東の国の狼憑き

納人拓也

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四章 異端の村

47 残酷な結末

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「大人しくしていろよ」
 そんな男の声と同時に鍵が閉まり、扉には鎖が巻かれ、そしてさらに二重に鍵が掛けられた。後ろ手で縛られているミーシャ達は、その様子を不安げに、ある者は歯を食い締めて見ている事しか出来なかった。

 タルガ・ズェラに現れた武装した集団は、あっと言う間に村を取り囲み。気絶していた村人を全員拘束した後、どこかへと連れて行き、目隠しをしたミーシャ達だけを別の地下牢へと閉じ込めた。
 比較的軽装と思われる武装をしており傭兵の集団かと思ったが、動きはどうも素人のものには見えなかった――そうマットが眉を寄せては話した。だが彼らの動きより、今は気になる事がある。

「――説明して貰えないか」

 その言葉に、牢の隅に居た少女――エリアルがビクリと肩を跳ねさせ、怯えたように顔を強張らせた。ピナもその近くに居て、やはり気になるのか声は掛けなくても視線はエリアルに向いている。
「一体、お前の両親は何をしようとしていた?」
「それ、は……」
「親友を危険にさらし、村一つを混乱におとしめる程の価値がある事だったか?」
 尋ねるというよりも厳しいその声色は責めるようなものだった。それが分かったのだろう――エリアルは真っ赤な瞳から大粒の涙を零し始めた。肩を震わせ、歯を慣らし「ごめんなさい」と絞り出すように謝る。マットは、少女のそんな様子に押し黙ってしまった。
「エリアル……お願い、話してよ」
 村から此処へ運ばれ縛られたままでいるせいか、手首を真っ赤にしながらもピナはなんとかエリアルの傍へと座った。その視線は気遣きづかっているのか、目元を腫らしながらも心配の色は抜けていなかった。
「なんであんな酷い事したの?」
 ピナの言葉に、エリアルは何度か彼女の顔を見た後、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「……父様と、母様が決めた事だったの。私……私、止められなかった。女神様が、そうしたら皆、病気もせずに生きられるからって」
「女神様?」
 泣きじゃくりながらも不意に聞こえて来た言葉に今度はミーシャが尋ねると、エリアルは何とかしゃっくりを抑えながら「はい」と頷いた。

「私の村は<魔風まふう>が吹いていて、村の人達はよく病気になってました。洞窟から吹く風は、邪悪な存在を封じ込めていて、それが<魔風>を起こしてるって……私達は、その番人です。でも……村の人はそれが嫌になって出て行ったり、病気で死んでしまったりで……どんどん、数が減っていきました。私の父様と母様も、私の本当のお父さんとお母さんじゃあありません」
 段々と話している内に落ち着いたのか、一度言葉を区切るとエリアルは大きく息を吸い込んだ。
「でも、ある時やって来た女神様が言ったんです――」

 ――私の血を受け入れてくれるなら、永遠の命を授けましょう。

「それって……プルメリア様?」
 話を聞いていたピナが驚いたようにそう言ったが、エリアルは首を横に振った。
「わ、分からないの。私は、会えなかったから、それがどんな人だったか……」
「お前自身、血は?」
「貰ってません……私はまだ飲まなくていいからって」
 マットにかれるとエリアルは目を伏せながらも、そう答えた。
「その女神様は、世界をもっと平和にするために……私達がこんな場所に居なくても済むように、他の村にも血を分け与えると言ってしばらくしたら出て行ったそうで……その後、父様も母様も、様子がおかしくなってしまって……しばらくは普通だったのに……」
「要するに、元凶はその〝女神〟という事だな……しかし、どうやって出るか――」

「あ、それなら心配要らないよん。どうも縄を縛るのは素人だったみたいだし?」

 そんな声と同時に、地面に縄が転がった。いつの間にか自由の身となったアイラが、手足を動かしつつ悠々と伸びをして立ち上がる。四人が目を見張っている中、アイラは悪戯が成功した子供のように笑みを浮かべ、自慢げにウィンクして見せた。
「どう? お客さんにもウケの良い脱出ショーよ?」
「お前……気絶していたんじゃ」
「したフリよ、フリ。ほんとは起きてたんだけど……こういうの、警戒されちゃったらやりづらいじゃない?」
 そう言って、歯を見せ笑い取り出したのは――鍵束のようだった。驚きながらもミーシャが感心したように目を輝かせる。
「凄いです、アイラさん……!」
「ありがと、でも……もっと褒めてくれても良いわよ!」
「はい! 本当に凄いです!」
「……いいからさっさと縄を解いてくれ――脱出するぞ」
「はいはい……二人も言いたい事は沢山あると思うけど、それも脱出してからね」
 アイラが今度はピナとエリアルの二人を交互に見てそう言った。その言葉に、少女達は顔を見合わせ――頷いた。

 牢から出た五人は出口を目指し、暗がりの中、僅かな明かりを頼りに風の吹いている方角を頼りに進んでいた。どうやら閉じ込められていた場所は洞窟らしく、警備は思っている以上に手薄だった。先ほどの傭兵達は違う場所へと行っているらしい。食事を取った跡、松明の明かりだけが人の居た痕跡として残っている。

 不用心な事に、取り上げられたはずの荷物も牢から出てすぐの場所へ無造作に置かれていた。余程急ぎの事が合ったのか、しかしそれを探る時間はない。
 そこから先は人の居る気配は無く、湿った空気を感じる。地面が濡れ、滑らぬように注意しながらも進めば――そこには大きな湖が広がっていた。広く、円形になっているような空間は、ミーシャ達にとって見覚えのある光景だ。

「あの、ここって……」
「あぁ……おそらく、俺達が最初に来た場所だ」
「んー? でも水が光ってないよね?」

 乳白色だった湖は酷く暗い色をしており、小さな火の色を映してはいるがたまに水面の暗闇が波打ち、明かりを消している。目を惹くような美しい地底湖とは真逆の、目を背けたくなるような不気味さがあった。
 それに、草が生い茂っていたはずの湖の周りには植物の姿はない。アイラが湖を覗き込み、すぐに離れて首を振った。

「魔力も感じないわねぇ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。もしかして、違う場所なのかしらね?」
「何の話?」
 話の内容が分からないピナが首を傾げる。
「アタシ達、最初はここから村に来たのよ。でもその後、入り口は塞がっちゃったのだけど」
「もしかして、あのエルフの人もここから村へ来たのでしょうか?」
「いやー、どうだろう? だって、あの人が来たのって反対方向からだったじゃん?」
「……なんだか、頭が痛くなってきましたね」
 ミーシャが顔をしかめたところで、先ほどから落ち着かない様子で辺りを見渡していたピナが、アイラの服の裾を引っ張った。

「アイラちゃん……ママとパパ、無事だよね?」

 少しだけ間が合った後で、アイラは明るく笑って顔を曇らせたピナの頬を軽く抓んだ。
「きっと大丈夫よ。ほらピナちゃん、アタシ達がちゃんと連れ出してあげるから、今は歩きましょ。道は一本しかないし……たぶんどこかで会えるわよ」
「……うん」
 頬を軽く抓まれたピナはくすぐったそうに笑った。ミーシャ達が入って来た時と同じように道は一本しかないように見える。マットが先導し、四人が付いていくと……やはり通路は来た時と同じ道のりで、薄っすらと射し込むような光が見えてくる。だが、そこには影があった――何か積み上がっているようだ。
 始めは石かと思ったが、その凹凸が妙な形をしていると分かると――何かに気が付いたらしいマットの足が思わず速くなった。
 そして外に出た瞬間――漂ったのは何かを焦がしたような、吐き気をもよおす異臭だ。

「これは……どういう事だ……」

 先頭を歩いていたマットが愕然とした声を上げる。目の前に積み上がっているのは……干からびた人間の遺体だった。
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