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四章 異端の村
38 タルガ・ズェラ
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ぴちゃん、と靴が地面を踏む度に水の跳ねる音がする。足元がどうなっているかは分からないが、先ほどの洞窟と同じく水が流れ続けているのだろう。濡れている地面で足を滑らせてしまわないよう、一歩ずつ踏み出す。
少なくとも人が通れるように整備はされており、先を照らしても緩やかな坂が続くだけで足を踏み外すという事は無さそうだった。それでも暗く湿った狭い洞窟は歩けど歩けど先は見えない。
「幻覚の中を歩いてたりして」
ふと冗談めいた口調でアイラがそう呟いた。声を抑えてはいるが、狭く静かな場所という事もあってか二人の耳にはすぐに入った。その言葉に先頭を歩いていたマットは足を止める。体の向きは向けず顔だけ後ろへと振り返ると、怪訝な顔をしてはアイラを見つめた。
「長時間幻術を掛ける方法なんて聞いた事がないぞ」
「でも聞いた事ない? 立派な屋敷に巣くってた魔物を退治したら、その屋敷がボロボロになった……とかさ」
恐怖を煽るかのように声を潜めてそう話すアイラに、ミーシャが表情を曇らせるが――不意に、湿って陰鬱な洞窟には不似合いの生温かく、乾いた風が頬を撫でた。洞窟の中に風鳴りが響く。お互いの顔を見ていた三人が再び前へ視線を戻すと、遠くに明かりが微かに見えていた。
「……まるで狙ったかのようなタイミングだな」
「どうする?」
「行ってみよう、罠だと分かっていれば対処しようはある。アイラ、ミーシャを頼むぞ」
「オッケー」
「ミーシャ、念のため武器はいつでも出せるようにしておけ」
「は、はい……」
ミーシャが腰に差していた拳銃に手を伸ばしたのを見て、マットは歩き始めた。二人もマットの後ろへ付いていく。前方から流れる風の空気は少なくとも湿ってはおらず、どうやら明かりは外から漏れ出しているらしい。
段々と光に目が慣れ、外の様子が見え始めると……家が見えてきた。怪しみながらも外に出た三人の前には当たり前のように家があり、辺りを見渡すと――そこは小さな村のようだった。
「村……?」
決して裕福とは思えないが、無人という訳ではないようで、岩を削って積み上げただろう四角の形をした家の壁は補修された跡があり、その家の煙突からは白い煙が出ている。
外だと言うのに、肌を刺すかのような日射しは感じない。それもそのはず、削れた崖の中に村があるようで、見上げれば岩壁がすぐそこにある。日陰だからか背の高い木はないが小さな草と低木が生えており、風を遮るものがないせいか時折砂埃が舞い上がっている。
(少し、カトリアンナに似てる……)
環境はかなり違ってはいるが、平地に小さな家が点々と並ぶこの村の雰囲気はミーシャに故郷を思い起こさせた。しかしこの光景は予測していなかったせいか、明かりになるランプや魔法石を仕舞うと、三人は訝しみながらも辺りを見渡している。
「なっ……!? 道が無いぞ!?」
「えぇっ!?」
振り返ると、先ほど出て来たはずの洞窟は跡形もなく消えてしまっていた。マットが慌てて壁に手を這わし、先ほどと同じように<聖杯の一滴>の光で照らしても道が出て来る様子はない。
「どういう事だ……?」
「あの地図にこんな村無かったよねぇ?」
スパーニャが見せた地図には渓谷の中に村など無かったはずだ――しかし、目の前の光景はどう見ても人が生活している。幻覚にしては妙に現実味がある。風に揺れる草も、遠くで牛が餌を食んでいる様子も、肌で感じられる感覚は本物としか思えない。
「出て来た洞窟も消えちゃったし……幻覚なのかなぁ?」
「だとすると、なぜ解除魔法が効かないのか……」
眉間に皺を寄せたマットが盾を構えたところで――誰かがやって来る気配がした。
「あれぇ?」
一体どういう事なのか……村の様子を窺っていると、気を張っていた三人の耳に場違いなほど暢気な子供の声が聞こえて来た。
咄嗟に声のした方向を見ると、小さな少女が目を瞬かせながら三人の方を見ていた。一見普通の少女だ、しかし――アイラだけはその姿を見て驚いた様子で目を見開いた。
「ナーシャ……!?」
少女の姿は短く切り揃えられた小鳥のようなブロンドの髪、林檎のように張りと赤みが差した頬……面影というどころではない。目の前の少女はそのナーシャの姿をそのまま小さくしたような姿だった。歳は十ほどだろうか。
驚愕しているアイラの言葉に、ナーシャによく似た少女は首を傾げて見せた。
「ナーシャって……だぁれ? アタシ、ピナって言うの。お兄さん達、どこから来たの?」
少女――ピナは見知らぬ人間に対してあまり警戒した様子もなく、表情こそ控え目ではあるものの、三人へと近づくと好奇心が見え隠れした瞳で見上げてくる。近距離まで来た少女に、マットが盾を構えた。
「……<聖杯の一滴>」
「わっぷっ!?」
盾から放たれた光に少女は一瞬妙な悲鳴を上げた後で目を瞑り、腕で顔を隠した。光が当たり続けているものの、少女の姿が消える事はない。
「な、何、なんなの? 眩しいよー!」
薄く目を開けて三人を見つめ少女は困惑している様子だった。そこまで確認し、マットは盾を下ろす。同時に、光が消えた。少女は目を慣らすためか、また瞬きしてマットを睨んできた。
「もー! 眩しかったよ! 急に何!?」
「すまん……俺達は旅人でな、幻覚じゃないか調べさせて貰った」
「旅人さん……? それにしては、荷物が少ないけど」
あまり気にしない性格なのか、光を当てた事はもうどうでもいいようだ。それよりも好奇心が勝るらしく、ピナは無遠慮に三人の恰好をじろじろと眺めた後で――先ほどの仕返しなのか、多少、言葉に棘を持たせてそう言った。
確かに、三人は旅をするにはあまりにも軽装だ。荷物はそれぞれが分担して持っていたせいだろう。思わずマットが言葉を詰ませると、今度はアイラが愛想のいい笑みを浮かべピナへと話しかけた。
「仲間とはぐれちゃったのよ。ねぇピナちゃん、アタシ達の他にも四人くらい来なかった?」
「えっ? うぅん、来なかったよ」
「そっかぁ……残念」
「お兄さん……お姉さんなの?」
不思議そうに見上げくるピナに、アイラはウィンクして見せた。
「んふふ、どっちでしょうね? アタシ、アイラっていうの。本名はアールレイって言うんだけど、アイラの方が可愛いでしょ?」
「可愛いのが好きなの?」
「そうよ」
「アタシも大好きー」
おどけたようなアイラの言葉に、少女は「えへへ」とはにかみながら笑顔を見せた。二人のやり取りを見ていたマットは何か言いたげだったが、アイラはマット達にしか見えないように振り向くと「いいから」と声に出さずに伝える。
「それで……結局、アイラちゃん達はどこから来たの?」
「クシャライ渓谷から抜けて来たの。ピナちゃん、ここってどこの村かしら?」
アイラの質問に、ピナは「えっとね」と隠す様子もなく伝えて来た。
「ここはね――タルガ・ズェラって村だよ!」
その言葉に、三人は驚きの色が隠せなかった。
「……なんだと?」
「タルガ・ズェラって……」
スパーニャが説明していた――ノイ達が向かったはずの村だ。だが、説明された場所は決して渓谷からすぐ出た場所ではない。自分達が通った洞窟もそれほど広く、長い距離を歩いた感覚は無かった。
一体、どういう事なのか――
「渓谷を抜けて来たんでしょ? 確かにちょっと遠いけど……そんなにビックリする事?」
唖然とするマットやミーシャの表情を見て、ピナは何がおかしいのかと言わんばかりの顔をした。
「えーと……アタシ達、まさかこんなに早く着くと思わなかったから」
「ふーん、そうなんだ」
咄嗟に出ただろうアイラの言葉と、誤魔化すかのような笑みにピナは納得した様子だった。
「って事は、アイラちゃん達はここに何か用事があったの?」
「そうなんだけど……まずは、仲間を探さないといけないかな?」
「そうなの……あっ、アタシは分からないけど、宿のおばさんとか、村の皆は知ってるかも! アタシ、案内出来るよ!」
ピナは手を挙げて、子供らしい笑顔を見せると片足で兎の如く跳ねて見せた。その様子を見て、三人は顔を見合わせる。アイラはマットの方へ来ると「どうする?」と小声で尋ねた。
「……お前はどうしたら良いと思う?」
「アタシは残って色々と訊いて回った方が良いと思うけど、目的地はどっちにしろここだった訳だし、幻覚じゃなかったんでしょ?」
「しかし……」
マットが視線を下ろした先にはミーシャが居る。二人は目が合ったが、マットの視線の意味を理解したのだろう――懸念を抱いている様子のマットに対して、ミーシャは表情をキッと引き締めて見せた。
「大丈夫です。行きましょう」
「いいのか?」
「私もノイさん達を探したいですし……事件解決に繋がる話が聞けるのでしたら、行ってみたいんです」
先ほどとは打って変わって語気を強めたミーシャの言葉にマットは一瞬面食らったような顔をし、しかし彼女の意思を汲んでか――少し悩んだ後で「分かった」と頷いた。
「ただ、俺から二人とも離れるなよ。俺に解除できない類の幻覚かもしれん」
「まぁ、頭がしっかりしてる内は大丈夫でしょ」
「何を暢気な……」
「皆で気を付けて行けば、きっと大丈夫ですよ」
「おいミーシャまで……」
「ねー、まだー?」
今度はマットが呆れと困惑を混ぜたような複雑な顔をしていたが、待っている間に焦れたらしくピナが三人を急かすように声を掛けてきた。アイラが「今行くよー」と笑いながら手を振る。
「そういえば……アタシ、二人の名前聞いてないや」
「む、そういえば……」
「じゃあ、まずそこの失礼なぴかぴかお兄さん!」
「ぴか……!? ぐっ……俺はマットだ……」
「私はミーシャだよ」
「マットと……ミーシャちゃんね、よろしく!」
「う、うん、よろしくね……あはは……」
唇を噛み締めたマットの様子はあえて無視しているようで、ピナはミーシャに対してだけ花が咲いたような笑顔を見せる。明らかな扱いの差にミーシャは苦笑しているが……ピナは三人の先を走っては振り返り、跳ねながら両手を勢いよく振って見せた。
「こっちこっちー!」
一度立ち止まった少女は、小躍りでもしているかのように燥いだ様子で三人を呼んでいる。
先を歩くピナを見て、マットは表情が険しいまま、アイラは気にしていないかのように、ミーシャは少し不安げながらも意を決したように歩き始めた。乾いた乾燥地帯という事もあってか、どこからか枯草で出来た玉が転がっているのが見えた。
少なくとも人が通れるように整備はされており、先を照らしても緩やかな坂が続くだけで足を踏み外すという事は無さそうだった。それでも暗く湿った狭い洞窟は歩けど歩けど先は見えない。
「幻覚の中を歩いてたりして」
ふと冗談めいた口調でアイラがそう呟いた。声を抑えてはいるが、狭く静かな場所という事もあってか二人の耳にはすぐに入った。その言葉に先頭を歩いていたマットは足を止める。体の向きは向けず顔だけ後ろへと振り返ると、怪訝な顔をしてはアイラを見つめた。
「長時間幻術を掛ける方法なんて聞いた事がないぞ」
「でも聞いた事ない? 立派な屋敷に巣くってた魔物を退治したら、その屋敷がボロボロになった……とかさ」
恐怖を煽るかのように声を潜めてそう話すアイラに、ミーシャが表情を曇らせるが――不意に、湿って陰鬱な洞窟には不似合いの生温かく、乾いた風が頬を撫でた。洞窟の中に風鳴りが響く。お互いの顔を見ていた三人が再び前へ視線を戻すと、遠くに明かりが微かに見えていた。
「……まるで狙ったかのようなタイミングだな」
「どうする?」
「行ってみよう、罠だと分かっていれば対処しようはある。アイラ、ミーシャを頼むぞ」
「オッケー」
「ミーシャ、念のため武器はいつでも出せるようにしておけ」
「は、はい……」
ミーシャが腰に差していた拳銃に手を伸ばしたのを見て、マットは歩き始めた。二人もマットの後ろへ付いていく。前方から流れる風の空気は少なくとも湿ってはおらず、どうやら明かりは外から漏れ出しているらしい。
段々と光に目が慣れ、外の様子が見え始めると……家が見えてきた。怪しみながらも外に出た三人の前には当たり前のように家があり、辺りを見渡すと――そこは小さな村のようだった。
「村……?」
決して裕福とは思えないが、無人という訳ではないようで、岩を削って積み上げただろう四角の形をした家の壁は補修された跡があり、その家の煙突からは白い煙が出ている。
外だと言うのに、肌を刺すかのような日射しは感じない。それもそのはず、削れた崖の中に村があるようで、見上げれば岩壁がすぐそこにある。日陰だからか背の高い木はないが小さな草と低木が生えており、風を遮るものがないせいか時折砂埃が舞い上がっている。
(少し、カトリアンナに似てる……)
環境はかなり違ってはいるが、平地に小さな家が点々と並ぶこの村の雰囲気はミーシャに故郷を思い起こさせた。しかしこの光景は予測していなかったせいか、明かりになるランプや魔法石を仕舞うと、三人は訝しみながらも辺りを見渡している。
「なっ……!? 道が無いぞ!?」
「えぇっ!?」
振り返ると、先ほど出て来たはずの洞窟は跡形もなく消えてしまっていた。マットが慌てて壁に手を這わし、先ほどと同じように<聖杯の一滴>の光で照らしても道が出て来る様子はない。
「どういう事だ……?」
「あの地図にこんな村無かったよねぇ?」
スパーニャが見せた地図には渓谷の中に村など無かったはずだ――しかし、目の前の光景はどう見ても人が生活している。幻覚にしては妙に現実味がある。風に揺れる草も、遠くで牛が餌を食んでいる様子も、肌で感じられる感覚は本物としか思えない。
「出て来た洞窟も消えちゃったし……幻覚なのかなぁ?」
「だとすると、なぜ解除魔法が効かないのか……」
眉間に皺を寄せたマットが盾を構えたところで――誰かがやって来る気配がした。
「あれぇ?」
一体どういう事なのか……村の様子を窺っていると、気を張っていた三人の耳に場違いなほど暢気な子供の声が聞こえて来た。
咄嗟に声のした方向を見ると、小さな少女が目を瞬かせながら三人の方を見ていた。一見普通の少女だ、しかし――アイラだけはその姿を見て驚いた様子で目を見開いた。
「ナーシャ……!?」
少女の姿は短く切り揃えられた小鳥のようなブロンドの髪、林檎のように張りと赤みが差した頬……面影というどころではない。目の前の少女はそのナーシャの姿をそのまま小さくしたような姿だった。歳は十ほどだろうか。
驚愕しているアイラの言葉に、ナーシャによく似た少女は首を傾げて見せた。
「ナーシャって……だぁれ? アタシ、ピナって言うの。お兄さん達、どこから来たの?」
少女――ピナは見知らぬ人間に対してあまり警戒した様子もなく、表情こそ控え目ではあるものの、三人へと近づくと好奇心が見え隠れした瞳で見上げてくる。近距離まで来た少女に、マットが盾を構えた。
「……<聖杯の一滴>」
「わっぷっ!?」
盾から放たれた光に少女は一瞬妙な悲鳴を上げた後で目を瞑り、腕で顔を隠した。光が当たり続けているものの、少女の姿が消える事はない。
「な、何、なんなの? 眩しいよー!」
薄く目を開けて三人を見つめ少女は困惑している様子だった。そこまで確認し、マットは盾を下ろす。同時に、光が消えた。少女は目を慣らすためか、また瞬きしてマットを睨んできた。
「もー! 眩しかったよ! 急に何!?」
「すまん……俺達は旅人でな、幻覚じゃないか調べさせて貰った」
「旅人さん……? それにしては、荷物が少ないけど」
あまり気にしない性格なのか、光を当てた事はもうどうでもいいようだ。それよりも好奇心が勝るらしく、ピナは無遠慮に三人の恰好をじろじろと眺めた後で――先ほどの仕返しなのか、多少、言葉に棘を持たせてそう言った。
確かに、三人は旅をするにはあまりにも軽装だ。荷物はそれぞれが分担して持っていたせいだろう。思わずマットが言葉を詰ませると、今度はアイラが愛想のいい笑みを浮かべピナへと話しかけた。
「仲間とはぐれちゃったのよ。ねぇピナちゃん、アタシ達の他にも四人くらい来なかった?」
「えっ? うぅん、来なかったよ」
「そっかぁ……残念」
「お兄さん……お姉さんなの?」
不思議そうに見上げくるピナに、アイラはウィンクして見せた。
「んふふ、どっちでしょうね? アタシ、アイラっていうの。本名はアールレイって言うんだけど、アイラの方が可愛いでしょ?」
「可愛いのが好きなの?」
「そうよ」
「アタシも大好きー」
おどけたようなアイラの言葉に、少女は「えへへ」とはにかみながら笑顔を見せた。二人のやり取りを見ていたマットは何か言いたげだったが、アイラはマット達にしか見えないように振り向くと「いいから」と声に出さずに伝える。
「それで……結局、アイラちゃん達はどこから来たの?」
「クシャライ渓谷から抜けて来たの。ピナちゃん、ここってどこの村かしら?」
アイラの質問に、ピナは「えっとね」と隠す様子もなく伝えて来た。
「ここはね――タルガ・ズェラって村だよ!」
その言葉に、三人は驚きの色が隠せなかった。
「……なんだと?」
「タルガ・ズェラって……」
スパーニャが説明していた――ノイ達が向かったはずの村だ。だが、説明された場所は決して渓谷からすぐ出た場所ではない。自分達が通った洞窟もそれほど広く、長い距離を歩いた感覚は無かった。
一体、どういう事なのか――
「渓谷を抜けて来たんでしょ? 確かにちょっと遠いけど……そんなにビックリする事?」
唖然とするマットやミーシャの表情を見て、ピナは何がおかしいのかと言わんばかりの顔をした。
「えーと……アタシ達、まさかこんなに早く着くと思わなかったから」
「ふーん、そうなんだ」
咄嗟に出ただろうアイラの言葉と、誤魔化すかのような笑みにピナは納得した様子だった。
「って事は、アイラちゃん達はここに何か用事があったの?」
「そうなんだけど……まずは、仲間を探さないといけないかな?」
「そうなの……あっ、アタシは分からないけど、宿のおばさんとか、村の皆は知ってるかも! アタシ、案内出来るよ!」
ピナは手を挙げて、子供らしい笑顔を見せると片足で兎の如く跳ねて見せた。その様子を見て、三人は顔を見合わせる。アイラはマットの方へ来ると「どうする?」と小声で尋ねた。
「……お前はどうしたら良いと思う?」
「アタシは残って色々と訊いて回った方が良いと思うけど、目的地はどっちにしろここだった訳だし、幻覚じゃなかったんでしょ?」
「しかし……」
マットが視線を下ろした先にはミーシャが居る。二人は目が合ったが、マットの視線の意味を理解したのだろう――懸念を抱いている様子のマットに対して、ミーシャは表情をキッと引き締めて見せた。
「大丈夫です。行きましょう」
「いいのか?」
「私もノイさん達を探したいですし……事件解決に繋がる話が聞けるのでしたら、行ってみたいんです」
先ほどとは打って変わって語気を強めたミーシャの言葉にマットは一瞬面食らったような顔をし、しかし彼女の意思を汲んでか――少し悩んだ後で「分かった」と頷いた。
「ただ、俺から二人とも離れるなよ。俺に解除できない類の幻覚かもしれん」
「まぁ、頭がしっかりしてる内は大丈夫でしょ」
「何を暢気な……」
「皆で気を付けて行けば、きっと大丈夫ですよ」
「おいミーシャまで……」
「ねー、まだー?」
今度はマットが呆れと困惑を混ぜたような複雑な顔をしていたが、待っている間に焦れたらしくピナが三人を急かすように声を掛けてきた。アイラが「今行くよー」と笑いながら手を振る。
「そういえば……アタシ、二人の名前聞いてないや」
「む、そういえば……」
「じゃあ、まずそこの失礼なぴかぴかお兄さん!」
「ぴか……!? ぐっ……俺はマットだ……」
「私はミーシャだよ」
「マットと……ミーシャちゃんね、よろしく!」
「う、うん、よろしくね……あはは……」
唇を噛み締めたマットの様子はあえて無視しているようで、ピナはミーシャに対してだけ花が咲いたような笑顔を見せる。明らかな扱いの差にミーシャは苦笑しているが……ピナは三人の先を走っては振り返り、跳ねながら両手を勢いよく振って見せた。
「こっちこっちー!」
一度立ち止まった少女は、小躍りでもしているかのように燥いだ様子で三人を呼んでいる。
先を歩くピナを見て、マットは表情が険しいまま、アイラは気にしていないかのように、ミーシャは少し不安げながらも意を決したように歩き始めた。乾いた乾燥地帯という事もあってか、どこからか枯草で出来た玉が転がっているのが見えた。
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