この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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天ノ9話「王と任」

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 王城にたどり着くとミオリアは食客用の個室にアジサイとジークだけを呼び出した。

 ミオリアは安堵していた、十年以上探してようやく自分と同じしかも昔懐かしい後輩たちが自分と同じこの異世界に来ていたのだから、これからある王城の仕事もこなしやすいものだ。

戦力としてもジークは近接攻撃特化で戦闘能力も申し分ない。むしろ攻撃力だけで言うなら三人の中でもトップクラスと言える。
 アジサイの方は、未知数なところもあるが、ジークと互角に渡り合うという事実がある。神性侵食さえどうにかなれば強力なアイテムである装具の制限も解除できる。それがなくとも戦闘面ではジークよりテクニックで勝っている。
 
「ういーっす」「やっふー」

 アジサイとジークが暢気な声を出しながらミオリアの元へ到着する

「お、そろったな」
「一体どうしました?」

 アジサイが部屋に入り椅子に腰かける。ジークもそれに合わせるように椅子に座る。

「いや、さっき王からちょっとお話ししようぜみたいなことがあってな」
「え、ダルそうなのでパス」

 ジークが間髪入れずに拒否する。

「私関係なさそうなのでパス」

 アジサイも気だるそうな表情で拒否した。

「いや、お前らに関わりのある話なんだが……」

「話ですか、ジークはともかく自分は……」

 アジサイは首を傾げた。

「いや、お前、貴族切り捨てたろ、立派な傷害罪なんだよ。それにエレインがいなかったら殺人罪だからな」
「おうふ、そうやった……エレインさんが助けたからそれで終わりだと思ってた」

 アジサイはうなだれた。

「じゃあ、私は何でです?」
「竜狩りの成果報告だな、キッチリ竜狩ってるし、盗賊なども掃除してるから釈放を速めてもいいってよ、もともとエレインを呼び戻すのが恩赦の条件だし、ちなみに事務手続きが大変で釈放できなかったという愚痴も聞いた。それに玉座の前で大暴れしたのもあって遅れたらしい」
「あれか……」

「まま、細かいことはどーでもよくて、今後は大手を振って竜狩りをしてくれとのこと」
「そういや、竜狩って捕まったのに竜狩るんだな」

 アジサイは素朴な疑問を挙げた。

「それに関しては、竜狩り反対派の人間たちと折り合いをつけるらしい。今はアルスマグナが直々に竜狩りを依頼しているから反対派も黙らせることに成功ってわけだな」

 つまり、ジークは取りあえず罪人として吊し上げて、竜狩り反対派をおとなしくさせ、反対派を黙らせるために王城内部があくせく働いた。
 竜狩りを単独で行えた事例はないため王も含め竜狩りを成功させるとは予想していなかったらしく、体のいい処刑方法として竜狩りだったようだ。仮にジークが竜狩りを成功させた場合、今度はジークを筆頭に竜狩りをすれば、王城内部の人間が犠牲になることなくアルスマグナとの約束である豊穣の力を享受できる算段だ。

「んで、アジサイなんだけど」
「ほいほい、なんでございましょう?」
「お前は竜を守護した功績から護衛の任務が入った」
「お、くっそだるいから拒否で」
「まぁまぁ、そういうな、女性の護衛だから」
「うん、なんかくっそ怪しいからパスで」
「ザンネンダナー、どうやら美女らしいけどそっかそっか、じゃあ俺とネフィリでこの仕事はかた――」

 ちなみにミオリアは護衛対象の女性については、貴族よりも偉い立場ということぐらいしか知らないため美女とかそういうのは確証の無い、出まかせである。

「オッケー話を続けましょう」
「ちょろい、小並感」

 ミオリアの心境が吐露された。

「当たり前だよなぁ……」
「おっ、そうだな」
「会話がくっそ汚い」

 ジークは呆れた。

「「「あははははははは!」」」

 昔懐かしいノリにミオリアは腹を抱えて笑った。

「くそ懐かしい!」
「まさかこの世界でもこんな会話できるとは思いませんでしたよ!」

 しばらく笑いが部屋を覆った。
 

「そろそろ、仕事の話に戻りましょう」

 アジサイが我に返る。

「んああ、そうだった。仕事内容は、かなり長期だな、どのぐらいになるかはわからねえな、なんでも護衛対象がイシュバルデの全域の治安調査をするらしくてな、アジサイには護衛と国土調査を頼みたいとのことだ」
「国土調査ですか……」
「土地の科学的な調査だな、まぁ、この世界科学技術が中世ヨーロッパ以下だから割と適当でええで、どっちかっていえば地方の貴族たちの統治が成立しているかどうかが重要だからな」
「なるほど、じゃあメインはあくまで護衛ですか……」
「そう思ってくれりゃいい」
「あい、わかりました」

 アジサイは任務を受託した。

「ジークは、アクバ王と話が付いたらすぐに出るんだろ?」
「それが現在、次の竜がどこにいるかわからないので手詰まりなんですよね、今、アルスマグナが探知しているところですが一週間はかかりそうですね」
「じゃあ、しばらくはのんびりできそうだな、アジサイの装備も整えないといけないしな」
「そうっすね流石に先輩の服を借りっぱなしもあれですし」
「オッケ、じゃあ、そろそろ頃合いも良さそうだし行くか」

 三人は立ち上がって王の元へ向かった。
 
 
 
「うむ、よく来たな、ミオリアにジーク、それに竜の守り人」

 三人はアクバ王を目の前にする。

「ありがとうございます。して、我々三人に如何用でしょうか?」

 ミオリアがTPOを弁えた言葉で王に問を投げる。

「まそう堅くなるな息が詰まりそうだ。まずはジーク、竜狩りご苦労である。魔術師エレインを連れ戻したのも大儀であった。恩赦を与える。今後は正式に竜狩りの任に就いてもらう」
「はい、ありがとうございます」

 これでジークが無罪放免となることが確実となった。

「次にミオリア」
「はい」
「貴殿は奔放なエレインの護衛をよくやってくれた。寸志を与える」
「ありがとうございます」

 ミオリアは深々と頭を下げる。

「最後にアジサイだったな、よく参った」
「初めましてアクバ王、私がアジサイです」
「普段は目を隠して生活している奇妙な者と聞いたが今は着けておらぬのか?」
「ここでは必要のない物故外しております。それに王を目の前に目隠しなど失礼極まりないかと」
「気にすることは無かったのだが、まぁ、良い。既に聞いていると思うが、任を出す。ミオリアやジークに比肩する力を頼りたい」
「了承しました」
「それに伴って、護衛対象であるアンタレス・シャウラと夕食の席を設けた本来であれば晩餐会を開く予定だったが本人が拒否したのでな。すまんが個室で食事を取りながら話をしてもらうことになった」
「畏まりました。確認ですが、王と私たち三名とアンタレス様の五名で夕食という認識でよろしいでしょうか?」
「否だ、私は別件で夜は席を外す。そしてアンタレス殿が大勢での食事を避けたいと申したため、アジサイと二人きりで食事をしてもらう」
「アクバ王、それはいささか軽率ではないでしょうか?」
 アジサイは目の色を変えた。アジサイの真面目なときの顔だ。普段は飄々としているがこのスイッチが入ると人格が変わったようになる。ミオリアも滅多に見たことがない。
「自分で言うのもあれですが、私はこの王城に足を踏み入れるのも初めて、言ってしまえば何者かわからない人物であります。そんな人間をおいそれと重要な人物と二人きりで面会させるのはさすがに軽率ではないでしょうか?」
「ああ、そうか、そうだったな、アンタレス・シャウラ、またの名をパンドラという」

 ミオリアはパンドラと聞いて顔を上げた。

「まさかパンドラって、あのパンドラですか?」

 ミオリアは思わずアクバ王を問いただす。

「ああ、だから問題ないのだ。おっと、そろそろ時間だ、詳しい話はミオリアが頼む」
「はっ!」

 こうしてアクバ王との謁見が終了した。


 三人は自室に戻ると先ほど座っていた椅子に座る。

「んで、アンタレスさんってどんな人なんです?」
「ああ、半人半神やで」

 ジークとアジサイの表情が固まった。

「まじかぁ」
「また神かよ!」

 アジサイはミオリアが寝るはずのベッドにダイブした。何度かバウンドしたあと羽毛の掛け布団に沈む。

「神は嫌だ神は嫌だ神は嫌だ……」
「ドンマイ! ねえねえ今どんな気持ちねえねえ?」

 意気揚々とジークはアジサイを慰めた。

「逃れられぬ業だな、良かったやん、扱い慣れてるやろ?」

 ミオリアも追い打ちをかけるように慰める。

「ファッキュー!」
「さて、そろそろ真面目な話をすっか」

 ミオリアが話を仕切り直す。


「パンドラについてですね」

 アジサイは腕を組みながら話を始める。

「ああ、パンドラ、イシュバルデ王国の守護者、かなりの実力者だ。わかりやすく言えば公式最強ってやつだな。公の外部露出は少ないから姿を見る者は少ないらしい」
「ああ、なるほど、だから二人きりで食事でも大丈夫という」

 アジサイは腑に落ちた表情になる。

「しかし、本名を聞いたのは初めてだな、兎に角、粗相があれば即死だからアジサイも頑張れよな」
「マジかぁ、マジかぁ……無理だわ……こちとら女性とそもそも二人きりで食事をしたこともない童貞やぞ……」
「これはモニタリングしたいところ」

 ジークが茶化す様にゲラゲラ笑っている。

「お前も童貞なんだよなぁ」

 ジト目を使いながらアジサイはジークを睨んだ。

「そんなん言うたらここにいる全員童貞やろ」

 ジークがそう言い返した。

「俺、童貞じゃねえけど」
「「は?」」

 ジークとアジサイの声が重なった。

「いや流石に三十四歳童貞はちょっと……」
「うーん、この」

 ジークは肩を竦めた。

「はー、ほんまつっかえ、やめたらこの世界?」

 アジサイは白目を剥きながら中指を立てる。

「これは酷い」
「そうじゃなくて仕事」

 再びミオリアは話を戻す。

「アジサイの任務開始日は二週間後、それまで自由にしてもらって構わないそうだ。できればアンタレスと交流した方がいいな、もしくは旅の準備があるな。ジークはアルスマグナが竜を感知次第って感じだな、俺はエレインが二週間の王城滞在が命令されているから動けないし、まぁ、ロングバケーションだな」
「「わかりました」」

 ジークとアジサイは返事を返した。

「話はそんなもんだな、ああ、それと準備費と報酬の二割の金が前払いされる。必要なものはそれで調達してくれ。相場が分からねえなら俺が一緒に付いて回る。気軽に声をかけてくれ」
「あ、闘技場とかあります?」

 ジークが手を挙げて質問する。

「ああ、あとで案内するよ、とりあえず今日は休もうぜ、だるい」
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