この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

文字の大きさ
上 下
19 / 117

天ノ18話「ダブルピー」

しおりを挟む
 
 
 これから起こることは、今に思えば、何だったのだろうか、未だにわからないことばかりである。
 
「やっと見つけましたよ、エレイン、天使様らがお待ちしておりますよ」
 
 気持ち悪い男がエレインを手招きしていた。中年で肥えた腹が特徴的な男は脂汗を垂らしながらにっこりと笑っていた。
 ミオリアはこの状況が掴めていなかった。
 
 朝起きて、朝食の最中に突然衛兵たちがミオリア達を捕らえた。正確にはエレインを狙っていた。
 
 そして衛兵が道を開け、先ほどのセリフが男から吐き出された。
 
「人の朝食を邪魔しやがって、なんだよ?」

「私はウィズアウトのダブルピーと申します、早速ですが、エレイン様の身柄を拘束させていただきます。それが終わりましたらミオリア様はどうぞ王城へお帰りください。それとネフィリ様も確認したいことがありますので我々と共に来ていただきます」
 
「おう、わかった」

 ミオリアはダブルピーに快く返事をした。

「……エレイン」
「……既に始まっている」

 ネフィリは席を立つと、ダブルピーの横に立つ。
 
「…………従うしかないな」

 エレインは神妙な面持ちだった。

「それではエレイン様こちらに、よろしいですね?」
「……わかった」
「じゃあな、エレイン、俺は城に戻っているから」
「ああ、それとミオリア様、これは他言無用でお願いします」
「わかった」
「それではまた――」

 ダブルピーは頭を下げるとにっこりと笑い、衛兵とエレインとネフィリを連れてを引き返した。

「ああ、やはり保険を掛けておきましょう。ミオリア様、今日起きたことはお忘れください」

 
 
 
「あれ……?」

 王城の自室で、ミオリアは眠っていた。

「んぁ、よく寝た」
「あれ、ネピ?」

 いつもなら、ネフィリかエレインがいるはずの自室。今日は誰もいない。
 外を見ると城下町の明かりも少なく、深夜と言うことがわかった。
 
 寝ぼけた頭が徐々に覚醒していく。
 
「あれ、昨日までヴェスピーアに居たんはずじゃ……旅行ボケかぁ?」
 
 それは違うと目覚めた頭ではっきりと突っ込みが入った。
 
「違う違う! ああクソ!」
 
 ミオリアは愛用している短剣二本を次元倉庫から取り出しアジサイを叩き起こした。

「こんな夜中にどうしました?」
「俺、さっきまでヴェスピーアに居たんだがなんで王城に帰っているんだ?」
「そりゃあ、先輩一人で帰ってきたじゃないですか、ジークも知ってますよ」
「ジーク……ジークも呼ばねえと!」

 ミオリアは慌てるようにジークの部屋に向かおうとする。

「ジークはいませんよ、今日入れ違いんいなったじゃないですか!」
「え……」
「え……って……いや、先輩とうとう頭がおかしく――ッ!」

 アジサイは目を見開らいた。

「誰にやられたんですか?」
「……誰だっけ……いや、覚えているんだ、覚えていないこと……」
「話は移動しながら聞きます」
「東門で合流しよう」

 アジサイはうんと返事をし、桜色の装具を身に纏った。自室の窓を開けるとダイブするように窓から飛び降りた。
 
 ミオリアも王城を飛び出した。


「それで何されたんです?」

 アジサイは地面から五十センチほど浮きながら寝そべるように走っているミオリアの横を飛ぶ。

「わからん」
「なるほど、寝言は寝て言え……と言いたいところですが状況が状況っすからね、昨日は何をしていました?」
「ヴェスピーアで一番高いホテルの一番高い部屋でネフィリとエレインとぐだぐだしてた」
「ほむほむ、朝はどうでした?」
「飯食った覚えがあるような無いようなそんな感じだ」
「うーん、となると呪い、精神汚染、毒でやられたかんじですかね?」
「それが可能性として高いだろうな」
「弱りましたね、それワンチャン俺もミイラ取りっすよ」
「んだけど、対策が見えねえしなぁ」
「せめて顔だけでも覚えていりゃ、暗殺でも毒殺でもしたんですけどね」
「初手が怖い」
「相手が人心掌握系なら会話なんて無意味っすよ」
「いや、そうだけど」
「それに、エレインさんもネフィリさんも今は人質の状態、相手の目的は分かりませんが、奪還が重要事項でしょうに」
「何か策はあるか?」

 ミオリアはアジサイに問う。

「そうですね、とにかく二人の居場所を見つけるのが最善かと、ちょっと荒っぽいことになるかもしれませんがいいでしょう、どうせ立場的に殺人罪にはなりませんし」
「倫理!」
「必要経費っす」
「時々不穏なこと言うよなぁ」
「ハハッ」
「ネズミやめろ!」
「話は変わりますけど、ぐだぐだしてたってそれ完全にセック――」
「それ以上はヤメロボゲェ」
「セック――」
「この野郎!」
「まぁ、おちょくりに乗る時点でだいぶ余裕そうっすね」
「そりゃあ、あの二人は手練れさ、信頼できているからな」
「チッ――」
「はぁ?」
「ペッ――」
「この野郎」

 ミオリアは無駄に勝ち誇った顔する。

「まぁ、いいっすわ、さてヴェスピーアに間もなく到着なので、先輩には装具を預かってもらいます」
「え、どうして?」
「敵の能力で俺が先輩と対峙した時に装具を発動したらお互い無事じゃないっす。苦戦はするでしょうが流石に死にたくないので」
「じゃあ、逆はどうするんだよ?」

 アジサイは静かに笑った。

「ニンギルレストに向かいジークと呼び戻します」

 アジサイは黒い割れた宝玉と藍色の宝玉、桜色の宝玉の三つを渡した。

「わかった」
「それでは、日の出と共に都市内部に潜入します。町の様子を見てから先輩がいたホテルで落ち合いましょう」
「ああ、わかった場所は、まぁ、見ればわかるが街の中心部にある一番高い建物だ」

 アジサイは頷くと、ミオリアを見送った。
 
 ミオリアは表情に出さなかったが焦っていた。今まで一度も起こらなかった出来事だからだ。
 ミオリアはさらに加速させる。
 ここまで加速したミオリアを門番は、せいぜい「何か通らなかったか?」程度の認識しかできないほどの速度だ。
 その速度のままミオリアは街内部に入り、人気のない路地を這うように縫うように誰にも気づかれないようにホテルに戻る。
 
 部屋は、昨晩と同じ状態のままだった。
 ネフィリとエレインの残り香が僅かに存在している。それが原因かミオリアの焦りと怒りが込み上げてくる。
 
「ファック……」
 
 ミオリアはヴェスピーアの地図と羊皮紙を取り出す。
 先ほど入ってきた東門の様子を羊皮紙に書き、地図のポイントとして羊皮紙を配置する。
 状況と言っても街そのもの大きな変化はなかった。夜と言うこともあって少々、酔っ払いや荒くれ者が多かった程度だ。どこにでもあるよくある話だ。
 特に大きな問題は見当たらないため、ミオリアは双眼鏡を用いてホテルから見える景色を眺めた。

「たけぇよ……」

 腰を引きながらミオリアは恐る恐る次元倉庫から双眼鏡を取り出し覗き込んだ。
 
 相変わらずの夜、飲食店の前では酔っ払いが地面に寝そべり、酔っ払いが高らかに歌う。今にも楽し気な声が聞こえてきそうだった。
 広場では中年の太った身なりのいい男がこんな夜更けに街頭演説をしていた。おそらく政治の話でもしているのだろう。
熱心な男の周りには、大勢の人が周りを囲んでいた。普通の政治家なら街頭演説で四、五十人集まれば大成功のこの国で、見ただけでも百人くらいの人間を集めている男は相当口が回る男なのだろう。

「今時熱心の政治家だなぁ、アジサイにも見せてやりたい」

 そんなことをぼやきながらミオリアは他に異常はないか双眼鏡を覗き込んでいた。

「特に変わった様子はないな」

 その後、怯えながら屋根に上り観察を続けたが、特に大きな異常はなかった。
 
「中央広場異常なし、東住宅地異常なし、西商店街異常なし、南風俗街異常なし、となると残りは北か……」

 振り返り北の方を見る。

「真っ暗で何も見えねえか」

 北は修道院とその教徒たちが居を構える場所でこの時間は人っ子一人見当たらない。

「北修道街、不明と……」

 ミオリアは涙目になりながら部屋に戻ると、朝日が昇るのを待った。
 体は十分休めているが、状況が読めないため休めるうちに休むことにした。と言ってもいつ襲撃が来るかわからないため、おちおち寝てもいられない。床に座り込み目を閉じアジサイの帰りを待った。
 
 
 
 しかし、ミオリアは張り詰めた緊張がプツンと切れたように眠り落ちた。
 次に目を開けた時は朝日が差し込めた時だった。
 
「おはようございます」

 アジサイが遮光帯を巻き直しながらそう言った。

「んあ、寝ちまったか……」
「こんな状況でも寝ていられる先輩はある種、戦闘に向いているかもしれませんね」 
「皮肉かぁ?」
「半分は」
「ファック」
「皮肉のひとつも言いますよ。何せ誰にも気づかれないようにここに来るのは骨が折れましたよ。ここまでよじ登るの」
「まじかぁ……」
「まじっす」
「それは申し訳ねえ」
「いやいいんですけど、こっちもオッケーしたので」
「それで、どうやってここまで来たんだ?」
「えっと、北門から入ってそのまま裏路地を縫うように来ました。北は中々宗教でしたね。おそらくエレインさんたちは北のどこかに居ますね」
「なんで言い切れるんだ?」
「北は修道院が並ぶ場所に見受けられましたが、傭兵のような荒くれたちが、松明も付けずに夜に潜んでいましたよ。普通じゃあり得ないと思います。それに協会の衛兵と傭兵が一緒に仕事をしている様子もありました」
「北が怪しいな、行って見るか」
「私は商店街で少々買い物が必要なので、申し訳ないですが多めにお金を恵んでもらえないですか?」
「はいよ、大体それで事足りるやろ」

 ミオリアはアジサイに金を渡した。

「これだけありゃ十分っす、そいじゃ」

 アジサイはそう言うと一礼して部屋の窓から飛び降りていった。

「おい、装具!」
「大丈夫っすよ」

 アジサイはそう返すと地面に落ちていった。

「さて、北区に行って見るか」

 ミオリアは階段を下りてホテルから出た。

 アジサイの動向が気になったが何も言わない辺り、おそらく何かを察しているのだろう。
 
「とにかく先に北修道街だ……」

 ミオリアは剛脚を操り跳躍するように地面を蹴った。この足があればミオリアは一時間で被害を出さずに街の端から端を移動できる
 
 何事もなく北修道街に到着するとアジサイの言っていた通り、様相がおかしくなっていた。
 しかも厄介なことに衛兵も傭兵もミオリアに敵意を向けている。

「チッ、ここは穏便にしちゃ……くれねえか……」
 
 
 一斉にミオリアに斬りかかった――

 ある者は剣で、ある者は手斧で、ある者は槍で、ある者は短剣で――
 
 だがその全ての切っ先たちはミオリアの毛の一本も断つことを叶わなかった。
 
「はぁ、めんどくさい」
 
 ミオリアはため息を付きながら敵が塞いでいた道を歩み始める。

「流石に手抜きはしない、こっちも大事なものがかかっているからな」
 
 そう吐き捨てると同時に重厚な鎧を身に着けた衛兵も身軽な皮の服を着た傭兵も地面に次々と倒れた。
 
 瞬きする時間もなくミオリアは視界に入っていた男を次々と切り伏せて行った。
 
 ミオリアは歩みを進めた。

 ある者は不意打ちでミオリアに襲い掛かるが即座に反応されナイフが抜かれる瞬間も認識できないまま首を狩られる。
 
 またある者は人海戦術で通路を塞ぐが、ミオリアがナイフを一振りする度に通路は広がっていった。
 
イシュバルデ王国のアクバ王はその権威を示すかのように強大な力を持った懐刀と呼ばれる者たちがいる。
 
 神罰のパンドラ
 
 忠誠のレオニクス
 
 雪華のエレイン
 
 灰燼のルーサー
 
 厄災のネフィリ
 
 狂乱のグーラント
 
 そして――
 
 刹那のミオリア――
 
 アクバ王の目の前で偉業を成し遂げた、生きる英雄の一人にミオリアはカウントされていた。
 
「雷獣イルルクムを討った話、やっぱ誰も信じねえのかな……」
 
 そんなことを思いながら北修道街を文字通り切り抜けると、教会の門前へとたどり着いた。
 
 目の前には両腕を拘束され、顔には鈍器で殴られたような傷があるアジサイの姿があった。
 
「アジサイ!」

 アジサイの横には大槌を持った中年の腹が肥えた男が立っていた。

「先輩逃げろ俺はルアーだ! 走れ!」

 アジサイがそう叫ぶと中年の巨漢が大槌でアジサイの頭を叩き潰した。
 
「余計なことを……これだから酔っ払いは……」
 
「テメェッ――」
 
 
「ここにエレインさんはいないっす、南っす南へ……北の南で東の西っす……」
 
「頭をぶッ叩かれてどうやらおかしくなってしまったようですね、まぁ、能力を行使しないで久々に拷問の練習と思いましたがこれじゃあ張り合いのない」
 中年の男はアジサイの頭を踏みつけながら高笑いをしていた。
 石田畳の地面にアジサイの顔が擦れてそこから血が滲み出していた。

「先輩……ルアーっす……日没……三日後……エレ……さん……処……」
「ッ――」
 ミオリアは奥歯を砕けそうなほど強く噛みしめてアジサイに背を向けた。
 
「おや、そうは行きません――」
「ウオオオオオオオオオオ!」
 
 ミオリアは確認していないがアジサイが叫んだ声だけが鼓膜にへばり付いていた。
 
 
「北の南で西の東……」
 
 思い当たる場所は一か所しかなかった。
 
「中央広場か……処は……処刑か……」
 
 ミオリアはアジサイの生存を祈りながら、中央広場に向かった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

処理中です...