この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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竜ノ納涼「アルスマグナ」

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 竜という種類は原則、その性質は変温動物に近い、蜥蜴や蛇を巨大化させて凶悪な性質を付与したような姿をしている。所謂、我々が思い描くドラゴンのような姿をしている。
 
「アルスマグナ」
「はい、何でしょうか?」
「……近い」
 
 竜の性質か、それともアルスマグナの個性なのか、ジークにはわからないが、ここ最近、ジークの周りに犬のようにくっついて歩いている。
 ルネサンスを倒したことで感情を取り戻したかの竜はこのところ非常に機嫌が良い。
 ジークにとってそれは微笑ましいことなのだが、おはようからおやすみまでこうもまとわりつかれるとやや気まずい。
 
「どうしました?」
 
 現在は城下町でこれから向かう場所であるニンギルレストへの準備をしていた。
 ニンギルレストは雪と氷の大地、止まない吹雪と、棘のように突き出した樹氷の森が行く手を阻む閉ざされた永久凍土の場所らしい。
 極寒への装備を整えなければジークもアルスマグナも竜を狩る前に氷雪に殺される。

 そんな経緯で今は街を巡っている最中だ。買い物は大方終わっており、今はどちらかというとデートをしている二人である。
 
 
 なのだが――
 
 
「よぉ、姉ちゃん、良けりゃあ俺と――」
「美人な姉ちゃんだな、そんな目つきの悪い男より――」
「あんたみたいな美人見たことがねえ、よければランチでも――」
 
 と言った具合で買い物どころではない。
 それに加えてアルスマグナもアルスマグナで対応が悪い。
 
 無視――
 
 無視――
 
 無視――
 
 あまりの冷徹さにジークも引き気味になるが、自分の言葉にはきちんと応じてくれるため支障はあまりなかった。
 
 のはずだったが、問題は一人の男が発端となった。
 
 
「不釣り合いの男つれやがって、その男なんてどうせ非力な雑魚なんだろう?」
 
 
 身長は二メートルを超え、丸太のような上ではジークの身体を一瞬で捻り潰せそうだがジークはスキルでこの男よりはるかに高い身体能力を持っている。絡まれると誤って殺しかねないレベルの力量差があり、殴り合いの喧嘩になれば、目も当てられない光景になる。
 なにより騒ぎになればせっかくのアルスマグナとのデートもうやむやになってしまう。ジークはそこが気が気じゃなかった。
 
 
「今……なんとおっしゃいました? 恐縮ではありますが、もう一度お教え願いませんか?」
 
「不釣り合いの雑魚連れてるんだよって言ったんだよ、俺の方がいいだろう?」
 
「……頭の悪い人間もいたのですね」

「アルスマグナ、その辺にしておけ――」

 ジークが制止に入るが時既に遅く――

「うるせえ雑魚が、引っ込んでろ!」
 男が癇癪を起し、ジークを殴る。拳はジークの顔面にクリティカルヒットする。全く準備をしていないジークはそのまま無傷だが派手に吹っ飛ぶ。
 
「ッメェ――!」
 
 ジークは体を起こし、一歩で男に詰め寄ると、ついにやってしまった。
 
 空中を二回、三回、四回、と半回がおまけについた。
 くるくるとコマのように回りながら建物の軒先にあった看板に服が引っかかり吊るされた状態になる。
 
「流石ですジーク様、手加減がお上手で」
「めんどくさい……さっさと逃げるぞ」

 ジークはアルスマグナをお姫様抱っこし、地面を蹴り上げて跳躍、屋根に上ると、アスレチックで遊ぶかのように屋根から屋根を飛び移り王城へ戻った。
 買ったものを入れたリュックを背中に、両手でアルスマグナを抱えた状態での連続跳躍は今のジークにとっては朝飯前のことだが、気疲れでちょっとぐったりした。
 
「今日の買い物は終わっててよかったな……」
「せっかくのディナーを……迷惑な話です」
「いいさ、この時間はアジサイが王城で暇だろうし、ちょっと訓練するかな」
「僭越ですがジーク様、現在アジサイ様はアンタレス様と会議をしている時刻ではないでしょうか?」
「たしか朝にそんなこと言っていたな。んじゃ、何するかな……」
「もしよければ、私がお相手しましょうか?」
「アルスマグナが相手か……そう言えば一度も戦っているところを見たことがないな、強いて言うなら王城で暴れた時が最初で最後か……」



「ジーク様! 大変です!」

 衛兵の一人が、息を切らせながら走り寄ってくる。

「どうした!」
「城下町の外壁西門の辺りで魔獣の群れが現れました。アジサイ様は東に現れた別の魔獣に対処中です。いつもはミオリア様が解決していたのですがご不在のため、ぜひお力を!」
 
「わかったすぐ向かう」
「私はこれにて」

 衛兵は王城の外壁を再び走り出して応援を呼びに向かう。

「というわけだ」
「荷物は部屋に置いておきますか? それとも私も向かいましょうか?」
「荷物を頼む――」

 ジークは荷物を降ろし、大太刀を手に取り、王城の外壁を飛び降りた。
 
 
 
 魔獣を一匹残らず打ち倒すころにはすっかり太陽も沈んでいた。
 体液が全身にこびり付いて不快感がジークを襲っている。ベトベトで油のようにねっとりと皮膚に張り付いて苦しい。早く風呂でこの不快感を洗い流したいとジークは切望した。
 
「キモチワルイな」
 
 大太刀を一回転させ血振りをし、刀を鞘に収めた。
 それから、西門から城下町へ入り、血なまぐさい臭気を放ちながら帰路に立っていた。
 
「おーっす、ジークおつかれー」
 
 街を歩いているとオレンジ色の体液にまみれたアジサイが気だるそうに歩いていた。

「アジサイか、装具はどうした?」
「いや、飛びながら街に魔獣の体液を飛び散らせるのもあれだから、徒歩で帰っているところ」
「……お互い大変だな」
「ほんそれ、ちなみに王城も結構やばいことになっているらしいね」
「というと?」
「さっき衛兵から聞いたけど、魔術研究所が疑似太陽の魔力再現実験とかいうのをやって、一万分の一くらいの太陽そのものは出来たっぽいけど、そのせいで王城が熱帯夜だそうだ。エレインさんが王室を冷やしている術式を組み込んでいるらしく汗だくで作業していたよ、ちなみにやらかした魔術師たちは厳重注意だそうだ」
 こんなことしても注意で済むアクバ王の懐の深さをジークは感心した。
「冷却術式よりもそれが暴走しないようにする制御術式を二十重ねするもんだから、術式同士が干渉しないようにするのが大変なんだとさ」

 ジーク達はそう言いながらへとへとの身体を王城に近づける。
 
 王城へ向かうために足を進めると、王城から熱風が吹いてくる。
 

「「あっつい!」」

「これは酷いや、ガッテムホット!」

 アジサイは口を悪くしながら叫ぶ。

「チクショウこの暑さはやべえ」

 気温は四十度は超えているだろう。熱すぎるあまり体液が急速に乾燥し始める。
 
 それでも何とか王城に帰り、個室のシャワー室に向かい、装備品ごとシャワーで洗い流す。

「あー、だりぃー」

 たわしで装備品についた体液を落としながらジークは気だるそうに言う。

「確かにだるいな、それと大太刀は王宮鍛冶師に見てもらうといいかもな、ところどこと刃こぼれが見える」
「そうだな、あとで行こう」
「忘れる奴だろ、俺が行っておくよ、どうせちょっと用事があるしな」
「んじゃ、任せた」

 ジークは大太刀をアジサイに預け、軽く洗った服を給仕に渡して念入りに洗濯してもらう。
 
 替えの服をメイドから受け取り、自室に戻ることにした。
 夕食も考えたが、この暑さと疲れと魔獣の体液で食欲はすっかりなくなっていた。
 廊下歩くだけでもう既に汗が滴る。疑似太陽術式を今日も呪うし明日以降も呪ってやるとジークは心に誓わざるを得なかった。
 そんなことを思いながらジークは自室のドアノブを回し中に入る。
 
「おかえりなさいませ、ご主人様」
 
 貴金属のような銀髪に動脈血のように赤い瞳、縦に細長い瞳は爬虫類を彷彿させる。デコルテが大きく開いたメイド服を着たアルスマグナがスカートの裾を両手で持ち上げて一礼する。

「……なにか間違えましたか?」

 アルスマグナは首を捻りながらジークに問いかけた。

「……最高かよ!」

 ジークは両手でガッツポーズしたあと両手を天を突かんとする勢いで両手を突き上げた。

「気に入っていただけてなによりです」

「それより、どうしてその恰好?」
「ええ、疑似太陽の影響で衣服がダメになる前に洗いたいとメイドが申し、服を剥され、代わりにメイド服を持ってきました。どうやら私のサイズに合う服がこれしかないそうです。現在はアンタレスに服を貸してもらえないか聞いているそうです。もっともアンタレスも会議の途中でアジサイ様が魔獣狩りに出かけてしまい今ちょうど会議が再開したらしいので当分はこの恰好ですね。メイド服はお嫌いでしょうか?」

「むしろ大好物だ」
「それは何よりです。と言っても私は生まれてこの方、メイドとして勤めたことはないのでメイドらしいことはできません。そこはあしからずで」
「おう、わかった」

「さて、何をしましょうか? 料理にします? それともお背中流しましょうか? 本の読み聞かせはどうでしょう? お疲れなら添い寝でも致しますか?」
「段々過激になっていくなおい」
「殿方はそういうのが好きとメイドから伺いました」

「なんというかそれはそういうものだけど、違うのだ」
 
 ジークはベッドに腰かけるとアルスマグナが隣にピタリと寄り添うように座る。
 
「どういうことでしょうか?」
 
 銀色の髪からは果実のような甘ったるい香りが感じられるほど彼女が近くにいた。

「流石に近いぞ」

 ジークはアルスマグナに注意すると、アルスマグナはクスクスと笑い始める。

「何か問題でも?」

「あのなぁ……はぁ……俺は男なんだぞ?」

「ええ、存じております。わざと……ですよ?」
 
 悪戯に笑うアルスマグナをジークは横目で見る。
 
「からかいいやがって……」
 
 ジークは靴を飛ばす様に脱いでベッドの上に仰向けになった。
 
「揶揄われるのはお嫌いですか?」

「いや、別にそういうわけじゃ――」
 
 そう言いかけた時、アルスマグナのヒンヤリとした手がジークのシャツの下を潜り抜けて腹から胸へと手がするりと伸びた。

「おっおい!?」

「揶揄っていないですよ?」
 
 ジークは操られるままに上着を脱がされる。
 アルスマグナはジークの胴に抱き付いて頭をジークの胸に添わせる。
 
「この匂い……」
 
 アルスマグナの長い舌がぬるりと官能的にジークの肌を湿らせていた汗を舐める。
 
「この味……」
 
「アアアアルルルルスマグナ?」

「この感情は一体何なのでしょうか? 今の私に性欲はないと言うのにこの感情は?」
 
 恋じゃないか?
 
 とジークは言いたいところだったがこれは完全にアルスマグナは感情に支配され暴走しているようだ。
 
「おおおおおおおおお落ち着け? な? ね? な!」
 
「私は至って冷静ですよ?」
 
 そう言いながらアルスマグナはメイド服のコルセットを外す。それからおもむろに楽しそうに魅惑的な笑顔をジークに向けながらメイド服を脱いだ。
 アルスマグナは下着などつけておらず、ありのままの姿になった。

「ふふふふふふ今日は暑いですから、冷血動物である私がヒンヤリさせて差し上げましょう」

 どうやらドラゴンは体温が上がり過ぎると暴走するようだとジークは後悔することになった。
 
「しかもジーク様からは街で散々、変な匂いのする女にすり寄られていましたね、不快です、ええ、とても不快です」
 
 ドラゴンは激情を示す動物であると昔の人は言っていたことをジークは思い出した。

「なのでジーク様にはこれから私の匂いをそのお体と記憶に擦り込みたいと思います」
 
「おい、ちょっと、うわあああああ!」
 
 
 
 次の日――
 
 
 
「なんかめっちゃいい香りする、気持ち悪いな」

 ジークの身体は芳香を漂わせていた。

「お前はマンゴーの香りがするぞアジサイ」

「サーナンノコトカナー」

 アジサイはカタコトでそんな返事をした。
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