東の国の狼憑き

納人拓也

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三章 エルクラットから離れて

26 要塞都市アンデリータ

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 乾き切った大地に炎が舞い上がる。既に燃やし尽くせるものを無くしている大地をさらに焦がし、その飛び火は手斧や武装している集団へと襲い掛かろうとしていた。

「クソッ!」
「おい、気を付けろ!!」
「囲めぇッ! 相手は手負いだ!!」

 悲鳴や叱咤の声、怒号も混ざりに混ぜ、決して少なくはない男達が武装し、構える。対峙している相手は分厚く強固な鱗と体を持ち、己の体長よりも大きい蝙蝠のような翼で支えている――ドラゴンと呼ばれる種族だった。その巨体は人なら易々と丸飲み出来るだろう。
 しかしその強靭なはずの鱗は剥がれ、切り刻まれたであろう肌には血が滲んでいた。呼吸もどことなく荒い。だが炎で人の群れを散らせた後、爪を振るわんと翼をはためかせ狙いを定めるドラゴンに人々が構える。肌を震わせるような雄たけびを上げ、その巨体を翻し、爪を振るおうとした瞬間――

 ――その体は、横からいきなり斬り込んで来た存在によって一気に地面へと急降下していった。

 頭から叩きつけられたドラゴンの体は地面に罅を入れ、その衝撃波で辺りに風が吹き荒れる。爬虫類のような瞳が零れ落ちんばかりに見開かれ、声にならない悲鳴が乾いた空へと消える。
 その首には硬い鱗をも貫き、おそらくは骨まで砕いただろう斧が刺さっていた。常人には扱えそうにない大きさのそれは肉へと深く食い込んでいたが――ドラゴンの上へと立っていた女はそれを易々と引き抜いた。

 女は人間の男よりも背丈は高く、その屈強さの分かる肉体は柔らかな部分などないような印象を受ける。紺の髪は長く、さらには碌な手入れもされていないのか跳ねており、服装は軽装こそしているものの、剥き出しの腹や腕は傷だらけだった。
 右目から頬にかけて、三本の爪痕らしき傷が残っている。灰色の目が、ドラゴンが沈黙した事で集まって来る人々を見下ろしていた。

「情けないぞ、お前ら! 結局アタシが殆ど片づけたじゃないか!」

 斧を引き抜き、肩にかけながらもそう言った女の顔は、言葉とは裏腹に歯を見せて自慢げな笑みを見せた。今しがた仕留めた獲物を踏み付け、胸を張り哄笑こうしょうでもし出しそうな彼女に、安堵か――それとも先ほどの言葉への誤魔化しか、どちらにせよ男達は笑みを浮かべ始める。
「さすがだ、タイタニラ!」
「久しぶりにドラゴンを仕留めたなぁ」
「だがまだ小さい方じゃないか?」
 褒め称える者、ドラゴンを観察する者、命が救われた事に一息吐く者……様々な者が危険を賭して得た者を確認する中、女――タイタニラは己の斧を高く掲げた。
「さぁ行くぞ。鱗は我々の盾や薬、牙は矛や勲章に、血肉は生きる活力に……掲げよ歓べ! アンデリータに祝福を!」
「祝福を!」「アンデリータ万歳!」
 声を高らかに上げるタイタニラに合わせて、男達は声を揃え剣を掲げ、大きく歓声を轟かせた。

       *

 御者の言う後もう少しだ、もうちょっとだ……そんな言葉を繰り返し聞きながら、馬車に揺られて約数時間後、一行はようやくハバースへと辿り着いた。

 この土地から掘り出された岩を積み上げて作られた赤い壁、その壁一面を囲むような高い鉄の柵。まるで背景へ溶け込むかのように同じく赤い監視塔がいくつか建っているのも見えていた。見上げれば門の近くでは矢狭間やざまが空いていて、何かあればすぐさま相手を射抜けるようになっているようだ。
 エルクラットから離れ、馬車の旅は約二週間ほどになる。しかし、気圧されるような堅牢さを目の当たりにして「外で伸びをする事も出来なさそうだ」と、この時のミーシャは不安からか、揺れも治まったというのに変わらず荷物を抱いていた。

 そして門番が覗き込んだ時、リーンシアを見て……兜で暗くなった影の中でも分かるほど、一瞬、顔を険しくさせていたのが気になった。そうでなくても、御者を見る目もどこか余所余所しい。そんな態度にミーシャは疑問を覚えながらも、重厚な鉄の扉が音を立てて開いていく音に……複雑な感情を交え、否が応でも緊張からか肩に力が入る。

 門を通った先にまず目に入るのは、そびえ立っている山に張り付くようにして建てれらた家々だ。そして高い壁のせいで外からは分からなかったが、町の高所では滑車を使い鉱石が山の方から送られて来ているようだった。住民は入口付近に集中しているのか、入ったばかりだというのにエルクラットの市場のような賑やかさがある。
 しかし、ミーシャが見える範囲でも馬車が入った瞬間に、周りの人々は来訪者をまるで歓迎してはいない事が分かった。

 馬車乗り場に着き客車から六人が出て来ると、御者の表情からは馬車を走らせていた時に見せていた快活さが消えていた。
「やれやれ、相変わらず日射しに似合わない辛気臭い町だ」
 そう零すや否や、ふぅ、と溜息を漏らす御者はそのまま一斬の方へと視線を向ける。
「お前さんは特に正体がバレないようにしろよ、一斬」
「そう言うお前はどうすんだ、バズ」
「なぁに、こんな町でも亜人を隠してくれる場所はある。ノイ達について何か情報を掴んだら、ジースコックって名前の酒場に居るスーザを訪ねてくれ。俺っちはそこで世話になっとくからさ」
「一人で大丈夫か?」
「ガハハッ! 俺っちには可愛いこいつらも居るし、平気さ」
 そう笑い飛ばした後、バズは馬車を轢いていた蜥蜴達を撫でた。褒美の干し肉を仲間と奪いながら食べている様は、見ていて愛らしいというよりは恐ろしさを覚える。獰猛さをたたえた宝玉のような瞳が、肉を食みながら客の方へと顔を向ける。自分がまるで次の獲物だ、と言われたようでミーシャは思わず一斬の傍へと寄った。
「他人の趣味にとやかく言う気はないがよぉ……レッドリザードのどこが可愛いんだ?」
 呆れ混じりにそう言った一斬の呟きは、おそらく他の五人も思った事だろう。しかし、六人の反応を見てもバズはその鋭い歯を見せながら笑った。
「こいつらの可愛さは他種族にゃ分からんもんさ! ガハハッ!」
「リザードマン共通の感覚とは思えんがね……まぁいいさ、俺達はもう行くぞ」
「おう、気を付けてなー」

 バズに見送られながら一行が馬車乗り場から外に出ると、やはり先ほどと同じく、向けられる目は決して好意的ではない事が分かる。中には好奇心の目で見て来る者も居たが、明らかに顔をしかめている者も居る。肌を刺すような視線に、賑やかさとは真逆の陰鬱とした雰囲気にミーシャは居心地の悪さを覚えた。
「宿へ急ぐか」
 あまり歓迎されてはいない事には、リーンシアも気が付いているらしい。そう促すように言えば、チェイシーも「そうね」と小声で相槌を返した。
「それに……一人はもう限界そうだもの」
「悪かったな……」
 青い顔のまま足元はふらつき、絞り出すのもやっとなマットの声に、肩を貸しているアイラは「長かったからねー」と多少疲れたように言葉を発した。
「大丈夫ですか、マットさん……?」
「平気だ……」
「平気って顔じゃねぇなぁ」
 ミーシャの心配そうな声に痩せ我慢なのか一人で立ち上がろうとして、やはり足がおぼつかないマットをアイラが再度支え直した。
「ほらほら、無理しないの」
「むぅ……」
「……あまり目立つのも避けたいし、さっさと行っちまおうぜ」
 辺りに人が集まり始めたような気がする。周りを一瞥した後、声をひそめて一斬がそう言うと、一行は半ば人目を避けるように宿へと移動を始めた。そうして市場を通り抜けて、酒場や宿などの店がある方向へ歩いていると不意に高い鐘の音が鳴り始めた。
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