この異世界は理不尽で残酷で儚く、そして竜を狩り、国を護り、獣が吠えた。

白井伊詩

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竜ノ7話「リベンジマッチのそのために」

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 再会した二人は、ネフィリとエレイン、アルスマグナと共に、以前野宿した平原まで移動して、今日はここで野宿の準備をしていた。

「いやぁ、十年旅してやっと一人か、そっちも大変だったな」

 ミオリアは焚火の前に腰かけながらしんみりと呟いた。

「あー……いや、俺はここ最近こっちに来たみたいなのであんまりわかんないですね」
「まじか、十年くらい時間が経ってるぞ」
「まじっすか、まぁ……だいぶ痩せましたしね」
「スキルにエネルギーを持ってかれているからなぁ」
「スキル?」
「そうそう、俺自身のスキルに鑑識眼って言うのがあって、特異なスキルがわかるようになってんだ」
「へー、俺はスキルとかはわからないですが身体能力がとんでもないくらい上がってますね」
「どれ、ちっとスキルを見てみるか」

 ミオリアは立ち上がると次元倉庫から羊皮紙を取り出す。

「この羊皮紙を背中に張り付けるから上着を脱いで」

 ジークは頷いて、上着を脱ぎ半裸になる。

「貼り付けるぞ」
「これ完全にあれっすね」
「ああ、パクリだな」

 ミオリアが鑑識眼のスキルを行使すると、羊皮紙に日本語で文字が刻まれる。
 魔力で書かれた文字が徐々に意味成し始める。ミオリアは紙をジークの背中から剥すと内容を見る。

「なかなかこりゃあ、攻撃的なスキル構成だな」

「どんな感じですか?」
「すべてが物理攻撃強化と大体の特性に対して特攻持ち、竜から獣、神に至るまで、まるでこりゃあ、殺すことを設計されたようなもんだな」

 ジークのスキル構成をまじまじと見ながらミオリアは驚く。

「まだアンロックされてねえスキルがあるな、今使えるスキルは三か四くらいだな」
「意外に少ないっすね」
「そうだな、しかも……ジークは……」

 ミオリアは一瞬、ジークと呼ぶのに戸惑った。ミオリアもジークもどちらも日本人で、この世界では名前を隠すというより、二人は話し合い元で以前の名前を捨てることにした。
 理由は、大きく分けて二つ、ひとつめは呪詛系魔術の中に名前を知ることで行使できる呪詛が存在すること、ジークもミオリアも現状は呪詛系魔術に対して無力に近い精神掌握などされた場合、二人の突出した身体能力だけでも脅威になる。二つ目として、せっかく異世界に来て第二の人生をもらったようなもんなので親には申し訳ないが名前も一新し生まれか変わろうということになった。

「ジークはどうやらスキルを覚醒させるタイプだな。俺とは違うな」

「先輩は?」
「経験値を消費してステータスを強化するタイプ、つってももともと相応スキルをもっていたから身体能力を強化しまくってるな、そっちよりカスタマイズしやすく、拡張性が高いな」
「なんか本当にRPGやっているみたいですね」
「それな、まぁ、でも覚醒に条件があるなら、訓練するしかねえな」
「お願いできますか? ちょっと勝てない相手がいるので」

 ミオリアが立ち上がる。
 それにつられるようにジークも立ち上がる。二人は他のメンバーを置いて移動する。
 
 
 
 少し平原歩き、他の三人に迷惑が掛からないところまで移動する。
 

「こんだけ離れれば大丈夫だろ」

 ミオリアはナイフを二本引き抜く。
 ジークも大太刀を鞘から抜き、鞘を放り投げる。

「じゃあ、とりあえず実践だな、準備オッケー?」
「いいっすよー」

 ジークは大太刀を構える。
 ミオリアは体を前に倒す。ジークは臨戦態勢をとり、応戦準備をする。
 
 が――
 

「遅せぇ!」

 あっさりとミオリアがジークの懐に飛び込み首筋にナイフを突き立てる。

「はやっ」

 ジークはあっさりと一本取られる。

「これで一割くらいだな、たぶんジークならあと四回ぐらいみれば追えるようになってくると思うぞ」

 事実ジークは、ミオリアが体を倒し、詰め寄るまでの一連の動きを目で追うことが出来ていた。だが体が反応しないのが現状だ。

「んじゃあ、おんなじのもう一回いくで」

 ミオリアは再び距離を取り、ナイフを構える。
 ジークも気を取り直して大太刀の刃を目の高さに据え構える。
 
 
 ミオリアの足が大地を蹴る。まるで猫科の動物を思わせる瞬発力で距離を縮める。
 
 
 ジークは右手を引き刀身ジークに寄せる。峰に左手をあてがい防御の姿勢を取る。
 ミオリアは右手のナイフを逆手に持ち、ジークの柄にナイフを引っ掛ける。梃子の原理で刀身がホールドされる。ジークはバックステップで回避しようとするが、柄をナイフと腕に挟まれているため右腕が伸びきってしまった。

「うおっ――」

 左手のナイフで大太刀の刀身を半回転させジークの右手を回転させる。関節が駆動領域を超えてしまっているため手を放すしかなかった。
 武装を解除されたジークは拳を構えようとするが、ミオリアのナイフが喉に当たる。

「惜しかったな、一瞬ひやっとした」

「くっ……」

「しかし、ジーク、さっき負けた相手がいたとか言ってたがどんな奴だったんだ?」
「俺とアルスマグナは人型と呼んでいます。神性を保持してて、武術を修得しているっぽい感じの動きでしたね。武器は二メートルくらいの金属の棒っすね。完全に舐めプで転がされましたよ」

「まじか……一応言っておくけど、今のジークのレベルなら余裕でイシュバルデ魔道騎士団と互角に相手できる実力がある」
 
「この国が弱いのかこっちが強いのか」
 
「こっちがチートだな」

 ミオリアは肩を竦めた。

「やっぱり……しかし、この世界、少し気になることがいくつかあります」
「というと?」
「この世界、SI単位系を使ってるんですよ」
「エスアイ?」
「あー、リットルとかメートルとかっすね」
「言われてみれば……」

 転移してから十年間、何も疑念を抱かないミオリアであった。

「そのあたりの検証は現状だと情報が少ないから、もうちょっと情報が揃ってからだな」
「わかりました」
 
「んじゃあ、訓練続けるか」

 ミオリアは次元倉庫から二メートル金属の棒を取り出す。

「リアリティ重視で行こう」
 
「ちょっとイラついてきた」

 ジークは人型を思い出し顔をしかめた。

「よっぽどボコボコにされたんだな……」

「そりゃあ、もう、お手玉でしたよ」

「まじかぁ、めんどくさそう」

 ミオリアはジークと距離をとると、訓練を再開させた。
 
 
 ミオリアが棒を振り、ジークが応戦する。お互い訓練が熱を帯び実戦に近い状態になっている。二人は全身怪我をしては自身の能力によって即再生を繰り返した。
 何度もミオリアの神速の攻撃を受ける中でジークは、何かを掴めそうな気がした。
 
 何度も何度も攻めと受け流しを繰り返す。
 受け流しに失敗して腕や足に、鈍い衝撃と鈍痛が走る。
 

 何度も、何度も――

 
 幾度となく――
 
 
「そろそろ、二割くらいの速度を出すっ!」

 ミオリアは今までの暢気な雰囲気を手放す。
 
 
 ジークは大太刀を構える。心臓が脈打つ、力強く、一回一回を刻むように。
 

 ミオリアがまるで距離を切り取ったようにジークの懐に飛び込む――


 ジークの視界が暗転する。

 
 白い霧が広がっている。先ほどまでミオリアと訓練をしていた場所ではない。

「よっ、竜狩り」

 後ろから声がする。ジークは振り返ると、そこには極彩色の身体に鋭い爪、二足歩行の、ちょうど恐竜のディノニクスを彷彿させる姿があった。
 
 
 感情のルネサンスがそこにいた――
 

「なんだ、あっけらかんとして?」
「いや、だってお前は確かに俺が――」
「ああ、そうさ、お前が殺した」

 間髪入れずにルネサンスは答えた。

「じゃあこれは幻覚……?」
「近からず遠からずというところだな」

 ルネサンスはそう答えると言葉を紡いだ。
 

「私の魂は、もともとはアルスマグナの物だ、だが肉体を得て、あの墓を守り続けたのはアルスマグナの意思じゃない。私の意思だ、そしてお前に討たれた」
 

「だが、お前は私を殺したあと、死者を弔った。そして今は、竜狩りを続けている」


「だから、力を貸してやろうと思ってな、私が私であったときの力を」


「ジーク、これはお前が勝ち得たものだ、ゆめゆめ使い方を忘れるな」


 そういうと、ルネサンスは消えていく。
 消えかけたルネサンスはジークの額に自身の頭を当てる。

「私は人間が好きなんだ。だから私の代わりに見て欲しい」

 人間好きで、自分を慕った人間を守るためにより多くの人間を殺した悲しき竜の感情は、そう言い残し、消えていった。
 
 
 
 ジークは我に返る。
 
 あれからほぼ時間が経過しておらず、ミオリアが距離を詰めているところだった。

 ジークは、驚愕した。
 ミオリアの動きがあまりにも緩慢に見えたからだ。
 
 ジークは左手を大太刀から離し、ミオリアの金属の棒の打撃線上に左手を置く。
 
 
 手に吸い込まれるようにミオリアの得物は左手に握られ、右腕で持つ大太刀をミオリアの首元に滑らせた。
 
 
「おっと、マジか」
 
 ジークの瞳は黄色く変化する。

「この野郎、この場面で全く新しいスキルを発揮させやがった」

 ミオリアの鑑識眼に新たなスキルの項目が追加されていた。
 
 ジークの瞳は鮮やかな黄色に染まり、瞳孔は縦細になる。

「……これがあいつの見ていた世界」

「『竜眼』……なかなか悪くないスキルだ」

「そりゃあ、もらいもんですし?」

「んじゃあ、このくらいはいけるか?」

 ミオリアの姿が消える。

 ルネサンスの目をもってしても捕らえられない、速度だった。

「なっ!」

「やっぱ無理か」
 
 ミオリアはジークの背中を叩いた。

「ま、その目がありゃ、人型だっけか、何とかなるんじゃねえの?」

 ミオリアは適当に言う。

「たぶん、勝てる……勝ちましょうか」
「ええやん」

 訓練を終えテントに戻ると、ミオリアが食事の準備をし始める。

「そういや先輩が飯作るんですね、てっきり女性陣で作ってるのかと」

「あー……それ聞くかぁ」

 ミオリアは心底残念な声を漏らした。

「先輩、まさか……」
「ああ、あいつらは……料理の天災だ」
「災いの方かぁ」
「エレインは食材の栄養価だけで判断する飯マズ属性で、ネフィリは完全な味覚音痴だ、何喰ってもうまいというタイプ、故に飯を作ると、味が濃すぎたりなかったりする」
「まじかぁ」
「そっちはどうなんだよ?」
「こっちはわからないっすね、第一アルスマグナは竜ですし……」
「だよなぁ……」
 ミオリアはため息をつきながら次元倉庫から食材を取り出し始める。
「アルスマグナに今度作らせてみますか?」
「やめーや」
「御呼びでしょうか?」

 アルスマグナがぬるりと現れた。

「あーいや、お前は料理とかできるのかって話だ」

 ジークは苦笑いしながら

「料理ですか、そうですね、ほんの短い間ですがさわり程度なら」
「うおっ、意外だな」

 ミオリアは驚愕した。

「基本、人間とはそれなりに交流があったもので」
「じゃあ、作ってみるか?」

 ジークは悪戯半分でアルスマグナに聞いてみると。

「わかりました、久しぶりにやってみましょう」

 アルスマグナは袖まくった。

「まじか……」

 ジークは引くに引けなくなり絶句した。

「ご安心ください、食べた人が危うく召されかけたと言う言葉をいただいことがあるので」

 アルスマグナは縦に細い赤い瞳を一層細くさせて微笑んだ。

 ミオリアは次元倉庫に保管してある一通りの調味料と食材、そして調理器具をテーブルに置く、アルスマグナはエプロンを着ると、ジークとミオリアを調理場から離れさせた。

「なぁ、ジーク……」
「なんです先輩?」


「なるほど、このナイフはこうやって使うのですね!」


「ねえ、先輩……」
「なんだよ、ジーク……」


「なるほど、これは魚の鱗を……今回は鱗を残しておきましょう」


「なぁ、ジーク!」
「なんです先輩!」


「この野菜は、なるほど……」


「ちょっと、アルスマグナさああああああん!」
「ちょっ、先輩落ち着きましょう!」


「野菜の皮も使いましょう……」

「うわあああああああああああ!」
「センパアアアアアイ!」

 ジークとミオリアは死刑執行を待つことしかできなかった。


「できました、流石にこの人数だと少し骨が折れます」
 死刑囚たちがテーブルに固定させられる。
 アルスマグナは今までになく、上機嫌でジークが今まで見たこともないような笑顔だった。

 こんな心底うれしそうな笑顔は初めて見た。ルネサンスの権能のおかげで本来の感情を取り戻すことが出来のか、ああ、それはよかった。できることならこの瞬間が永遠続けばいい、そう、俺はメシなんかなくてもいいんだ。とジークは現実逃避を始める。

「それではどうぞ」

 先に小皿を人数分渡すと、大皿が運ばれてくる。

「タンツーリィーユーになります。アオウオという巨大魚がいたのでそれをそのまま唐揚げにしました」

 アオウオと呼ばれる魚の唐揚げが大皿にはいた。鱗付きの魚に粉をはたき、油でじっくりと揚げたものだ。香ばしい香りがジークの鼻腔をくすぐった。
 唐揚げは上げたばかりなのかまだジュージューと音を鳴らしている。
「ここにビネガーと砂糖をベースに片栗粉でとろみをつけたソースを掛けます。野菜クズから出る香りや旨味も抽出しています」

 別な鍋に用意した刻まれた野菜の入った甘酢餡をアオウオにかけると、水分と唐揚げの油が反応し、なんとも言えない香りになる。

「アオウオは唐揚げにする前に、特殊な方法で骨だけを粉砕しているので小骨などを気にせず食べられるようになっております。また身にはいくつかのスパイスも擦り込んでいますので良い香りがすると思います。ささ、熱いうちにお食べください」

 ジークは最初に箸で料理を取り分ける。サクッという音と感触の先にはふんわりとした白身が見えた、おそるおそる一口入れると、目を丸くした。
 ふわりとした食感の中に魚の濃厚なうま味が口に広がる。スパイスの刺激が舌を驚かせると今度は甘酢のさっぱりとした香りが鼻から抜ける。甘味が魚本来のうまみを引き出していた。砕けた骨は食感のアクセントとなり噛む楽しさを思い出させる。甘酢餡の中にある野菜は存在感はあるがアオウオの邪魔は決していない引き立て役となっている。そして、鱗付きのまま唐揚げにすることで、この鱗がパリパリとした食感になる。衣では甘酢餡の水分ですぐにふにゃっとしてしまうが鱗はそうならずいつまでもパリパリとしている。


 わかりやすく言ってしまえば、とてつもなくうまいということである。


 ジークもミオリアも無我夢中で目の前の魚を食らい尽くすのだった。

「ささ、たくさん食べて、明日は大きな戦いが待っています」

 ジークの登竜門は間近だった。
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