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天ノ納涼「ネフィリ&エレイン」

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 ミオリアはため息をついていた。
 ヴェシピーアに滞在して四日が経過したときのことだ。
 
「そろそろエレインを迎えに行かねえとな」
 
 これが引き金であった。
 この発言をしたのは朝食を終えて食休みをとっていた時だ。
 ミオリアだけの足ならのんびりしても王城までは半日もかからず移動できる。エレインは業務過多のため王城に置いている状態だった。
 二人の恋人を持っているミオリアとってはどっちかを贔屓するのは軋轢を生むきっかけになるためできるだけ避けたいところであった。
 
「えー、明日でいいじゃん」
「いや、そしたら不公平になるだろ?」
 
 ちなみにイシュバルデの法律では一夫多妻制度を推奨はしていないが、とくに問題にもなっていない、金持ちや地位の高い家では時より複数の妻、夫を持つ人間がいる。

 もっとも、原則は一夫一妻ではある話だ。

 結婚と言ってもこの世界に婚姻届けなどという制度はない。お互いに了承してれば問題ない。
 
「明日だと一晩したら旅立ちになっちまうだろ?」
「それはそうだけど……ほら、まだエレインは忙しいって!」

 ネフィリは取り繕った。

「それの確認を含めてなんだが?」
「それは……」

 正論を言われ、ネフィリは口ごもってしまった。

「王城なんてすぐに戻ってこれるし、半日待ってりゃいいだけの話だろ?」
「そうだけど、エレインはアジサイとかいう人の魔術の指導もしているんでしょ?」

 ネフィリはエレインと比較しても独占欲が強いのはミオリアは知っている。
 
 
「一昨日、昨日、今日で三日も二人きりだったろ、流石にこれ以上は不公平じゃないか?」

 なだめる様にミオリアはネフィリに言う。

「わかってるけど……頭ではわかってるよ!」

 ミオリアは内心で始まったと呟いた。
 駄々っ子モードとミオリア呼んでいる。

 今回みたいに二人きりの状態になると、ネフィリは甘え癖が出て来る。
 これはこれで可愛いが、今のミオリアにとっては面倒くさいものである。
 
「やっぱやーだー!!」
「子供か!?」

「もっと一緒にいたいもん!!」
「わかってくれよ……」

「理解はしてるよ……」

 今にも泣きそうなネフィリをみてミオリアはあたふたする。

「そうだ、ネピ、一緒にエレインを迎えに行くのは?」
「それはいやっ!」

 なんでや! とミオリアは心の中で叫ぶ。ちなみにネピはネフィリの愛称で親しい間の人間にしか呼ばせていない。

「じゃあ……そろそろ行くわ」

 ミオリアが立ち上がろうとするとネピはミオリアの背を引っ張るとベッドに座らせる。

「…………」
「…………」
 
 二人はしばらく沈黙に包まれた。
 
 その後もう一度、ミオリアが立ち上がろうとすると先ほどと同じ状態が繰り返らされた。
 
「…………」
「…………」
 
 それを四回か五回繰り返したあと、ようやくミオリアがため息を付きながら口を開いた。

「なんとかならないか?」

「あと三十分だけ」
 
 上目遣いでミオリアにねだった。

「三十分だけだぞー」
 
 ミオリアはベッドに横になって、ネフィリとイチャイチャしながら昼寝を始めた。
 
 
 事件はここで起こった――
 
 
「ふう、よく寝た。そろそろ三十分……」

 外を見ると太陽が傾いていた。夕日ではないが既に午後を過ぎていた。
 
 ヤバイ―― そう呟きながら、ミオリアは顔を青くしながら慌てて支度を始める。
 
 十分もかけずに宿を出ると、『韋駄天』のスキルを使用して街並みを瞬きするほどの時間でヴェスピーアを出ると、王都までの町をひたすらダッシュする。
 
「やべえええええ!」
 
 エレインを迎えに行く正確な時間は言ってはいないがエレイン的には午前中から昼くらいの時間と予想しているはずだ。
 エレインとは寝食を共にしてもう十年近くなる。相手のこともそれなりにわかっている。

「これは、謝って許してもらえるやつかな……」

 走れメロスという文学をミオリアは思い出した。メロスが一時の激情に身を委ねて王を暗殺しようとしたが呆気なく失敗し、妹の結婚式を見るために親友を代わりに牢屋にぶち込み、妹の結婚式の予定を無理やり早めて結婚式を決行、そして親友の元へ帰るという話だ。
 今回の場合、差し詰め、「エレインは激怒した。かの邪知暴虐の旦那ミオリアを必ずぶちのめさなければならない――」と始まるのが関の山だろう。
 
 そう考えると気が重くなるミオリアであった。
 
 ミオリアはスキルを酷使させながら、なんとかエレインの研究室の前に辿り着いた。
 ミオリアの能力は主に、速さに関するスキルが多く、それ故に王城では『神速のミオリア』という痛々しい二つ名までもらった。
 実際、魔道騎士団と模擬戦を行い、敵陣営を五分も掛らず崩壊させたのだのがきっかけだ。

ミオリアはドアノブを回してエレインの研究室に入る。

「うーっすたでーま」

 せめて楽しそうに、と笑顔で部屋に入る。

「噂をすればなんとやら、おかえりなさい」

 アジサイが治癒魔術を受けていた。
 エレインは表情で「もう少しかかるから、先に戻っていい、どうせネピがごねているんだろ?」と示唆する。
 それから適当に会話したあと、城下町の喫茶店で軽食を摂ってから、散歩気分でヴェスピーアに帰った。
 
 
 
 エレインがヴェスピーアに到着するのは、驚くほど速かった。
 手は抜いていたが、ミオリアとほぼ同じ速度で移動したからだ。あとからミオリアがエレインに聞くと、アジサイの力が原因だった。
 
 そんなこんなあり、三人は合流し、夕食へ向かった。
 
「エレイン、なにか食べたいものは?」
「そうだな、パストラミがいっぱい挟んであるサンドイッチが食べたい」
「それ朝食でよくない?」

 ネフィリは会話に水を差す。

「たしかにパストラミサンドは朝食だな、でもまぁ、いいじゃねえか?」

 ミオリアも同調する。

「パストラミ以外なら、そうだな、この町で一番高いフルコースが食べたいな」

 夕食がフルコースに決まると、ヴェスピーアで一番有名な高級ホテルに向かった。
 どうせならと三人で静かに食べようとミオリアがホテルの一等級の部屋を一週間ほど借りた。
 宵越しの銭は持たないミオリアだが、仕事が仕事であるため散財に対して収入が圧倒的に勝っているのが現状である。
 この程度の散財ではミオリアの財布の温度は下がるはずもない。
 
 
 部屋に案内されると、ヴェスピーアの夜景が一望できる眺めのいい部屋だが、高所恐怖症のミオリアには至極どうでもよかった。
 寝室は大きな天蓋付きベッド、風呂はこのクラスにしてはやや小さいがいつでも使える。
 大きなテーブルがある部屋は食事するため部屋だ、隣には大きい厨房が備え付けられている。テーブルにある鈴を鳴らせば、何時でも出来立ての料理を楽しむ琴が出来るように設計されている。

 ミオリアは夜景を見て楽しそうにしている二人を眺める。この瞬間がミオリアの楽しみである。
 早速、鈴を鳴らすと隣の部屋で待機しているシェフが現れる。
 ミオリアはフルコースの準備を頼むと、既に準備してあるらしく、すぐに食事が始まった。
 
 
「流石にこれは豪華すぎて胃がやばそうだ」
「ミオリアこれめっちゃおいしい!」
「これは……たまにはこれくらい……」

 三人は豪華なディナーにありつきながら会話を楽しんだ。
 それからエレインはミオリア達がいなかった時の王城の話を愚痴を零す様に話した。

「まったく、アジサイにはほとほと胆を冷やされたよ」
「そんなことがあったのか……でもまぁ、アジサイなら大丈夫だろうよ」
「やけに信頼しているな、魔術の才能もゼロ、戦闘スキルはそこそこ、腕力は認めるが、ミオリアと同等かそれ以下だ。何より、装具と言うよくわからない物、あれが不思議でしょうがない」
「装具が不思議?」
「ああ、装具を何度か見たがあれは魔力を消費して能力を発動させる物じゃない、魔力を上昇させて能力を発動させるものだ。それに装具自体にも魔力があるわけではない。エンチャントじゃないんだ」
「エンチャントされていない……?」
「そんなものあるわけないでしょ、どうせうまい具合に隠しているとか?」

 ネフィリは現実案を出すがエレインは首を横に振った。

「一番おかしいのは、装具の武器だ、アジサイの持つ武器は黒い棒と片手で持てる黒いやつと、両手で持つ黒い金属の塊だ。聞き慣れない名前で呼んでいたな」

「聞き慣れない名前?」
「ああ、たしか……グロ?」
「グロ?」
「すまない、度忘れしてしまった」
「まぁ、あとで聞けばいいだろ」
「そうだな……」
「ねぇ、この魚、超おいしい!」

 満面の笑みでネフィリは笑っていた。

「お、どれどれ……こりゃうめえ!」

 ミオリアも便乗して舌鼓を打った。

「そういえば、ジークだっけ、あの辛気臭い竜をずっと一緒にいる男」

 ネフィリはナイフとフォークを置き、縦肘をついた。

「あいつがどうかしたのか?」
「別に、ただミオリアと戦ったらどっちが強いのかなって」
「さぁ、どうだろうな、あいつはスキルがスキルだしな、一発でやられるか、一発も当たらないで勝てるかだろうな」
「そんなに強いんだ」

 ネフィリは淡々と答えた。

「じゃあ、夜は?」

 ネフィリは不敵に笑っていた。
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