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対抗戦編
第38話「棄権」
しおりを挟む対抗戦当日、個人戦の組み合わせ表が開示された。
「ベーゼの対戦相手はサルカツス、強敵よ気張って行きなさい」
「なぁ、アドルフィネお嬢様や」
「何かしら、珍しく口が良いこと?」
「本気でやっていいか?」
「手を抜きなさい。それで勝つ方が屈辱的よ。ああでも、アンタが負けるのは勘定に入れてないから」
「了解ッ」
「じゃあ、私はこれで」
「またな」
「治らない怪我はしないようにね」
アドルフィネは踵を返して個人戦の待合室に向った。
「俺も準備しねえとな」
****************
個人戦控え室でベーゼは居眠りをしていた。
「やあやあ、アドルフィネのところの下僕じゃないか」
Aクラスのリナレウスが意気揚々とベーゼの前に立つ。その隣にはベーゼと同じくらいの体格の男が立っている。
「………………」
「あれビビってる? まぁ仕方ないよな。相手はサルカツスだからね」
「……………………」
「聞いてる? 俯いてないで何とか言ったらどうかな!!」
「うるせえなぁ……ふあ……」
ベーゼは欠伸をしながら嫌々目を覚ます。
「大事な対抗戦前に寝てたのか」
「なんだリナレウスか、そっちのは?」
「サルカツスだ」
「あー、対戦相手かよろしくそんじゃ本番で」
適当にあしらうベーゼに腹を立てたのかリナレウスの眉が痙攣している。
「そんな素っ気ないこと言って良いのかな? アトラ=ナトだっけ?」
「ん? うちの母親がどうかしたか?」
「お前の母親を色々調べさせてもらったよ(住んでる場所とか職業とか)」
「へぇ……わかちまったか(母親が女神であることを)」
「俺は貴族だそんなことすぐにわかる。そして身柄を預からせてもらった(人質にさせてもらった)」
「まじ……(やっぱ神殿とかに祭ったのか?)」
「取引しよう」
「と言うと?」
「対抗戦、お前は負けてくれればいいそうすれば君の大事な大事な母さんを返そう」
「待ってくれ(あれ? 神ってバレてない?)」
「なんだ?」
「俺と母についてどこまで知っている? 答えろ!」
「ウメヤキ村、布地や服を作って生計を立てていること、あまり裕福ではないこと、そしてお前のようなユニークスキルや屈強な肉体を持っていないこと」
「あー……うん……(そっかバレてないか)」
「うちの使用人は特殊な訓練を受けている。上級魔族くらいなら相手に出来る実績がある。そんな奴らに囲まれて果たして無事だと思うか?」
「……卑怯者が!」
「いいかい、ベーゼよーく聞け、俺が合図するだけでお前の母さんは簡単に死ぬ。くれぐれも忘れないでくれよ?」
「わかった……」
リナレウスたちはベーゼの肩を嫌みったらしく叩いて去って行った。
ナトはこの世界に降り立つ際に権能をかなり制限されている。今の状態で上位魔族を相手に出来る使用人たちを考えると無傷の保証は無い。
ベーゼの中に焦りが生まれた。
「クソッタレ……」
赤紫色の痣がベーゼの肉を焼くように赤熱し始める。徐々に痣は広がり始め、左腕にまで伸び始めていた。
「どうする……相談するか……そんなことできるわけねえ」
焦燥――すればするほど息が詰まる。
焼かれる体、嫌な汗が揮発して蒸気が上がる。それを吸い込む度にむせ返りそうになる。
断腸の思いしかなく、悔恨が残る選択を選ぶしかなかった。
個人戦、闘技種目、ベーゼ棄権によりサルカツスの勝利となった。
****************
「ベーゼ! アンタ棄権したらしいじゃない!」
個人戦を終えたアドルフィネがベーゼを教室に呼んで問いただす。
「すまん……」
「何があったの?」
「……言えねえ」
「そう……そう言えばお母さんは来てるの?」
「…………」
ベーゼは沈黙を守る。
長い付き合いのアドルフィネはベーゼの表情から何があったのかを瞬時に察知した。
「言葉は不要よ。クーリーさん!」
聞き耳を立てていたのか教室にクーリーが入ってくる。
「師匠……」
「色々言いたいことがあるが、今はいい付いてこい」
クーリーに案内されたのは校舎の屋上であった。
「ここで何するんだ」
「ちょっと待ってろ」
クーリーは指を曲げて口に押し当てるとピーと甲高い音を広げた。
「指笛?」
クーリーの近くに魔方陣が現われて、白い髪に限りなく白に近い灰色の瞳の男が現われる。
「なに……この魔力……うぇ……」
アドルフィネは嗚咽を交えながら床に座り込む。
「やぁ、こんにちは」
白い男はニコッと笑ってベーゼたちに挨拶をする。
「えーっと?」
「この男がディアボリカ・イドロマンティス、私の旦那さ」
「どもども、よろしくね」
「なんかすげえフランクな人だな」
「まぁ、肩書きだけ魔王みたいなものだよ」
「おいディアボリカ、さっさと仕事しろ!」
「あーはいはい、ベーゼ君のお母さんが拉致誘拐されて今どこにいるか調べればいいんだろうけど、それならリナレウス君の別邸の地下に監禁されているよ。方角はあっち」
「なんでわかんの!?」
「それは愛だよベーゼ君」
「いや、ストーカーなだけだ」
クーリーがバッサリと斬り捨てる。
「え、うちの母親のストーカー!?」
「たわけ! 私の身辺を勝手に全部調べてるだけだ!」
「そうだよ! 僕はこう見えてクーリー一筋なんだ」
「キモい!」
「クーリーそんな! 僕だって頑張ってるのに」
「というわけで弟子、ちょっと来い」
「え、僕のこと無視ですか?」
「おう、わかった」
「ベーゼ君まで!? 初対面だよね??」
ベーゼはクーリーが指差した場所に立つ。
「さてベーゼ、一度しか言わないからよく聞け」
「ごめん! なんて言った?」
「一回で聞けたわけ!」
「OK!」
「お前をリナレウスの別邸まで移動させる。今日中に帰ってこい。いいな?」
「ごめん! もう一回!」
「今日のお前は鷹って事さね!」
クーリーは腰を落としてゆっくりと体を捻り、板バネが戻るように一気に回転させ足をベーゼの尻に直撃させる。
空中に放り出されたベーゼは雲を切り裂いて空の彼方に消えていった。
打ち上げベーゼ、下から見るか、見上げてみるか――
「あれで良いところまでいけるか?」
「うーん、あれだと別邸に直撃して建物吹っ飛んじゃうかも?」
「まぁいいさね」
クーリーは一仕事終えたように清々しい表情で汗を拭った。
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