この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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天ノ19話「ウィズアウトは火蓋を切るか」

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 中央広場は街の中央と言うこともあり様々な店が立ち並んでいる。
 今日もミオリアは中央広場に張り込んでいる。ちょうど三日目だ。
 
「お、ミオリア!」

 後ろを振り返るとネピが駆け寄ってきた。その後ろにエレインの姿も捕らえることが出来た。

「ネピ! 無事だったか!」
「私には何かないのか?」
「エレインもすまんかった」
「いいや、あれはしょうがない出来事だった。何せダブルピーの能力は人心掌握だからな、まともに食らえばあんなことになるだろう」
「精神操作系だったのか……まったく覚えてない……」
「私はおそらく魔力で抵抗出来たのだろう。ネフィリが効かないところからおそらく人間以外には効果がないのだろう」

 エレインは冷静に解説を始めた。

「よく調べたな、エレイン」
「ああ、アジサイがやってくれた。あの男は……まったく心配ばかりだ」
「何かやったのか?」
「……」
「……」 

 ネフィリとエレインは黙り込んだままだった。

「いたぞ! 捕まえろ!」
「まずいな……となるとあいつらも洗脳されているのか」
「ああ、北区は雇われだがここのは一般市民だ。早いところ街を出よう。行こう!」

 ミオリア達はアジサイがいる北区へ向かう。
 
 
「ミオリア、アジサイは生きていた?」

 ネフィリが走りながらミオリアに聞く

「わからん……向こうも人質が欲しいだろうから生きていると思うが」
「そう……」

 ネフィリはそれを聞くと淡々と返し、時より向かってくる一般市民を軽くいなす。

「おーっす先輩お疲れ様です」

「うっおびっくりした!」

 ぬるりとナブラが立つかのようにアジサイが沸いて出た。

「もういいぞアンラ」

 エレインはアジサイに向かって言うと指を鳴らした。
 幻影が剥がれるようにアジサイの姿が消えて緑色の肌の女が現れた。局部と胸を葉で隠したその姿は一見すれば美女だが、間違いなく魔獣である。

「なかなか便利な魔術であったぞ」
「そっちの首尾は?」
「芳しくない、流石の私も魔獣避けが幾重にも重ねられてはどうにも出来ぬ」
「仕方ない、だがこちらが成果を得ることが出来た。結果としては良好だ」
「では、主様を迎えに行こう、しかし、随分な有様が予想されるが大丈夫であろうな?」
「……」
 
 アンラはため息を付いて先ほどまでの余裕を顔から消して目を鋭くさせた。

「さっきからアジサイについて黙っているけどなにがあったんだよ!」
「いや、私たちの口からは言えないんだ。アジサイとの約束でな」

 ミオリアは顔をしかめて足を加速させた。



 
 アジサイを確認した場所に着くと、石畳は血で汚れ、所々鈍器で殴られたような跡がくっきりと残っていた。このことからここで争いがあったことは明白だった。
 無論、アジサイの姿もなかった。
 
「酷い有様だな」

 エレインは血の匂いが漂い鼻を手で覆う。
 
 アンラは石畳に零れる血に触れた。その後ゆっくりと目を閉じて何かを確信したようにため息を付いた。

「この血は色々者の血が混じっている。その中にアジサイの血も混ざっている」
「チッ……ただでさえ頭を何発も殴られているんだぞ」
「だが逆に言えばこの血をたどれば主様の場所に辿り着けると言うことだ。魔獣の魔力を察知する器官に感謝するのだな」

 アンラは血液を素足で踏みながらミオリアを案内した。
 迷路のような細い路地を切り抜けるように歩く。その結果、たどり着いた場所は北区の関門であった。
 それを目の前で見ているとどこからか拍手する音が聞こえた。

「いやはや、よくぞ参りました。あの白髪頭の男は実に有益に利用できました。最後の最後まで信念だけで私の洗脳を突っぱねた辺りは褒めてもいいでしょう」
 
 後ろから昨晩中央広場で演説をしていた男が現れた。

「ダブルピー……」

 大勢の人間を引き連れたダブルピーが拍手していた。
 ネフィリとエレインが即座に臨戦態勢になり、ミオリアの前に出る。

「ミオリア下がってまた洗脳されるわよ」

 ネフィリはそう言い捨てるとグローブを装着する。

「任せる、俺はアジサイを――」
 

「おい、下郎、我が主を何処へやった?」
 
「彼はさて、どうしたでしょうね?」
 
 男は太々しい笑みを零した。
 
「人間にも間抜けがいると聞いたが、それを超越する者がいるとは思わなかった。もう一度聞こう、主であるアジサイを何処へやった?」
 
「これだから魔獣は面白みがない。彼なら眠ってもらっていますよ。死なれては困りますからね。もちろん私を殺せば彼の居場所はわからないですけど――」
 
 肉が軋む音がした――
 
「おや、危ない危ない」

 ダブルピーにアンラから伸びた枝が鞭のように襲い掛かったが。それをダブルピーは後ろにいた兵士の一人を身代わりに放り投げた。
 
 
 寸でのところで枝を収め、アンラは攻撃を引いた。
「言い忘れていましたが人質はこの街の人間全員です。もう何人も罪のない人間があなた方に殺されていますが、それでもまだまだ人質は大勢います。お忘れなく、ではそろそろもう一度洗脳されてもらいましょうか」
 ダブルピーは大きく息を吸い込んだ。
 
「ごめんっ!」
 
 ミオリアの視界が歪む。全身の力が抜けて石畳に頭から倒れ込んだ。
 数十秒すると意識が戻り、何が起こったか冷静に考えた。記憶を再生すると、シンプルにミオリアはネフィリのパンチを顎で受け脳震盪を起こしただけだった。だがこれによってダブルピーの洗脳を回避した。
 ミオリアは立ち上がると目がチカチカと眩しく感じた。
 眩しさの原因を視線で追うと、ミオリア達が泊まっていたホテルから鏡のようなもので太陽光を反射させているようだ。
 この街で唯一洗脳されておらず。ミオリアと待ち合わせに指定した場所を知る人物。
 
「ダブルピー、お前の負けだ!」

 ミオリアは高らかに宣言する。
 
「ほう、気でも狂ったか? 敵がこの人数で、大事な人質の場所もわからない、どっちが不利だと思っているんだ!」
 
 ミオリアはナイフを持ち上げてダブルピーを目で捉える。
 
「ほざいてろバーカ!」
 
「一歩でも動いて見ろ、こいつらに自殺を命令する!」
 
「ああ、そうかい――」
 
 ネフィリとエレインは頭を押さえて地面に伏せた。
 
 雷が鳴るような音が聞こえた。
 
 
 音の残響が響く中、ダブルピーの首はぼとりと身体から離れ、重量に逆らえずに地面に落ちた。
 
「お前が大男で助かったぜ、最小限の被害で済んで」
 
 物体が高速で動く時に起きる現象、主に戦闘機などで見られる現象だ。

 ソニックブームと呼ばれる衝撃波と轟音が発生する技。それをミオリアは自身の速すぎる故に抑えていた速度を腕だけ解放し攻撃に転用した。ダブルピーに何もさせずに殺害するには十分事足りた。
 ただ、弱点として威力をミオリアがまだ制御しきれていない。今回の場合はダブルピーが周囲の人間より明らかに背が高いためこの戦法を取ることが出来た。
 
「終わったな」

 エレインが安堵した声でそう呟いた。
 
「あとはアジサイの回収だな」

 ミオリアは満足げにホテルに向おうとする。
 
 
 ミシミシ――
 

「なんか軋むような音がするな」
 
 
 バキバキ――
 
「おい、ミオリア――」
 
 ミオリアはあっという声を漏らす。
 
 先ほどの一撃がどうやらホテルに直撃していたらしく、ホテルの上層階が崩壊しかけていた。
 

「アジサアアアアアアアイイイイイイイイ!!」
 
 ミオリアは洗脳が解けてぼんやりとしている群衆をかき分けるようにホテルへと向かう。
 
「すまねえええええええ!!」
 
「氷の術式で支える!」

 エレインが得意の氷魔術で太い氷柱を発生させ、四十五度ほど傾いたホテルの上層階を支える。
 

 数分でホテルの玄関に辿り着くと埃と血をバケツで被ったような男が倒れ込んでいた。

「無事だったか!」
「先輩……なんか突然ホテルが折れたんですが原因わかりますか?」
「いや、知らん!」
「そうですか……老朽化ぁですかねぇ?」
「たぶんなそれより手当をする」

 次元倉庫から最も効果が高いポーションを取り出す。
 アジサイにそれを飲ませると瞬く間にアジサイの傷が癒え始める。
 
「このポーション回復効果は高いんだが、反動で三日くらい目が覚めないから、あとは任せて――」
「わかりました。ああ、先輩これを」

 アジサイは何枚かまとめて二つ折りした羊皮紙をミオリアに手渡した。

「これは?」
「zzzzzzz」
「はえーよ」

 ミオリアはアジサイを背負う。アジサイが落ちないように腕を自身の首に巻くようにする。
 不意にアジサイの指が視界に入ると、アジサイの指の爪が歪な形になっていた。ちょうど一回爪が剥がれて治ったような跡だ。ダブルピーの攻撃の最に受けた傷だろう。どちらにせよポーションを飲ませているためしばらくすれば傷が再生し痛みから解放されるだろう。

「アジサイは無事だった?」

 あとから来たネフィリとエレイン、そしてアンラがが心配そうな顔で追いかけてきた。

「ああ、大丈夫だ。それよりこの街に居たらまた何されるかわからねえ、王城に戻るとしよう」 

 ミオリア達は王城へと帰還を始めた。
 
 
 
 本来であれば、王城にこの短期間で戻ることは禁止されているが、今回は事例が事例だけに全員揃えて帰還し、ミオリアはアジサイを医者に渡し、エレインとネフィリを連れてアクバ王の元へ向かった。
 懐刀たちにも集合を掛けているため玉座は厳かな雰囲気に包まれていた。
 
「うむ、ミオリア、何があったのだ?」
「はい、此度、我々が誰なのかを分かった上で襲撃を行った者がおりました。火急の要件と判断し王城へ馳せ参じました」
「なんだと、襲撃者はどうなった?」
「その報告はエレインにお任せください」
「申してみよ」
「はい、敵はウィズアウトと名乗る集団で、目的はクタナー・ネフィリ=クリゴーリを狙っております。今回は操作を攪乱するために犯人は私を最初に狙ったようです。このウィズアウトたちはお互いのことを独特の呼称をしているため人物の特定までには至りませんでした。構成メンバーは七人で、ダブルピー、ダブルダブリュ、ピーシー、ケーシー、シーエム、エスエッチ、ダブリュエスの七名です。このうちダブルピーはミオリアが討ち取りました」
「ふむ、ご苦労、大儀であった。ネフィリよ、何か心当たりはあるか?」
「いえ、存じませんが、私の中にある厄災の力を狙った犯行であるのが有力と思われます」
「そうか……ネフィリには迷惑をかけているな、本来であれば王である私が力の原因とその追究を指示するべきなのだが……政治もなかなかうまくいかぬものよ。許せ」
「滅相もございません!」
「ミオリア、引き続き旅を続けよ、ネフィリも十分な実力を持っているが、やはり心配だ」
「はい!」
「もう下がってよい」
「皆も十分に気を付けよ、よいな!」

 七名の返事が木霊し、ミオリア達の報告が終了した。
 
「はぁ、めんどくさかった、でもなんで私なんだろ……」
「さぁな……あっ、アジサイのメッセージ」
 

 拝啓
 今頃私は死んでいるか、もしくは虫の息でしょう。
 このメッセージは他言無用でお願いします。王城内に内通者がいる可能性もあります。
 
 報告は三点あります。

・敵の狙いはネフィリかエレインであること。
・ウィズアウトたちは人間に関わる何かしらの能力であること。
・王城内に内通者がいること。

 一点目ですが、おそらくネフィリとエレインどちらかが狙われていると聞いているはずです。これは敵側もエレインとネフィリ、どちらかがウィズアウトが探している何かを持っている。
 またキーマンになるということです。なぜエレインさんかというと、私が投獄中、ダブルピーがしきりに「魔力が」と呟いていたことです。まだ裏付けはないですが可能性としてはエレインの方が高いと思います。 ダブルピーはあくまでどっちが正解なのかを探していたのが本懐のようです。
 
 二点目のウィズアウトの能力なのですが、ダブルピーと話した際に「我々は人間を支配する能力を皆持っている」と自負していました。どんな形なのかわからないですが、一応警戒して下さい。
 
 三点目の内通者についてです。これはダブルピーが私に装具の話をしてきました。装具の話をしたのは王城内だけです。おそらく王城に内通者がいます。従って、さっさと旅に出てターゲット見失わせてしまった方がいいと思います。これ読んだあとおそらく王城に報告しに行くと思いますがその日のうちに出立してください。私に考えがあります。
 
 そして最後にですが
 
 ここで文章が途切れていた。
 
「最後なんだよ……」
 ミオリアは周りを見渡してから次元倉庫に手紙を収めた。
 
「戦うしかねえか……」
 
 ミオリアは大切な人を守ることを改めて決心した。
 
 
「あとホテル破壊して殺しかけたのほんとゴメンな……」
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