚だろうが遠慮なく生食する話ではあるが。

「他に好きなものは?」
「うーん、そうですね、あっ、たっぷり蜂蜜と溶かしたバターを塗ったトーストは好きです」
「それは! 私も! 大好き!」

 と言う話を永遠アジサイたちは華を咲かせてその日は終わりとなった。
 
 
 
 
 翌日になると、医者から自由に出歩く許可が下りた。
 
 服を着替えて、アジサイは病院の地下に降りた。
 
 ひんやりと冷気が漂うこの場所は戦時中、損傷の激しい遺体を補完する死体安置所だが今は戦争が行われていないため使われていない。
 そこをアジサイが許可を取り、使用している。
 防水性の高い革製のエプロンにこれまた防水性の高い魔獣の皮で出来た手袋する。この手袋は黒い薄手のゴム手袋のように伸縮性があり防水性も高いため、複雑骨折した際の骨の修正や裂傷を縫う際に用いられるものだ。
 
安置所に入ると大きな試験台と、その隣にある運びの良い小さいテーブルの上には剃刀のような鋭い刃物とピンセット、鋏や金槌、鏨などが置いてあった。
丁度試験台に立った時真後ろに来る位置に、蛇口のついた樽とその下に瓶が置かれている。
試験台には首のない死体が置かれていた。衣服は剥されて、重度の肥満体であることがわかった。もっともこれだけ肥えていれば服の上からでも肥満と言うことがわかる。
ダブルピーと呼ばれていたそれの前にアジサイは立った。
首のない死体と表現したが、実際には死体の隣に首はちょこんと置いてある。

頭を掴むとアジサイは首の切断面を覗き込んだ。
見事に寸断されており、脊椎から食道まではっきりと見えた。

「さてと、これから長丁場になるぞ」

 頭を試験台の上に置き、剃刀で皮を丁寧に剥ぎ取り、筋肉の状態を見る。ここまではただの人間とそこまで大きな差はない。
 次に筋肉を削ぎ落とす。

「ッ!――」

 ダブルピーの東部にある骨を確認し始めたアジサイは驚きの声を漏らした。
 次々と関節を切外し、一つ一つの骨を確認する。
 脳みそが露わとなった時点で、瓶に脳みそを収めると、樽の蛇口を捻った。樽の中身はアルコールで脳や内臓を保存するために用意した。
 眼球二つも同様の処理をする。
 本来であれば組織を固定化できるホルマリンの方がいいのだが現在入手不可能であるため、アルコールでとりあえず腐らないようにだけする。

「おいおい、こんなのって……」

 何時間もかけて骨から肉や関節を外した結果、人間の身体には有ってはならないことを発見する。
 
「骨に……番号が刻まれている……」

 頭部を構成する十種十六個の骨全てに番号が刻まれていたのだ。

「どういうことだ、まるで作られた……作られたのか!?」

 独り言を吐きながらアジサイは心を落ち着ける。

 何か気付いたアジサイは瓶に詰めた眼球と脳みそを改めて確認する。
 眼球にはそれぞれ同様の番号が刻まれていた。

「なるほどね、これはこれは……この世界のテクノロジーを見下していたことを素直に謝るよ。この異世界は酷く浅い倫理観をお持ちのようだな」
 それからアジサイは、胴体の解剖を行った。
 鳩尾のあたりから臍辺りまで刃を入れ、開口具で切開部を開いた状態にする。強烈な腐敗臭がアジサイの鼻を捻じ曲げた。
「こりゃだめそうだな……」

 ダブルピーの遺体を運ぶのに荷馬車で四日ほどの時間が必要だった。それからアジサイが解剖を行うまでに三日更に遺体を放置することになった。低温の状態を保っていたがどうやらかなり腐敗が進んでしまっているようだ。内臓が腐ってとてもじゃないが臓器の様子がみれたものではなかった。おそらく輸送時の保存状態が良くなかったのだろう。

 観察できそうな臓器がないかが手を入れて腸だったものややら胃袋だったものをまさぐるが、既にドロドロに腐敗している。

「骨折りか……ああ、まだ骨があるな。しょうがない、骨のサンプルを……ん?」

 アジサイは切開部をよく見る。
 ダブルピーの腹の肉には脂肪層が見当たらない。

「え、これ全部筋肉じゃん……」

 アジサイは腕や足も切り開いて脂肪層がないか確かめたがどこにも脂肪がついていない全て筋肉であることが判明した。
 不自然な付き方をした筋肉に疑問を持ちながらアジサイは出来るだけ状態を記録する。

 素人の解剖にしてはそこそこの成果を出すことが出来たろうと思いながら、アジサイはダブルピーの骨格標本作るために準備を始めた。
 欲を言えば内臓のサンプルが欲しかったが、それは諦めて剃刀でダブルピーの大部分の肉を削ぎ落とし、骨をできるだけ丁寧に残す。

「ん、こいつ、肩甲骨が異常に肥大化しているななんか羽みたいだな」

 残った肉はぬるま湯に漬け込み腐らせる。微生物の力を偉大に思いながら骨を樽に詰めた。
 
「まぁ、骨の状態は肉がこびりついてわからねえからこれからだな……ちょっと楽しみ」

 知的好奇心を抑えることが出来ずついついアジサイは口走ってしまう。
 アジサイの知的好奇心が極めても通常の人間よりも強い。興味を持ったことはとことん追求する典型的な学者タイプの人間だ。
 
「こういう時しかできねえからな、楽しまないとな!」

 樽を病院の外の日当りの良い場所に置き、水を骨が沈むくらい入れる。
 それからエレインに教えてもらった保温術式をを樽に刻み、術式を起動させる。

「これでよしと、あとは……掃除か……」
 項垂れるように、アジサイはまた地下へと降りて行った。
 
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