東の国の狼憑き

納人拓也

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三章 エルクラットから離れて

28 衝突?

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 ――どうしてこんな事になったのか。

 ミーシャは目の前の状況に対し、ただただ困惑の表情を浮かべては見守る事しか出来ない。

「やっちまえタイタニラー!」
「負けるんじゃねぇぞー!」
「そんなチビなんか相手じゃねぇぜー!」

 周りから上がるのは大歓声にブーイング、様々な声を混ぜ、荒ぶる人々の中にミーシャ達は居た。眼前にはステージがあり、その周りを人々が囲っている。熱気に包まれているその場を鎮める者は誰も居ない。

 そんな中、ステージの上で対峙しているのは――タイタニラと一斬だった。

      *

「久しぶりだねぇ……チェイシー、リーンシア」

 タイタニラが笑みを見せたまま、何やら勿体付けたように名を呼んだ。残る四人が二人に目を向けると、チェイシーは何やら面倒くさそうな顔をし、リーンシアは顔をしかめて見せた。
「え? 知り合いなの?」
「昔、ちょっとね」
 アイラが驚いたように二人へと尋ねるが、チェイシーは含みのある笑みを浮かべて返す。その言葉を聞いた瞬間、タイタニラは眉を吊り上げた。
「ちょっとだぁ……? よくも抜け抜けと言えたもんだね」
 そしてチェイシーを指すと――鋭い眼差しを向ける。
「約束破って逃げやがって……今日はお前とに、このツケを払って貰うつもりで来たのさ!」
 狼、という単語にミーシャやマット、それにアイラは思わず一斬の方を一瞥いちべつしていた。しかし一斬は表情を変えず、ただ静観しているだけだ。
「わざとじゃなかったわよ」
 熱を上げるタイタニラに対して、チェイシーの方は興味はないかのようにそう返した。
「そう言って逃げただろう、魔女のくせに肝が小さいねぇ!」
「……めんどくさいわね」
 チェイシーが気怠げにそう呟いた瞬間、足元から青白い電流が流れ始めた。木製の床を焼く事はないようだが、その激しさは昼間だというのに目が眩みかけるほどだ。
 静かにその様子を見ているタイタニラの後ろで、控えているらしい男達がどよめくのが分かった。
「へぇ……面白いじゃないか――」
 ふと、タイタニラの笑みが挑発的なものへと変わる。
「お、おいタイタニラ!」
「ここでやる気かよ!」
「黙りな、あっちが乗り気なんだ。断る理由がないだろ?」
 仲間達の制止をまるで聞こえていないかのように、タイタニラが前に出る。素手ではあるが、狭い室内の中でもチェイシーと向き合い、構えを取る……両者が一歩踏み出した、その瞬間――

「――わぁぁ! 頼む! 抵抗しないでくれ!」

 その中でつんざくような悲鳴が上がり、男たちの中から取り押さえられているリザードマン……バズが慌てふためく姿が見えた。背に回った両手は縛られているらしく、その縄を握っているのは歳を思わせ、肩に小さなドラゴンを乗せた男だった。
「盛り上がっているところ悪いが……大人しくして貰おうか」
「頼む! こいつら……何あったら俺っちの可愛い赤蜥蜴共を丸焼きにして食うって言って来たんだ!」
 そう必死に懇願しているバズの様子は、とても嘘を吐いているようには見えない。しばらく間が空いて……チェイシーが溜息を一つ零すと、足に流れている電流が治まっていく。室内を照らしていた光が消えると、戦いに水を差されたタイタニラはそれを見るとつまらなさそうに構える事を止め、男を睨む。
「バーンズ……そいつを出すなって言っただろ」
「出さないと、お前が手荒な真似しそうなんでな。武器を置かせたのに、なんだこの様は」
「人質も十分手荒じゃない?」
 皮肉げに二人の会話に口を挟んだのはアイラだ。しかし男……バーンズは気にしていないのか「なんとでも言え」と切って捨てるように返した。
「タイタニラ、話をするだけだと言っただろう。揉め事は無しだ。西の聖騎士団も居る中で、厄介事を起こせば……立場がまずくなるのは、我らのかしらだ」
 バーンズが睨んだ先に居るのはリーンシアとマットだ。服装は当然聖騎士団の鎧とは異なっているが、それでも核心を持っている様子だった。
「むぅ、確かにそれは困るねぇ……」
 隣に居るタイタニラは納得していない様子ながらも腕を組んでは唸り、しばらく考えた後で――

「あ、なら手荒じゃなければいいんだろう?」
 と、何やら名案でも思い浮かんだかのような笑顔を見せた。バーンズはその顔を見て――「こいつめんどくさい事を思い付いたな」と顔に書かれていそうな表情をしたのだが、タイタニラは全く気にも留めず六人へと振り返る。

「お前達の中から一人……アタシと早食い対決で勝負して貰う!」

 そう言い放たれた言葉に目を丸くした六人と、引き連れていた男達……その中で、バーンズは頭痛を誤魔化すかのように眉間に寄った皺を揉んでいた。

……?」
 緊張の糸が解れたのか、ぽかんと口を開けて零れたミーシャの呟きは、おそらく全員が言いたかった事だっただろう。
「……それを引き受けて、私達に何の得がある」
 多少の呆れも交えながらリーンシアがけば、タイタニラは胸を張って答えた。
「あんた達は何かを探しにこの町へ来たんだろう? アタシらがそれに協力してやるよ」
 その言葉に先ほどから黙っていた一斬が前に出ると、すぐにバズへと訝し気な目を向けた。
「お前、どこまで喋ったんだ?」
「俺っちじゃねぇ! スーザの野郎が裏切ったんだ!」
「……まぁいい。あんたら、俺らが勝てばどんな無茶だろうが協力してくれるんだな?」
「いいさ、誇り高い巨人族に二言はないよ」
 一斬が念を押すように、声を強めて訊き返した。それでも躊躇ためらいなく断言し切ったタイタニラに対し、バーンズが「タイタニラ」と制止してくるが、彼女はまたしても火が付いたかのように気迫に溢れるような瞳を見せていた。
「荒事じゃなければ良いんだろ?」
 そんな目を向け、笑い飛ばすかのようにそう言ったタイタニラに対して、バーンズは黙り込んだ後……ついに折れたような溜息を零した。
「勝手にしろ、俺は知らんからな」

           *

 ――そして、冒頭の話に戻る。

「さて、今宵もお集まりの諸君は既に食したと思うが……アンデリータでは狩ったドラゴンの肉を食べ、ドラゴンとの勇猛果敢に戦い、地へと還った戦士達への祈りと明日を生き抜く誓いとしている。その伝統に乗っ取り武力以外で決闘を行う、この催しも開かれて久しい――」

 司会がそう説明している間に、対峙してる二人の間に置かれたテーブルには大皿が並んでいく。
 零れ落ちてしまいそうなほどの分厚い肉が――もはや「積み上げられている」と形容していいだろう。表面につけられた網目の焼き色は食欲をそそるが、小さな山かと思うほどの肉の量は、見るだけで胸やけでも起こしそうなほどの存在感を放っている。

「ほんとにさ、なんで早食い……?」
 普段は軽口を叩くアイラも目の前の光景には疑問しか浮かばないらしい。納得がいかない、といった様子で眺めている。
 話がまとまった瞬間、チェイシーは「貴方達で勝手にやってなさい」と呆れ返ったような一言を残した後で、その場から消えてしまった。
「あの魔女め、俺達も連れていけば良かっただろうに……」
「囲まれていた時点で、集団で逃げたとしても我々の場所はいずれ割れていただろう。血が流れなかっただけでも、良しとするべきだ」
 憎々し気にチェイシーへの悪態を吐くマットに対し、リーンシアの方はそう返しながらもステージ上の動きが気になるらしく、興味深そうに視線を向けて目を逸らす事はない。
「ドラゴンステーキは美味ではあったが、あの量となると威圧感があるな」
「リーンシアさん、すごく冷静ですね……」
 少なくとも張り詰めていた空気が消え、ミーシャにも余裕が戻って来ていたが目の前の出来事は相変わらず理解が追い付きはしない。こんな状況だというのに、落ち着いて分析しているリーンシアの態度に違和感を覚える。
「というかさぁ、リンちゃんも知り合いが居るなら言ってくれればよかったのに」
「すまなかった」
 リーンシアのそんな様子に引っかかりを覚えたのか、アイラはどこか咎めるような目を向ける。己を責めるような言葉と目を向けられても、リーンシアは短く一言謝るだけで悪びれる様子はない。
「面倒な事が起こるのは目に見えていたからな。一斬達も向かう気配が無かった」
「そういえば……あの人の事、一斬さんも知ってるんですか?」
「あぁ――」
 リーンシアは肯定するかのように言った後で、すぐさま否定するかのように「いや」と首を横へ振った。
と言うべきか」
「どういう意味です?」
 リーンシアがそこで言葉を切る。ふとミーシャは先ほどのタイタニラの言葉を思い出した。一斬を名指ししていたのではなく――「」と呼んでいた。
「それって、つまり――」
「――いずれ分かるさ。おそらくだが……そうならざるを得ない状況になる」
 そうリーンシアがミーシャの言葉を遮り、ステージへと視線を戻す。ミーシャも改めて目を向けるが、ステージ立って居る二人の表情はまるでこれから斬り合いでも始めようかと思うほど真剣なものだ。間に並んでいるのは、湯気を立たせている肉の山……心なしか、先ほどよりも積み上がっているような気がした。

「さぁ、料理が出揃ったようだ……戦士達の魂をも唸らせる、そんな食いっぷりを見せるのは一体どっちだ!?」
 司会がそう言い放ったと同時、どこからか試合の幕を上げるような銅鑼どらの音が大きく響き渡った。
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