東の国の狼憑き

納人拓也

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四章 異端の村

43 奇祭

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「えっへへ~、ねぇママ、ミーシャちゃん、似合う?」

 ピナが着ているドレスを見せびらかすように、その場で回って見せる。赤い花の花弁を思わせるスカートの裾が揺れ、編み上げのブーツは枯れ木の色だ。快活なピナによく似合っているのが分かり、娘の髪を撫でながら母親のリンダも優しく微笑んだ。

「えぇ、似合うわよ」
「可愛いよ、エリアルちゃん」
「ありがとママ! エリアルもよく似合ってるよ!」
「うん……」
 薄く微笑んだエリアルもピナと揃いのドレスを着ていた。赤い髪と瞳の彼女が着れば真っ白な肌が浮かぶようだ。だが、その顔から怯えの色が消える事は結局無かった。
「大丈夫……?」
 まだ青ざめている顔色を覗き込んだピナに、エリアルは笑みを浮かべた――明らかに無理をして作っている笑みだった。
「うん、大丈夫……お祭り、頑張ろうねピナ。私も頑張るから」
「うん……」
「おばさん、私お父さんたちの所のお手伝いしてきますね」
「えぇ、分かったわ」
 ピナが声を掛けるより前に、エリアルはドレスを手早く脱ぐと部屋から出て行った。ミーシャとすれ違い、一瞬その赤い瞳と目が合う――彼女の瞳は、こちらをどこか警戒するかのような――余所余所しいものだった。
 余所から来た人間だから仕方がないのかもしれないが、結局、昨日態度をがらりと変えてしまった理由は分からないままだった。

「ごめんね、ミーシャちゃん」
「えっ」

 去っていったエリアルを目で追うように、扉が閉じた後も見つめていると、ピナがそう声を掛けてきた。そして近寄って来たかと思えば、そう謝って申し訳なさそうにミーシャを見上げていた。
 目を丸くして驚いたミーシャに、ピナは俯いては何度も彼女の反応を窺うように視線だけを向けては、気まずそうに目を逸らす。
「普段は、あんな子じゃないの。優しくて、大人しいけど、昔話とか沢山知ってて……すごく面白い話をしてくれる子なんだ」
「……そうなんだ」
 必死にそう語っているその口振りから――ピナにとってエリアルがどんな存在か――よく理解できた。
「エリアルは体が弱かったらしくて、昔はずっとここに居たの。ここは……私はよく分からないけど、悪い風が入って来ないって、皆言ってて」
「悪い風?」

「<魔風まふう>の事です」

 ピナの言葉を付け足すようにリンダがそう言って、会話へと入って来た。
「魔素を含んだ風、この血を巣食ったと言われる魔物が残した呪いとも謂われております。そして、<魔風>は小さな子供達にとっては毒らしく、我々の村である程度の年齢になるまでは引き取っているのですよ」
「うん、そうなの。アタシとエリアル、七歳になるまではずっと一緒だったんだよ」
「そうだったんですね……」
 歳が同じという事もあって疑似的な姉妹に近い関係だったのだろう、ピナが昔の事を語る目は、高揚しているのか明かりに当たって輝いてるようにも思えた。
「だから……ミーシャちゃん、エリアルの事、嫌いにならないでね?」
 不安げに、そして願うようにピナがミーシャに尋ねて来る。ミーシャの答えは決まっていた――不安を和らげるように笑みを作り、頷いて見せる。
「……うん、分かった。大丈夫、嫌いにならないよ」
「ほんと!? 良かったぁ……」
 答えを聞いて安心したのか、ぱっと花が咲いたかのような笑みを浮かべた。その笑みを見ているとミーシャの胸が――微かに刺すような痛みを覚える。あの疑惑を持った目で見られると、ミーシャもまた彼女を完全に信用する事は難しい。

 だが、ピナの笑顔を見ていると……そんな言葉は、とても言い出せる気がしなかった。

         *

嗚呼ああ、プルメリア、血の聖女よ――」
「汝の血は癒しと幸福を与える――」
くれないは我らが生まれる色、しゅけがれ無き色――」
「赤い火をけ、夜を越えるまで、不死の者が太陽に焼かれるまで――」
「その身を我らに捧げた聖女、この杯に血を一滴、恵み給え――」

 暗闇の中、歌に合わせて油を染み込ませた松明、そして村の至る所にある篝火かがりびに次々の火が灯る。それにともなって油の焦げる音、炎が揺れる度に起こる陽炎かげろうが、まるで村全体を朧気おぼろげにさせているかのような感覚を起こさせた。火に囲まれ、炎の向こう側に居る人々の形は、時折歪んでいた。
 昼間まで外に居た牛達は小屋に居る。それもそのはずで、村の中央では枯れ木を組み合わせた、巨大な焚き火が赤々とした色の炎を盛んに燃やし、火の粉を巻き上げている。石の家に囲まれて居なければ、燃え移るのではないかと心配になるほどだっただろう。
 寒気が押し寄せるはずの荒野、崖下に構えるこの村で、乾き冷たい風と炎の熱気が混ざっていく――暗い影を落とす人々の顔が赤く照らされていく――なんとも、不思議な光景であった。

「相変わらず、魔素は感じられないな……」
 眼鏡を弄りながらマットが辺りを見渡しているが、何も発見は出来なかったらしく、中央へと目をやった。
「もしプルメリアが吸血鬼だとしたら、太陽をたたえて、炎を信仰するのはなんとも矛盾しているな」
「確かに……そうですよね」
 村の中央から離れている三人の中で、観察するように人々の様子を見ていたマットがぽつりとそう零した。松明は持っていないが、村の入り口に近い事もあり傍では篝火が燃えているおかげで視界は晴れていた。

 村を包み込んでいる歌は明るいというより、祈りを捧げるようなものだ。何本のげんが引かれた楽器と大きな太古がおもむろに叩かれ、耳に心地いいリズムが流れて来る。村を見渡して見ると、老人達は少し離れた場所で座り、火に温まっていた。安らぎを感じているのか、瞳を閉じてじっとしている。
 しかしそんな穏やかにも思える雰囲気の中、周りでは若い男女が食事を振る舞っているが、その様子も祭りを楽しんでいるというよりは、決まった職務を行っているような物々しさがあった。

 ――やはり、何かおかしい。

 全員口には出さないがそう感じ取っていた、何かずれている。

「皆さま、お待たせしました」

 ふと三人のすぐ傍から、重い雰囲気とは酷く場違いにほがらかな声が聞こえて来た。振り返れば、ペトロが片手を上げて挨拶をして来る。相変わらず、愛想の良い笑みを浮かべていたが持っている松明の炎のせいか、傷にかげが落ち、一瞬その輪郭は揺らいで見えた。
「護衛を引き受けてくださって、ありがとうございます」
「いえ」
「こっちこそ、宿の泊めて貰ってるからありがたかったですし」
「そう言って頂けると、私共もありがたいですね」
 アイラの言葉にペトロは嬉しそうに笑ってみせた。そして、次にミーシャへと視線を移す。彫りの深い威圧感のある顔に一瞬驚くも、信じられないほど穏やかな表情だった。
「ミーシャちゃんも、楽しんでいるかな?」
「あっ……はい。お料理、美味しかったです」
「わははっ、それなら良いが。旅の人は蜥蜴の丸焼きを見ると大抵はビックリするのだよ」
「そう、ですね……確かにちょっと、ビックリしました」

 プルメリアの好物と伝えられてるらしい食事の中に、レッドリザードとは別の、四足歩行の〝スズミトカゲ〟と呼ばれている体に水を溜め込む性質を持つトカゲの丸焼きが出て来たのだ。鱗のない彼らは太陽の光から逃れるために、普段は地面に潜っていて姿は見えない。
 なので荒野では珍味ちんみされ、夜に活動する際には内臓を取り除いた後で材料を詰め込んで丸焼きにする……という説明を食事を配っている人々から受けていた。感触は焼かれた貝に似ていて、なんとも言えない歯ごたえがあったが塩辛さもあり意外と美味ではあった。見た目さえ、腹を裂かれひっくり返った蜥蜴で無ければミーシャは平然と食していただろう。
 料理を手渡された瞬間に、マットもアイラも表情が若干引き攣っていたのように思える。

 あの見た目を思い出してしまったのか、口に思わず手を当てて複雑そうな反応を見せたミーシャにペトロは大きく口を開けて笑い出した。
「す、すみません……」
「それがでは普通の反応だ、あまり気にしても仕方があるまいよ」
「ペトロさんは、他の場所をご存知なんですか?」
「あぁ、こう見えて北で働いた事があってなぁ……すぐに辞めたが」
 ミーシャに問われ、ペトロは懐かしむように最初は言っていたものの、最後は苦笑していた。
「なんせ、北は余所もんに厳しい。特に<寒冷都市プゼルカ>はそうだ。町の住民の冷たさは文字通りもんで……ま、この暑い中に佇む、あのアンデリータもそこまで変わらんがな」
「確かに、少々……嫌な顔はされましたね」
 マットがアンデリータに着いた時の町の様子をそう語った瞬間、食いつくようにペトロは「そうでしょう」と勢いよく話を切り出した
「あの都市は、迫害を繰り返し、先住民を追い出しながら大きくなった国なのです。その名残を考えたら、侵略されてしまい警戒するプゼルカの方がマシとも言えますな」
 憎々し気な言葉の後で剽軽ひょうきんそうに思えたペトロの眉へ皺が寄った。余程よほど正義感が強いのか、それともこの男の場合は大袈裟にそんな仕草をしているのか……どちらかは分からない。
「……ま、昔の話です。今を生きる我々には関係ありませんな」
 先ほどの勢いを引っ込めそう笑ったペトロの顔には、愛想の良さが戻って来ていた。唯一、入口で険しい表情を見せ話していたミーシャは、隣に居る二人以上にその二面性に困惑を隠せない。
「さぁ、もうすぐ祭りの主役が来ます。我が愛妻と娘の活躍をぜひご覧ください」

 そんなペトロの言葉のすぐ後、中央がにわかに騒がしくなった。中央に目をやった三人は――その光景に目を見開く。

「何をしているのですか……!?」

 驚愕したマットは信じられないと言った様子を隠してはいない。しかしペトロは笑う、その狂気的とも言える歪んだ笑みに三人の背には悪寒が走った。冷たい風が村全体に吹き荒れて、松明の火が消え始める。
 歌も、音楽も止まり、明かりは風に吹かれても消える事のない中央の炎だけだ。

ではそうなるのも無理はありませんな……これが祭りですよ」

 暗闇の中、ペトロが当たり前のように――笑い混じりで答える。

 村の中央、三人の眼前には、縛られて涙を浮かべているピナと同じく、震えながらただ耐えるように瞳を閉じたエリアルが居た。
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