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4巻
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しおりを挟む序章 予測できるハードライフ?
朝日が照らす中、俺──リックは、ルナさんとリリナディア、テッドと護衛の人達を連れて、タージェリアの街からズーリエに向かって歩いていた。
気候は暑くもなく寒くもなく、周囲の木からは小鳥の囀りが聞こえてくる。
平和だな。このままお弁当でも持ってピクニックに行きたいところだ。
しかし少し前までは、平和とは程遠いことをしていた。
住んでいたグランドダイン帝国から追放されたり、母さんの実家であるジルク商業国のズーリエの街では、違法奴隷騒動に巻き込まれたりと大変だった。
だが本当に大変なのはここからだった。ズーリエの街の代表であるルナさんが、ザガト王国の奴らに捕らえられてしまったのだ。
俺一人だけでは救出は不可能だと考えた結果、俺はグランドダイン帝国に戻る決意をした。
グランドダイン帝国の皇帝であるエグゼルトは戦闘マニアで、常に強者との戦いを望んでいる。彼に勝てたら願いを叶えてもらえるという話は有名だった。
だから俺は皇帝陛下に謁見し、ルナさん救出に助力してもらうために勝負を挑んだ。
しかし皇帝陛下は予想以上に強く、俺は後一歩で負けるというところまで追い詰められてしまった。窮地を救ってくれたのは、剣の天才と呼ばれるドS少女で俺の元婚約者、エミリア・フォン・ルーンセイバーだ。
エミリアの力を借りて、俺はなんとか皇帝陛下に勝利することができたが、その後も大変だった。
グランドダイン帝国の援軍と共にルナさんを助けに向かったら、そこには魔王化した元勇者であるハインツがいたのだ。
皇帝になることに執着していたハインツが、グランドダイン帝国を裏切りザガト王国側についたことは未だに信じがたい。エミリアと皇帝陛下の登場もあって決着はつかなかったが、いつか必ず俺を殺すために再び姿を現すだろう。
ハインツとの戦いが終わった後。俺はザガト王国から逃げ出した少女、リリナディアを保護した。
でもあの時、鑑定スキルで視た能力には目を疑ったな。
まさかリリナディアが魔王の卵で、しかも魔物やハインツの魔王化に関係しているかもしれないとは。
だけどそれ以上に驚いたのはルナさんの正体だ。十六歳になったことで、前世の記憶が戻ったのだ。
その正体は俺と同じ異世界転生者で、俺の幼なじみだった少女、はるなだった。
俺を転生させた女神のアルテナ様も教えてくれればよかったのに、女神の世界の理だかなんだか知らないが、時が来るまで隠していたらしい。
とにかくこれからはスローライフ……は無理でも、なるべく平穏な時を過ごしたいなあ。
今一番不安なことは、やはりザガト王国の存在だ。
ザガト王国の王妃、研究狂いのフェニシアが魔王化に執着しているなら、必ずリリナディアを取り戻しに来るはず。それにハインツは俺に恨みを持っているから、リリナディアのことを抜きにしても、いずれ俺の前に現れるだろう。
だが、やがて来るその時までは、この平和を味わっていたい。
第一章 予想外の称号
「そういえばふと思ったんだけどよ」
先頭を歩くテッドが後ろにいる俺達の方を向いて話し始める。
「魔族って言っても俺達とあまり変わらねえな」
確かにテッドの言う通り、リリナディアの容姿は人間とほぼ変わらない。
俺が頷いたのと同時に、ルナさんが微笑んで口を開く。
「そうですね。リリナディアさんはすごく可愛らしいです」
「魔物とか呼び寄せることができるのか?」
テッドはさらっと疑問を口にする。俺も魔族についてはお伽噺の中の存在だと思っていたからほとんど知らない。
俺はテッドの問いに対して、リリナディアがなんと答えるのか興味が出て視線を向ける。しかしリリナディアは黙ったまま、いつものようにルナさんの後ろに隠れてしまった。
「テッドさんのことが怖いみたいです」
「うるせえぞリック!」
「ひぃっ!」
テッドが叫んだことでリリナディアは悲鳴を上げ、ルナさんの背中に抱きつく。
怯えるリリナディアに大丈夫だと微笑んで、俺はテッドを睨む。
「テッドさん、大きな声を出さないでくださいよ。リリナディアに嫌われてしまいますよ」
「おっと、すまねえ」
テッドは自分でも大声を出し過ぎたと思っていたのか、反省しているようだ。
ここで素直に謝れるところは好感が持てる。
すると、リリナディアがルナさんに何かを囁いた。ここからじゃ何を言っているのか聞き取れないなと思っていると、ルナさんが代弁してくれた。
「魔族と魔物はまったくの別物って言っていますね。魔族が強さを見せて魔物を従わせることがあったかもしれないけど、彼女が産まれてからはそんなことはしていないそうです」
「へえ~そうなのか。それじゃあやっぱり魔族も人間もあんまり変わんねえってことか。どうして仲よくできなかったんだろうな」
テッドの質問を聞いたルナさんが後ろを振り向くと、リリナディアが俯いて何かを呟いた。
「それは……人間が私達の領地に攻め入ってきたからだ、と言っています」
「人間が魔族の領地に!? 俺達が聞いている話とまったく逆だ」
確か世間一般では、魔族が人間を滅ぼして世界征服をするために、攻め込んできたということになっているはずだ。
「魔族が持つアイテムを奪いに来たのが始まりだそうです」
「なるほどな。そんなことされちゃ仲よくなんてできねえよな」
テッドの言葉にリリナディアは目を見開く。
「テッドさんは……私の言葉を信じてくれるの?」
リリナディアはルナさんの背中に隠れるのをやめて、自分の口で話し始めた。
「リリナディアが嘘を言ってねえことくらいわかるよ。まあリリナディアが嘘を本当のこととして教わっていたらわからねえけどな。それにリックやルナ代表はわかると思うけど、権力を持っている人間はろくでもないことをしている奴が多いから、歴史をねじ曲げるくらいやりかねないだろ」
テッドの言う通りだ。特に貴族達は、自分の悪事を隠すために魔族を悪者にすることくらい簡単にやってのけるだろう。
それにしても、テッドは単純なのに時々驚く程鋭い意見を口にするな。いや、単純だからこそ余計な情報に惑わされず本質を見抜けたということか。
「私の言っていることが本当だということは……エルフやドワーフの人達が知ってる。魔族と交流があったから」
エルフとドワーフ! 魔族と同じく、前の世界では空想上の種族だ。
この世界ではその二種族も実在するらしいけど、魔王が倒された後、ほとんどが姿を消してしまったと聞く。
もし会うことができたらかなり幸運らしい。まあドワーフならズーリエで会ったけど。
魔王が倒された後、人間と付き合っているといつか自分達も同じ目に遭わされるかもしれないと考え、姿を隠したのかもしれないな。
「今回のことといい、過去のことといい、なんだか申し訳ないな」
魔族側は悪くないのに攻め入られ、リリナディアは十年間鎖で拘束され血を抜かれることになった。リリナディアが人間を恨んでもなんらおかしくない。
「魔族にも人にも……いい人がいれば悪い人もいるのは……わかっているけど……」
そんなに簡単に消化できる問題じゃないよな。
せめて俺達は、リリナディアの信頼を裏切るような真似だけは絶対にしないようにしよう。
こうして俺達は重苦しい雰囲気の中、ズーリエを目指して足を進めた。
日が落ちてきて、夕方になろうとしていた頃。
「あっ! ズーリエの街が見えて来ましたよ」
街道の坂道を上って前方に目を向けると、ルナさんの言葉通りズーリエの街の東門が視界に入った。
「なんだかとても懐かしい感じがします」
街から離れたのは十日程だが、ルナさんがそのような気持ちを抱くのもおかしくない。
ザガト王国に攫われ、魔王の卵であるリリナディアに出会い、そして誕生日を迎えてルナさんとはるなの記憶が融合するという濃密な時間を過ごしたからな。
「リリナディアさんはリックさんのお家に行かれるんですよね?」
「そうしてくれた方がいいな」
側にいてくれなくちゃ、いざという時に守ることができない。
「ルナは?」
「リリナディアさん、すみません。私は自分のお家がありますから……」
リリナディアはルナさんがいなくなるのが不安なのか、暗い顔をして俯いてしまう。
このままだとリリナディアは、不安な夜を過ごすことになってしまうかもしれない。それなら……
「ルナさん……もしよければ俺の家に泊まりませんか?」
「そうですね。ノノちゃんともお話ししたいので、泊まらせていただいてもよろしいでしょうか?」
さすがはルナさん。俺の意図をすぐに読み取ってくれたようだ。
「ルナも……一緒にいてくれるの?」
「はい。リリナディアさんと、もっとお喋りしたいから楽しみです」
やはりこのメンバーの中では、リリナディアの信頼を一番勝ち得ているのはルナさんのようだ。とはいえ、魔族の話をしてから、リリナディアはテッドと話す時にルナさんを介さなくても会話ができるようになっている。
あれ? もしかしてこの三人の中で一番リリナディアと距離が遠いのは俺じゃない?
このままじゃまずい。ルナさんはともかくテッドに負けるのは悔し過ぎる。
「リリナディア、今日の夜何か食べたいものとかある?」
俺は二人に負けじと、夕ご飯で好きなものを作って仲よくなろうと画策するが……
ささっ。
リリナディアは俺と目を合わせることなく、ルナさんの後ろに隠れてしまう。
「な、なんでだ……」
おかしい。何故俺だけ未だに警戒されなくちゃならないんだ。
「ププッ、どんまい」
腹が立つことに、テッドが笑いながら俺の肩に手を置いてきやがった。
色々釈然としない中、ズーリエの東門にたどり着く。するとルナさんの姿に気づいたのか、二人の門番が慌てた様子でこちらに走ってきた。
「ル、ルナ代表! 先程とんでもない方がズーリエの街に!」
俺は肩で息をしている二人を手で制する。
「お二人とも、落ち着いてください。いったい何があったのですか?」
「も、申し訳ありません。つい興奮してしまって」
門番と言えば、街に怪しい奴が入らないか、または犯罪者が街の外に出ないか冷静に見張る職というイメージが強い。
そんな彼らがここまで興奮気味に話すということは、よっぽどすごい人物が街に来たんだな。
「とんでもない方とは、いったいどなたが来られたのですか?」
「剣の道を志す者にとっては、一度は憧れる存在……」
「グランドダイン帝国のエグゼルト皇帝陛下です!」
誰かと思ったら、皇帝陛下かよ!
確かに帝国に戻るために、ズーリエの街を通ってもおかしくはないけど。
「そしてなんと! ズーリエに来てくださった方はもう一人いらっしゃいます」
ん? なんかいきなり目がキラキラし始めたぞ?
「その美しい御御足に踏まれたいランキングナンバーワン! 天才剣士エミリア様もこの地に降臨してくださったのです!」
エミリアは巷ではそんな風に思われているのか? それにしてもこの二人は滅茶苦茶テンション高いな。この熱狂ぶりからして、もし俺が以前エミリアに足を舐めろと言われたなんて口にしたら殺されるかもしれない。
「そ、それはよかったですね」
ルナさんなんか、二人のエミリアに対する心酔ぶりを見て、顔が引きつっているぞ。
「はい! エグゼルト皇帝陛下とエミリア様は俺達にとって崇拝すべき神のような存在です」
門番の二人は皇帝陛下とエミリアの信者だったようだ。一応彼らは他国の人間だぞ。まあ二人ともカリスマ性はあるからわからないでもない。中身はただの戦闘狂とドSだけどな。
「側で見ているだけで幸せな気持ちになりました」
二人は恍惚とした表情を浮かべている。皇帝陛下とエミリアの名声は他国にも轟いているんだな。もし帝国と戦うことになったら、ジルク商業国の士気は滅茶苦茶下がりそうだ。
「でも何か気になることを言っていたよな」
「お偉いさんが皇帝陛下に、どうしてジルク商業国に来たのか質問しているのを聞いたけど……ある男に負けたからだって」
げっ! 皇帝陛下、余計なことを言っていないよな。
たとえ二対一でも皇帝陛下に勝ったなんて話が広まったら、俺の夢のスローライフが崩れてしまう。まあ既にスローライフとはかけ離れてしまっているが……
「皇帝陛下に勝つってことはもう神以上の存在だよな」
「ぜひその方に、いや神に会って弟子にしてもらいたい」
この二人にもし俺が皇帝陛下に勝ったなんて知られたら、めんどくさいことになるのは確実だ。絶対に黙っていよう。
「ふふ……神以上の存在ですって、リックさん」
ルナさんがいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、意味深な視線を向けてくる。
頼むからそんな目で俺を見ないでくれ。
前のルナさんなら俺をからかってくることなどなかったはずだ。やはり、はるなとの記憶の融合で少し人格が変わっているのかもしれないな。
「あん? お前ら何言ってんだ? グランドダイン帝国の皇帝を倒したのはここにいる……ぐふっ!」
テッドが空気を読まないで俺のことを話そうとしたので、肘を腹にぶち込む。
するとテッドはうめき声を上げ、身体をくの字にしてその場に頽れた。
ちょっと力加減を間違えてしまったかもしれない。決してさっきリリナディアの件で笑われたからじゃないぞ。
「テッドさん、どうされました!」
そして俺は心配している振りをして、地面に倒れているテッドの様子を窺う。
「長旅で疲れてしまったのかな? 仕方ない。俺が運んであげよう」
俺は慌てることなく、気絶しているテッドを肩に乗せる。
「えっ? 今リックがやったんじゃ……」
「俺にもそう見えたけど……」
「それじゃあお仕事お疲れ様です」
呆然とする門番二人を尻目に、俺は何事もなかったように立ち去る。
そして後ろから追いかけてきたルナさん、リリナディアと合流して自宅へと向かった。
「リックてめえぇ……」
自宅の前に到着するとテッドが意識を取り戻したので、地面に下ろす。
「何しやがる! マジで死ぬかと思ったぞ」
テッドは俺に突かれたことに腹を立てているようだ。
「テッドさん、リックさんの行動は褒められたものではありませんけど、エグゼルト皇帝陛下とのことを口外してはダメですよ。ラフィーネ様からも言われてますよね?」
俺は皇帝陛下との決闘で勝ったことについて、黙っていてもらうようにサラダーン州の代表であるラフィーネさんにお願いしていた。テッドもラフィーネさんからそのことは聞いているはずだ。
「そ、それは……まあ……そんなことを言っていたような……」
「とても影響力がある事案ですから口にしてはダメですよ」
「うっ……悪かったな」
「リックさんも、暴力はいけません」
「すみませんでした」
俺とテッドはルナさんの仲裁によりお互い謝罪することになる。
「それではリックさんのお家に参りましょう」
「ちょっと待ってくれ! リリナディアの側にリックがいる時は、俺は別行動してもいいか?」
テッドの質問に、ルナさんが不思議そうな顔をする。
「何か用があるんですか?」
「ちょっとな」
ハッキリ言わないけどおそらくラフィーネさんのために、勇者ケインのことを調べるんじゃないかな。ラフィーネさんは、恋人である彼の行方を今でも追っている。けどそれを手伝おうとしているのを俺達に知られるのが恥ずかしいから、口に出さないのだろう。
「わかりました。ただ朝と夜にはここで合流して会いましょう。それでいいですか?」
「いいぜ。じゃあ夜になったらまたここに来るわ」
そう言ってテッドは街の南区画へと消えていった。
俺達はカレン商店の中へと向かう。すると……
「リックちゃんおかえりなさ~い」
店に入ると母さんがこちらに走ってきて俺を抱きしめた。
「く、苦しい……」
母さんにぎゅうぎゅうに抱きつかれて息ができない。
限界が来る寸前、母さんはするっと腕を放した。
「ルナちゃん無事でよかったわ。心配したのよ」
「ご心配おかけして申し訳ありません」
今度はルナさんを抱きしめている。
「あら? 後ろの子は?」
母さんがルナさんの背後にいるリリナディアに気づいて声をかけた。しかし、リリナディアは知らない人を前に顔を背けてしまう。
「リリナディアっていうんだ。詳しいことは後で話すけど、しばらくルナさんと一緒にうちに泊めてもいいかな?」
「あら? あらあらまあまあ」
母さんは俺の言葉を聞いた瞬間笑顔で喜び始める。
「こんなに可愛らしい子がリックちゃんのおよ……んんっ!」
何かを言いかけてやめた母さんだが、リリナディアがうちに泊まるのは歓迎のようだ。
「さあさあ中に入って! 疲れたでしょ」
こうして俺は、母さんに腕を引かれたルナさんとリリナディアの後に続いて、久々の自宅に戻ってきたのであった。
おじいちゃんとおばあちゃんに、帰ってきたと挨拶をしたかったが、二人はカレン商店でお客さんの相手をしていたので、話すことができなかった。
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