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竜ノ2話「もにゅっとピンクで、すーべすべ」
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「今どれくらいだ?」
「十分の一くらいです」
「まじか、時間かかるなぁ、体力は持つが、さすがに精神的に堪えるな」
ジークはおおよそ一日ほどかけて百キロほど移動している。
「そういえば」
アルスマグナは右手の人差し指を立てる。
「旅支度をするべきでしたね……」
「勢いで出過ぎたな……」
「申し訳ありません、思慮が浅かったようです」
「気にするな、何とかなる」
ジークはヘラヘラと笑いながら歩みを続ける。
「それより、感知した分魂はどんなやつだかわかるか?」
「ルネサンスと呼ばれる分魂で、外見はわかりませんが、今のジーク様ならそこまで難しい相手ではないと考えられます」
「そう言ってもらえると助かる」
ジークは前向きにアルスマグナの言葉を受け取る。
「私からもひとつよろしいですか?」
「おう?」
「お会いした時から疑問なのですが、ジーク様は一体どこでそのような力を得たのか、そして何故、狂化の呪いを受けたのでしょうか?」
アルスマグナは訝しんだ。
「実を言うとわからないというのが答えになる。そもそも俺はこの世界の住人ではないんだ」
「この世界の住人ではない。ですか……」
「ああ、そして前いた場所ではここまで強くなかった。小説みたいに異世界転生というやつなのだろうが、未だに夢の中にいるような気がする」
「異世界ですか、確かにその力では異世界から来たというのが納得できます。過去に自分がここじゃない違う世界から来たと言い張る人物がいたというのを聞いたことあります。もう何百年も前になる話ですけど」
「何百年も前かぁ、じゃあ俺の知り合いじゃないな、知り合いだったとしても死んでいる」
「そうですね、特別な加護でもない限り、人間はそこまで長く生きられませんね」
「加護? 魔法みたいだな」
「この世界には魔法も加護もございますよ?」
アルスマグナは右手を差し出すと手のひらから火を発生させた。
「うおっ、すげえな」
「この程度は初歩の初歩です」
「やろうと思えばもっとデカイ炎を生み出せるわけか」
「できないこともないですが、炎は吐いた方が早いので……」
ジークは内心で、そうだこいつ見た目はこんな成りでも竜だった。と呟いた。
「炎を吐くときはドラゴンの姿に戻るんだよな?」
「いえ、別に?」
アルスマグナは大きく息を吸うと、口から炎を吐き出した。火炎放射器のような炎はジークの頬に熱を持たせた。
「このようにこの状態でも炎を出すことはできます」
「見た目だけ人間なんだな……」
「一応、竜としての形質は持っていますが、ほとんどが人間です。と言っても肉体があくまで人間と言うだけです。もともと私の祖先は人間がドラゴンに変身したものですから、人間の姿になれることも不思議ではありません。ドラゴンメイドと聞けば納得できるかもしれません」
「ドラゴンメイド……たしか竜と人間ハーフや人間が竜に変身したもの、または鱗を持った人間姿で出てくるという生き物か」
「その通りです。私は人間から竜になったタイプのドラゴンなので特にドラゴンメイド、人間とドラゴンのハーフはドラゴニュート、鱗を持った人間のことをリザードマンなどと呼ぶこともあるようです」
「ひとつ尋ねたいんだが、ドラゴンと人間は間に子を成せるのか?」
ジークはアルスマグナに疑問を投げる。アルスマグナは暫時無言を続ける。ジークはそれを無言で待ち続け、二人の間には夜鳴きする動物や鳥類の声がよく聞こえるほどの静寂が現れた。
「子を成すことはできますが、もしかしてドラゴンがそういう対象なのですか?」
「……デリカシーないことだった。すまない」
「デリカシー……?」
「女性の扱いがうまくできてなかった、ということだな、この場合は」
「なるほど、わかりました」
アルスマグナはうんうんと頷き、デリカシーと呟いた。
「なんつうかやりにくいな」
「申し訳ありません、自由に話をできるのがだいぶ久々なものでして」
「そういうところだ、もっと楽にしてくれ、感性がずれるのが怖いような感じがしてな」
「たしかに私はドラゴンなので人間とは感性が違います、だから人間に合わせなければならないのでは?」
「違う違う、感性はズレていいんだ、それを俺たちの世界じゃ、『個性』って呼んでいる。それに俺の友人には神様に愛されていると自負しているやつもいた。そいつは、まぁ、面白い奴だったよ」
今はとても会えそうにない友人を思い出しながら、ジークはアルスマグナに話をした。
「それは前の世界の御友人ですか?」
「ああ、もしも、この世界にあいつも来ているなら……敵でないことを祈りたい」
「御友人ですもんね」
「それな」
ジークは声を明るくし、言葉を交わす。
「おい、お前ら!」
唐突な声にジークたちは呼び止められた。
茂みや木の陰からぞろぞろと武器をもった男たちが現れる。
「穏やかじゃねえな……」
「おう、あんたら、命が惜しければ金目の物を出しな」
「すまねえ、生憎、路銀が空っぽで物乞いでもしようと思っていたところだ。どうか食い物でもわけちゃくれねえか?」
ジークは盗賊連中の脅しに対して煽りを添えてお返しする。
「じゃあ、その背中にある武器と、そこの女だ。なかなかの上玉だ、奴隷として可愛がってやるよ」
盗賊たちは汚い唾液を手に持っていたナイフにべっとりとつけ舌なめずりをする。
「ジーク様、なんだか私、とても虫唾が走ります」
「こういうやつらに、なんていうか知っているか?」
「ええ、デリカシーがないと言えば良いのですよね」
「その通り!」
ジークは背負っていた大太刀を手に持ち鞘を抜き捨てると目の前にいた盗賊を後ろにあった樹木ごと切り伏せる。筋力が高くなっているためか、人体も樹木もまるでバターを熱したナイフで切るかのような手ごたえだった。
「次はだれだ?」
血液を滴らせた大太刀を山賊たちに向ける。
「化け物かよ!!」
「テンプレートにもほどがあるな」
恐れおののく山賊たちは武者震いがただ恐怖の震えとなっていた。武器を収めてジーク達から慌てたように蜘蛛の子を散らす。
ジークは地面を蹴るように走ると、十秒もしないうちに盗賊の一人を捕まえる。膝を蹴り抜き、首を一回転させると先ほど自分がいた場所に盗賊を放り投げる。次に目についた盗賊は相手の背中に焦点を合わせると、一気に距離を縮め、その勢いのまま後頭部を左手で掴み、生えている木にぶつけて頭蓋を砕く。空いている右手は大太刀を投げ、別な盗賊の背骨ごと心臓を貫く。
「三人殺してみたが、不思議と罪悪感とかそういうのが無いな……まぁ、悪党だし」
生来の気質なのか、それとも異世界に適応するために体が勝手にそうなったのか今のジークの与り知らぬところであった。
「ジーク様、四人の間違いです」
「ああ、まぁ、どうでもいいな」
「お見事です。まるで獣の様でした」
拍手をしながらジークを讃えた。
「……そりゃどうも」
称賛を受け取るが、褒められているような気はしなかった。
「一応、死体からは金目の物を既に取り出しておきましたが、ナイフなども回収するべきでしたか?」
死体のひとつからナイフを取り出す。普段使いが出来そうだが、何を切ったかわからないナイフを使うのは気が引ける。毒などが塗り込まれている可能性もあるためジークは首を横に振ってアルスマグナの提案を却下する。
「行こう」
死体から大太刀を引き抜き、一振りして血を飛ばす。
「そうですね、盗賊がいるということはそう遠くない場所に村か町があるという事でしょう、見つけられれば休める場所には事欠かないかと」
「大体どこにあるかわかるか?」
「そうですね、現在位置が山の中腹にあたりますが山間部には川が流れやすいため人が住むには良い環境なので、少し遠回りになりますが下山してみることを提案します」
「そうだな、夜もいいところだ。集落を探そう」
下山する途中で二人は山間部からほのかに明かりが見え集落を見つけることが出来た。
集落は取り立てて裕福でも、貧困でもない普通の村だった。当然宿屋などなかった。ジーク達は盗賊から剥ぎ取った金を村人に渡し、食料と空き家を借りるとその日の晩はそこで休憩をとることになった。
「あんたら運がいいのう」
空き家の管理者である老人が白い髭を撫でながら話を切り出した。
「どういう事でしょうか?」
アルスマグナは管理者の老人に聞き返した。
「ついこの間までこの当たりは大きな盗賊団が近くにいてな、ずいぶんと村を荒らされておったし、ちょうどお前さんらが通った道は盗賊がよく荷馬車や旅人を襲うのに使っておったんじゃが、三人組の旅人さんたちが盗賊団を退治してくれたんじゃ、今も残党が時々旅人を襲っているということを聞くが、それでも以前よりははるかに安全にこの当たりを通れるようになったのじゃ」
「そうだったのか」
ジークとアルスマグナは道中盗賊に襲われた話をあえて伏せた。村人に不要な恐怖心を与えることになるからだ。加えてジークは盗賊を返り討ちにして殺しているため少なくとも今日出会った連中は村に手出しできない。
「だからあんたらは運がいいんじゃ、旅人さんがおらんかったら今頃盗賊に襲われたいたじゃろうに……」
管理者の老人はしみじみと安堵した声でつぶやいた。
「そうだな、その三人組ってどんなやつだったんだ?」
ジークは管理者の老人に尋ねた。
「一人は、若い男で年齢が三十四だったかの、まるでねこのように身軽で短剣使いだったのう、魔法使いの女子と馬鹿力をもった女子の、合わせて三人じゃったな。とても仲よさそうに旅をしているようじゃ」
「魔法使い?」
「ああ、そうじゃ、たしか名前は……なんじゃったかのう、最近ボケが激しくてな……ええと、そうじゃ、ネフィリという者だったな」
ジークはため息をついた。魔法使いの女がエレインであれば手がかりにつながると思ったからだ。
「そうか……」
「探し人かい?」
「ああ、そんなところだ」
「見つかるといいのう、わしもばあさんが行方知らずになってしまったんじゃ、歳が歳だけに探しにもいけなくてのう、村の若い連中が代わりに探しに言っているのじゃ……」
「お互いみつかるといいな」
ジークはそういうと管理者の老人は何も言わずに空き家まで案内した。
「後で若い奴に食事を持ってこさせる、空き家だから好きに使ってくれ」
そう言って管理者の老人は自分の家に戻っていった。ジーク達は家に入ると装備を降ろして椅子に腰かけた。部屋はテーブルひとつと椅子三つありその隣にベッドが三つある簡素なものだった。家の裏手に小屋があり、中は炊事場と風呂があった。火事を考えて母屋と分けられているのだろうとジークは考えた。
しばらくすると扉をノックして村の若い男が食事を持ってきた。
「旅人さん、食事を持ってきたよ」
バスケットの中にはパンと干し肉が入っていた。
「助かる、ありがとう」
ジークはお礼を言ってバスケットを受け取った。
「すまない、すぐ用意できるのがこれしかなくて、朝食はちゃんとしたものを持ってくるよ」
「こちらこそ、ここまでしてもらって……かたじけない」
「ところで、案内していたじいさんなんだが、なんか変なこと言ってなかったな?」
「三人旅人の旅人が盗賊を倒したとか、ばあさんが行方知れずとか言ってたな」
「その……ばあさんなだがな、一年前に死んでいるんだ。それ以来、急にボケが始まってな……」
「そうだったのか、大変だな……」
「だからじいさんと話すときは話をうまく合わせてくれないか」
村の若者のやさしさをジークは感じた。うんと縦に首を振ると若者は去っていった。
「明日にはここを発つが……まぁいいか」
ジークとアルスマグナは食事を取ると、風呂の準備を始めた。と言ってもアルスマグナが火を吐き出してお湯を作るだけだった。
「アルスマグナ、先に風呂に入っちまえ」
「よろしいのでしょうか?」
ジークは快く頷いた。
「ゆっくり入るといい」
「そうですねでは、お言葉に甘えさせていただきます」
ジークは風呂場を後にして母屋に戻った。置いてある荷物から大太刀を取り出す。刀を抜くとうっすらと刀身に盗賊の血が残っていた。家に置いてあった粗悪な羊皮紙に水を吸わせて刀身を綺麗にふき取り手入れをする。
一通りの手入れを終える大太刀をまじまじと見つめる。無銘の大太刀は鈍色の刀身に波紋が波打っており、鍔は特に装飾はなく質素な造りになっている。柄は木製の柄に蛇かトカゲの皮を巻き付けて膠で接着しており、鞘も木製の鞘の周りに皮を巻き付けて補強してある程度の物であった。鞘も柄もがたつきや歪みは無く、意外と造りはしっかりとしている。
大太刀を鞘に収めて荷物置き場に戻してベッドの上に横になった。かなり歩いたが不思議と疲れは無かった。そんな状態を不思議に感じていると、裏口が開く音が聞こえた。おそらくアルスマグナが風呂からあがってきたのだろう。
「お風呂ありがとうございました。温め直しておいたので早く入ることをオススメします」
「ああ、わかった、じゃあ俺も――」
ジークはベッドから起き上がると、目の前には全裸のアルスマグナがいた。
「うおぉい!なんで裸なんだよ!」
「タオルを忘れてしまったので」
濡れた銀髪の長い髪が鎖骨に張り付き、お湯が滴っている。真っ白い肌は風呂上がりのせいか赤みを帯びている。服の上からでもわかっていたことだが、おおきく膨らんだ胸が露わになっている。
「ピンク……ツルツル……」
ジークは小声で呟き、慌ててタオルをアルスマグナに渡し、別なタオルを持って風呂場に速足で向かった
アルスマグナのあられもない姿が脳裏に焼き付いたまま服を脱ぎ風呂に入る用意をする。浴場に向かうと湯気が立った風呂釜の周りはアルスマグナが使ったあとということもあってか床に敷かれた石が濡れている。
湯船に足を入れようとしたとき、とあることがジークの脳裏を過った。
――アルスマグナの残り湯だ。
ふと、そういう意識が脳内を駆け巡り、湯船から足が遠ざかった。よくよく冷静になると、湯船から立ち上る湯気からは、ほんのりと甘い香りがする。果物とはまた違う、ほんのり酸味のあるフルーツのようだとも言える、複雑だが、それでいて嫌味の無い香りだ。アルスマグナの持ち物に香水はない。
――ということはこの香りはアルスマグナの体臭ではないだろうか?
ジークは齢二十三の若い男性だ。ましてや自分の好みのタイプの女性が使ったあとの風呂だ。意識してしまうのはある種、男性としては健全とまで言える。さらに追い打ちをかけるかの如く、先ほどついうっかり、その女性の足先から頭の天辺、乳房の頂、肢体の終着、赤み帯びた肌、すなわち一糸纏わぬ姿を目に焼き付けているわけである。嫌でも脳裏に浮かぶだろう。
この湯にこの心境で体を浸すという行為は節約と言い聞かせることは今のジークにできない。だからと言って変態性に振り切った覚悟もない。どうしようもないこの気持ちの逢着する場所ははたしてどこにあるだろうか、今のジークには見当もつかない。
しかし、このまま風呂に入らないのも汚いというものである。ジークは大きく深呼吸をし、引き締まった筋肉質の体を湯船に沈めた。
全身を洗い流すと烏の行水と言わんばかりにそそくさと体をふき取り、風呂を後にした。
外の夜風で髪を乾かしながら、気持ち、というより興奮を収めて母屋に戻った。
母屋の中に戻りベッドに向かうとアルスマグナがすやすやと寝息を立てていた。
――裸のままで。
ジークが丹念に時間をかけて沈めた風前の灯のような興奮にまるでガソリンをぶっかけたかのように激しく再燃焼が始まった。
頭を悩ませながら、アルスマグナに掛け布団を被せようとアルスマグナのベッドに歩み寄る。恐る恐る掛け布団を手に取る。幸いにもアルスマグナは横向きで眠っておりギリギリのラインで見えていないためジークは有って無いような理性が一歩を押し留める。
掛け布団を気付かれないようにアルスマグナの柔肌の上をゆっくりと低空飛行させる。
「あっ――」
ジークの手がアルスマグナ胸のあたりまで差し迫ったところで不意にアルスマグナは寝返りした。
――もにゅ
ジークは右手のドラゴン接触事故のせいでこの晩は微睡みに体を委ねることがなかなかできなかった。
それからジークは、眠りに堕ちると夢を見た。
三列シートのバスで先輩と友人に挟まれていた。この光景はジークが草津温泉に旅行に出かけた時だ。
「おはよう」
友人が暢気に話しかける。
「ん、ああ、あれ?」
ジークは安堵した。さっきまでの出来事は夢だったということだからだ。
「なぁ、これからどんなことがあるんだろうな」
友人は少し淡々とした口調でジークに言った。
「温泉だろ、食い放題の飯でまた温泉」
「そうだな……それがよかったな」
待ってくれ、なんか違う、お前はそういうこというとだいたいろくなことが起きない。とジークは内心で叫ぶ。
「おいおい、忘れちまったのかよ、ジーク?」
お前は俺をジークと呼ばないはずだ。とジークは言おうとするが声が出てこない。
これは夢だ、という実感がわき始めた。
「いいか、ジーク、この異世界は酷く浅いんだ」
友人は静かにジークを見ながら言う。
「だから、だから、お前も強く在れ、そうすれば○や○○が気付けるはずだ」
何を言ってるのジークには理解できない。
「――さっ――ま――――ジー――さま!」
ジークは開いていたはずの目を開く。目の前には赤い二つの瞳がジークの顔を覗き込んでいた。
「おはようございます。ずいぶんうなされていましたし、それに残留した何かを感じます」
アルスマグナは首を傾げていた。
「呪い……ではないですね……なにか余波でしょうか?」
「余波?さぁな?なんか変な夢をみた……」
ジークは寝汗を拭い、顔を洗うためにベッドから降りた。
「あっ――」
アルスマグナは感嘆の声を漏らした。
「どうした?」
「分魂であるアマルナを感知いたしました」
それは二人にとって朗報だった。
「十分の一くらいです」
「まじか、時間かかるなぁ、体力は持つが、さすがに精神的に堪えるな」
ジークはおおよそ一日ほどかけて百キロほど移動している。
「そういえば」
アルスマグナは右手の人差し指を立てる。
「旅支度をするべきでしたね……」
「勢いで出過ぎたな……」
「申し訳ありません、思慮が浅かったようです」
「気にするな、何とかなる」
ジークはヘラヘラと笑いながら歩みを続ける。
「それより、感知した分魂はどんなやつだかわかるか?」
「ルネサンスと呼ばれる分魂で、外見はわかりませんが、今のジーク様ならそこまで難しい相手ではないと考えられます」
「そう言ってもらえると助かる」
ジークは前向きにアルスマグナの言葉を受け取る。
「私からもひとつよろしいですか?」
「おう?」
「お会いした時から疑問なのですが、ジーク様は一体どこでそのような力を得たのか、そして何故、狂化の呪いを受けたのでしょうか?」
アルスマグナは訝しんだ。
「実を言うとわからないというのが答えになる。そもそも俺はこの世界の住人ではないんだ」
「この世界の住人ではない。ですか……」
「ああ、そして前いた場所ではここまで強くなかった。小説みたいに異世界転生というやつなのだろうが、未だに夢の中にいるような気がする」
「異世界ですか、確かにその力では異世界から来たというのが納得できます。過去に自分がここじゃない違う世界から来たと言い張る人物がいたというのを聞いたことあります。もう何百年も前になる話ですけど」
「何百年も前かぁ、じゃあ俺の知り合いじゃないな、知り合いだったとしても死んでいる」
「そうですね、特別な加護でもない限り、人間はそこまで長く生きられませんね」
「加護? 魔法みたいだな」
「この世界には魔法も加護もございますよ?」
アルスマグナは右手を差し出すと手のひらから火を発生させた。
「うおっ、すげえな」
「この程度は初歩の初歩です」
「やろうと思えばもっとデカイ炎を生み出せるわけか」
「できないこともないですが、炎は吐いた方が早いので……」
ジークは内心で、そうだこいつ見た目はこんな成りでも竜だった。と呟いた。
「炎を吐くときはドラゴンの姿に戻るんだよな?」
「いえ、別に?」
アルスマグナは大きく息を吸うと、口から炎を吐き出した。火炎放射器のような炎はジークの頬に熱を持たせた。
「このようにこの状態でも炎を出すことはできます」
「見た目だけ人間なんだな……」
「一応、竜としての形質は持っていますが、ほとんどが人間です。と言っても肉体があくまで人間と言うだけです。もともと私の祖先は人間がドラゴンに変身したものですから、人間の姿になれることも不思議ではありません。ドラゴンメイドと聞けば納得できるかもしれません」
「ドラゴンメイド……たしか竜と人間ハーフや人間が竜に変身したもの、または鱗を持った人間姿で出てくるという生き物か」
「その通りです。私は人間から竜になったタイプのドラゴンなので特にドラゴンメイド、人間とドラゴンのハーフはドラゴニュート、鱗を持った人間のことをリザードマンなどと呼ぶこともあるようです」
「ひとつ尋ねたいんだが、ドラゴンと人間は間に子を成せるのか?」
ジークはアルスマグナに疑問を投げる。アルスマグナは暫時無言を続ける。ジークはそれを無言で待ち続け、二人の間には夜鳴きする動物や鳥類の声がよく聞こえるほどの静寂が現れた。
「子を成すことはできますが、もしかしてドラゴンがそういう対象なのですか?」
「……デリカシーないことだった。すまない」
「デリカシー……?」
「女性の扱いがうまくできてなかった、ということだな、この場合は」
「なるほど、わかりました」
アルスマグナはうんうんと頷き、デリカシーと呟いた。
「なんつうかやりにくいな」
「申し訳ありません、自由に話をできるのがだいぶ久々なものでして」
「そういうところだ、もっと楽にしてくれ、感性がずれるのが怖いような感じがしてな」
「たしかに私はドラゴンなので人間とは感性が違います、だから人間に合わせなければならないのでは?」
「違う違う、感性はズレていいんだ、それを俺たちの世界じゃ、『個性』って呼んでいる。それに俺の友人には神様に愛されていると自負しているやつもいた。そいつは、まぁ、面白い奴だったよ」
今はとても会えそうにない友人を思い出しながら、ジークはアルスマグナに話をした。
「それは前の世界の御友人ですか?」
「ああ、もしも、この世界にあいつも来ているなら……敵でないことを祈りたい」
「御友人ですもんね」
「それな」
ジークは声を明るくし、言葉を交わす。
「おい、お前ら!」
唐突な声にジークたちは呼び止められた。
茂みや木の陰からぞろぞろと武器をもった男たちが現れる。
「穏やかじゃねえな……」
「おう、あんたら、命が惜しければ金目の物を出しな」
「すまねえ、生憎、路銀が空っぽで物乞いでもしようと思っていたところだ。どうか食い物でもわけちゃくれねえか?」
ジークは盗賊連中の脅しに対して煽りを添えてお返しする。
「じゃあ、その背中にある武器と、そこの女だ。なかなかの上玉だ、奴隷として可愛がってやるよ」
盗賊たちは汚い唾液を手に持っていたナイフにべっとりとつけ舌なめずりをする。
「ジーク様、なんだか私、とても虫唾が走ります」
「こういうやつらに、なんていうか知っているか?」
「ええ、デリカシーがないと言えば良いのですよね」
「その通り!」
ジークは背負っていた大太刀を手に持ち鞘を抜き捨てると目の前にいた盗賊を後ろにあった樹木ごと切り伏せる。筋力が高くなっているためか、人体も樹木もまるでバターを熱したナイフで切るかのような手ごたえだった。
「次はだれだ?」
血液を滴らせた大太刀を山賊たちに向ける。
「化け物かよ!!」
「テンプレートにもほどがあるな」
恐れおののく山賊たちは武者震いがただ恐怖の震えとなっていた。武器を収めてジーク達から慌てたように蜘蛛の子を散らす。
ジークは地面を蹴るように走ると、十秒もしないうちに盗賊の一人を捕まえる。膝を蹴り抜き、首を一回転させると先ほど自分がいた場所に盗賊を放り投げる。次に目についた盗賊は相手の背中に焦点を合わせると、一気に距離を縮め、その勢いのまま後頭部を左手で掴み、生えている木にぶつけて頭蓋を砕く。空いている右手は大太刀を投げ、別な盗賊の背骨ごと心臓を貫く。
「三人殺してみたが、不思議と罪悪感とかそういうのが無いな……まぁ、悪党だし」
生来の気質なのか、それとも異世界に適応するために体が勝手にそうなったのか今のジークの与り知らぬところであった。
「ジーク様、四人の間違いです」
「ああ、まぁ、どうでもいいな」
「お見事です。まるで獣の様でした」
拍手をしながらジークを讃えた。
「……そりゃどうも」
称賛を受け取るが、褒められているような気はしなかった。
「一応、死体からは金目の物を既に取り出しておきましたが、ナイフなども回収するべきでしたか?」
死体のひとつからナイフを取り出す。普段使いが出来そうだが、何を切ったかわからないナイフを使うのは気が引ける。毒などが塗り込まれている可能性もあるためジークは首を横に振ってアルスマグナの提案を却下する。
「行こう」
死体から大太刀を引き抜き、一振りして血を飛ばす。
「そうですね、盗賊がいるということはそう遠くない場所に村か町があるという事でしょう、見つけられれば休める場所には事欠かないかと」
「大体どこにあるかわかるか?」
「そうですね、現在位置が山の中腹にあたりますが山間部には川が流れやすいため人が住むには良い環境なので、少し遠回りになりますが下山してみることを提案します」
「そうだな、夜もいいところだ。集落を探そう」
下山する途中で二人は山間部からほのかに明かりが見え集落を見つけることが出来た。
集落は取り立てて裕福でも、貧困でもない普通の村だった。当然宿屋などなかった。ジーク達は盗賊から剥ぎ取った金を村人に渡し、食料と空き家を借りるとその日の晩はそこで休憩をとることになった。
「あんたら運がいいのう」
空き家の管理者である老人が白い髭を撫でながら話を切り出した。
「どういう事でしょうか?」
アルスマグナは管理者の老人に聞き返した。
「ついこの間までこの当たりは大きな盗賊団が近くにいてな、ずいぶんと村を荒らされておったし、ちょうどお前さんらが通った道は盗賊がよく荷馬車や旅人を襲うのに使っておったんじゃが、三人組の旅人さんたちが盗賊団を退治してくれたんじゃ、今も残党が時々旅人を襲っているということを聞くが、それでも以前よりははるかに安全にこの当たりを通れるようになったのじゃ」
「そうだったのか」
ジークとアルスマグナは道中盗賊に襲われた話をあえて伏せた。村人に不要な恐怖心を与えることになるからだ。加えてジークは盗賊を返り討ちにして殺しているため少なくとも今日出会った連中は村に手出しできない。
「だからあんたらは運がいいんじゃ、旅人さんがおらんかったら今頃盗賊に襲われたいたじゃろうに……」
管理者の老人はしみじみと安堵した声でつぶやいた。
「そうだな、その三人組ってどんなやつだったんだ?」
ジークは管理者の老人に尋ねた。
「一人は、若い男で年齢が三十四だったかの、まるでねこのように身軽で短剣使いだったのう、魔法使いの女子と馬鹿力をもった女子の、合わせて三人じゃったな。とても仲よさそうに旅をしているようじゃ」
「魔法使い?」
「ああ、そうじゃ、たしか名前は……なんじゃったかのう、最近ボケが激しくてな……ええと、そうじゃ、ネフィリという者だったな」
ジークはため息をついた。魔法使いの女がエレインであれば手がかりにつながると思ったからだ。
「そうか……」
「探し人かい?」
「ああ、そんなところだ」
「見つかるといいのう、わしもばあさんが行方知らずになってしまったんじゃ、歳が歳だけに探しにもいけなくてのう、村の若い連中が代わりに探しに言っているのじゃ……」
「お互いみつかるといいな」
ジークはそういうと管理者の老人は何も言わずに空き家まで案内した。
「後で若い奴に食事を持ってこさせる、空き家だから好きに使ってくれ」
そう言って管理者の老人は自分の家に戻っていった。ジーク達は家に入ると装備を降ろして椅子に腰かけた。部屋はテーブルひとつと椅子三つありその隣にベッドが三つある簡素なものだった。家の裏手に小屋があり、中は炊事場と風呂があった。火事を考えて母屋と分けられているのだろうとジークは考えた。
しばらくすると扉をノックして村の若い男が食事を持ってきた。
「旅人さん、食事を持ってきたよ」
バスケットの中にはパンと干し肉が入っていた。
「助かる、ありがとう」
ジークはお礼を言ってバスケットを受け取った。
「すまない、すぐ用意できるのがこれしかなくて、朝食はちゃんとしたものを持ってくるよ」
「こちらこそ、ここまでしてもらって……かたじけない」
「ところで、案内していたじいさんなんだが、なんか変なこと言ってなかったな?」
「三人旅人の旅人が盗賊を倒したとか、ばあさんが行方知れずとか言ってたな」
「その……ばあさんなだがな、一年前に死んでいるんだ。それ以来、急にボケが始まってな……」
「そうだったのか、大変だな……」
「だからじいさんと話すときは話をうまく合わせてくれないか」
村の若者のやさしさをジークは感じた。うんと縦に首を振ると若者は去っていった。
「明日にはここを発つが……まぁいいか」
ジークとアルスマグナは食事を取ると、風呂の準備を始めた。と言ってもアルスマグナが火を吐き出してお湯を作るだけだった。
「アルスマグナ、先に風呂に入っちまえ」
「よろしいのでしょうか?」
ジークは快く頷いた。
「ゆっくり入るといい」
「そうですねでは、お言葉に甘えさせていただきます」
ジークは風呂場を後にして母屋に戻った。置いてある荷物から大太刀を取り出す。刀を抜くとうっすらと刀身に盗賊の血が残っていた。家に置いてあった粗悪な羊皮紙に水を吸わせて刀身を綺麗にふき取り手入れをする。
一通りの手入れを終える大太刀をまじまじと見つめる。無銘の大太刀は鈍色の刀身に波紋が波打っており、鍔は特に装飾はなく質素な造りになっている。柄は木製の柄に蛇かトカゲの皮を巻き付けて膠で接着しており、鞘も木製の鞘の周りに皮を巻き付けて補強してある程度の物であった。鞘も柄もがたつきや歪みは無く、意外と造りはしっかりとしている。
大太刀を鞘に収めて荷物置き場に戻してベッドの上に横になった。かなり歩いたが不思議と疲れは無かった。そんな状態を不思議に感じていると、裏口が開く音が聞こえた。おそらくアルスマグナが風呂からあがってきたのだろう。
「お風呂ありがとうございました。温め直しておいたので早く入ることをオススメします」
「ああ、わかった、じゃあ俺も――」
ジークはベッドから起き上がると、目の前には全裸のアルスマグナがいた。
「うおぉい!なんで裸なんだよ!」
「タオルを忘れてしまったので」
濡れた銀髪の長い髪が鎖骨に張り付き、お湯が滴っている。真っ白い肌は風呂上がりのせいか赤みを帯びている。服の上からでもわかっていたことだが、おおきく膨らんだ胸が露わになっている。
「ピンク……ツルツル……」
ジークは小声で呟き、慌ててタオルをアルスマグナに渡し、別なタオルを持って風呂場に速足で向かった
アルスマグナのあられもない姿が脳裏に焼き付いたまま服を脱ぎ風呂に入る用意をする。浴場に向かうと湯気が立った風呂釜の周りはアルスマグナが使ったあとということもあってか床に敷かれた石が濡れている。
湯船に足を入れようとしたとき、とあることがジークの脳裏を過った。
――アルスマグナの残り湯だ。
ふと、そういう意識が脳内を駆け巡り、湯船から足が遠ざかった。よくよく冷静になると、湯船から立ち上る湯気からは、ほんのりと甘い香りがする。果物とはまた違う、ほんのり酸味のあるフルーツのようだとも言える、複雑だが、それでいて嫌味の無い香りだ。アルスマグナの持ち物に香水はない。
――ということはこの香りはアルスマグナの体臭ではないだろうか?
ジークは齢二十三の若い男性だ。ましてや自分の好みのタイプの女性が使ったあとの風呂だ。意識してしまうのはある種、男性としては健全とまで言える。さらに追い打ちをかけるかの如く、先ほどついうっかり、その女性の足先から頭の天辺、乳房の頂、肢体の終着、赤み帯びた肌、すなわち一糸纏わぬ姿を目に焼き付けているわけである。嫌でも脳裏に浮かぶだろう。
この湯にこの心境で体を浸すという行為は節約と言い聞かせることは今のジークにできない。だからと言って変態性に振り切った覚悟もない。どうしようもないこの気持ちの逢着する場所ははたしてどこにあるだろうか、今のジークには見当もつかない。
しかし、このまま風呂に入らないのも汚いというものである。ジークは大きく深呼吸をし、引き締まった筋肉質の体を湯船に沈めた。
全身を洗い流すと烏の行水と言わんばかりにそそくさと体をふき取り、風呂を後にした。
外の夜風で髪を乾かしながら、気持ち、というより興奮を収めて母屋に戻った。
母屋の中に戻りベッドに向かうとアルスマグナがすやすやと寝息を立てていた。
――裸のままで。
ジークが丹念に時間をかけて沈めた風前の灯のような興奮にまるでガソリンをぶっかけたかのように激しく再燃焼が始まった。
頭を悩ませながら、アルスマグナに掛け布団を被せようとアルスマグナのベッドに歩み寄る。恐る恐る掛け布団を手に取る。幸いにもアルスマグナは横向きで眠っておりギリギリのラインで見えていないためジークは有って無いような理性が一歩を押し留める。
掛け布団を気付かれないようにアルスマグナの柔肌の上をゆっくりと低空飛行させる。
「あっ――」
ジークの手がアルスマグナ胸のあたりまで差し迫ったところで不意にアルスマグナは寝返りした。
――もにゅ
ジークは右手のドラゴン接触事故のせいでこの晩は微睡みに体を委ねることがなかなかできなかった。
それからジークは、眠りに堕ちると夢を見た。
三列シートのバスで先輩と友人に挟まれていた。この光景はジークが草津温泉に旅行に出かけた時だ。
「おはよう」
友人が暢気に話しかける。
「ん、ああ、あれ?」
ジークは安堵した。さっきまでの出来事は夢だったということだからだ。
「なぁ、これからどんなことがあるんだろうな」
友人は少し淡々とした口調でジークに言った。
「温泉だろ、食い放題の飯でまた温泉」
「そうだな……それがよかったな」
待ってくれ、なんか違う、お前はそういうこというとだいたいろくなことが起きない。とジークは内心で叫ぶ。
「おいおい、忘れちまったのかよ、ジーク?」
お前は俺をジークと呼ばないはずだ。とジークは言おうとするが声が出てこない。
これは夢だ、という実感がわき始めた。
「いいか、ジーク、この異世界は酷く浅いんだ」
友人は静かにジークを見ながら言う。
「だから、だから、お前も強く在れ、そうすれば○や○○が気付けるはずだ」
何を言ってるのジークには理解できない。
「――さっ――ま――――ジー――さま!」
ジークは開いていたはずの目を開く。目の前には赤い二つの瞳がジークの顔を覗き込んでいた。
「おはようございます。ずいぶんうなされていましたし、それに残留した何かを感じます」
アルスマグナは首を傾げていた。
「呪い……ではないですね……なにか余波でしょうか?」
「余波?さぁな?なんか変な夢をみた……」
ジークは寝汗を拭い、顔を洗うためにベッドから降りた。
「あっ――」
アルスマグナは感嘆の声を漏らした。
「どうした?」
「分魂であるアマルナを感知いたしました」
それは二人にとって朗報だった。
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