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竜ノ4話「戈を止める、即其れ武也」
しおりを挟むジークはまた夢を見た。
手元には大盛の中華丼が、右手にはレンゲを持っていた。大学生の時の行きつけの中華料理屋にいた。
「どうした○○?」
白髪交じりの太り気味の男が回鍋肉丼を貪り食っている。
ジークの同級生の友人である
「あー、いやなんでもない……」
「その割には体調が悪そうだな」
「大丈夫だ」
「そかそか」
ジークは沈黙を保った。どうせもこれも夢なのだから、すぐにまたあのファンタジーな世界に引き戻されるのだから。
「なんか憑いているっぽいな?」
白髪交じりの友人は生まれつき特殊な体質だ。工学部のくせに霊感持ちで時たまオカルトチックなことを話す。
「いやぁ、なんていうかさ……」
こんな奴に「俺、異世界で今、ドラゴンスレイヤーやっているんだが、先日対峙した人型が強すぎて勝てない」などと言ったところで、「何言っているんだこいつ」みたいな顔をするのが関の山だろう。
「……話は変わるが××、大太刀ってあるじゃん」
無理やり話題を変える。
「ああ、どうしたんだ?」
「もしも、お前が大太刀、大体三尺くらいと戦うことになったらどうする?」
「逃げるな」
「いやそうじゃなくて」
「冗談だ、そうだなぁ、自分の持っている武器次第かな」
「二メートルくらいの鉄柱、直径は五センチくらいの円形だな」
「相手が素人なら、いなして頭蓋に切り返しながら打ち込む、それで打ち込めることがわかれば鉄柱の中心を持って棒術を使うな、といっても俺が使える棒術なんか素人みたいなもんだけどな」
「棒術っていうのにはどんなのがあるんだ?」
「そうだな、リーチを変えることができるから短く持って速度のある連続した攻撃と長く持って遠くから遠心力のかかった大きな一撃を与えられるというのが棒術の特徴かな。棒術で使う棒は大体三尺の倍である六尺が平均と言われているな、当然長く持てば三尺刀よりも遠い間合いから攻撃ができる。しかも持っている棒が鉄製だろ、頭に打ち込まれたらたぶん頭蓋が砕けるぞ。結構重くて振れないけど」
「だろうな、持ったことあるのか?」
「農業用のそれくらいのサイズの鉄の棒を持ったことがあるだけ」
「なるほどな、じゃあ、逆だったら?」
「そうだなぁ、俺なら……」
友人は腕を組んで頭を捻った。
「刀を捨てるな」
意外な答えだった。
「どうして?」
「三尺を自在に振れる筋力があると仮定した時、それだけの筋力があれば相手が大ぶりの攻撃をしたときに両手で受ける。そして棒を掴み引き寄せてそのまま足を――」
目が覚めると、暗い野原の真ん中だった。
現実に戻されたジークはため息をついた。
「足をどうするんだよ……」
クイズ番組を見ているとき、答えの前にコマーシャル差し込まれ、チャンネルと変えて狭間の暇を弄んでいたら、結局クイズ番組の答えを見逃した。そんな気分にジークはなった。
月が高いところにある。周りに明かりがないとここまで月と言うもの美しいのかとジークはしみじみと認識した。
人型と戦ってから二日が経過した。あと一日もすればルネサンスの元へたどり着くらしい。
「足を払う?足を引く?足を……どうすりゃいいんだ……」
ジークはぼそぼそ呟きながら、人型の対策を考える。
何事もなくルネサンスに打ち勝った場合、そのあと再び戦うことになるのはあの人型だ。あれだけ強大な力を持った奴がアマルナの近くにいるのは危険だとジークは思った。
ジークの心の中で焦りが生まれていた。
「武術……」
思えば、人型と戦うまで武術らしい武術を使う人物がいない、いるとすればアクバ王の側近の騎士が槍を使っていたがジークが簡単に見切れる時点で武術と言ってもたかが知れている。
ジークの中で何かが引っかかる。
「武術……なんか……あっ」
アルスマグナの言葉を思い出す。
『武術?』
アルスマグナは過去に大勢の人間と共に戦い、時には対峙した略歴を持つと言っていた。その中で武術と言うワード一度も聞いたことがないと言うのはいささか引っかかった。あれだけ長い年月を生きているのに一度も武芸者と出会ったことがないと言うのはことだからだ。もちろんアルスマグナが忘れているだけという可能性もあるが、それをもってしても、あの反応は完全に初耳の反応だ。
つまり、この世界には武術がないのでは?
まだこの世界と断定したわけではないが、他所の国が武術を持っているなら伝来しているはずだ。となると能動的にこの世界に武術がないということが言えなくはない。これはあくまでジークの視点からの話である。第一に、そしたら人型はどうなる。人型の身のこなしはまさに武術と言える。ジークは考えにならない考えが頭の中でポロポロと浮かび上がった。
どれも答えにはたどり着かないしたどり着けないだろう。だが考えなければ今のジークでは人型に勝ち目はない。
ひとつめに考えられることとして人型は人間ではない知的生命体である。
しかしこれならアルスマグナの方が詳しいはずである。彼女もあの人型が危険と言うことは察知していたが、具体的に何なのかまでははっきりと明言していない。
ジークはそそくさと戦闘面においての人型の考察を一旦中止した。
次の考察にジークは移行する。
人型の目的について。
人型がなぜアマルナと接触したか目的がわからない。
アマルナを縛りつけて何かをしていたが、その目的が皆目見当がつかないのである。
アマルナから取れる素材が目的ならアルスマグナが分魂を回収してそれで終わりだ。加えて、アルスマグナはアマルナを後回しにし、ルネサンスを狩ることを提案した。もちろんそれはジークとの実力差がある。このことから人型はアマルナに危害を加えるということではないと言うことがわかる。
そうすると今度は、ジークと戦ったことが謎になる。考えの一つとして、アルスマグナをバラバラにした人間たちが、アルスマグナに分魂を奪われることを恐れている。だからこそ、ジーク達と敵対し、加えてアマルナを守護する理由になる。
そう考えた時、ジークが受けた情けが引っかかる。人型はジークを無力化したものの、殺すまでに至っていない。ジークがもしも守護の立場だったら確実に殺すのが理路整然としているのだ。拍車をかけるように、ジークの得物である大太刀を整備し、それをジークに返した。この時点で、人型はジークを倒すことが目的ではないと予想できる。
増々わけがわからない。ジークは空転する歯車を眺めるような気分になる。
「ああ、クソッ」
思わずジークは声を荒げた。
「ジーク様?」
荒げた声でアルスマグナが目を覚ました。
「すまん、起こしたか」
「かなりご立腹と見えますが……」
「ああ、いや…………そうだな……人型のことがちょっとな」
「アマルナのところにいた、あの人ですか」
「人なのか?」
「かなり、神性が高いようですが、間違いなく人です」
「神性?」
「存在するだけで周りに影響を与えかねない超高濃度の魔力のことですね、神族は神性の高さで力を決める。そのため神の性質と書いて神性だそうです」
「神性持つ人間ということか」
「その通りです。人間なら、百年に一度くらいの頻度で現れるらしいですが、神性に肉体が追いつかず幼少期に亡くなるとも聞いたことがあります。あの人型は成人している体格ですので肉体が神性に耐えられるだけの力を持った人間ということになります」
「化け物だな」
「どうでしょうか、神種と言っても様々ですから」
「さっきから言っている神族ってのは?」
ジークは疑問符を浮かばせた。
「この世界は大きく分けて四つの神とうたわれる種族がおります。天使族、空神族、鬼神族、龍神族の四種族です。その中でも龍神族と鬼神族は私が生まれた頃に滅びました。龍神族は一族が持つ神性と最後の生き残りをこの世界のどこかに隠し、全て死に絶えたと伝えられます。そして龍神の眷属が今のドラゴンや竜ですね。
鬼神族はたちは空神族に滅ぼされたと聞いております」
「どうして絶滅したんだ?」
「空神と天使に滅ぼされました」
「戦争か?」
アルスマグナはうなずいた。
「空神と天使は、人間を我々が導く必要があると言った。対して龍神と鬼神は人間には自分たちで未来を切り開く力があると返した。両者は対立すると、やがて戦争になった」
ここでアルスマグナは口を閉じた。
「ここからは、我々、竜に伝わる伝承で、人間たちとは全く違う話になります」
「聞こうか」
「人間たちの話として、鬼神と龍神は戦争を喜々として戦い、人間の住む場所を破壊してしまった。呆れた天使と空神は自らの力を振い、龍神と鬼神を滅ぼした。そうして荒れ果てた大地を空神は人間たちに耕させ、永久に人間たち繁栄させた。結局、龍神と鬼神は破壊だけしか人間に残さなかった――」
「竜側の話は、龍神と鬼神たちは空神の激しい攻撃から人間を守り続け、自分たちの命を顧みず、人間を守り抜いた。そんな中で、鬼神と龍神を憐れんだひとりの天使の男と空神の女が、龍神と鬼神に寝返った。裏切りの天使の話では、龍神と鬼神に勝ち目はなかった。龍神は最後の生き残りである幼き竜に全ての力を託すと、永遠の眠りにつき、死体は巨大な山となった。鬼神族たちは死者の国であるスカイジアに身を潜めた。空神を打倒するために――
裏切りの天使はそれを見送ると三日三晩、荒れ狂う暴風と魔獣の群れのような雨を降らせた。雨と風によって、空神が何もできなくなるからです。
やがて空が晴れると、天使たちは裏切りの天使に怒りをぶつけた。天使の力の源である翼を剥奪しようとしましたが、裏切りの天使は既に翼を持っていないのでした。荒れ狂う風と唸るような洪水に自らの翼をもぎ取れてしまったのです。このことに天使たちは激しく怒り、裏切りの天使に強力な呪いをかけた。呪われた裏切りの天使は、肌は血にまみれたように赤くなり、鋭い牙と爪が生え、力を制御できなくなり空に返ることができなくなった。残された人間たちにも化け物と言われ忌み嫌われたが天使には人間の妻がいたため、人間を恨むことはなかった。とさ」
アルスマグナは長々と淡々と物語を口にした。
「ちょっとまて」
「はい?」
「裏切った空神の女はどうなった?」
「空神の女は空神の女たちの頂点に立つ女神と呼ばれる者で慈愛と献身に満ちた優しき神でした。鬼神族と龍神族が人間を守る姿を見て心を打たれ、何度も空神の王に異議を唱えた。しかし王はその言葉を聞き入れなかった。女神は地上に降り立つと、天使の暴風と豪雨から氷の力で人間を守り抜いた。
戦争が終わると、呪われた裏切りの天使に一人の女性を娶らせた。その後、人間たちの中から人間の王が何人も生まれ、そのうちで最も賢人である、アレンとアレンが統治する国エンドルディアの王城でひっそりと暮らしたとされています」
ジークはどこにでもあるハッピーエンドだ。程度の感想しかなかった。
「なんていうか、すごい御伽噺って感じだな」
ひどく曖昧で恐ろしくご都合主義の塊のような話だった。
「私もそう思います。鬼神族はもう何百年もスカイジアで力を溜めていることになりますし、龍神の末裔ならどんなに遅くてももう成体になっていますし。それでも出てこないということは滅んだということでしょう」
ジークは毒にも薬にもならない与太話を聞きながら空を眺めた。満点の星たちが今にも降ってきそうなほど星は明るく見えた。
「なぁ、アルスマグナ」
「なんでしょうか?」
「俺、人型に勝つわ」
「そうですね」
「ルネサンスを倒して、人型も倒して、お前の分魂をちゃんと全部、ひとかけらも残さないで集めてやるよ」
ジークの心からはすっかり焦りが無くなっていた。理由はわからないが、アルスマグナの話を聞き、端正な顔を眺めていたら、ジークの心が前向きになったような気がした。
もともと、ジークの性的嗜好にピタリと当てはまっていたが、今はそれとは違う何かを彼女から感じていた。
「ジーク様なら失敗しても良いような気がします」
アルスマグナは首を傾げた。
「なぜでしょうか、現状なら、あの人型に頼んだ方が成功確率は高いのに……」
アルスマグナは首を傾げた。
「わからない、わからない……」
アルスマグナは首を傾げた。
しばらくしてから、物静かに体を横にアルスマグナは頭に疑問を浮かべたまま眠りについた。
ジークは「なんでなんで」とブツブツ呟くアルスマグナを横目に、重くなった瞼を徐々に閉ざし始めた。
ジークは再び夢を見た。
「おーい、聞いてるか?」
目の前には友人がいた。
「ん、ああ、なんだっけ?」
場所はさっきも夢で見た中華料理屋だ。
「おいおい、お前から話を振ってきたんだよなぁ」
「悪かったな、それでなんだっけ?」
ジークは、鼻で笑った。どうせこのパターンは同じ話題をすると同じところで夢から醒めるタイプの展開だと読めていたからだ。
ならば、せいぜい懐かしさを感じながら、心地よく夢を終わらせようとジークは穏やかな、菩薩のような心で友人の言葉に耳を傾けることにした。
「いや、だから、敵が二メートルくらいの鉄柱で自分が大太刀を持ってたいたら、相手に大技を誘わせてから刀を捨てて、鉄柱を頭より高い位置で掴んで、そのままわきに挟み込んで、相手の足、と言うより膝を踏みつけるように蹴って、砕いてやればいいんじゃないかなって」
「なんで話が続いてんだよ!」
ジークの心にはもう、菩薩はいなかった。
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