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天ノ20話「旅立ち」
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ダブルピー襲撃事件から三日が経った。ミオリアは旅立つ前にアジサイの元へ訪ねた。
「アジサイさん、エサシアップルですよ」
「お、ありがと」
「ルビーロマンも取り寄せてあります。夕食はお魚とお肉どちらがいいですか?」
「肉で」
「わかりました、ではトマホークステーキをご用意しますね」
「やったぜ」
「他にも食べたいものがあればお申し付けください」
ミオリアは病室に入ったつもりだった。
看護師たちがあくせくアジサイの病室だったところから運んでいるのは空の皿だった。
「よ、よぉ、アジサイ」
部屋の中入ると、ベッドに備え付けられたテーブルが目に入った。何十枚も皿が重ねられているテーブルの奥にアジサイがいた。
その隣では金髪の髪に超ド級の胸が嫌でも目に入ってしまう美女がリンゴの皮を剥いていた。もちろんミオリアはこの女性に見覚えはない。
「すいません、朝から空腹が収まらなくて、回復術式だそうです」
「あー、それは腹が減る」
回復術式、病院などのベッドに仕掛けられた術式で回復速度を通常の十倍以上の速度で傷を回復させる術式だが、膨大な魔力とエネルギーが奪われるため一瞬で腹が減る術式でもある。と言うより、食べ続けないと餓死寸前にまでエネルギーを奪われるのである。
「しかもここの術式は特別回復速度が早いもので、明日には傷は完治していますが、アジサイさんは三日も昏睡していたので先ほどまでミイラのようでしたよ、ミオリアさんも気を付けてくださいね」
「どうして俺の名前を?」
金髪の女性に聞いた。たれ目で朗らかな雰囲気を纏った女性はきょとんした顔で小首を傾げた。
それからしばらく考えたあと、女性は「あっ」と言って頬を赤くした。
「アンタレス・シャウラです」
「はぁ? アンタレス・シャウラは年齢百十数歳のおばあちゃんだぞ?」
「はい、この姿のことですよね?」
アンタレスは老婆姿に変身した。すぐに変身は解かれたが、ミオリアは茫然としたままだった。
「私は人間ではないのですが、みなさんと違和感がないように人間年齢に合わせた姿をしていました。もちろん、本来の姿はこちらです」
「は、はぁ……」
ミオリアは狼狽しつつ、アジサイのベッドの隣にある椅子に座った
「調子はどうだ?」
「両手五指粉砕骨折、両腕粉砕骨折、左あばら二本骨折、両足複雑骨折、全身打撲っす」
「うへえ面白いことなってんなぁ」
「まぁ、死ななきゃ安いですよ。それに一応俺にもスキルがあるようで回復力もそこそこあったようですし、それに今後に必要な事だったのでこのダメージは必要なものです」
「ならいいんだけどよ……それとなんだが」
「ああ、手紙の件ですね、おそらく先輩のことですからアクバ王に報告した後、お読みになられたと思います」
「なんで先読みされてんだよ!!」
「直感ですよ。それで、ウィズアウトですか?」
ミオリアは静かに頷いた。
「ふむ、アンタレス様、すいません、工房から依頼物の納品があるので代わりに取りに行ってもらえないでしょうか?」
アジサイは受け取りを置こうためのチケットをアンタレスに渡した。
アンタレスは何かを察したように頷いた後、病室を出て行った。
アジサイはアンタレスがいなくなったことを確認すると、枕元にあるシガーケースからタバコを一本取り出して咥える。
「ウィズアウトたちの話ですね」
「ああ、ウィズアウトの目的は?」
「エレインさんかネフィリさんでしょう、お二人は特異ですし……その……」
「なんだ?」
アジサイは口どもった。
「言い方は良くないですが、ネフィリさんは人間じゃないのでは?」
「あー、そうだよ」
「思った以上に軽いなオイ、いったい何者なんです?」
「わからん、ただ人間じゃないということしか分かっていない」
「そうっすかぁ」
「一応あいつも俺も懐刀と言われている騎士の中でもアクバ王の信頼が厚い手練れだ。ものすごいわかりやすく言うとイシュバルデ公式最強の一人なんだ。そいつを狙うって言うんだ。相手も相当な連中かバカだな」
「となるとやはりネフィリさんの正体ですかね」
「わからんが、それを調査するのも俺たちの仕事だ」
「そうですか、こっちもそろそろアンタレス様の仕事が近づいているのでウィズアウトに本腰は入れられないっすな。内通者もいるようですが、それは放っておいていいでしょう」
「大丈夫かよ?」
「狙いがネフィリさんならむしろ王城から離れた方が得策かと、アクバ王を危険から遠ざけられる。それに俺も先輩もジークも王城から出ているので情報流失も無いでしょう」
「わかった……これからの情報のやり取りはどうする?」
「重要度によってやり取りを変えていきましょう。現状はまだ良い方法がないのでしばらくは各自の判断で行動っすね」
「しょうがねえかぁ」
「どのみち、三者三様で王城から出るので気軽に連絡はとれないでしょう」
「そうだな」
「それとダブルピーの遺体なのですが、現在王城の研究員たちが解剖しているそうです。情報が揃ったら先輩の部屋に置いておきます。したがって、ひと月くらい経ったら一度取りに戻ってください。ジークも王城に帰還次第、我々にレポートを書いておくように連絡しておきました」
「オッケー、そろそろ出ちまうけど他に情報は?」
「はい、ダブルピーが言っていただけなのですが、ヘロットテリトリーにウィズアウトのシーエムがいると言う話を耳にしました。詳しい話はわかりませんが、もし出向くならお気を付けて下さい」
「ヘロットテリトリーかぁ……」
「御存じで?」
「所謂ヤクザ者が取り仕切っている街だな。裏取引の見本市みたいな場所だ。王城でも問題が多くて手が出せないって手を焼いている場所だ」
「情報は以上です。気を付けてくださいね」
「わかった、それと色々忙しくて返し忘れていた装具だ」
ミオリアは桜色の玉と藍色の玉、半分に割れている黒い玉をアジサイに返した。それから立ち上がって病室のドアに手を掛ける。
「それでは良い旅を」
アジサイはようやくタバコに火をつけ、紫煙を吐き出した。
「あいよー」
ミオリアは病室を後にした。
病院の通路を歩いていると四角いアルミケースを納品物を三段重ねて持ったアンタレスとすれ違った。
「良い旅を」
アンタレスは静かに微笑みながらミオリアを一瞥した。
「はいよー」
ミオリアは軽く返事をして、アンタレスとすれ違った。
それから数十秒後にアンタレスが大声で何かを叫んでいるのが聞こえた。
病室棟の玄関にはエレインとネフィリが待機していた。
「用件は済んだか?」
エレインは黒い円形の鍔がついた三角帽子を被り直しながらミオリアに聞いた。
「おう、そんじゃあ、行くか」
「今度はどこに行くの?」
「ヘロットテリトリーを予定だ」
「また難儀な場所だな」
「裏社会の巣窟じゃん……」
二人は心底嫌な顔をした。
「ウィズアウトの一人がそこにいるらしい」
ネフィリとエレインは目の色を変えた。
「……わかった」
ミオリア達は王城から旅立った。
ヘロットテリトリーは王城の西にある。距離もヴェスピーアよりも遠く、移動が面倒になる。
「久々にあれ使うか」
ミオリアは次元倉庫に手を突っ込み中にあるアイテムを取り出す。
艶やかな絨毯を取り出すと、空中に敷いた。大きさは三人が川の字で寝ても十分寝返りができるほど広い。
御伽噺でも有名な魔法の絨毯だ。もっともこれを使う時はエレインがいる時しか使うことが出来ない。
「エレイン、透過魔術を」
「わかった」
エレインは術式を発動させて、絨毯に乗る人間を見えないようにする。これはエレインが考案したアイテムなのだが、目立ってしまうのと五メートルほど空中に浮くためミオリアは使いたがらない。だからエレインの透過魔術を用いて周囲の人間から知覚されないようにする。
「うわぁたけぇ……」
「では起動する。」
各々が絨毯に座りリラックスし始めると、絨毯が徐々に高度を上げて、五メートルくらいまで浮遊する。その後、ヘロットテリトリー方角に向けて移動を始める。
「よし寝るか」
春先の暖かい陽気に包まれながらミオリアは日向ぼっこをする。
この絨毯は風避けや温度調整機能などがあり、夏はひんやり、冬は暖かくなるように設計されている。ナビゲーションシステムも搭載されているためある程度おおざっぱなら自動で移動する。安全装置もあり、障害物を察知して自動で避けるようになっている。
おまけに速度も自動車の最高速度レベルの速度が出るため移動手段としても優秀である。
ただミオリアの場合、走った方が圧倒的に速い。
「ところでミオリア」
「どうしたエレイン」
「ウィズアウトなのだが、やはりダブルピー同様に怪しげな力を持っているのではないだろうか?」
「それ私も気になった。ミオリアには効いて、ボクとエレインには効かったんだよね」
「うーん、俺は元々精神操作系の能力対して滅茶苦茶弱いからな」
ミオリアの保持するスキルに弱体負耐性というスキルがあり、これが原因で精神異常などに弱くなってしまっている。
「ダブルピー能力を無効化できたのはアジサイ、ネフィリ、私の三人でダメだったのはミオリアと一般市民……共通性が見えない」
「精神力の差じゃなねえか?」
ミオリアは自虐的に言う。
「それだとネピが合致しない」
「それボクがガラスのハートってことかな?」
頬を膨らませながらネフィリは臍を曲げた。
「冗談さ、君がそんな軟じゃないのは私とミオリアが知っている」
「ふん、煽てたってそうはいかない」
ネフィリは得意げに言う。
「いやぁ、ネピには感謝してる」
ミオリアが悪乗りで続けざまに言う。
「そういうのはいいからぁ!」
ネフィリは顔を赤くしたのを隠すためにそっぽを向いた。
「しかし、次の手がどう来るかわからねえから、用心しねえとな」
「そうだな」
「ボクはウィズアウトに聞きたいことが山ほどあるからね」
「ネピの呪いが解除できるかもしれねえからな」
ネフィリの呪い、彼女には生まれつきの凶悪な呪いがあった。彼女の周りでは常に災害、病気、飢餓などを起こす呪いがかけられている。だから彼女は長い時間同じ場所に居続けることが出来ないのである。
同じ場所に長期滞在すると三年も経たないうちにそこら一帯の土地は荒れ果てて、魔獣と蛆虫が蔓延る世界になる。酷い時は半年で村がダメになったこともある。
幼少期の頃はちょっと風邪が流行るくらいだったが妙齢になるにつれて呪いの効力が強くなっていったとネフィリは述べている。
彼女の呪いを解くために、そして土地を荒らさないようにするためにネフィリは旅を続けなければならない。
それがネフィリに掛けられた呪いだ。
「本当に解けるのかな……」
「大丈夫だ、解けなくても一緒にいてやるよ」
ミオリアは柄にも無いこと言う。
「もちろんだ。でも流石に妊婦になったら私はしばらくお別れする」
「ありがとうね二人とも、エレインはいつになったら子供に恵まれるのかな」
「こればかりは神様の思し召しだろうな」
「種に問題があったりして?」
ネフィリは冗談交じりで言う
「昼間からそれはやめろ」
「さっきのお返し」
悪戯顔でネフィリは笑っている。
こうやって暢気な会話をしている中でミオリアは何かが引っかかっているがそれが何かは思い出すことが出来なかった。
「アジサイさん、エサシアップルですよ」
「お、ありがと」
「ルビーロマンも取り寄せてあります。夕食はお魚とお肉どちらがいいですか?」
「肉で」
「わかりました、ではトマホークステーキをご用意しますね」
「やったぜ」
「他にも食べたいものがあればお申し付けください」
ミオリアは病室に入ったつもりだった。
看護師たちがあくせくアジサイの病室だったところから運んでいるのは空の皿だった。
「よ、よぉ、アジサイ」
部屋の中入ると、ベッドに備え付けられたテーブルが目に入った。何十枚も皿が重ねられているテーブルの奥にアジサイがいた。
その隣では金髪の髪に超ド級の胸が嫌でも目に入ってしまう美女がリンゴの皮を剥いていた。もちろんミオリアはこの女性に見覚えはない。
「すいません、朝から空腹が収まらなくて、回復術式だそうです」
「あー、それは腹が減る」
回復術式、病院などのベッドに仕掛けられた術式で回復速度を通常の十倍以上の速度で傷を回復させる術式だが、膨大な魔力とエネルギーが奪われるため一瞬で腹が減る術式でもある。と言うより、食べ続けないと餓死寸前にまでエネルギーを奪われるのである。
「しかもここの術式は特別回復速度が早いもので、明日には傷は完治していますが、アジサイさんは三日も昏睡していたので先ほどまでミイラのようでしたよ、ミオリアさんも気を付けてくださいね」
「どうして俺の名前を?」
金髪の女性に聞いた。たれ目で朗らかな雰囲気を纏った女性はきょとんした顔で小首を傾げた。
それからしばらく考えたあと、女性は「あっ」と言って頬を赤くした。
「アンタレス・シャウラです」
「はぁ? アンタレス・シャウラは年齢百十数歳のおばあちゃんだぞ?」
「はい、この姿のことですよね?」
アンタレスは老婆姿に変身した。すぐに変身は解かれたが、ミオリアは茫然としたままだった。
「私は人間ではないのですが、みなさんと違和感がないように人間年齢に合わせた姿をしていました。もちろん、本来の姿はこちらです」
「は、はぁ……」
ミオリアは狼狽しつつ、アジサイのベッドの隣にある椅子に座った
「調子はどうだ?」
「両手五指粉砕骨折、両腕粉砕骨折、左あばら二本骨折、両足複雑骨折、全身打撲っす」
「うへえ面白いことなってんなぁ」
「まぁ、死ななきゃ安いですよ。それに一応俺にもスキルがあるようで回復力もそこそこあったようですし、それに今後に必要な事だったのでこのダメージは必要なものです」
「ならいいんだけどよ……それとなんだが」
「ああ、手紙の件ですね、おそらく先輩のことですからアクバ王に報告した後、お読みになられたと思います」
「なんで先読みされてんだよ!!」
「直感ですよ。それで、ウィズアウトですか?」
ミオリアは静かに頷いた。
「ふむ、アンタレス様、すいません、工房から依頼物の納品があるので代わりに取りに行ってもらえないでしょうか?」
アジサイは受け取りを置こうためのチケットをアンタレスに渡した。
アンタレスは何かを察したように頷いた後、病室を出て行った。
アジサイはアンタレスがいなくなったことを確認すると、枕元にあるシガーケースからタバコを一本取り出して咥える。
「ウィズアウトたちの話ですね」
「ああ、ウィズアウトの目的は?」
「エレインさんかネフィリさんでしょう、お二人は特異ですし……その……」
「なんだ?」
アジサイは口どもった。
「言い方は良くないですが、ネフィリさんは人間じゃないのでは?」
「あー、そうだよ」
「思った以上に軽いなオイ、いったい何者なんです?」
「わからん、ただ人間じゃないということしか分かっていない」
「そうっすかぁ」
「一応あいつも俺も懐刀と言われている騎士の中でもアクバ王の信頼が厚い手練れだ。ものすごいわかりやすく言うとイシュバルデ公式最強の一人なんだ。そいつを狙うって言うんだ。相手も相当な連中かバカだな」
「となるとやはりネフィリさんの正体ですかね」
「わからんが、それを調査するのも俺たちの仕事だ」
「そうですか、こっちもそろそろアンタレス様の仕事が近づいているのでウィズアウトに本腰は入れられないっすな。内通者もいるようですが、それは放っておいていいでしょう」
「大丈夫かよ?」
「狙いがネフィリさんならむしろ王城から離れた方が得策かと、アクバ王を危険から遠ざけられる。それに俺も先輩もジークも王城から出ているので情報流失も無いでしょう」
「わかった……これからの情報のやり取りはどうする?」
「重要度によってやり取りを変えていきましょう。現状はまだ良い方法がないのでしばらくは各自の判断で行動っすね」
「しょうがねえかぁ」
「どのみち、三者三様で王城から出るので気軽に連絡はとれないでしょう」
「そうだな」
「それとダブルピーの遺体なのですが、現在王城の研究員たちが解剖しているそうです。情報が揃ったら先輩の部屋に置いておきます。したがって、ひと月くらい経ったら一度取りに戻ってください。ジークも王城に帰還次第、我々にレポートを書いておくように連絡しておきました」
「オッケー、そろそろ出ちまうけど他に情報は?」
「はい、ダブルピーが言っていただけなのですが、ヘロットテリトリーにウィズアウトのシーエムがいると言う話を耳にしました。詳しい話はわかりませんが、もし出向くならお気を付けて下さい」
「ヘロットテリトリーかぁ……」
「御存じで?」
「所謂ヤクザ者が取り仕切っている街だな。裏取引の見本市みたいな場所だ。王城でも問題が多くて手が出せないって手を焼いている場所だ」
「情報は以上です。気を付けてくださいね」
「わかった、それと色々忙しくて返し忘れていた装具だ」
ミオリアは桜色の玉と藍色の玉、半分に割れている黒い玉をアジサイに返した。それから立ち上がって病室のドアに手を掛ける。
「それでは良い旅を」
アジサイはようやくタバコに火をつけ、紫煙を吐き出した。
「あいよー」
ミオリアは病室を後にした。
病院の通路を歩いていると四角いアルミケースを納品物を三段重ねて持ったアンタレスとすれ違った。
「良い旅を」
アンタレスは静かに微笑みながらミオリアを一瞥した。
「はいよー」
ミオリアは軽く返事をして、アンタレスとすれ違った。
それから数十秒後にアンタレスが大声で何かを叫んでいるのが聞こえた。
病室棟の玄関にはエレインとネフィリが待機していた。
「用件は済んだか?」
エレインは黒い円形の鍔がついた三角帽子を被り直しながらミオリアに聞いた。
「おう、そんじゃあ、行くか」
「今度はどこに行くの?」
「ヘロットテリトリーを予定だ」
「また難儀な場所だな」
「裏社会の巣窟じゃん……」
二人は心底嫌な顔をした。
「ウィズアウトの一人がそこにいるらしい」
ネフィリとエレインは目の色を変えた。
「……わかった」
ミオリア達は王城から旅立った。
ヘロットテリトリーは王城の西にある。距離もヴェスピーアよりも遠く、移動が面倒になる。
「久々にあれ使うか」
ミオリアは次元倉庫に手を突っ込み中にあるアイテムを取り出す。
艶やかな絨毯を取り出すと、空中に敷いた。大きさは三人が川の字で寝ても十分寝返りができるほど広い。
御伽噺でも有名な魔法の絨毯だ。もっともこれを使う時はエレインがいる時しか使うことが出来ない。
「エレイン、透過魔術を」
「わかった」
エレインは術式を発動させて、絨毯に乗る人間を見えないようにする。これはエレインが考案したアイテムなのだが、目立ってしまうのと五メートルほど空中に浮くためミオリアは使いたがらない。だからエレインの透過魔術を用いて周囲の人間から知覚されないようにする。
「うわぁたけぇ……」
「では起動する。」
各々が絨毯に座りリラックスし始めると、絨毯が徐々に高度を上げて、五メートルくらいまで浮遊する。その後、ヘロットテリトリー方角に向けて移動を始める。
「よし寝るか」
春先の暖かい陽気に包まれながらミオリアは日向ぼっこをする。
この絨毯は風避けや温度調整機能などがあり、夏はひんやり、冬は暖かくなるように設計されている。ナビゲーションシステムも搭載されているためある程度おおざっぱなら自動で移動する。安全装置もあり、障害物を察知して自動で避けるようになっている。
おまけに速度も自動車の最高速度レベルの速度が出るため移動手段としても優秀である。
ただミオリアの場合、走った方が圧倒的に速い。
「ところでミオリア」
「どうしたエレイン」
「ウィズアウトなのだが、やはりダブルピー同様に怪しげな力を持っているのではないだろうか?」
「それ私も気になった。ミオリアには効いて、ボクとエレインには効かったんだよね」
「うーん、俺は元々精神操作系の能力対して滅茶苦茶弱いからな」
ミオリアの保持するスキルに弱体負耐性というスキルがあり、これが原因で精神異常などに弱くなってしまっている。
「ダブルピー能力を無効化できたのはアジサイ、ネフィリ、私の三人でダメだったのはミオリアと一般市民……共通性が見えない」
「精神力の差じゃなねえか?」
ミオリアは自虐的に言う。
「それだとネピが合致しない」
「それボクがガラスのハートってことかな?」
頬を膨らませながらネフィリは臍を曲げた。
「冗談さ、君がそんな軟じゃないのは私とミオリアが知っている」
「ふん、煽てたってそうはいかない」
ネフィリは得意げに言う。
「いやぁ、ネピには感謝してる」
ミオリアが悪乗りで続けざまに言う。
「そういうのはいいからぁ!」
ネフィリは顔を赤くしたのを隠すためにそっぽを向いた。
「しかし、次の手がどう来るかわからねえから、用心しねえとな」
「そうだな」
「ボクはウィズアウトに聞きたいことが山ほどあるからね」
「ネピの呪いが解除できるかもしれねえからな」
ネフィリの呪い、彼女には生まれつきの凶悪な呪いがあった。彼女の周りでは常に災害、病気、飢餓などを起こす呪いがかけられている。だから彼女は長い時間同じ場所に居続けることが出来ないのである。
同じ場所に長期滞在すると三年も経たないうちにそこら一帯の土地は荒れ果てて、魔獣と蛆虫が蔓延る世界になる。酷い時は半年で村がダメになったこともある。
幼少期の頃はちょっと風邪が流行るくらいだったが妙齢になるにつれて呪いの効力が強くなっていったとネフィリは述べている。
彼女の呪いを解くために、そして土地を荒らさないようにするためにネフィリは旅を続けなければならない。
それがネフィリに掛けられた呪いだ。
「本当に解けるのかな……」
「大丈夫だ、解けなくても一緒にいてやるよ」
ミオリアは柄にも無いこと言う。
「もちろんだ。でも流石に妊婦になったら私はしばらくお別れする」
「ありがとうね二人とも、エレインはいつになったら子供に恵まれるのかな」
「こればかりは神様の思し召しだろうな」
「種に問題があったりして?」
ネフィリは冗談交じりで言う
「昼間からそれはやめろ」
「さっきのお返し」
悪戯顔でネフィリは笑っている。
こうやって暢気な会話をしている中でミオリアは何かが引っかかっているがそれが何かは思い出すことが出来なかった。
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