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神ノ8.5話「煙草とワインと孤独」
しおりを挟むアジサイ、適当につけた名前にしては相応気に入っている。
紫に太陽の陽に花と書いて紫陽花。日本では六月が丁度見ごろを迎える花だ。
普段イメージする紫陽花はホンアジサイと言うもので実は外来種だ。日本に自生するのはガクアジサイと呼ばれる。アジサイはガクアジサイの方を好んでいる。
紫陽花は土壌の水素イオン指数によって色を変えることが有名だ。デルフィニジンと呼ばれる成分がアルミニウムイオンと反応を起こし色彩が変化する。酸性なら青、アルカリ性なら赤色を示すと一般的に言われている。そんな変化に激しいところから花言葉は「移り気」と揶揄されるほどだ。
今は王城へ向かう道中で、夜になりキャンプをしているところだ。アジサイはミオリアからタバコと酒、そしてつまみをもらって一人でキャンプ場から離れた岩に腰かけて晩酌していた。
と言うのも、わけがある。
「居づれえ……」
先輩であるミオリアはエレインとネフィリの見目麗しい女性がおりまさに両手に華、ジークはアルスマグナと絶妙な距離感が仕上がっている。
対してアジサイはボッチ、行き遅れ、ジークを殺人未遂、名前も知らない貴族を一刀両断など罪が重すぎる状態である。というより貴族をバッサリしているのに王城に帰って大丈夫なのだろうか、アジサイは冷や汗しか出てこない状態である。今もこっそりキャンプ場から離れ月夜に慰められていようとしている。
完全に重犯罪者となったアジサイはワインをラッパ飲みする。
「はぁ、やらかした……」
アジサイが人を殺したのは初めてじゃないが権力を持つ人間を殺すのは初めてことだ。
「ああ、ここにいたか」
「んああ、お嬢ちゃんは、えっと……」
「エレインだ」
小柄な少女が自己紹介をする。
「すまんな、エレインさん、して、どうしたんだい、こんな酔っ払いに何か?」
「昼間、そちらが切り捨てた貴族の男だが、思った以上に傷が浅く回復魔術を行使したらピンピンして帰っていったということをすっかり忘れていた」
「ああ……そりゃあ……よかった」
アジサイは心底安堵した。
「話はこれだけだ、晩酌を邪魔してすまなかった」
「エレインさん、覚えていたらこの借りはそのうち返すよ」
アジサイは貰い物の煙草をくわえる。
「ああ、仇で返さないでくれ」
「ところで、火はお持ちでない?」
エレインは簡単な発火魔術でアジサイの煙草に火をつけた。
火をつけるとエレインはスタスタと去っていく。
「お、まぁ、そうだよな」
アジサイは恋する乙女の背中を眺めながら紫煙を吹かす。
「……ふっ……はっはっは! ゲッホゲホ!」
煙が気管に入りアジサイは咽る。
「いや、しかし、先輩が両手に華か……」
アジサイは、後頭部に手を掛ける。
目隠しを解くと、少し影がある月を見上げた。白い髪が夜風で揺れる。
酒に火照った体を心地よく冷ましてくれる。
目隠し、といっても実はこれはサングラスに近いものである。これがないと、アジサイは昼間の光がちょっとだけ煩わしくなることがある。
ワインを飲み、つまみであるジャーキーを口に入れ、再びワインを飲み、そして煙草を吸う。傍から見ればクズの数え役である。
「しかしこのワインうまいな……」
アジサイはワインに舌鼓を打ちながら酔いしれる。
目には月、口にはワイン、手にタバコ、背中に孤独、ボッチの極み。
「あー、俺も金髪巨乳の駄々甘お姉さん侍らせてえなあ!」
「嗚呼、ものすごい虚無感」
描写を入れるまでもない哀愁はここでは共感されない。
一人孤独にアジサイは酒を飲み、煙草を吸う。
「さて……寝るか」
テントは三つあり、ひとつがミオリアとエレインとネフィリが共有、もうひとつはジークとアルスマグナのテント、最後のひとつがアジサイのテントである。
アジサイは広々としたテントで大の字になる。そして眠る。泥のように眠る、ただひたすら眠る。アジサイは寝るしかこの苦から逃れる術はなかった。しかし、それも一時凌ぎしかならない。
数分も経たないうちにアジサイは起き上がる。
「はぁ……」
ここまでの静寂だと、隣のテントから楽し気に会話する声が聞こえる。何を言っているかまではわからないが、アジサイにとって内容など至極どうでも良いことだ。
テントから出ると先ほどまでいた岩に戻る。
アジサイは黒い影を展開する。この黒い影はアジサイの持つ能力ではない、アジサイが身に着けている襤褸切れのような布がこの影の正体である。
厳密に言えば、この襤褸切れもまだ完全な状態ではない。本来はもっとまともな羽織だった。アジサイにはいくつかのこのような羽織が存在する。それらは普段は宝石玉のような美しいものだが、アジサイだけがそれらを本来の姿である羽織にすることができる。この羽織たちを装具と呼ばれる。
つまりはアジサイ専用の特殊装備である。
ミオリアやジークとスキルを比較するとアジサイは極端にスキルの数が少ない。それを補うために装具が存在しているのだと考えられる。
問題はアジサイがこの装具たちをどこかにやってしまった。
アジサイの当面の目標はこの装具を回収することである。
現在ある装具は悪装『津罪』影のような黒い魔力を自在に操る装具である。第二第三の腕のように扱える便利な装具である。だがデメリットとしてアジサイの肉体にある神性が上昇する。これは装具全般に言える話だ。
イメージとして言ってしまえば、神がかった力を行使するために、自身の肉体に神を宿しているようなものだ。行き過ぎた神性は呪いのようにアジサイの身体を蝕む。
ジークと戦った後もエレインが居なければアジサイは死んでいた。
「魔術……学んでみるか……」
神性とは超高濃度の魔力であるため、魔術を行使すればある程度装具の多少のツケを払うことができる。
「さてと……」
森の影からぞろぞろと人が現れ始める。盗賊だ。
アジサイがただ無意味に装具を展開しているわけではなく、盗賊の気配を察してここにいた。
「よう、話がわかってんだろうな?」
盗賊はナイフを構えながら余裕そうな表情を取った。
「やめやめ、あのテントには俺よりやばい連中がいっぱいいるし、おとなしく帰った方がいい」
アジサイは黒い影を触手のように展開し、そのうち一本で先ほど座っていた岩を砕く。
「ひぃ、化け物!」
呆気なく、歯応えもなく盗賊は逃げ去った。
「気を付けて帰れよな、まじでビビったわ……」
「……うっ……マジかよ……」
装具を使ったことで神性に侵食された。
体にもだいぶガタが来ていたが、悪装の神性上昇が高い。今のアジサイにこの装具は危険だった。
アマルナを助けていた時は穢れと神性がうまく打ち消し合っていたのだろうとアジサイは予想する。
「だめだ……休もう」
心臓が痛む、鼓動が早くなる、血液が逆流しているかのように痛みは心臓から指先、つま先にじわじわと広がる。まさに侵食という言葉が想起できた。アジサイはテントに戻ると倒れ込むように横になる。
アジサイは目を閉じて鼓動が収まるのを静かに待った。
楽し気な声が聞こえる。
アジサイは良かったと呟いて目を閉じた。
僕は残滓である――
アジサイの意識は泥溜まりのような場所へと落ちていった。
これでいいこれがいいと心の中で呟きながら。
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