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四章 異端の村
40 異変の予感
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「やったー! ベッドだー!」
案内された部屋のベッドを見るや否や、アイラは目を輝かせて背から飛び込んだ。木の軋んだ音を聞いてマットが「おい」と非難の声を上げる。
「もう少し丁寧に扱え、善意で泊めて貰ってるんだぞ」
「えー、アタシもう疲れたからさぁ……」
「まったく……」
「村の人たちが良い人達で良かったですよね」
ミーシャも荷物を下ろすと肩の荷も下りたのか、ベッドに座って微笑んで見せた。だが対照的に、マットは武装を外しながらも表情は厳しいまま、武装を外すと窓から外の様子を窺う。
「マット、難しい顔しても解決しないよ?」
「……大丈夫ですか?」
「いや……明日は周辺を回ろうと思ってな」
「探し物?」
「手伝いが出来るんだったら、そうして食料を分けて貰うつもりだ。外部から遮断はされているが、資源はあるようだしな」
人の気配は疎らではあるものの、楽しそうな笑い声が聞こえて来た。村の様子は町のような活気こそないものの、人々の表情からは生気が失われている訳でもない。マットが言うように、食べ物に困ってもいないようだ。
「なら、アタシ踊ってお金でも稼いじゃおうかな!」
「お前、疲れてるんじゃないのか?」
ベッドから起き上がるとくるりと回って見せてポーズを決めたアイラに、マットは呆れた様子で言った。話を聞いていたミーシャは、おそるおそると言った様子でマットの方へと近づいて行った。
「あの、だったら私も……」
「お前は疲れているだろう、休んでおけ」
「ですけど――」
「ならミーシャちゃんも踊る?」
「えっ!? お、踊りはちょっと……」
アイラが冗談めいて話を振ったが、ミーシャは踊る自分を想像すると頭を振った――想像が出来ない。
「なら歌う?」
「う、歌もちょっと……」
「無理強いは止めんか」
人前で何かするのはどうしても抵抗が出て来てしまう――想像するだけで顔を赤らめたミーシャに、マットが後ろから鋭い声を飛ばして来た。しかし、すぐに話を切り換えるようにアイラへと視線を移した。
「そういえば……お前もナーシャも踊りが得意だったか」
「うん、一緒によく仕事したよ。だから……あんなあっさり死んじゃうって、思わなかったんだよね」
「そうは見えなかったが」
「だって一斬が捕まってるのに、アタシだけ落ち込む訳にも行かないでしょー?」
茶化すようにそう言ってはいるものの、アイラの表情はどこか寂し気だ。何か言おうとしたマット達の言葉を遮るように、アイラは言葉を続け――にやりと見たこともない、底意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「それにさぁ……自分で捕まえて、ボコボコにしたいじゃん?」
声を低くしてそう言ったアイラの言葉に、マットもミーシャも目を丸くした。
そういえば――と、ミーシャは、アイラが踊りを生かしている事以外は何も知らなかった事を思い出していた。普段は仕事で会う機会は夜くらいで、マットもそうだ。聖騎士団で働いている事以外は彼の事情も詳しくは分からない。そもそも、この二人とも一斬が間に入って居たからこその付き合いで、僅か三ヵ月ほどしか顔を会わせては来なかった。リーンシアや、チェイシーも同じだ。
その事を思い返すと、ミーシャはこの先に少し不安が過る。
信じきれない訳ではないが、居心地の悪さが今更ながらふつふつと沸いてくる。今更そんな事、悩んでも仕方がないのだが、思い返せば一斬が居ない状態で三人で居るのは初めてだ。
しかしアイラは目を丸くして、表情を曇らせた二人の様子に、すぐに表情をいつも通りの飄々とした笑みに戻して「あははっ!」と明るく笑い声を上げた。
「やぁだ、そんな顔しないでよー、二人とも。アタシが怖い人みたいじゃないの!」
「……俺は、つくづくお前は腹が読めん奴だとは思ってるぞ」
「やだぁ、勘弁してよ。怪しい所なんか無いったら!」
気兼ねなく話している様子ではあるが、マットは相変わらず顔を顰めたままだった。
(一斬さん……私、違う意味で大丈夫か、ちょっと不安です……)
中途半端なところで大胆になり切れない内気な自分に、ミーシャは嫌気が差しながらも窓の外を見れば、岩陰の下に隠れてはいるが外がさらに暗くなっていくのが分かった。
*
一斬達がアンデッドから襲撃を受け、一夜明けた頃――動き出していたズィーガの遺体を含めて、亡霊たちが消えた事を確認して、一斬達ははぐれた三人を探していた。人狼の嗅覚で探り当てようと、しばらく彷徨い、太陽が渓谷を真上から照らし始めた頃だった。
「――どういう事だ……」
眼前の光景に、一斬は生唾を飲み込んだ。狼の顔ではあるが、その表情は強張っている事が見て取れる。後ろに控えていたチェイシー達も、目の前の光景を見て顔を歪め、険しい顔つきでそれを見つめている。
四人の前で川辺に積み上がっているそれは――白骨化している死体の山だった。
アンデッド化していないのはドラゴン達が食い尽くしたのか――どの骨も手や足と言った部分しか残っておらず、人体の形を残しているものがないからだろう。彷徨う魂が操り切れなかった屍の山は、対峙する事も青い炎を宿す事もなく、水面や川底で一斬達を見つめている。
だが、白骨化しているそれらは、川底から放たれる淡く青い光の中で揺れており一つ一つの形が具に分かった。
「……どれもこれも、古いわね」
チェイシーが冷静に骨を観察すれば、肉や皮が落ち切っており表面には苔が生えている。色も、白ではなく土の色が移り変色しているらしく黄ばんでいた。だが問題は――このようにバラバラになっている人骨が大量に残っている点だろう。
「何があったんだ……?」
「崖から落ちたにしちゃ、数が多いねぇ……」
リーンシアもタイタニラも険しい顔つきのままで洞窟を覗く。淡い光が、奥の方まで続いていた。
「水も魔力があるわ、触らない方がいいでしょうね。一斬、あの子達は?」
「洞窟の奥までニオイが続いてる」
一斬も冷静に対処しているチェイシーの隣に並んで骨を見ていたが、顎で指すように洞窟の奥へと長い鼻先を向け、耳がぴんと立った。リーンシアが入り口に向かって歩き始める。
「急ごう、嫌な予感がする」
「そうだな」
川辺から視線を逸らし、一斬達も洞窟の方へと歩き始めた。湿った風が、奥から流れ込んでくる。それが死臭を漂わせているような――妙な薄ら寒さを覚えて、四人は武器をいつでも取り出せるように構えながら奥へと向かって行った。
案内された部屋のベッドを見るや否や、アイラは目を輝かせて背から飛び込んだ。木の軋んだ音を聞いてマットが「おい」と非難の声を上げる。
「もう少し丁寧に扱え、善意で泊めて貰ってるんだぞ」
「えー、アタシもう疲れたからさぁ……」
「まったく……」
「村の人たちが良い人達で良かったですよね」
ミーシャも荷物を下ろすと肩の荷も下りたのか、ベッドに座って微笑んで見せた。だが対照的に、マットは武装を外しながらも表情は厳しいまま、武装を外すと窓から外の様子を窺う。
「マット、難しい顔しても解決しないよ?」
「……大丈夫ですか?」
「いや……明日は周辺を回ろうと思ってな」
「探し物?」
「手伝いが出来るんだったら、そうして食料を分けて貰うつもりだ。外部から遮断はされているが、資源はあるようだしな」
人の気配は疎らではあるものの、楽しそうな笑い声が聞こえて来た。村の様子は町のような活気こそないものの、人々の表情からは生気が失われている訳でもない。マットが言うように、食べ物に困ってもいないようだ。
「なら、アタシ踊ってお金でも稼いじゃおうかな!」
「お前、疲れてるんじゃないのか?」
ベッドから起き上がるとくるりと回って見せてポーズを決めたアイラに、マットは呆れた様子で言った。話を聞いていたミーシャは、おそるおそると言った様子でマットの方へと近づいて行った。
「あの、だったら私も……」
「お前は疲れているだろう、休んでおけ」
「ですけど――」
「ならミーシャちゃんも踊る?」
「えっ!? お、踊りはちょっと……」
アイラが冗談めいて話を振ったが、ミーシャは踊る自分を想像すると頭を振った――想像が出来ない。
「なら歌う?」
「う、歌もちょっと……」
「無理強いは止めんか」
人前で何かするのはどうしても抵抗が出て来てしまう――想像するだけで顔を赤らめたミーシャに、マットが後ろから鋭い声を飛ばして来た。しかし、すぐに話を切り換えるようにアイラへと視線を移した。
「そういえば……お前もナーシャも踊りが得意だったか」
「うん、一緒によく仕事したよ。だから……あんなあっさり死んじゃうって、思わなかったんだよね」
「そうは見えなかったが」
「だって一斬が捕まってるのに、アタシだけ落ち込む訳にも行かないでしょー?」
茶化すようにそう言ってはいるものの、アイラの表情はどこか寂し気だ。何か言おうとしたマット達の言葉を遮るように、アイラは言葉を続け――にやりと見たこともない、底意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「それにさぁ……自分で捕まえて、ボコボコにしたいじゃん?」
声を低くしてそう言ったアイラの言葉に、マットもミーシャも目を丸くした。
そういえば――と、ミーシャは、アイラが踊りを生かしている事以外は何も知らなかった事を思い出していた。普段は仕事で会う機会は夜くらいで、マットもそうだ。聖騎士団で働いている事以外は彼の事情も詳しくは分からない。そもそも、この二人とも一斬が間に入って居たからこその付き合いで、僅か三ヵ月ほどしか顔を会わせては来なかった。リーンシアや、チェイシーも同じだ。
その事を思い返すと、ミーシャはこの先に少し不安が過る。
信じきれない訳ではないが、居心地の悪さが今更ながらふつふつと沸いてくる。今更そんな事、悩んでも仕方がないのだが、思い返せば一斬が居ない状態で三人で居るのは初めてだ。
しかしアイラは目を丸くして、表情を曇らせた二人の様子に、すぐに表情をいつも通りの飄々とした笑みに戻して「あははっ!」と明るく笑い声を上げた。
「やぁだ、そんな顔しないでよー、二人とも。アタシが怖い人みたいじゃないの!」
「……俺は、つくづくお前は腹が読めん奴だとは思ってるぞ」
「やだぁ、勘弁してよ。怪しい所なんか無いったら!」
気兼ねなく話している様子ではあるが、マットは相変わらず顔を顰めたままだった。
(一斬さん……私、違う意味で大丈夫か、ちょっと不安です……)
中途半端なところで大胆になり切れない内気な自分に、ミーシャは嫌気が差しながらも窓の外を見れば、岩陰の下に隠れてはいるが外がさらに暗くなっていくのが分かった。
*
一斬達がアンデッドから襲撃を受け、一夜明けた頃――動き出していたズィーガの遺体を含めて、亡霊たちが消えた事を確認して、一斬達ははぐれた三人を探していた。人狼の嗅覚で探り当てようと、しばらく彷徨い、太陽が渓谷を真上から照らし始めた頃だった。
「――どういう事だ……」
眼前の光景に、一斬は生唾を飲み込んだ。狼の顔ではあるが、その表情は強張っている事が見て取れる。後ろに控えていたチェイシー達も、目の前の光景を見て顔を歪め、険しい顔つきでそれを見つめている。
四人の前で川辺に積み上がっているそれは――白骨化している死体の山だった。
アンデッド化していないのはドラゴン達が食い尽くしたのか――どの骨も手や足と言った部分しか残っておらず、人体の形を残しているものがないからだろう。彷徨う魂が操り切れなかった屍の山は、対峙する事も青い炎を宿す事もなく、水面や川底で一斬達を見つめている。
だが、白骨化しているそれらは、川底から放たれる淡く青い光の中で揺れており一つ一つの形が具に分かった。
「……どれもこれも、古いわね」
チェイシーが冷静に骨を観察すれば、肉や皮が落ち切っており表面には苔が生えている。色も、白ではなく土の色が移り変色しているらしく黄ばんでいた。だが問題は――このようにバラバラになっている人骨が大量に残っている点だろう。
「何があったんだ……?」
「崖から落ちたにしちゃ、数が多いねぇ……」
リーンシアもタイタニラも険しい顔つきのままで洞窟を覗く。淡い光が、奥の方まで続いていた。
「水も魔力があるわ、触らない方がいいでしょうね。一斬、あの子達は?」
「洞窟の奥までニオイが続いてる」
一斬も冷静に対処しているチェイシーの隣に並んで骨を見ていたが、顎で指すように洞窟の奥へと長い鼻先を向け、耳がぴんと立った。リーンシアが入り口に向かって歩き始める。
「急ごう、嫌な予感がする」
「そうだな」
川辺から視線を逸らし、一斬達も洞窟の方へと歩き始めた。湿った風が、奥から流れ込んでくる。それが死臭を漂わせているような――妙な薄ら寒さを覚えて、四人は武器をいつでも取り出せるように構えながら奥へと向かって行った。
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